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2021年10月26日

織田 浩一 北米トレンド

コロナ禍後、リモートワークがもたらす働き方の転換点
~大量退職の回避、永久リモートワークなど企業は奔走へ~

 コロナ禍でアメリカの雇用が大きく変化しつつあり、これまで見えていた動きが一気に加速している。大量退職、女性不況、永久リモートワークといった様々な新しい概念を示す言葉も生まれている。それらを紹介しながら、北米における雇用や働き方の最新状況について解説したい。

自主退職の労働者数は過去最高

 筆者がこの原稿を執筆している10月半ばに、2021年8月の米労働者の状況についての発表があった。それを見ると、今年に入ってから企業人事で話題の「Great Resignation(大量退職)」がさらに進んでいることが分かる。米国労働統計局(US Bureau of Labor Statistics)によれば、2021年8月中に自主的に退職した労働者の数は、労働者全体の2.9%にあたる430万人にのぼり、過去最高を記録したという。レストラン・ホテル業界で89万人強、小売業界で72万人強、医療・社会扶助関連業界で53万人強であった。8月の全米における埋められていない求人枠は1040万とかつてないほどの規模に膨らんだ。そのため多くの労働者が企業に対する交渉力を強めており、見合わない賃金のもとで長時間労働、短い業務シフトを求める企業を見限って辞めるケースが増えているのだ。また新型コロナウイルスのデルタ株が広がる中、感染リスクの高い業務を続けることに対する不満や疲労感が蓄積されただけでなく、ここへ来て医療関係者の間ではコロナワクチンを打たない層への対応や治療で、燃え尽き症候群などが見られるとも伝えられている。

2007年1月から現在までのアメリカの自主退職人数のトレンド
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2007年1月から現在までのアメリカの自主退職人数のトレンド。2021年に入って、最高記録を塗り替え続けている。灰色部分は景気後退を示す。単位は千人。出典:FRED。データソース:米国労働統計局

 また、「Female Recession(女性不況)」という言葉もコロナ禍に入って話題になっている。コロナ禍中、ロックダウンなどでレイオフの行われた業界はレストランやホテルなどが主で、このような業界には多くの女性、それもマイノリティの女性が働いているケースが多い。また学校がリモート形式になり、子供の教育のサポートをしたり家族の世話をしたりするために退職せざるを得なかった女性が、男性よりもかなり多くの割合でいることを米シンクタンクThe Brookings Institutionがレポートしている。さらに、この秋からの新学期開始と同時にデルタ株が広がったために、9月に20歳以上の女性のうち31万人近くが退職したと米国労働統計局は発表した。「女性不況」は間違いなく進んでいると言っていいだろう。

プロフェッショナルも例外にあらず

 さらに米国労働統計局の発表では、プロフェッショナル・ビジネス分野でも70万人強の労働者が退職していることを伝えている。米ハーバードビジネスレビュー誌は、7月に400万人が大量退職した状況に対して、2020年と2021年における4000社900万人の社員の状況を調査している。その結果、この1年で退職が増えた層は30-45歳が最も高く、その上下の20-30歳、45歳以上の層でも若干伸びているという(60-70歳、20-25歳の層では減っている)。30-45歳に該当する中間マネージャーレベルの退職率が伸びている理由として、同誌は2つの理由を挙げている。1つ目はリモートワークが増え、会社で直接トレーニングをすることが難しくなっている中、経験豊富な人材を採用することに人事部門が積極的になっていること。2つ目はコロナ禍で一時様子を見ていたものの、忙しさが増しているにもかかわらず昇進がないことに中間マネージャーレベルの人材が不満を抱き始めたこと。これらの理由により、この層の社員が一気に退職しているのではないかと考えている。

 また同誌は、テクノロジー業界と医療業界での退職率が最も高く、製造業や金融業界では反対に減少しているとの結果を示している。テクノロジー、医療業界ともコロナ禍中に非常に需要が増えた業界であり、業務が増えて燃え尽き症候群になっているのではないかと分析している。

ワクチン強制接種と採用難のジレンマ

 バイデン政権は9月初めに社員100人以上の規模の米企業に対して、全社でコロナワクチンを強制的に接種するか、PCR検査を毎週実施することを求めている。違反に対しては1件あたり1万4000ドルの罰金が企業に課せられる。また、社員がワクチン接種後の症状から回復するまでの期間、休暇を提供することなども義務付けている。

 一方で、米成人人口の24%はワクチン接種をしないと答えている。そんな中で大手企業、特に接客業などでは、自社社員から顧客や他の社員へコロナ感染が発生したときの企業運営の停滞や法的責任に、どう対処すべきかが課題であった。しかしバイデン政権の強制的なワクチン接種指示のおかげで、社員へのワクチン接種の後押しを得られたということだ。CNBCの調査でも米大手企業のCFO(最高財務責任者)は、社内におけるコロナ感染拡大が自社にとって最も大きなリスクと考えており、80%がこの強制接種を支持すると答えている。

米成人がコロナワクチンを接種、あるいは接種する予定と答えた割合
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米成人がコロナワクチンを接種、あるいは接種する予定と答えた割合。2021年5月時点では76%が前向きだと答えているが、残りの24%はワクチンを受けないと答えている。出典:Gallop: Covid-19 Vaccine-Reluctant in U.S. Likely to Stay That Way

 すでにWalmartやドラッグストアチェーンCVS Health、食肉製造Tyson Foods、一連の航空会社などが社員へのワクチン強制接種実施を発表し、ユナイテッド航空ではその結果も公開している。同社の米社員6万7000人のうち最終的に593人がワクチン接種をしなかったが、解雇を言い渡すことを伝えたところ、解雇になったのは最終的に320人だけという結果になったという。割合にして0.5%以下の社員が解雇になったという計算だが、一方で同社は採用に苦労している状況にある。CNBCの同調査ではCFOの45%が、人材市場の異常とも言える現状から、人手問題はインフレやサプライチェーンよりも懸念事項であると答えている。

リモートワーク対応で社員に譲歩

 大量退職に直面して、大手企業は社員が求めるリモートワークの延長を次々と発表している。大手テクノロジー企業ではGoogle、Facebookは比較的早くからリモートワークを無期限に許可することを発表していたが、Appleは10月初め、オフィスに週3日戻るという当初予定を延ばし、2022年1月まで延期すると発表した。その背景には、1000人以上の社員がオフィスに戻ることに反対して署名し、数人がこの件で退職、他にも多数の社員が経営陣を批判する発言を社外で行った。Amazonでは、世界100万人以上の社員のほとんどが配送センターや配送部門などでの業務であるためリモートワークは不可能であったが、オフィスで業務にあたる社員やテクノロジー開発を担当する社員が2022年1月から週に3日オフィスに戻ることを発表していた。だが、それも無期限で各部署の判断に委ねることとし、「完全リモートワーク」による業務も許可されることを10月に入って発表している。その他にもDropboxやShopify、Slackのように無期限で全社員がリモートワークできるとしたところもあれば、Microsoft、AdobeやSalesforceなどのように、担当者やマネージャーの判断次第で完全リモートや週3日、あるいは週5日オフィスに出社するという選択ができるようにしている企業も多い。

Googleはリモートワークを無期限に許可
Googleはリモートワークを無期限に許可

 テクノロジー企業以外では企業によって方針は異なるようだ。米ホワイトカラー従業員のリモートワークの状況を、調査機関Gallopがコロナ禍の始まりからトラッキングしている。下図が米ホワイトカラー従業員のリモート業務の状況である。薄い青色の破線で示されるリモートワークをする割合は2021年に入ってからさほど変わっていないものの、緑線の「完全リモートワーク」の割合が徐々に下がっており、青線の「一部リモートワーク」が徐々に上がってきていることが分かる。オフィスに一部行くハイブリッド勤務の状況が増えていることが分かる。

「完全リモートワーク」は2021年に入って徐々に下がり、「一部リモートワーク」が伸びていることが分かる
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「完全リモートワーク」は2021年に入って徐々に下がり、「一部リモートワーク」が伸びていることが分かる。米ホワイトカラー従業員のリモートワークの割合。出典:Gallop :Remote Work Persisting and Trending Permanent

テック都市流出による地方活性化は夢か

 サンフランシスコのテクノロジー地域を昨年コロナで去った人たちは、実はまだシリコンバレー内に引っ越しただけ、同じカリフォルニア州のロサンゼルスや州都であるサクラメントに移っただけだという記事がNYTimesに掲載されている。その人たちは教育レベルも高く、収入の高い若いテクノロジー企業社員で、一時期サンフランシスコを離れたものの、新しい人たちとの出会いやレストランなどが充実した環境を求めて、またサンフランシスコに戻ってきており、それがアパートの家賃相場を再び引き上げているという内容である。筆者の住むシアトルでも同じような状況を耳にすることが多く、サンフランシスコ同様、今年に入って家賃相場は上がっている。シアトルの場合は、特にカリフォルニア州から引っ越してきた人たちに会うことも多い。

 コロナ禍でも求人が盛んなサンフランシスコ、サンノゼ、シアトル、オースティンなど米8つのテック都市においてのシェアはコロナ前よりも上がっていると、求人検索会社Indeedが報告している。大都市からのテック人材流出や地方への移動が取り沙汰されてはいるものの、実態としてさほど起こっていないのが現状のようだ。

社員のつなぎ止めに走る企業人事

 多くの企業の人事部門が大量退職対策の記事を多数出しているが、米人事業界誌Human Resource Executiveがその理由を調査している。下図のように第一に「燃え尽き症候群」、次に「企業組織の変化」、続いて「柔軟な業務ができない」「正しく評価されていない」「報酬・福利厚生が十分でない」などとなっている。

2021年に米新規従業員が前職を退職した理由
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2021年に米新規従業員が前職を退職した理由。出典:Human Resource Executive:What’s behind the Great Resignation? Blame burnout

 では、企業はこれらの声にどのように対応しているのだろうか。オンラインアンケートツールSurveyMonkeyを運営するMomentiveでは、社員はいつ休暇が取れるかわからない状況にストレスを感じていた。そこで誰もが休暇を取ることを罪と感じないように、全社員1500人に対して7月に1週間の全社休暇を用意し、それを休養にあててもらうよう宣言した。同様のことはLinkedInなどでも行われた。SAPやニュース通信企業Thomson Reutersでは、精神や身体を休養させる日として全社同時の休日を設定し、この制度を無期限に実施していく予定である。また、メールツール企業Mailchimpでは毎週金曜午後を休暇とし、家族や友達と週末を長く楽しめるようにしている。この他にヨガや瞑想、精神カウンセリングのサービスを全社で契約し、それらを誰が使っているか企業側に知られずに利用できるよう配慮しているところもある。

 また、上記のようにリモートワークやハイブリッドワークなどを社員が選べるようにしたり、勤務時間を自由にしたりという柔軟な働き方を認めることや、追加のボーナスなどを用意することで、企業は社員のつなぎ止めに努めている。

 優秀な社員を採用し、つなぎ止める目的で報酬やワークスタイルに柔軟に対応する動きは、コロナ前からあったものだ。だが、コロナ禍でその対応の必要性が一気に高まったということであろう。今までの社内ルールを変えられない企業や、柔軟な対応ができない、あるいは社員を高く評価できない企業では大量退職のリスクが現実のものとなり、戦力面における企業間の格差が今後開いていくのではないだろうか。

織田 浩一(おりた・こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

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