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バイデン米大統領の大胆な環境政策
~COP26で中国と共同声明、矢継ぎ早の大規模予算案で強まる存在感~

 バイデン政権の発足を期に、アメリカの環境政策は大きく転換された。大統領選挙キャンペーンから環境対策を訴え、大統領就任初日にパリ協定への復帰を大統領令で指示するなど、バイデン氏は歴代で最も環境対策を重視する大統領として政策を推し進めている。政権発足から約1年足らずの間に何が起こったか、その状況をまとめてみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

COP26で存在感「いつでもどこでもいるアメリカ」

 スコットランドのグラスゴーで、2021年10月31日から2週間にわたりCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催された。環境対策への国際的同意締結へ向け話し合うため、197カ国から2万人以上の代表団が集まった。「産業革命以前と比較して世界の平均気温上昇を2℃未満に保ち、1.5℃まで抑えるよう努力する」という、パリ協定で示された目標に対し、国家間の具体的な協定を締結することが目的だった。

 結果としては、石炭使用量の削減や二酸化炭素税の設定、化石燃料に対する補助金の打ち切りなどへのコミットメントが足りないという批判が国連や環境団体などからなされたまま、閉幕となった。一方で、二酸化炭素よりも短期的に効果の見込めるメタン排出削減を促進する誓約にアメリカを含む100以上の国と地域が合意するという成果もあった。また、グローバル炭素市場で複数国が同じ二酸化炭素削減量を自国の努力結果として扱うことを禁止することに同意したり、発展途上国の環境対策やその予算を先進国が負担する仕組みについて議論が交わされたりもした。

 だが、COP26に関連する発表で最も驚かされたのは、期間後半でアメリカと中国が共同声明を発表したことだろう。その声明には、両国がパリ協定の意義をあらためて認識し、共同で規制フレームワークの取り決めやメタンの測定、パリ協定の示す目標達成に向けて協力をしていくという姿勢が織り込まれている。下図に見られるように中国とアメリカは、世界の二酸化炭素排出量の43%を占める。彼らが協力してパリ協定目標達成を目指すということで、他の国へ模範を示し、大きな影響を与えることになったのである。

2018年の国別二酸化炭素排出量シェアは中国、アメリカ、インド、ロシア、日本、ドイツの順となっている。出典:Union of Concerned Scientists別ウィンドウで開きます

 この共同声明を発表したのはジョン・ケリー氏である。元米上院議員で国務長官でもあった彼はバイデン政権初日、バイデン政権で新たに置かれた気候変動問題担当大統領特使(US Special President Envoy for Climate)のポジションに任命された。この共同声明の前にケリー氏は、COP26の会場で連日朝3時まで中国代表団と交渉していた。さらに、ヨーロッパ、インド代表団などとのミーティングも行っていただけでなく、太平洋の小国の代表団から環境状況を聞いたり、オバマ元大統領を引き連れて数カ国の代表団とプライベートミーティングを行ったりと、精力的に活動していた。世界経済フォーラム(World Economic Forum)と協力して二酸化炭素を排出しないテクノロジーの利用にコミットする、Amazon、Maersk、Bank of Americaなどの先発企業の連合体であるファースト・ムーバーズ・コアリション(First Movers Coalition)を発表することもした。

 こうした一連の活動によって、COP26で「いつでもどこにでもいるアメリカ」を演出し、その存在感を示した。その様子はThe Boston Globe紙が伝えている別ウィンドウで開きます。トランプ前大統領政権が2017年にパリ協定から脱退したことで、アメリカは他の国から国際的環境対策へのコミットメントを疑問視されていた。しかし、バイデン大統領の命を受けたケリー氏が、引退前の最後の仕事として、アメリカが世界の環境対策の舞台へ復活し、環境対策でもリーダーシップをとっていくことを示したのだ。

アメリカの気候変動問題担当大統領特使として、COP26の場で中国との共同声明を発表したジョン・ケリー 氏

環境閣僚を揃え、トランプ政策を覆すバイデン大統領

 ケリー氏だけではない。バイデン政権ではすべての閣僚が環境対策を推し進めていると言っていい。環境保護庁は当然として、多様な人選によってあらゆる角度から環境政策を講じようとしているように見える。長年極めて低価格で企業に販売されてきた国有地の石油や石炭などの採掘免許を管理する内務省の長官には、ネイティブアメリカンの革新派を据えた。また運輸省の長官にはLGBTである人物を据え、環境にメリットのある公共交通の開発を含むインフラ政策を進めている。住宅都市開発省長官には黒人女性を選び、環境保護庁や運輸省と協力して、料金的にも使いやすい公共交通機関の整備など、住宅コミュニティの構築を推し進めるという。エネルギー省長官には元ミシガン州知事であり、カリフォルニア大学バークレー校でエネルギー・環境研究所のフェローとして再生可能エネルギー関連のテクノロジーに携わった女性を起用。国務省長官には外交の経験者を起用し、地域貿易協定などで参加国に強い環境保護基準を求めることが期待されている。また、国防長官にも黒人の元陸軍副参謀総長が起用され、国防総省の環境対策や温室効果ガス排出量を減らすための委員会の設立や基地での大規模太陽光発電計画が提案されている。

 これらの閣僚による政策や法廷での判決、バイデン自身が発令する大統領令などによって、トランプの政策のうち50の政策がすでに覆され、さらに73の政策に対してそれらを覆すための政策が用意されている。加えて30のバイデン自身の環境政策がすでに実施され、28の政策が提案されているとThe Washington Postが伝えて別ウィンドウで開きますいる。こうした政策により、すでにカナダの油砂に含まれる原油をアメリカに送るキーストーンXLパイプラインの許可が取り消され、石油・ガス業におけるメタンガス排出測定義務が回復された。また、石綿の建築利用や露出状況などの報告の義務付け、北極海で石油・ガスを試掘するための取り決めの強化、天然ガス処理の際の有毒化学物質発生についての情報開示などが実現している。

インフラ法案に含まれる多数の環境対策

 バイデン自身の提案政策としては、11月半ばに彼が署名したインフラ法案が大きなものであろう。予算は1.2兆ドル(約136兆円)に上り、老朽化する国の道路、交通、水道、エネルギー施設、ブロードバンド環境などをアップグレードするものである。その中には環境対策も多数含まれている。この部分がどのようなものか、内容を見てみよう。

道路、橋、インフラプロジェクト

  • 110億ドルを交通安全対策に。州や都市で自転車利用者や徒歩通行者の安全性を確保し、これらの利用を高める

交通・鉄道

  • 390億ドルを公共交通機関のアップグレードに
  • 660億ドルを乗客・貨物鉄道の構築に
  • 120億ドルを都市間を結ぶハイスピード鉄道サービスへの補助に

電気自動車

  • 75億ドルを電気学校バスを含む無・低公害のバス、フェリーへ
  • 75億ドルを電気自動車のための全米充電ネットワークの構築に

電力・水道

  • 650億ドルを配電網の再構築に

環境改善

  • 210億ドルを使われなくなった鉱山、ガス施設などの環境汚染対策に

 これ以外にも空港、港湾、河川のアップグレードやブロードバンド環境整備などに同等規模の予算が用意されている。それらの中には空港への太陽光パネルの設置、環境を意識した建築、上下水道などの整備、ブロードバンドの基地局のエネルギー源を再生可能エネルギーにすることなどが含まれると考えられる。

2021年11月15日のホワイトハウス。成立に協力した与野党議員の前でインフラ法案に署名するバイデン大統領

米連邦政府を2050年までにカーボンニュートラルへ

 そして、12月8日にバイデンが大統領令として発令したのが、2050年までに米連邦政府の運営をカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量から吸収量と除去量を差し引いた値がゼロ)にすることである。米連邦政府は製品やサービスの購入、利用に年間5000億ドルを使っていると言われる。その購買能力を環境対策に利用するというのである。

 その目標は非常に大胆なものである。2020年代に米連邦政府の二酸化炭素排出量を65%減らし、2030年までに二酸化炭素を発生させない電力で運営できるようにして、2035年には現在約65万台の連邦政府の自動車・トラックを全てガソリン・ディーゼル車から切り替えるという。そして、「Buy Clean」という施策を立ち上げ、製品や輸送サービスの選定において二酸化炭素排出の低いものを優先させる。さらに、連邦政府の建物のグリーン化を進めてエネルギー消費量を削減し、太陽光パネルを設置することなどが検討されている。2050年にカーボンニュートラルを実現させることが目的だが、それに加えて二酸化炭素を発生させない、少なくとも10ギガワットの電力を一般向けの配電網に提供するという。連邦政府の購買能力を使い、州政府や自治体の電力や再生エネルギーなどの購買を容易にしたり低価格にしたりすることも目標の1つだという。

史上最大規模の環境政策となるBuild Back Better法案

 11月半ばに米下院議会を通過したのがBuild Back Better(より良い再建)法案である。米上院議会を通り、その後バイデン大統領の署名を経てる必要があるが、1.75兆ドル(約200兆円)という大規模な予算をもつ、バイデンにとって肝煎りの法案である。ここ数十年税制で優遇されてきた年収40万ドル以上の高所得者と企業への増税によって財源を賄う。ねらいは子供の税控除、3-4歳児の保育無料化を含む保育サポート、高等教育サポート、老人・障害者向けの家庭医療サポート、医療保険や処方薬の低額化など、中流階層を支援するものである。

 だが同時に、この法案はアメリカの歴史上で最も環境対策に力を入れた法案でもあり、全体予算のうち5550億ドルが環境対策に使われることになる。企業や個人が太陽光パネルを設置したり建物のエネルギー利用の効率化をしたりすることに対して30%程度相当、米国製の電気自動車1台あたり1万2500米ドルの税額控除を用意する。また何十万もの環境分野の仕事をアメリカ国内に生み出すために、太陽光、風力、電気自動車などの生産企業への補助金、ローン、税額控除が含まれている。さらに、経済的に恵まれていない地域ために30万人のCivilian Climate Corps(市民環境部隊)を組織し、彼らがその地域の再活性化や環境保全のために働き、これが同時に新しいスキルを得るためのトレーニングにもなることを目指す。農地や森林、海岸の保全への投資も含まれ、これも環境対策になると考えられている。

 この法案は共和党からの反発が強く、民主党内にも予算の大きさが課題になると話す議員もいるため、最終的にどのような規模になるか不透明ではある。上院、下院、バイデン政権間で交渉が続いているが、バイデン大統領は2021年中の法律化を目指すと語っている。

 アメリカの政治は常に民主党・共和党の均衡が続き、来年11月には中間選挙で上院・下院議会での議員が入れ替わる。それ次第ではバイデン大統領に不利な状況になる可能性もあり、バイデンにとっては急ぎ足で数々の施策を打っていく必要があるだろう。重要な政策の法案が通らないと、今まで支持してきた民主党支持者も離れてしまうことになる。

 こうした事情があるにせよ、トランプ政権の4年間をひっくり返すこと以上の環境対策を矢継ぎ早に繰り出し、優秀な閣僚を集めたバイデン大統領のスピード感は他の国の政策にも影響を与えるだろう。「脱炭素」の議論が当たり前になる中、次のエネルギーやテクノロジーの主導権をどの国が握るのか。それが競われる新たなステージの到来も近いのではないだろうか。