EC業界に旋風巻き起こす「最速のユニコーン企業」
~その名はFBAアグリゲーター、Amazonに展開する優良D2C企業を次々と買収~
Text:織田 浩一
コロナ禍で目を見張った動きとして、Eコマースやサブスクサービスが普及し、多数のD2C(Direct to Consumersの略。DTCとも言う。製造者が消費者と直接取り引きする販売形態)企業が誕生した。ところが、それらの企業を次々に買収し、テコ入れしてブランド価値を上げ、自社の価値を上げていくというビジネスを展開する企業がアメリカ、そして世界中で続々と生まれている。彼らは一直線に成長を遂げ、最速のユニコーン企業として注目を浴びており、今回はこの企業群像に迫ってみたい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
Amazonマーケットプレイス利用のD2C企業が急増
D2C企業の成長が続いているのは、アメリカでも日本でも同様だろう。地ビールからペット用品、ベッドマットレスなど多種多様な商品のブランドが立ち上がっている。コロナ禍の影響でEコマース販売が大きく伸びている。下図に見られるように、アメリカではデジタルネイティブのD2C売上が2020年に前年比40%の伸びを見せ、その後も年率20%近くの割合で伸びていくと予想される。最近では、サステナブルなアパレルやペット向けの自然食品、キッチン用品ブランドなどが伸びているようだ。
D2Cが売上を伸ばすことのできる理由は、大手小売企業のマーケットプレイスを利用した販売のマルチチャネル化だ。Amazonの「フルフィルメント by Amazon(以下FBA)」を筆頭に、Walmart、Targetなどもマーケットプレイスを展開している。それらのサービスを利用して、自社Eコマースだけではなく、多くのチャネルで商品を販売するようになっている。FBAは、マーケットプレイスでの商品販売の他、商品の発送、保管、返送、カスタマーサービスなどをAmazonが代行してくれるサービス。自社の販売リソースを増やさずに商品露出や売上を上げられるので、D2C企業の成長になくてはらならい手段になりつつある。
実際にアメリカのブランド1000社を対象にしたFeedvisorの調査によると、Amazonのマーケットプレイスで販売している企業は、コロナ禍以降の1年で55%から78%へと急増している。
これらのマーケットプレイスでは、消費者による製品への評価が一目で見られるため、D2Cブランドを評価することが簡単になってきている。
必然の成り行きで現れたFBAアグリケーター
D2C企業の創始者やオーナーたちは、こだわりのあるユニークな製品を開発して育てている。しかし、企業規模が大きくなるに従って、さらなる製品開発、製造、調達、財務、サプライチェーン、マーケティング、販売、卸売対応など、複雑化する企業運営に対応できなくなっていく。さらに、人材採用の経験不足などから、企業の売却を検討したり、より成長を助けてくれるパートナーを求めたりすることになるが、それは必然の成り行きと言える。
従来はその段階で、同じ製品分野で過去に中堅・大手企業を運営した幹部や、ブローカーなどを介して大手企業に企業を売却することがよくある流れだった。だが、ここに来て彼らに新たな選択肢を示して手を差し伸べる企業が現れた。彼らはマーケットプレイスでの消費者のブランド、製品評価を基にしてD2C企業を買収し、事業に必要な改善を施すことで、さらに売上、利益を上げる。そうした企業がここ数年続々と生まれている。FBAで展開するD2C企業を集める企業なので「FBAアグリゲーター(FBA企業の収集企業)」または「Amazonアグリゲーター」と呼ばれる。
彼らのアプローチはほぼヘッジファンドの業務と同様と考えられる。将来的にEBITDA(税・利息・償却前利益)の15~25倍の企業価値に育ちそうなFBA企業を、現在のEBITDAの2~6倍の金額で買収するのである。FBA企業のオーナーは売却時に現金を受け取ることで完全売却できる。さらに、その企業が将来の目標を達成した場合はEarnout(目標達成による追加企業売却金額)を受け取ることができる。
一般的なFBA企業の選択基準は以下の通りである。
- 売上が100万から1億ドル(1億3000万から130億円)
- 自社製品として商標登録がすでにできている
- Amazonレビューで4つ星以上
- Amazonでの売上が全体の30-80%
- 10-15%の最低純利益が出ている等
FBAアグリゲーターは、ここ数年で生まれてきたスタートアップ企業がほとんどだが、すでに大きな金額の投資を受け、企業価値10億ドル(1300億円)以上のユニコーン企業になっている例がいくつもあり、最速のユニコーン企業誕生の分野と見られている。いくつか代表的な企業を紹介しよう。
Thrasio――日本にも進出した最大手
この分野で最大手と言ってもいい企業であるThrasio。2021年3月に日本にも進出したので知っている人も多いかもしれない。2018年に米マサチューセッツ州で設立。すでに200以上のブランドを買収しており、投資も合計で34億ドル(約4400億円)を受けている。設立後すぐに10億ドルの価値を持つユニコーン企業になった。設立から4年ほどだが、すでに1300人以上の社員を擁する企業になっている。2021年の段階で、買収されたアメリカのFBA企業の内、40%はThrasioによるものだとも言われている。家庭用品、清掃用品、子供向けのアクティビティ、料理用品、アウトドア用品、フィットネス用品などの分野のブランドを買収している。
Perch――買収ブランドは平均4.5星の評価
2019年に同じく米マサチューセッツ州のボストンで設立され、現在250人の社員を擁する企業であるPerch。約9億ドル(約1160億円)の投資を受け、アパレル・ビューティ、ヘルスケア・ウェルネス、家庭・キッチン用品などの分野で100以上のFBA企業を買収しているユニコーン企業である。同社の買収したブランドは、50万以上の製品レビューを集め、4.5星が平均であるという。
Berlin Brands Group――45以上のブランドを擁する老舗
2005年に独ベルリンで設立された、この分野では最も古い企業であるBerlin Brands Group。以前は自社で音楽DJ向けの機器や園芸、フィットネス製品などのD2Cブランド開発を行っていたが、FBA アグリゲーター・ビジネスに転換し、現在では45以上のブランドで3700以上の製品を販売し、社員は1000人を超えている。2021年から外部投資を合計で10億ドルを受け取り、すでにユニコーン企業となっている。料理、園芸、フィットネス、家庭用品、音楽用品などが主な取り扱い分野である。
FBA企業の価値はこうして向上させる
これらのFBA アグリゲーターはどのようにFBA企業の企業価値を上げているのか。Thrasioとマーケティングエージェンシーtinuitiが協力したケーススタディが公開されている。Thrasioは2018年11月、ペットの臭いの脱臭剤・シミ取り剤ブランドのAngry Orangeを買収した。買収した当時の12ヶ月の売上は250万ドル(約3億2300万円)。まずは目立つ色のパッケージへの変更などリブランディングを行い、自社のブランドストーリーを伝え広めることで、消費者の信頼を得ることに専念した。
元々は脱臭剤の濃縮液を販売していたが、すぐに使えるスプレータイプの製品を複数のサイズで展開したり、4.5リットルの詰め替え液、ペットトイレ用製品や酵素を使ったシミ取りスプレーなどのラインエクステンション製品を開発したりした。
また、Amazonマーケットプレイス上にビデオを含む製品コンテンツを大量に公開し、メール、Facebook、インスタグラムでSnoop Doggなどセレブによるインフルエンサーマーケティングを展開した。
販売チャネル開発では、卸売ビジネスも展開し、Walmart、TargetやDIY店舗Ace Hardwareでも販売をしている。
これらの施策の結果、2年後の12ヶ月売上が2310万ドル(約30億円)と10倍近くの金額になったという。その結果、この企業のオーナーはEarnoutを100%手にしている。
短期間のうちに売却決定から支払いまで完了
成長の兆しが見えるFBA企業を売却するのは、その企業の創始者、オーナーにとってためらわれることだと考えられるが、売却のメリットも大きい。企業価値を上げるサポートを受けられるのはその1つである。さらに注目すべきもう1つのメリットは、すばやく買収を決めるFBA アグリゲーター側の体制である。下図はThrasioの企業買収のプロセスを示したものである。FBA企業が企業売却への申し込みをしてから、情報取得、仮合意、チームとのミーティング、デューデリジェンスを経て、契約まで25~35日。資産購買契約、資産の移行、買収額の支払いまでを40日強で行う。さらに、契約内容とその後の業績により、12ヶ月後以降にEarnoutが支払われるのである。
2022年に入って、アグリゲーターによるFBA企業の買収が少し落ち着いていると聞く。理由は様々あり、中国のコロナ禍の状況などによるサプライチェーンの課題、銀行金利の上昇、Amazonのフィーの上昇、高くなりすぎたFBA企業の価値などが挙げられる。だが、D2Cブランドがこれからも次々生まれて競合が増えていく中で、FBAアグリゲーターのサポートを得て成長のスピードを加速することの重要性に変わりはなく、その共通認識はますます浸透している。またEコマース業界では商品バンドリングが購買金額を上げるための重要戦略であるが、FBA アグリゲーターの手を借りればブランド間のクロスマーケティングやクロス販売も容易になる。FBAアグリゲーターは、Eコマースにおいて新たな競争力を生み出す要として存在感を今後も高めていくだろう。
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