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2022年06月23日

織田 浩一 北米トレンド

ハイブリッドワーク、どこでもワーク? それとも完全オフィス?
~リモートワークの次を模索するアメリカの働き方~

 アメリカではコロナ禍も落ち着きを見せ始め、企業は徐々に完全リモートワークからオフィス出社へと働き方を戻しつつある。その一方、通勤時間を取られず家事に時間を割くことができ、ある程度自分の裁量で労働時間を調整できるリモートワークに慣れた従業員は、オフィスへの出社には消極的だ。つまり、企業と従業員との間でずれが生じている。現在のアメリカにおける、働き方の変化についてまとめてみたい。

完全オフィスへの執着を捨てきれない企業幹部

 2022年6月始めにTesla、SpaceX のCEOであるElon Musk氏が、社員に向けて「社員は少なくとも週40時間をオフィスで過ごさなければならない。さもなければ退職とみなす」というメッセージを送り、話題となった。オフィスに出社して働くのに比べて、リモートワークは効率的にも生産性的にも劣ると彼が考えていることが、驚きとともに広く伝わった。Tesla、SpaceXは製造業の企業であるため、生産現場を直接見ることの重要性を考慮したのかもしれない。いずれにせよ、チームが近い関係で働くことを重視し、企業文化を守ろうとする経営者の発言だった。他方で彼の発言は、コロナ禍の落ち着きによってリモートワークが見直されようとする状況に乗じた、企業経営側からの一方的な考えの押しつけだったとも言えるだろう。

 Microsoftが3月に発表した働き方調査「2022 Work Trend Index: Annual Report」(世界31カ国の3万1000人が対象)によると、比較的柔軟な働き方ができるインフォメーション・ワーカー※の立場にある企業幹部であっても、50%が完全オフィスワークを社員に求める予定であると回答している。一方で、52%の社員はハイブリッドワークまたはリモートワークを続けたいと答える。

※企業内情報にアクセスして仕事をする人

企業と従業員の働き方に対する意識の差
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50%の企業幹部が完全オフィスワークを社員に求めていくという結果。出典:Microsoft 2022 Work Trend Index: Annual Report

 現実には、アメリカの従業員は徐々にではあるがオフィスに戻り始めている。下図は米国労働統計局の統計によるコロナ禍以降のリモートワーク率の推移を示したものだ。2020年5月に36%だったリモートワーク率が今年3月には10%にまで落ちている。

コロナ禍以降のリモートワーク率の推移
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出典:S&P Global Market Intelligence: Workers fight return to the office as employers rethink remote work

若い世代には厳しい環境

 社員はリモートワークを希望している。だが、社員にとってリモートワークは本当に良いことばかりなのだろうか。実は、完全リモートワークは若い世代の働き方に悪い影響を与えているという調査結果がある。若い世代はオフィスで人間関係を構築できていないため、完全リモートワークの環境下ではとりわけZ世代(18-25歳)が他の世代に比べて仕事を進めるのに非常に苦労しているという。「あたらしいアイデアを提供する」「電話会議やビデオ会議で自分の意見を述べる」「仕事へのエンゲージメントや興奮を感じる」などの領域で問題があると彼らは回答する。

 完全リモートワークを経験した最初の世代として、Z世代にもたらした影響を分析することは、今後の働き方を考える上で非常に重要になるはずだ。

世代が上がるにつれてリモートワークへの対応力が増す
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「あたらしいアイデアを提供する」「電話会議やビデオ会議で自分の意見を述べる」「仕事へのエンゲージメントや興奮を感じる」という3つの領域で苦労しているというZ世代の回答が非常に多い。世代が上がるにつれてリモートワークへの対応力が増すことがわかる。出典:Microsoft 2022 Work Trend Index: Annual Report

ハイブリッドワークへのシフトという大波

 企業側としてはオフィス出社に戻していきたい思惑があるものの、Elon Musk氏の発言のように自由度の低い働き方を社員に押し付けることは、優秀な人材の離職を招いたり、新たな人材の採用が難しくなったりしてしまうのではないかと、多くの人材系専門家や企業人事担当者が警鐘を鳴らす。「大量退職」という現象を昨年の記事でも紹介したが、アメリカで、いや世界中で多くの人がコロナ禍における労働環境、労働条件の変化によって自ら退職を選択している。特に下図に見られるように、アメリカでは2022年に入ってから毎月記録的な数の退職者が発生している。これはインフレが加速する中、より条件の良い会社に移ったり、大学などに戻ってより収入の高い仕事や、自分にとって意味のある仕事についたりすることを求める人が増加していることを示している。このような環境では、企業がどれだけ柔軟な働き方を提供できるかが人材獲得の鍵になる。

 特にコロナ禍で子供や家族の世話をするために仕事を辞めたり、失ったりした女性層が、再び労働市場に戻りつつあり、彼女たちへの対応が急務になっている。完全オフィスワークを押し付けるならば、それが彼女たちにどのように受け止められるかは簡単に想像できる。

米国での全労働人口に対する毎月の退職者の割合
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米国での全労働人口に対する毎月の退職者の割合。コロナ禍が始まったところで激減するが2021年ごろにはコロナ前の水準に戻り、その後ほぼ毎月退職者記録を更新している。出典:Wikipedia: Great Resignation

 こうした状況から、完全オフィスワークへの急激な回帰は起こっていない。そしてリモートワークに代わって広がろうとしている働き方が、週2-3日をオフィス、または地域のコワーキングオフィスなどでチームメイトと共に働き、残りをリモートワークで行うハイブリッドワークである。

 Gallopはハイブリッドワークを巡る状況を見るため、14万人のアメリカの従業員を対象に調査を行った。ハイブリッドワークを完全リモートワークおよび完全オフィスワークと比較し、コロナ前の2019年、2022年2月、2022年以降の3つの時間に渡ってそれらがどう推移するかを調べた。調査によると、完全リモートワークはコロナ前に8%だったのが、2022年2月には39%となっている。しかし、今後は24%に落ち着くという予測結果となった。逆に、完全オフィスワークはコロナ前には60%だったのが、2022年2月には19%に下がっており、今後は微増の23%になっていくという予測結果となった。これらに対し、ハイブリッドワークはコロナ前には32%、2022年2月には42%、そして今後は53%へと着実に増加すると期待されている。完全リモートワークとオフィスワークの揺れ戻しの間で、落とし所としてハイブリッドワークが選ばれていると言えるだろう。

 さらに、従業員に最も好まれる働き方でもハイブリッドワークが最多であり59%に達した。完全リモートワークは32%、完全オフィスワークは9%であり、従業員が柔軟性の高い働き方を希望していることがわかる。

働き方はここ数年でどのように変化?
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019年のコロナ前、2022年2月、2022年以降の完全リモートワーク、ハイブリッドワーク、完全オフィスワークの採用状況と予測、希望する割合。
出典:Gallup: The Future of Hybrid Work; 5 Key Questions Answered With Data

 コロナのオミクロン株の広がりなどで計画よりも遅れたものの、Apple、Google・Alphabet、Microsoftは2022年3月から5月にかけてハイブリッドワークの展開を開始した。Apple、Googleは週に3日、Microsoftでは50%以上の労働時間をオフィスで過ごす形を取った。Appleの場合は、この決定に反対する幹部の退職があったことも実施が遅れた理由であり、ハイブリッドワークを強制することもできていない。従業員によって反応が大きく違う状況のようだ。GoogleやMicrosoftは、上司の許可があれば完全リモートワークを続けてもよいという抜け穴を用意して対応している。

「どこからでもワーク」は新たなトレンドとなるか

 Facebook・Meta、民泊サービスのAirbnb、音楽ストリーミングサービスSpotifyは働き方の柔軟さをさらに推し進める「どこからでもワーク」を従業員に提示している。

 スウェーデンに本社を持ち、世界中に6500人の従業員を抱えるSpotifyは、2021年2月に世界中どこででも仕事をしてよいという人事プログラム「Work From Anywhere(どこからでもワーク)」を発表した。どの国や都市を自分の居住地として選んでもよく、その場所でオフィスに行く、コワーキングスペースを利用する、完全リモートワークとする、といったように自分の望む働き方を選択することを認めている。自分の仕事に相応しいタイムゾーンの地域であること、上司の承認や滞在ビザの発行などが必要となるが、最も自由度の高い働き方を提供している企業と言えるだろう。同社は、これにより世界中から最高の人材を獲得できると期待したのである。

Spotifyの人事プログラム「 Work From Anywhere」から1年
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Spotifyの人事プログラム「 Work From Anywhere」から1年

 そして2022年3月、「Work From Everywhere」実施から約1年が経ったところで、その途中結果である「The Reality of Working From Anywhere(どこからでもワークの現実)」が公開された。それによると、全社員6500人の2%にあたる150人程度が実際に住む国を変えて、そのおよそ倍の人数が、例えばニューヨーク州マンハッタンから隣のニュージャージー州に移るなど、アメリカ国内の新しい州に移動したという。約60%の社員がオフィスワークを中心としており、ごくわずかな人数の社員が完全オフィスワークか完全リモートワークを選んでいるという。

 Spotifyでは、2021年に新規採用した人材の半分は想定地域外からの採用であったという。「Work From Anywhere」がなければこれだけ様々な地域からの採用は見込めなかったはずである。大量退職のトレンドもSpotifyでの影響は限定的だった。変化を必要とする従業員が新しい場所に移ることを助け、それにより競合する企業よりも多くの人材を保持できている。

 コロナ禍により働き方は大きく変わった。テクノロジー企業を中心に自社の従業員の希望の実現や企業文化の構築、業務の効率化などのため、様々な実験を繰り返している。TeslaやSpaceXのような製造業では本当に完全オフィスワークでなければならないのかという疑問も、他の製造企業の実験で明らかになるかも知れない。そして、その答えが明らかになった時には、すでに企業として人材の採用や維持で差がついている可能性もある。理想の働き方を巡る企業と従業員の追究の取り組みはまだまだ続きそうである。

織田 浩一(おりた・こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

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