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製造業で浸透が進むデジタルツイン
~ロッキード・マーティンやBMWの事例から活用の最前線を探る~

 世界中の企業がデジタルツインへの関心を高めており、投資も進んでいる。関連の業界団体であるデジタルツインコンソーシアム別ウィンドウで開きますも活動のウイングを広げつつある。同団体が2022年春に開いたオンラインセミナーに参加し、デジタルツインの最前線を取材した。特に、後述する製造業2社にフォーカスし、彼らがどのようにデジタルツインを使っているのかを探った。セミナーでは具体的に説明されていたので、その内容をまとめてみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

コンソーシアムがデジタルツインの「周期表」を発表

 企業のデジタルツインへの興味の高まりに歩調を合わせ、業界団体であるデジタルツインコンソーシアムも組織を拡大している。2年ほどの歴史のある団体で、2020年には150だったメンバー企業・団体も、今では200を大きく超える数になった。製造業、モビリティ・運輸、フィンテック、医療・ライフサイエンスなど様々な業種別の委員会や、テクノロジー・用語・分類、セキュリティ・信頼性などの業種横断的な課題を扱う委員会など、全部で11の委員会が活動している。同時に、外部の団体とも提携を進めている。最近ではスマートシティカウンシルという団体との提携が発表された。

 委員会はデジタルツインのスタンダード設定や業種に関連する課題解決に尽力しており、「デジタルツインのIoTセキュリティの成熟モデル」や「デジタルツインシステムの相互運用性フレームワーク」などを策定し、発表している。まずは今回の発表内容の中にもあり、春のオンランセミナーでも説明されていた「デジタルツインエコシステムの機能周期表」について紹介しよう。

 これは、デジタルツインに欠かせない機能要素を集大成し、元素の「周期表」のように、それぞれの性質や特徴を考慮して一覧できるように並べてある。企業にとって、デジタルツインは多くの部署が提供する機能と協力体制から作られるものだ。そのため、このデジタルツインの周期表は、その際に欠かせない存在になりえるだろう。

 機能要素をまとめた周期表が下図である。「データサービス」「機能統合」「インテリジェンス」「UX」「管理」「信頼性」などの分野に分かれ、全部で62の機能を構成要素として取り上げている。デジタルツインの利用ケースによって必要な要素を選び、それに対応する体制を構築するのに役立てることができる。「信頼性」を強化するのであればセキュリティやプライバシーに対応する部署の協力が必要になるだろうし、「インテリジェンス」を追求するのであればデータサイエンスやBIに関連する部署との連携が必要になるだろう。業種に関係なくデジタルツインを作るための要素を選択し、協力体制を社内で構築しロードマップを策定する上で有効なツールになる周期表である。

Capabilities Periodic Table For Digital Twin Ecosystem
「デジタルツインエコシステムの機能周期表」。デジタルツインは企業の多数の部署から提供される機能とその協力体制で作られるもので、表ではそれらの要素を示している。出典:Harnessing the Power of Digital Twins - Spanning Many Markets, Dan Isaacs, CTO, Digital Twin Consortium

 さらに、オンラインセミナーから製造業におけるデジタルツイン利用の最前線を見てみよう。今回のセミナー全体としては、2021年秋にコンソーシアムが開催したオンライン・イベントに比べて、ますます具体的な利用事例が出てきている印象を受けた。それも製造ラインの広範な領域、あるいは工場全体にデジタルツインを適用するような大型の事例が出てきている。

ロッキード・マーティン:デジタルツインを利用した製造DX

 航空、軍事、宇宙開発などの事業を運営するロッキード・マーティンでは、現在進みつつある製造工場でのデジタルツイン利用の様子が伝えられた。11万人の社員のうち、5万8000人が航空・宇宙科学やエンジニアリングに携わっており、工場を含む400近くの施設を持つ大企業である。2万8000人の社員が在籍する航空部門では月に平均13機の航空機を製造している。同部門でどのようにデジタルツインが利用されているのかを聞いた。

LOCKHEED MARTIN BUSINESS AREAS
航空機、ヘリコプターなどのロータリー製品やミッションシステム、軍事、宇宙開発などがロッキード・マーティンの主な事業分野である。出典: The Digital T's -- Threads, Twins, Technology, and Transformation: Digital Twin Consortium Manufacturing Day presentation with speaker Dr. Don Kinard, LM Senior Fellow, Lockheed Martin

 多くの顧客を持つこの部門では、当然のことながら製造スピードの向上や顧客のニーズに対して素早く反応する柔軟性などを持ち合わせる必要がある。このためにDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要であったという。

 製造におけるデジタルツインの全般的な利用を示したのが下図である。パーツの3Dモデルから製造したり、モックアップを製作したりして、製造プロセスをデジタルツイン上で確認し、メンテナンスや工場運営のシミュレーションなどを行う。それらのデータは、図の右側でロボットなどを使ったデジタル製造や検査のほか、トレーニングコンテンツを提供したり、組み立てライン計画などへのフィードバックを行ったりすることに使われているという。

THE DIGITAL THREAD (AKA MBE)
同社のデジタルスレッドの図。製造のすべての段階でデジタルツインを使っていくことが示されている。出典: The Digital T's -- Threads, Twins, Technology, and Transformation: Digital Twin Consortium Manufacturing Day presentation with speaker Dr. Don Kinard, LM Senior Fellow, Lockheed Martin

デジタルツインの指示とAR併用で作業品質をアップ

 具体例を見てみよう。下図は工場での作業員が組み立て作業をする様子を示している。デジタルツインの作業指示に従い、特定のネジを差し込む箇所に薄い緑の光を映すことで効率的に作業できるようにしている。以前のように紙のマニュアルを何度も確認する必要がなくなり、作業の間違いが減少したことで品質を高めることにも役立っている。

OPTICAL PROJECTION OF WORK INSTRUCTIONS
特定のネジを差し込む部分に薄い緑の光を映すことで、効率的に作業ができるよう支援し、間違いを減らしている。出典: The Digital T's -- Threads, Twins, Technology, and Transformation: Digital Twin Consortium Manufacturing Day presentation with speaker Dr. Don Kinard, LM Senior Fellow, Lockheed Martin

 さらに、デジタルツインはAR(拡張現実)機能もサポートする。下図は作業員がタブレットを使っている様子である。画面のARで作業の手順を示したり、パーツの在庫状況を示したりすることができるという。ARは5年前に作業のトレーニングのために導入されたが、今では工場内で広く使われているという。

AR APPLIED TO HARNESS INSTALLATIONS
工場内でタブレットを使いAR機能で作業効率を上げている。出典: The Digital T's -- Threads, Twins, Technology, and Transformation: Digital Twin Consortium Manufacturing Day presentation with speaker Dr. Don Kinard, LM Senior Fellow, Lockheed Martin

ロボットの自動化作業にも活用

 最新のデジタルツインは、ロボットを使った製造システムにも採用されている。下図は複数のパーツをネジで組み合わせる作業の様子である。ロボットがパーツを自動的に削り、ネジのサイズに従って中心部分を計算して穴を開け、ネジを締めて、それを別のロボットが検査する。従来の人による作業を自動化した。このシステムは、工場での作業員の繰り返し作業を減らし、同時に作業品質を高いレベルで均一化することに役立っているという。

Fastener Fill Robotic System
デジタルツインのデータと複数のロボットを使い、パーツを削り、穴を開け、ネジを締め、検査をするという一連の作業を自動化している。出典: The Digital T's -- Threads, Twins, Technology, and Transformation: Digital Twin Consortium Manufacturing Day presentation with speaker Dr. Don Kinard, LM Senior Fellow, Lockheed Martin

 ロッキード・マーティンは、現在、インダストリー4.0構想実現のための施策を進めており、別々の製造システムをデジタルツインデータでつなぎ合わせ、製品のプロトタイプから、製造プロセスのデザイン、そして業務の自動化などを進めることで、3〜10倍の製造サイクルの短縮化を目指しているという。

THE INTELLIGENT ENTERPRISE SYSTEM – INDUSTRY 4.0
データ主導の製造コンセプトであるインダストリー4.0を目指し、複数の製造システムをデジタルツインでつなぎ合わせることを目指している。出典: The Digital T's -- Threads, Twins, Technology, and Transformation: Digital Twin Consortium Manufacturing Day presentation with speaker Dr. Don Kinard, LM Senior Fellow, Lockheed Martin

BMW:デジタルツインから新工場を設計

 2021年4月にAI・GPU企業NvidiaのGPU Technology Conferenceで発表されたのが、BMWが新工場の設計や運営にNvidiaのデジタルツインプラットフォームOmniverseを利用するというニュースだった。今回のオンラインセミナーでは、その続きとして実際にドイツ・レーゲンスブルグに新工場が完成したことが発表された。

 BMWには10の車種で40の別々のモデルがあり、それぞれに100以上のオプションを用意しているため、製造プロセスには多くのカスタム化が必要となる。また、新車のローンチの度に生産ラインを再構築するため、調整の迅速化、自動化の方法などをトータルに設計していく必要がある。そこで、デジタルツインとAIを使って、このプロセスを効率化していくことにした。工場のCADモデルとロボットのCADモデルを工場のデジタルツインの中に配置していき、デジタル作業員のトレーニングをしながら、生産ラインの構成を設計し、パーツ在庫を自動的に運んでくるロボットをどのように移動させるべきかなどを検討するという。

生産ライン構築にかかる期間を大幅短縮

 工場の生産ラインの設計では、リアル作業員の動きをモーションキャプチャースーツでトラッキングし、そのデータを使ってデジタル作業員を作り、トレーニングしたという。生産ライン設計者の2人が別々の地域から参加し、作業員の繰り返し作業における※エルゴノミクスの課題と向き合いながら設計していったという。

  • 製品を使用する人間の負荷や操作ミスを減らしたり、快適性や効率を向上させたりすることを目指す設計の考え方。
リアル作業員の動きのイメージ
作業員の動きをモーションキャプチャースーツでデータ化し、デジタルツイン内のデジタル作業員をトレーニングして生産ラインでのエルゴノミクスの課題を解決する。出典: Digital Twin Consortium Webinars: Virtual Worlds with Nvidia Omniverse, Mike Geyer, NVIDIA

 さらに、カスタム化のためにロボットが専用パーツを生産ラインに持ち寄る動きなども調整する。下図の左側の大きな装置は自動棚搬送ロボットである。作業員の邪魔をせず、安全にパーツを生産ラインに持ってくるにはどのコースを選べばいいのか、作業員との距離をどの程度取ればいいかなど、RPA(ロボティックス・プロセス・オートメーション)を使った繰り返しの学習をデジタルツイン内で行っているという。シミュレーションは、光の反射なども含めて本物の映像のような品質で工場の状況をほぼリアルタイムに反映させることも可能なレベルの精緻さである。

 BMWはデジタルツインを利用することで、工場の生産ライン構築にかかる期間は数週間から数ヶ月間も短縮できるようになった。この成果を受けて、同社では全部で31ある他の工場についてもデジタルツインの採用を検討し始めている。

リアル作業員の動きのイメージ
生産ラインの自動棚搬送ロボットの動きを制御するためのシミュレーションや、合成データなどを使ったトレーニングを行っている。出典: Digital Twin Consortium Webinars: Virtual Worlds with Nvidia Omniverse, Mike Geyer, NVIDIA

 デジタルツインはリアル環境とデジタル環境のつながりに主眼を置いているが、AR(拡張現実)や今注目のメタバース、さらにはロボティックスをつなぐ役割も色濃いことがこれらの事例は示している。デジタルツインによって、メタバースは個人の消費者向けよりも企業向けの方が早く立ち上がり、投資もより活発になっているとも言われる。製造業界がDXの推進だけでなく、人材不足やサプライチェーンの課題にも対応し、より安定的な事業運営を継続するために、デジタルツインが一層重要な役割を担うようになったのは間違いない。