本文へ移動

日本を3D都市化したら何が変わる?本格的に始動する「まちづくりのDX」

 現在、国土交通省の主導のもと、都市をサイバー空間に再現する「Project PLATEAU(プロジェクト・プラトー)」が進められている。この取り組みは、3D都市モデルを整備することで、「まちづくりのDX」を推進し、都市計画・まちづくりや防災、新たな都市サービスの創出につなげようというもの。2020年12月にはティザー版Webサイトを公開し、東京23区全域を網羅した3D都市モデルを先行公開している。このWebサイトの構築も含めた情報発信を担当しているのが、パノラマティクスの齋藤 精一氏だ。「Project PLATEAU」は、日本のまちづくりをどう変えていくのだろうか。齋藤氏に話を聞いた。

齋藤 精一 氏

パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2018-2022年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博People’s Living Labクリエイター。

3D都市モデルを整備して「まちづくりのDX」を実現へ

 新型コロナウイルスによって、世の中の価値観が大きく変わりつつある。

 「Project PLATEAU(以下、PLATEAU)」で整備が進められている「3D都市モデル」とは、建物や街路などの構造物に、形や名称・用途・建設年などの属性情報を加え、都市空間そのものをデジタルで再現した3次元の都市空間データである(図1)。

3D都市モデルの一例。建物や街路、橋などのオブジェクトごとに、形や名称、用途、建築年などの全情報を属性として定義。標準化されたフォーマットによるデータベースの構築が可能となる
出展:Project PLATEAU:https://www.mlit.go.jp/plateau/別ウィンドウで開きます

 自治体が都市計画のためにつくっている2D地図に、航空測量などによって得られた高さなどのデータを掛け合わせて、立体的な都市モデルを作成。これに、建物・土地利用の現況などの各種データを加えれば、人流や気候、交通などの高度なシミュレーションや分析が可能となる。

 しかし従来、日本の地形や地価・地盤などについては国交省や国土地理院がデータ化を進め、「各々の場所がどのように使われているか」といった都市活動データについては、地方自治体がそれぞれ中心となってデータ化を進めてきた。このため、データが各所に分散しており、なかなか活用が進まないのが実情だった。

 「各地のデータを集めて一元管理したくても、地方自治体ごとにデータのプロトコルが違うので、データを統合することができない。こうした縦割りの弊害が、地図情報の統合と一元管理、効果的な活用を阻んできたわけです」と、齋藤氏は指摘する。

株式会社アブストラクトエンジン
代表取締役
パノラマティクス主宰
齋藤 精一 氏

 そこで、国土交通省(以下、国交省)は分散した地図情報の統合化と3D化に着手。「まちづくりのDX」を進めるため、3D地図をベースとした情報プラットフォームの構築に乗り出した。

 「地図情報はインタフェースとしてわかりやすいだけでなく、古い時代の地図情報も豊富で、コンピュータ上に建物の立体モデルを再現するBIM(Building Information Modeling)などの技術も進化しています。ならば、地図を使わない手はないだろうということで、新たに考案されたのが、地図情報をベースとした『PLATEAU』のアーキテクチャーです。各自治体がバラバラにつくってきた地図情報を、国交省という本丸が旗振り役となって統合し、最新の技術を用いて全国の地図情報データベースをつくる。それによって、真のDXが実現するのではないかと考えています」と齋藤氏は期待を込める。

「PLATEAU」がアーキテクチャーを提供し、民間がサービスを実装する

 3D都市モデル化の試みは、今に始まったわけではない。これまでも、3D都市の情報プラットフォームの構築はさまざまな形で進められてきたが、「ただし、国と民間の役割分担が曖昧だった」と齋藤氏は指摘する。

 「『PLATEAU』はあくまでアーキテクチャーを提供し、民間が戦略特区や実証実験で培ったサービスを実装していくというのが、今回の考え方です。まちづくりをデジタル化するメリットとは、『都市の全体を把握して、全体最適化を実現すること』にあります。そのアーキテクチャーの部分を担うのが『PLATEAU』というOSで、それを実際に活用するのが、すなわち民間が開発するアプリだというのが僕の考えです。データを掛け合わせれば、『1×1=10』になるような新しい価値を生む可能性もある。縦割りを打破して、業界越境的・業界横断的なまちづくりを進めることが、これからは重要ではないでしょうか」と齋藤氏は持論を述べる。

アイデアソンとハッカソンでもユニークな発想が目白押し

 現在、全国約50都市で3D都市モデルの整備が進められ、さまざまな形でのソリューション開発が進められている。そのカギを握るのが、形状を再現したジオメトリー(幾何学)モデルと、セマンティック(意味を持つ)モデルを融合させた、「PLATEAU」独自のデザインだ。単なる形状だけでなく、用途や素材、建設年などの属性を記述したセマンティック・データを付与したことで、活用の可能性は一気に広がったのである。

 その1つが「防災」分野での活用だ。例えば、東京23区では、災害リスクのビジュアル化によって認知度向上を図るため、洪水浸水想定区域図を3D化する先駆的プロジェクトを実施している。また、福島県の郡山駅周辺では、浸水想定区域図の3D化と合わせて、「垂直避難」(高い建物に避難すること)が可能な建物をピックアップし、3D都市モデル上に可視化する取り組みを行っている。

 ほかにも、石川県加賀市や東京駅周辺では、物流ドローンの安全で効率的な航行を実現するため、3D都市モデルを活用したフライトシミュレーションを実施。その有用性を検証する実証実験が行われているという。

 「セマンティック・データを使うと、人流や交通のシミュレーションが可能になり、全体最適化のための解像度が向上します。先日行ったアイデアソンとハッカソンでも、民間企業からさまざまなアイデアが提示されました。例えば、建物の高さと太陽の動きを組み合わせることによって日照のシミュレーションができるため、『どの建物にソーラーパネルを設置すれば、より高い発電効率が得られるか』を計算できる。また、『建物の何階にどんなエッジがあるか』『どのような気流が発生するか』をシミュレーションすれば、ドローンが安全に航行・着陸できる場所を見極めることも可能です。ほかにも、人流を調べれば、『どこに商圏があるのか』『どこに商業施設を置けば人の流れが変わるのか』を解析できる、という話もありました。この3D都市モデルの提供をきっかけとして、さまざまなアイデアの種が生まれつつあります」(齋藤氏)

「PLATEAU」と「バーチャル・シンガポール」の違いとは

 現在、世界各国でも3D都市モデルを用いた取り組みが行われている。その中でも特に知名度の高いプロジェクトが、シンガポールの推進する「バーチャル・シンガポール」だろう。この「バーチャル・シンガポール」とは、「デジタルツイン」の技術を利用して、シンガポールの国土すべてをバーチャル化しようという試み。国土の地形や建築物、交通機関などのインフラ情報を統合して、都市を丸ごと3Dモデルで再現することを目指したものだ。

 それでは、「PLATEAU」と「バーチャル・シンガポール」との違いとは何だろうか。齋藤氏は次のように説明する。

 「1つは、『PLATEAU』が、セマンティクス(意味)を記述できる唯一の標準フォーマットであるCityGMLを使い、そのLOD (Level of Detail)と呼ばれる概念に基づいて、解像度の異なるさまざまな情報の統合管理を行っていることです。『PLATEAU』は、LOD1(建物+高さ情報)、LOD2(+屋根情報)、LOD3(+外構)、LOD4(+室内)と、4段階の解像度によりデータを統合的に管理します。これほど詳細なレベルのものは、シンガポールではつくられていません。シンガポールが先んじて直面した課題や活用方法を見てきたからこそ、『PLATEAU』は後発の強みを活かして、より充実したものをつくることができた。それが大きな違いだと考えています」

CityGMLにはLOD(Level of Detail)という概念がある。1つの対象物について、詳細度が異なるさまざまなレベルのデータを持ち、統合的にデータを一元管理することができる
出展:Project PLATEAU:https://www.mlit.go.jp/plateau/別ウィンドウで開きます

これからは「日本らしさ」を再定義して実装する時代

 今後、「PLATEAU」はティザーサイトやSNSを通じて、3D都市モデルや事例を順次公開。一般の意見を広く求め、市民参加型のまちづくりを進める考えだ。

 「例えば、『ここにベンチが欲しい』『ここに公園が欲しい』と思っても、市民の声はなかなか行政に反映されにくい。もし3D都市モデルが公開されれば、『この場所にこんな施設をつくっても、誰も使わない』『この場所は使われていないので、こんな風に有効活用したい』といった市民の声を、行政に直接届けられるようになります」

 また、3D都市モデルを使えば、ハザードマップの解像度も大きく向上するので、災害シミュレーションの結果を災害リスクとして可視化し、市民の意見を募ることも可能となる。「今後は「PLATEAU」が、市民参加型のまちづくりを進めるためのインフラとなっていくことを期待しています」と齋藤氏は語る。

 コロナ禍によって旧来の価値観が根底から覆された今、新しいライフスタイルやワークスタイルの模索が始まっている。そんな中、「PLATEAU」をベースとして、どのような日本独自のまちづくりを目指すべきなのか。

 「僕自身、コロナ禍の前は、『人中心の世界をつくっていこう』と言っていました。でも、コロナ禍を経験した今は、人新世(アントロポセン)的な意味合いで、『人と環境をどう共生させていくのか』をより考えるようになりました。それはまちづくりのDXも同じです。『人間だけの最適化』ではなく、200年後に森林が生きていけるかどうかなど、『周りの環境も含めて最適化』していく必要がある。古来、日本人は環境と共生しながら、サーキュラー・エコノミー(循環型経済)を実践してきたわけですが、大量消費や経済合理性を追求する中で、多様な自然と共生するノウハウを破壊してしまいました。

 とはいえ、日本には八百万の神を祀った神社仏閣があり、日本人には『神は万物に宿るのだから、身の回りのものを大切に扱おう』という精神性が埋め込まれている。コロナ禍を経験してあらためて思ったのは、『こうした日本らしさをもう一度追求しなければいけない』ということです。日本らしさとは何なのか。それはアイデアなのか、それとも生活、文化、産業なのかということを、再定義して実装する時代に入ったと感じています」

  • 人新世(アントロポセン):人類の活動自体が、小惑星の衝突や火山の大噴火に匹敵するような変化を地質に刻み込んでいることを示した言葉

 「PLATEAU」のオープンデータ化は2021年3月末。今後は民間が中心となり、3D都市モデルのデータを活用しながら、新しいビジネスやアイデアの創出に向けて走り出すことになる。

 「これからは、国が中心となって進めてきたプラットフォーム事業を、民間がどう受け取り、自走式で進めていくかを考えなければなりません。そのためにも、『PLATEAU』を活用してどんなサービスができるのかというユースケースを、どんどん共有していきたい。大阪・関西万博やサーキュラー・エコノミーの実証実験など、いろいろな形で『PLATEAU』を使っていければと考えています」と齋藤氏は話す

 3D都市モデルを活用し、いかに日本らしい魅力的なまちづくりができるか――課題先進国日本が再び輝きを放てるかどうかのカギを握ることになりそうだ。