薄利の小売業界で高収益に湧くリテールメディア
~急拡大する市場と店舗内外へと多様化するチャネル~
Text:織田浩一
新たな広告メディアとして、そして小売企業の新たな収益源としても成長が著しいリテールメディア。今回は、さらに拡大しつつあるリテールメディアの市場やオンラインから店舗内へと多様化するチャネルなどについて述べていきたい。
織田 浩一 氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
検索広告、ソーシャルに続く、第三のデジタル広告の波
小売企業が展開するメディアビジネスである「リテールメディア」が北米とヨーロッパで大きく伸びている。これまでは主に小売企業のEコマースサイト、またはアプリ上での広告メニュー、つまりデジタル広告として展開されてきたが、その成長率は非常に高く、Googleを中心とする「検索広告」、Facebookやインスタグラムを中心とする「ソーシャル広告」に続いて、Amazonを中心とした第三のデジタル広告の波と考えられている。
下図は、Inside Intelligence・eMarketerが調査したもので、アメリカにおける3種の広告市場が10億ドル(約1343億円)から300億ドル(約40兆円)に到達するまで要した期間を示したものである。検索広告が14年、ソーシャル広告が11年かかったのに対して、リテールメディアは5年で到達するという驚異の急成長を遂げている市場であることがわかる。
このリテールメディアは、グローバルでも急成長が見込まれている。下図は、広告代理店グループ大手WPP傘下のメディア広告代理店GroupMがリテールメディア市場の予測を行ったものである。二桁パーセントを継続した大きな成長が見込まれている。
大手小売チェーンの重要な収益源になりつつあるリテールメディア
リテールメディア広告の主なメニューには、下図にあるAmazonのサイトで見られるような検索内容に合わせた「スポンサープロダクト広告」や広告主ブランドの商品を集めたランディングページである「ストア」、ウォルマートのサイトで見られるような「スポンサーディスプレー広告」などがある。また、小売企業の中には、Eメールの中に広告を含めるサービスを拡充しているところもある。
主な広告主は、Eコマースサイトで商品を販売している企業だ。商品やブランドの認知を向上させたり、売上や販売シェアを伸ばしたりすることを目的に出稿している。
先述した通り、リテールメディアは成長が著しい市場のため、Amazon、Walmartなどの大手だけではなく、数多くの小売企業が参入している。下図で見られるように、スーパー、デパート、大型店舗、1ドルショップ、会員制ストア、専門店、DoordashやUberEatsなど宅配サービス、マーケットプレースなど業態も様々だ。
また、小売企業だけでなく、ユナイテッド航空やマリオットホテル、ライブイベントチケット販売のTicketmasterやクレジットカード企業などもEコマースサイト、アプリなどで広告販売を行っており、リテールメディアの概念がさらに広がりつつある。
すでにAmazonのリテールメディアビジネス「Amazon Ads」は、2022年に377億ドル(約5兆円)の広告売上を計上しており、これは同社の売上全体の7.5%にのぼっている。一方、ライバルであるWalmartも2022年に27億ドル(約3641億円)の広告売上を上げ、売上全体の4.7%を占めるに至る。下図にあるように、Walmartのリテールメディアは対前年比40%弱の成長を遂げているのが非常に魅力的だ。もはや本業である小売の売上には、これだけの成長を達成する事業は見当たらないのではないか。
リテールメディアが魅力的なのは、広告売上の伸びだけではない。小売企業にとって、本業である小売事業の利益率は通常1-5%と薄利であるが、リテールメディア広告の利益率は60-90%と非常に高い。株主からの企業業績への圧力が強まっている大手小売企業にとっては、自社の財務状況を改善する上でも非常に戦略的な新規事業になっているのである。
広告主もメリットを感じて利用が拡大
リテールメディアの広告主は、そのEコマースサイト、小売店で販売を行っているメーカーである。また、マーケットプレースサイトではそこで商品を販売している小売店やメーカーが広告主となる。彼らが感じているメリットを示したのが下図である。
「小売チェーンとのより深い関係」や「小売チェーンが運営するメディア・プロパティへのアクセス」が上位にあがっているのは、リテールメディアがGoogleやFacebook、インスタグラムなど他のデジタルメディアと差別化できる点に理由がある。
それは、小売企業が持つ顧客一人ひとりの過去の購買履歴や商品閲覧履歴などの独自データを利用することで、広告主はターゲティングができたり、広告出稿の結果、顧客の購買に繋がったかどうかの実データによる効果検証まで可能になったりするからだ。
また、小売企業が持つ豊富な顧客属性データを活用することで、店舗内で容易には販売できない自動車、保険やローンなどの金融商品、医薬品などの広告主にも利用が広がっており、これがリテールメディア市場をさらに拡大することに役立っている。
次のリテールメディアの成長市場はサイト外
Eコマースサイトやアプリでの広告は、そのサイトに訪れるユーザー数やサイトページのスペースにどれだけの数の広告が掲載できるかが上限になってしまう。そこで、広告掲載場所を増やすために、Eコマースサイト外での広告を展開するリテールメディアが増えている。
Facebook、Twitter、Snapchat、インスタグラムなどのソーシャルメディアには、すでに数多くのリテールメディアが広告を展開しており、それ以外に外部のメディアサイトとの連携を推し進めているリテールメディアが増えている。
Eコマースサイト上での顧客の商品閲覧、購買行動などをターゲティングデータとして利用することで、Eコマースサイト外においても、アクセスした顧客に対して外部メディアサイト上でリターゲティングなどの広告露出を行い、商品購買を促進する。
大手リテールメディアは、大手メディアプラットフォームへの提携を進めており、例えば、下図に見られるようにWalmartのリテールメディア部門Walmart ConnectはTikTok、Snapchatなどと提携し、コンテンツフィード内のビデオ広告やライブコマースからすぐに商品購買ができる機能を実装している。
さらに、もう一つの急成長しているメディアとして注目される、CTV(Connected TVの略、ネットとアプリを介して動画のストリーミングサービスなどを視聴できるスマートTV)広告への展開が、リテールメディアのあらたな拡大施策となっている。
北米を中心にヨーロッパ、中南米などで数千万のユーザーを抱えると言われるCTVサービスを展開するRokuと、Walmart Connectが提携し、下図に見られるようにRokuでのテレビCMからRokuのリモートコントロールを利用してWalmartで購買が可能な機能を展開し始めている。
また、アメリカのスーパーマーケットチェーンKrogerもDisneyと提携し、傘下のストリーミングサイトHuluにおいてターゲティングされたテレビCMを配信するビジネスを始めている。
これらのソーシャルメディアや外部メディアサイト、CTVなどでの展開は、今までリテールメディア広告が商品の販売促進目的で実施されていたことに加えて、ブランディングや商品認知、商品概要の理解、購買検討など、いわゆるパーチェスファネルの初期段階にまで伸長していることを示している。これもリテールメディア市場拡大に貢献しているといえる。
もう一つの成長市場は実店舗内
そして、これから拡大していくと考えられるのが、実店舗内におけるリテールメディアである。
下図は大手小売チェーンのEコマースサイトやアプリなど、デジタル上のユーザー数と実店舗への来店客数を、メディアとしてのオーディエンス規模として比較したものである。すべての小売チェーンで実店舗来店客の方がデジタルにおけるユーザー数を大きく上回っており、ここに新たなリテールメディアのビジネスチャンスがある。
大手小売チェーンではすでに実店舗内でのリテールメディア展開を推し進めている。例えば、Walmart Connectでは、下図のように4700店舗内でのテレビ売り場に並ぶ17万のテレビスクリーンでの広告展開を行なったり、店内でのデジタルサイネージでの広告、また、セルフレジのスクリーンなどでの広告、商品販促などを実施していたりする。
これら以外にも実店舗内イベントを定期的に行い、そこでメーカーなどがスポンサーとして、特定地域への広告展開を可能にすることもサポートしている。
多くの小売チェーンが独自のリテールメディアを立ち上げることで、広告主にとって広告購買の業務が細分化することや、リテールメディア間で統一した指標や商品分類、オーディエンスセグメント分類などが必要という声もあり、業界団体と協力して標準化などが進みつつある。
リテールメディアは小売企業のEコマースサイト、アプリなどから始まったが、今ではソーシャルメディアや外部メディアサイト、CTVなどへのブランディング広告を出稿することを可能にし、また実店舗内での展開を推し進めている。
リテールメディアの筆頭であるAmazon Adsは、日米ほぼ同時に2011年頃に始めたようであるが、全体的には日本は北米から5-6年遅れている感がある。ただ、日本においても大手小売企業から徐々に参入しつつあるようだ。ここからソーシャルメディアや外部メディアサイト、CTV、テレビ、実店舗内などがどのような展開になるのかが、気になるところである。
北米トレンド