デジタル化からの揺り戻し 第2回 デジタルメディア・広告
堅調なデジタルメディア利用の一方、広告市場に激震
~リテールメディアも台頭、生成AIなどで次の成長うかがう~
Text:織田浩一
第1回のSaaSに引き続き、デジタル化からの揺り戻しシリーズの第2回は北米のデジタルメディア・広告分野を取り上げる。コロナ禍を経て、同分野でどのようなことが起こっているかを見てみよう。まずは、あるデジタル広告関連企業の突然の破産から話を始めたい。
織田 浩一 氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
企業価値80億ドルから破産へ真っ逆さま
2023年6月30日、米国のデジタル広告業界に衝撃が走った。2007年にDSP提供の先駆けとして誕生したMediaMathが、連邦破産法第11条の申請を行い、業務を停止すると発表したのだ。DSP(Demand Side Platform)とは広告主がデジタル広告効果の最大化をねらうデジタル広告購買プラットフォーム。同社は入札形式で広告在庫の売買を行うプログラマティック広告の市場をけん引する存在だった。在籍する社員は750人、6億ドル以上の投資を受け、一時期は80億ドルの企業価値を誇った。
企業価値自体はピークから下降をたどったものの、IBMやシンガポールテレコムなど大手3企業から10億ドル近くの企業価値を前提に買収交渉を受けながら、日本企業とのジョイントベンチャーを含めグローバルで活動していた。だが、競合であるGoogleのDisplay & Video 360、上場したThe Trade DeskやAdformが台頭してくると市場での存在感に徐々に陰りが生じた。2018年に投資銀行2社から投資やローンを得たが赤字を脱することができず、社員を300人ほどに減らすことになる。MediaMathの売却に関する投資家間での調整コストもかさみ、創始者兼CEOは取締役会から締め出され、役員の一人がCEOになったものの売却や新たな投資、ローンの取得に至らなかった。
連邦破産法第11条により負債が整理されることになるが、Magniteに1260万ドル、PubMaticに1050万ドル、Sonobiに530万ドル、Microsoft傘下のXandrに400万ドルなど、SSP(メディア向けの広告販売プラットフォーム)を中心とする200社に対して合計1億2500万ドルの負債を残すことが伝えられている。広告主は競合のDSPに移り始め、一部のSSPや媒体社ではMediaMathとの業務を控えた。金利急上昇の中、金融業界や不動産業界と同様に、デジタル広告業界においてもキャッシュフローや与信枠のあり方、連鎖倒産の可能性について話し合われるきっかけともなった。
実は、これに先立つ5月にも、3,000人規模で活発に活動し、最大570億ドルの企業価値があると言われていた新興メディア企業Vice Media Groupが、同様に連邦破産法第11条の申請を行っており、債務企業グループへの売却話が進んでいるところである。同社とMediaMathの結末は、コロナ禍でのデジタルシフトが急激に進んだ後の揺り戻しの影響をもろに受けた点で共通している。そこで、あらためてコロナ禍のデジタルシフトの動きを点検してみよう。
デジタルメディアの利用時間は増加の一途
コロナ禍のロックダウンがSaaSを含むデジタルサービスへと人々や企業を走らせたことは前回の記事で解説したが、同時期、デジタルメディアの利用も大きな伸びを見せた。下図はオンライン利用者の調査を行うComscoreによるモバイル端末やPCを使った教育、エンターテイメント、家族・若者情報、金融サービス、ゲーム、政府、健康、ニュース・情報、小売、ソーシャルメディアの10分野におけるデジタルメディアへの訪問回数のトレンドである。2020年、コロナ禍によるロックダウンが始まった3月後半から急増し、ピークを迎える4月20-26日の訪問回数は、2月3-9日の週における訪問数に比べて48ポイント増となっている。その後、企業や学校などが夏季休暇に入る7月27日-8月2日においても2月3-9日の週に比べて31ポイント増と、高止まりのままだったことがわかる。
デジタルメディア利用は、その後もさらに高まる傾向が見られる。下図は米の成人(18歳以上)が1日平均何時間デジタルメディアと従来型メディア(TV、新聞、雑誌、ラジオなど)に接触するかを調査したもので、調査会社Insider Intelligence・eMarketerに今年6月に発表された。2022年までは実数、2023年以降は予測であるが、従来型メディアの利用時間を奪いながらデジタルメディアの利用時間がますます伸びていく様子が示されている。
デジタル広告の成長鈍化は2022年から
だが、デジタルメディア利用が高位安定を示す一方で、デジタル広告費が同じように伸びていかない状況が2021年後半から生まれた。
第一の原因は、コロナ禍によるサプライチェーンの混乱だ。半導体の生産やそのための部品の供給に関わるロジスティクスに問題が発生し、自動車、家電、医療業界などで製品不足が起こった。そうした状況を受けて広告主は製品広告を控えることとなった。
次にインフレによる金利上昇、人件費高騰である。インフレ対策のために米連邦準備銀行が2022年から1年で金利を5%へと上昇させたため、多くの広告主が広告費ではなく、金利対策や人件費に経費を回す方向に舵を切った。また、人材不足によりサービスの質が落ちることを恐れて、サービス業界が広告を差し控えるという動きも見られたようだ。
さらに並行して、Appleが利用者のプライバシー保護のためにSafariやアプリに対し、デジタル広告企業によるトラッキングの防止機能を導入した。このことから、Appleデバイスに対してMetaやGoogle、Amazon、広告プラットフォームのCriteoなどの広告効果が下がることとなった。そのため効果を感じられない広告主が広告予算を抑えたり、従来型メディアにシフトしたりする動きが見られた。
下図は、アメリカのデジタル広告業界団体IABが発表した2020年から2022年にかけてのデジタル広告費のトレンドである。2020年のコロナ禍初期に差し控えられた広告費が、2021年にデジタルメディアの利用増加とともに回復傾向を見せ、対前年で35.4%も伸びたが、2022年には10.8%の増加にとどまっている。
これを四半期単位で見てみると、期が進むに連れて伸び率が落ちているのが明らかである。下図は2021年の各四半期と2022年の各四半期を比較したものだ。2022年第1四半期には対前年同期で21.1%も成長していたが、クリスマス商戦で重要な第4四半期ではわずか4.4%の伸び率に留まり、デジタル広告費の伸びが鈍化していった様子が顕著に見られる。
この傾向は2023年もあまり変わらず、循環的な不況がやってくることへの懸念などもあり、広告主の様子見の傾向がしばらく続くというのが業界の予想である。
レイオフに走ったデジタルメディア業界
Twitter(現在、X)は、Elon Musk氏と投資家グループによる2022年10月の買収の後で、世界で7,500人いた社員を約半数の3,700人まで減らした。その後もレイオフは続き、広告主からのコンテンツ管理について信頼を得られないこともあって、1,800人程度にまで減らしているようだ。Elon Musk氏の強引な経営手法もあるため容易には比較できないが、コロナ禍の急成長で採用を進めたデジタルメディア・広告企業でも、成長の緩んだ段階に入った2022年、2023年で下記のようなレイオフが行われている。
Meta(Facebook/Instagram/ Threads) 25%の社員 |
21,000人 |
Alphabet(Google) 6%の社員 |
12,000人 |
Yahoo! 20%の社員 | 1,600人 |
News Corp 5%の社員 | 1,250人 |
Hootsuite 30%の社員 | 600人 |
Spotify 6%の社員 | 600人 |
Niantic 19%の社員 | 230人 |
BuzzFeed 15%の社員 | 180人 |
Vox Media 7%の社員 | 130人 |
Taboola 6%の社員 | 100人 |
Outbrain 10%の社員 | 90人 |
リテールメディアとの提携、生成AI活用が進む
2ヶ月前の記事で小売企業が運営するメディア・広告ネットワークである「リテールメディア」が躍進しており、第3のデジタル広告の波として注目されていると書いた。デジタルメディアや広告会社も、次の成長に向けてリテールメディアとの提携を進めている。小売企業の持つ顧客と販売データを使ってターゲティングする。バナー広告だけではなくビデオ広告も活用することで、拡販のためだけではなく、商品やブランド認知を上げる目的のブランディング広告も行われている。
例えば、Walmartのリテールメディア部門Walmart Connectは、TikTok、Snapchatと提携してソーシャルコマースやライブコマースの施策を進める。DIY店舗のLowe’sのリテールメディア部門One Roof Media NetworkもYahoo!と提携し、Yahoo Member Connectというパートナーメディアネットワークを用いてコネクテッドTV、ディスプレー広告、デジタル屋外広告を打つ。また、アメリカ最大の日本で言う100円ショップチェーンDollar Generalのリテールメディア部門DGMNもMetaと提携し、Facebook、インスタグラムのニュースフィードやストーリーズ(写真・ビデオ)、リール(短尺ビデオ)などを使ったターゲティング広告を活用する。
もう一つの動きが、生成AIによるコンテンツ生成である。例えば、BuzzFeedは同社のBuzzFeed Newsを閉じ、先述の通り180人のレイオフを行ったが、その代わりに生成AIで作られた性格クイズやチャットボットを利用したゲームなどのコンテンツを展開していくと発表している。また、The Guardian紙は記事のサマリーを読者向けにパーソナル化するために、音楽ストリーミングサービスのSpotifyはユーザー向けのパーソナルなプレイリストを自動生成する目的で生成AIを利用していくという。
コロナ禍で起きたデジタルシフトとデジタル化からの揺り戻しは非常に速いスピードで起こり、それに付いていけなかった企業もいくつかある。だが、多くのデジタルメディア・広告企業はレイオフなどによって財務体質を整え、次の成長段階を目指して、新たな施策に取り組んでいることは確かなようだ。
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