デジタル化からの揺り戻し 第3回 Eコマース
まるでジェットコースター、コロナ禍で大揺れのEコマース
~立ち直りの早さも特徴、多様な収益源が武器~
Text:織田浩一
「デジタル化からの揺り戻し」の第3回は実店舗に降りかかったロックダウンにより、突如市場が急拡大したEコマース業界について見てみよう。急成長したEコマース企業、配送センター網などはその後どうなったのか、そして次なる成長戦略は何なのかを解説する。その推移は、あたかもジェットコースターに乗っているかのような激しいアップ&ダウンである。
織田 浩一 氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
10年分のデジタルシフトが8週間で起こった
2020年5月、SAP Communityに「How Covid-19 is changing everyone’s behaviour and how businesses can react」という記事が掲載された。それ以降、欧米の小売系のカンファレンスでは「コロナ禍で過去10年分のデジタルシフトが8週間で起こった」とよく言われるようになった。ロックダウンが始まった2020年3月から店舗で買い物ができなくなり、人々はEコマースに殺到。アメリカの小売売上におけるEコマースのシェアが急増した。その結果、わずか8週間で11ポイントの伸び率を示したのである。これは2009年から2019年までの10年間における伸び率とほぼ同等である。
当然のことながら、Eコマースの雄であるAmazonは同時期、アメリカのEコマース市場シェアを一気に拡大した。自社で販売する商品だけではなく、2020年初頭には500万以上のマーチャント(外部事業者の専用ストア)を抱え、さらに全米の多数の配送センターを生かして迅速な配送サービスを提供するサプライチェーンの強みを見せつけたのである。2020年にアメリカEコマース市場シェアを前年比で7ポイント上げ、市場の半分以上のシェアを獲得した。その次の年もさらに3ポイント以上の伸びを見せている。
市場の急拡大を受けて、Amazonを始めとするEコマース業界では人材獲得競争と配送センターの増設ピッチに拍車がかかった。は2020年に世界の社員数を80万人弱から130万人弱まで増やし、2021年に160万人以上にまで増やしている。そのうち、過半数はアメリカ市場で100万人を超える。配送センターの増設・拡張にも力を入れ、2020年から2022年の間に、全米で2億平方フィート(約1850万平方米、562万坪)にまで拡大したという。
EコマースプラットフォームのShopifyでも2019年末に5千人ほどだった社員数が、2020年末には40%増の7千人に、2021年末にはさらに42%伸びて1万人に達した。この機会に営業を拡大する体制をいち早く築こうとした狙いが見える。
競合する小売チェーンも負けじとEコマースを拡充させた。クラウドプラットフォームで在庫管理を行い、店舗ピックアップ、駐車場ピックアップ、店舗からの配送などを選べるオムニチャネル対応が大きく進んだ。
歯車が逆回転を始めたのはやはり2021年
Eコマース業界の成長に急ブレーキがかかったのは、行動制限が徐々に緩和されて実店舗での買い物も増えてきた2021年第2四半期からである。下図2つは、アメリカのEコマース市場の成長率を年または四半期で表している。対前年比で見ると2020年には42.8%、2021年には17.8%と急成長しているが、その後、成長が緩んでいることが分かる。四半期の方を見てみると、2021年第3四半期から対前年比の成長率がほぼ一桁のパーセントに留まっている。コロナ前の成長率よりも落ちているのだ。
Amazonの利益構造が示す現実
Amazonの売上の点でも、この傾向は明確に示されている。下図はAmazonの事業別売上の推移である。自社のEコマース(Online Stores)の部分が2020年、2021年に大きく伸びているが、2022年はわずかであるが対前年の売上を下回った。
同社の利益の詳細を見ると、さらに事情が明らかになる。下図が示すのは、同社のクラウドサービスAWSがどれだけ同社の利益に貢献しているかだ。緑色の棒グラフはAWSを含む利益を示しており、2019年から2021年までに堅調に伸びている。しかし、2022年には前年の半分ぐらいまで落ちる。AWSの利益を除いた赤色の棒グラフを見ると、2021年にすでに前年を下回り、2022年には赤字になっている。つまり利益率の高いAWSサービスのお陰でAmazon全体としては利益を出しているが、自社のEコマースでは赤字を出しており、2022年以降、他の事業部門もあまり利益に貢献できていないようだ。
多少話が脱線してしまうが、上図でEコマースの次に売上を上げているのが「第3者マーチャント向けサービス(Third-party seller services)」である。これは同社のマーケットプレイスで商品を販売する世界650万のユーザーに向けて、外部事業者に代わって支払いや倉庫での在庫管理、配送などを含むサービスをAmazonが提供するものだ。AWSはAmazonが自社で使っているものを外部にサービスとして販売し、そこから売上、利益を高めていった。それと同様に第3者マーチャント向けサービスを外部の小売、ブランドにサービスとして提供し、そこから売上や利益を補完することを目指しているようだ。
レイオフを含むコストカットが進む
コロナ初期の成長予測に従って企業規模や配送センターなどを拡大したEコマース企業だが、今や一転して成長の緩みに対応し、レイオフや配送センターの閉鎖などを進めている。
2022-2023年の主なEコマース企業でのレイオフの状況を見てみよう
Amazon | 27,000人 | 全体社員の2% |
Carvana | 2,500人 | 12% |
Shopify | 2,300人 | 20% |
Wayfair | 1,750人 | 10% |
DoorDash | 1,250人 | 6% |
Grubhub | 400人 | 15% |
上述のとおりAmazonは配送センター数と敷地を大幅に増やしていたが、下図のように21カ所を閉鎖し、21カ所の建設予定を撤回、27カ所が延期あるいは保留になっている。
速い回復スピード、さらなる成長への施策
急成長から成長鈍化を経たEコマース業界は、2023年からは徐々に体制を整え直し、新たな成長が見通せるようになってきている。eMarketer/Insider Intelligentが予測したアメリカEコマース企業の成長率が下図である。概ね2023年から2024年にかけて成長速度が上がると予測されている。
本体のEコマース事業も成長すると予測されているが、多くのEコマース企業、特に大手は次のような戦略で事業を拡大していくことを目指している。
●リテールメディア
このコラムでも何度も書いているが、今やデジタル広告収益の最も大きな成長分野はリテールメディアによるものだ。Amazon、Walmartはもちろん、上図のほぼすべてのEコマース企業はリテールメディア事業を展開している。それも自社サイト上だけではなく、ソーシャルメディアや外部メディアも活用し、CTV(コネクテッドTV)などでの広告購買や商品サンプリング提供などにも手を広げている。薄利の小売事業に比べて利益率も高いことから、利益に大きく反映できるメリットもある。
●マーチャント向けサービス
Amazonの第3者マーチャント向けサービスに見られるように、マーケットプレイスを運営したり、課金、在庫管理、配達サービスを他の小売やブランドに提供したりする戦略が大手Eコマース・小売企業に広がっている。Walmartもマーケットプレイス、配達サービスや自社で開発した店員向けのEコマース管理アプリを外販し始めており、Targetも配達サービス企業を買収して、この分野に参入している。
特にマーケットプレイスは、他の小売やブランドを取り込むことで、自社では取り扱っていない商品群や商品分野を扱うことができ、顧客が購買する金額や購買確率を高められる可能性がある。そのため、百貨店や専門店などのEコマースでも実践が始まっている。
●越境EC、海外展開
ある程度、Eコマースのブランド名が知れ渡ってくると取られることの多い戦略である。今では多くのマーケットプレイスがそれぞれの国や市場で展開されているが、そこへ国境を越えた買い物客に対してもEコマースで販売できるようにするためのサービスが多数出現している。マーケットプレイスの海外展開がこうした越境ECの形で容易に実現できるようになった。Amazonも越境ECに力を入れており、外部事業者のグローバルマーチャントの販売をサポートしている。
「コロナ禍で10年分のデジタルシフトが8週間で起こった」という状況から揺り戻しはあったものの、Eコマース市場はあらためて拡大する路線に乗り始めているようだ。だが次の成長は、ただ自社のEコマースで商品を販売するだけではなく、多様な収益源を作り出し、競合にもなる外部事業者のサポートからも売上を上げるような、したたかさを伴ったものになっている。
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