金融業界が競い始めたデジタル領域の「顧客体験」
~Finovate Fall 2022が示したFinTechの次の焦点を見る~
Text:織田浩一
最新のFinTechの動向や、金融業界の新たな潮流を示すカンファレンスFinovate Fallが、今年も9月に米ニューヨークで開催された。関連企業やスタートアップにとって、最先端のテクノロジーサービスをお披露目する重要な機会にもなっている。今回のFinovate Fall 2022は、特に顧客体験(CX: Customer Experience)に関する話題が注目されていた。その内容をまとめてみたい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
新機能の競争は一段落、デジタル企業並みのCX実装へ
オープンバンキングやEmbeddedファイナンス(組み込み型金融サービス)などの話題が多かった過去1〜2年のFinovateに対し、今回話題の中心となったのは顧客体験だった。金融業界は多くの規制に縛られてきた背景から、顧客体験の質が低くなりがちだ。しかし現在、コロナ禍の影響で顧客によるデジタルバンキングやアプリの利用が大幅に増加。そこで、デジタル領域における顧客体験の向上に多くの金融機関が注力を始めた。これまではFinTechによって金融機関としての新機能をいかに提供するかを各社競い合ってきた。その競争が一段落し、顧客体験の質の向上が新たな競争の軸になってきたとも考えられる。
リサーチ・コンサルティング企業であるForrester Researchの主要アナリストがこの状況について次のように解説した。「金融業界のCX INDEXのスコアはあまり高くない。そのため、すべての金融企業は最新の施策を参考にしながら、顧客体験価値の向上に取り組んでいく必要がある」。CX INDEX(Customer Experience Index)はForrester Researchが企業の顧客体験価値を測るベンチマーク指標である。同社は様々な業界のCX INDEXのスコアを常に調査している。
そして今、金融業界が改善すべきは以下の点であるとした。
- 1) 顧客の課題を素早く解決する
- 2) 顧客のニーズを満たした製品やサービスを提供する
- 3) 顧客との明確なコミュニケーションを達成する
- 4) 簡単に銀行員、金融アドバイザー、保険エージェントへのアクセスできる仕組みを作る
また、景気後退も予測されている現在、これらができるかできないかが業績に大きな影響を与えると語った。これら4つは極めて当たり前のことに思えるが、デジタルによって顧客体験のレベルを高めている先駆者のUber、Netflix、Amazonなどと同様のレベルを達成しなければならないとなると、簡単なことではない。数秒でのクレジットカードやローンの認証、AIと社内スタッフが連携した素早いサービス提供などが求められている。1つの例として挙げられたのが、US Bankの取り組みだ。顧客がアプリを利用中にスタッフがビデオで参加し、必要なアドバイスやサポートを提供することで顧客満足度を上げることができる。
コミュニティ特化が小規模金融機関のCX向上戦略
テクノロジーコンサルティング企業Omdiaのアナリストは、まず全米に支店を持っている銀行が10年で3分の2に減った状況を示し、特に地方の小規模金融機関では生き残り戦略が求められると訴えた。
その上で、コミュニティ特化型の「Community Banking 2.0」と呼ばれる新たな戦略を取る金融機関を紹介した。例えば、性的マイノリティーのLGBTQコミュニティに特化したDaylightでは、顧客のパスポートの名前が男性のものであっても女性名で口座を持つことができる。些細なことに思えるかもしれないが、このコミュニティでは自分のアイデンティティが非常に重要であり、一部規制はあるものの、それに対応したことで熱狂的に支持されているのである。また、音楽ツアーで長旅が必要なミュージシャンのためのネオバンクNerveは、多くの街で受け取る小切手による支払い処理、バンドのスタッフやバンなどの支払い、それを税務のために会計する機能などを用意している。これらの金融機関は製品やサービスをそのコミュニティ向けにキュレーションすることで、顧客体験を高めることに成功しているのである。
このほか、多様性の高いミレニアル・Z世代は特に環境やダイバーシティなどへの意識が高く、金融サービスにもそれらを反映したものが求められている。会場のパネルディスカッションでは、二酸化炭素排出量をオフセットするFinTechサービスの導入や仮想通貨を銀行口座の一部として付け加えることなどが新たな顧客体験につながるという意見が交わされた。
CXを高める注目のスタートアップ企業群
Finovateのイベントでは、毎回70社近くのスタートアップ企業が事業計画を競うピッチコンテストがあり、その中から投資家である審査員によって選ばれた企業が「Best of the Show(イベントのトップスタートアップ)」として発表される。今回は6社が選ばれた。彼らの多くがアピールしたのも顧客体験を高めるサービスであった。それでは6社の事業内容を見てみよう。
Debbie――借り入れ返済を早める様々な工夫
同社CEOは学生時代に、クレジットカードで15,000ドル以上の借り入れを行なっていた。その返済をしたこと、また卒業後に勤めた企業が提供する借り入れ返済プログラムの効果が非常に低かった経験から立ち上げたのがDebbieである。アメリカでは40%の人がクレジットカードや銀行からの借り入れに陥る。そこでDebbieは返済を進めることで、リワード(ご褒美)が得られるアプリを公開した。アプリ利用者は、利用していない人に比べて平均で3倍の速さで返済を済ましており、また毎月100ドルを貯蓄するという結果を出している。さらに個人金融のレッスンや、借金をしてしまったことで感じる恥しさなど、心理的な影響への対処方法も教える。貸し出し側のクレジットカード会社にとっても破産する人を減らすメリットがあるサービスとなっている。2021年に立ち上がった企業だが、すでに27人の社員を擁し、120万ドルの投資を得ている。
Horizn――金融業界のデジタルツール利用度を向上
金融業界に特化し、顧客、社員のデジタルツール利用を支援しているのがHoriznである。Wells FargoやRBC、Liberty Bankなど40の金融機関が利用している。モバイルアプリやオンラインサービスの使い方のサポート対応をセルフサービスによって自動化したり、サポートスタッフが遠隔で顧客をサポートできるプラットフォームを提供したりしている。社員向けにはゲーミフィケーション機能を使って迅速な学習ができるよう支援する。デジタルツールの利用度を上げることで、企業のデジタル投資の効果を上げることが目的である。2011年にカナダのトロントで立ち上がった会社で62人の社員を抱える企業である。
lemonadeLXP――ゲーム形式のトレーニングを提供
Horiznと同様に金融機関、FinTech企業の社員向けに、デジタル機能やテクノロジーのトレーニングプラットフォームを提供しているのがLemonadeLXPである。業務に関連する間違い探しや、サポートに関するロールプレイをゲーム形式で取り組ませる。84%の社員が自ら参加するという結果を出している。2018年にカナダオタワで立ち上がった企業で12人の社員がいる。
Quilo――複数の金融機関をまたぎ、スピーディに貸し出し
アメリカでは金利が非常に激しく上昇しており、このような状況では金融機関が大きな金額の貸し出しをしない傾向が強まる。こうした中、他の金融機関をネットワークし、リスクを抑えながら貸し出し金額を増やすプラットフォームがQuiloである。例えば、ある中小企業が地方銀行から4万ドルのビジネスローンを受けようとしていたとする。だが、その地方銀行は1万ドルしか貸すことができなかった。そんな時、他の多数の金融機関が小さい金額をこの中小企業に貸し出すことで、4万ドルの貸し出しを可能にするプラットフォームがQuiloだ。しかもこの貸し出しをわずか2秒で達成することができる。参加する金融機関は、与信スコアごとの貸し出しローンのポートフォリオや、目標とする金利収入、最高貸し出し金額などを管理することができる(下図参照)。コンプライアンスに関わる対応もQuilo側が自動的にしてくれる。設定が終わると同社のダッシュボードで貸し出しや収益状況を管理し、リアルタイムでのトラッキングや設定変更も可能である。
オープンバンキングのエコシステムが広がりつつある現在の状況下で、金融機関は自社の貸し出しプログラムを他の銀行やFinTechプラットフォームに配信することが可能だという。2020年に米ニューヨークで立ち上がり、600万ドルの投資を受け、社員26人にまで成長した。
Startyfy――ダイバーシティにかかわるリスクを即時分析
ローンの貸出先のダイバーシティ推進を支援するため、機械学習を使ったプラットフォームUnbiasを提供するのがStratyfyである。例えば、金融機関が新しいクレジットカードを発行する際に、その承認アルゴリズムがバイアスを持ったものになっていないか、金融規制による公正な貸し出しに対してバイアスが高いところはどこか、それに対応できるアルゴリズムであるかといった点について即座に分析し、数秒でレポートを発行するサービスである。通常のデータサイエンティストでは同等内容のレポート作成に数週間を要し、外部業者に依頼するよりも費用を大きく抑えられるという。
バイアストラッキングは、運用サービスに対して、どのような層から申し込みがあり、どのように承認をしているか、その中でバイアスが出ている部分がどこで、アルゴリズムにどのような注意点があるかなどをトラッキングし続け、ダッシュボードやアラートでリスクの所在を知らせることができる。さらに、アルゴリズムの中のバイアスを修正する機能もStratyfyは提供しており、改善点をすぐに反映することも可能である。2018年に米ニューヨークで立ち上がり、180万ドルの投資を受け、社員17人の企業である。
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