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ウクライナ侵攻で加速する欧州のエネルギー転換~風力・太陽光など再生可能エネルギーが急伸~
Text:織田浩一
今回はヨーロッパのエネルギー情勢に目を向けてみよう。ロシアのウクライナ侵攻により大きな変化が起こっており、欧州共同体(EU)のグリーン政策にも影響を与えている。再生可能エネルギーが伸びる一方で、エネルギー調達先としてロシアの代わりに北米が台頭するなど、構造的な変化が始まっている。その最新状況をデータに基づきまとめてみたい。
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織田 浩一 氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
天然ガスのパイプライン問題に直面した2022年
2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻により、ヨーロッパにおけるエネルギー政策は大きな転換を迫られた。侵攻以前、石油・天然ガスは豊富な埋蔵量を誇るロシアからパイプラインを使ってヨーロッパに送られていた(下図)。産業国であるドイツは、侵攻以前には天然ガスの約半分を、石油の約3分の1をロシアからの輸入に依存していた。他のヨーロッパ諸国も度合いは異なるものの、ロシアからのパイプライン網に大きく頼っている状況に変わりはなかった。
しかしロシアのウクライナ侵攻後、EUはロシアに対して石油・天然ガスの禁輸や上限価格の設定、加えて制裁の決行を決めた。ロシアもヨーロッパ諸国に圧力をかけるためにパイプラインによるエネルギー供給を止めるなどの対抗措置をとった。
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出典:National Geographoic: Education: Oil and Gas Pipelines
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出典:Photo by Christian Ender/Getty Images
ヨーロッパにおいて2022年秋から冬にかけての大きな話題は、エネルギーに関わる問題に集中することにとなった。ドイツを始めとするEU諸国がいかにしてロシア以外から天然ガス・石油を手に入れるか、備蓄量はどの程度あるべきかといった経済ニュースが注目され、公共施設やオフィス、家庭で消費するエネルギーをどうやって減らすかといった問題が論点となった。エネルギー節約のため、どのような防寒着を室内で着るかといったことまで話題に上がった。この時期に筆者が参加した国際的な小売業界カンファレンスでは、「ヨーロッパが“豊さの終わり”を迎えており、これからは少ない資源で生きていくことを強いられる」といった見解も示されていた。それを裏付けるように、英ロンドンを拠点とするエネルギー関連シンクタンクEmberが出版したレポートによれば、2022年9月から12月のEUにおける電力消費が、過去4年で最も低くなっている(下図)。
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出典:Ember: European Electricity Review 2023
元々の目標達成をさらに後押し
EUは2019年、2050年までに気候中立(Climate Neutrality)を達成することを目標とした「ヨーロッパグリーンディール」という政策を発表した。二酸化炭素の排出量と吸収量を差し引きゼロにするカーボンニュートラルと同様に、メタンガスなど他の温室効果ガスも対象に排出量と吸収量のバランスを取る概念である。
この中には、2030年までに温室効果ガスの純排出量を55%減らすために、社会に対して公平に、環境・エネルギー・運輸分野において規制を成立させるための施策とタイムラインを定めた「Fit for 55」などが含まれる。
「Fit for 55」では以下のような項目に関する提案がなされている。
- EUの温室効果ガス排出量取引システムの構築
- 地球温暖化から最も影響を受ける地域や企業、市民に対する支援
- EU国家間の調整
- 各国の目標、土地や森林利用の変更
- 車両での排気量の規制
- エネルギー業界でのメタン排出規制
- 水素など代替燃料のインフラ、再生可能エネルギーに関する規制
ヨーロッパグリーンディールは上記に加え、以下の実現を掲げる。
- 衣類、バッテリー、家電などを修理する権利
- パッケージ規制など循環経済達成のためのアクションプラン
- 2030年目標の生物多様性戦略
- 2050年までに食糧生産を持続可能にする戦略
ロシアのウクライナ侵攻で取り組みがさらに加速することとなった。侵攻から3ヶ月後の2022年5月にREPowerEUプランを公開。ロシアからの石油・天然ガスを減らし、コロナ禍対応に設立された財政支援策の余剰金である2250億ユーロ(約35兆円)に加えて、他の予算からも必要に応じて数百億ユーロを拠出し、グリーン政策を後押しする。これらは産業の脱炭素化や再生可能エネルギーへのシフト、再生可能エネルギーからの水素燃料生成、排出ガスをゼロにする運輸システムなどへの投資に使われるものとなる。
ロシア以外からエネルギー調達、備蓄量を増やす
ロシアの石油・天然ガスの禁輸政策などにより、EUのエネルギー輸入元が大きく変化している。下図はThe Guardian紙がその状況を2022年までのデータでまとめたものである。上側のグラフがパイプラインでEU諸国に送られる天然ガスを、下側が海路で運ばれる液化天然ガスの輸入元を示している。上側のグラフの赤で示されたロシアからのパイプラインによる天然ガスは、2021-2022年に半減している。液化天然ガスではロシアからの輸入割合は変わっていないものの、ロシアからのパイプライン輸入分の代わりに、アメリカからの輸入が倍増していることがわかる。
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出典:The Guardian: How will Europe weather a second winter without gas from Russia?
そして、EU27ヶ国の天然ガスの備蓄量が過去最高になりつつあることも、同じThe Guardian紙の記事は示している。備蓄量は2022年後半から増えており、この秋・冬に向けて準備が進んでいることがわかる。
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出典:The Guardian: How will Europe weather a second winter without gas from Russia?
風力・太陽光が天然ガスの発電量を超える
さらに、2022年に風力・太陽光発電量が天然ガス発電量を超え、全発電量の22%を占めるに至る。全発電量に占める天然ガスを用いた発電割合は、輸入が安定しない状況でも過去数年変わっていないが、水力・原子力発電の割合が下がることで、風力・太陽光発電量が天然ガス発電量を超えたのである。ドイツなどにおける原子力発電の取り止めの動きに伴い、それらをカバーするための短期的な石炭発電量増化もうかがえるが、エネルギー関連シンクタンクEmberのレポートでは石炭発電も2022年終わりに減りつつあることが示されている。
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出典:Ember: European Electricity Review 2023
EU全体では2022年に太陽光発電量を164TWhから203TWhに増やし、対前年比で24%伸ばした。国別でもEU20ヶ国で新たな記録を更新しているという。太陽光発電量はドイツがトップで20%伸ばし、スペイン、オランダなどが続く。各国の発電方法のシェアの変化を表した下図を見てみよう。太陽光発電のシェアがトップのオランダは、2021年から2022年の間に9%から14%まで伸ばしている。ドイツと共に比較的日照率の低い国だが、それでも数字を大きく伸ばした。その後もギリシア、キプロス、スペイン、イタリアなど日照率の高い国や、ベルギーなどそうでない国が続き10%以上に達している。
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出典:Ember: European Electricity Review 2023
風力発電量は2015年のパリ協定から、EU全体で毎年平均6.9%増えており、シェアでは2015年の9.2%から2022年には15%まで伸びている。国別で見てみるとリトアニア、ルクセンブルクなどのシェア増加が著しいことがわかる。
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出典:Ember: European Electricity Review 2023
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1.5度への対策
前述のエネルギー関連シンクタンクEmberは、同じレポートの中で2015年のパリ協定で制定された、産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えるという目標のために、EUが2035年までに行うべきことをモデルを使って下図のように提示している。その中で、2030年までに石炭発電を段階的に廃止し、2035年までに風力・太陽光発電を75%まで上げ、温室効果ガス削減対策をしていない天然ガス発電を5%まで下げることを提唱する。
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出典:Ember: European Electricity Review 2023
第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)の声明では、抜け道は残るものの、化石燃料からの転換と化石燃料時代の終わりの始まりと言える採択がなされた。アラブ首長国連邦が主催国だったことから、産油国に有利な合意になるのではないかという憶測もあったが、2050年に温暖化ガス排出を実質ゼロにするために、これから10年で行動を加速させることや、2030年までに再生可能エネルギーを現在の3倍に拡大することなども成果文書に盛り込まれた。
その中で再生可能エネルギーの先進諸国を含むヨーロッパが、エネルギー分野の大転換を推し進めている。ロシアのウクライナ侵攻の影響もバネにしてエネルギーのシフトは確実に進んでいるようである。
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北米トレンド