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次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国とロシアをつなぐ天然ガスパイプライン
ウクライナ戦争で「漁夫の利」はあるのか

 ロシアのウクライナ侵攻で、ロシアとヨーロッパをつなぐ天然ガスパイプラインの存在が注目されている。バルト海経由でロシアとドイツを結ぶ新たな天然ガスパイプライン網「ノルドストリーム2」が凍結されたことは世界に衝撃を与えた。

 一方、地理的にユーラシア大陸の反対側に位置する中国は、世界一の天然ガス輸入国である。ロシアの東シベリアとは天然ガスパイプラインでつながり、天然ガスの輸入量は着実に増大している。従来、ヨーロッパに送られていた天然ガスを中国が代わりに輸入し、「漁夫の利」を得るのではないかとの見方もある。

 現実のところはどうなのか。中国の天然ガス確保の構図はどのような状況になっているのか。今回はそのあたりの事情を考えてみたい。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

埋蔵地が広く分布する天然ガス

 エネルギー資源の中心である化石燃料には石油や石炭、天然ガスがあるが、中でも近年、天然ガスの注目度が高まっている。それは、天然ガスは燃焼させた際、石油や石炭に比べて窒素酸化物や硫黄酸化物などの大気汚染物質および温室効果ガス(二酸化炭素)の排出が少ないからだ。そのため火力発電所の主要な燃料にもなっている。

 また、石油資源は埋蔵地が一部に偏っており、産出国が限られているのに対し、天然ガスの埋蔵地は世界的に広く分布しており、産出国の数が多い。採掘技術の向上で新規産出国の数も増えている。そのため需要国にとっては石油に比べると調達先の多様化に取り組みやすく、逆に産出国にとってはそのぶんリスクがある。そうした背景から、天然ガスは国家間の思惑で駆け引きの材料になりやすく、価格も変動が大きいという特徴がある。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

中国は3ルートが稼働中、2ルートが計画段階

 中国は2021年、日本を抜いて世界最大の天然ガス輸入国になった。中国は国内でも天然ガスを産出するが、必要量の9割は輸入に依存する。

 天然ガスの輸出入にはLNG(液化天然ガス)として主に船で運ぶ方法と、CNG(圧縮天然ガス)として陸上のパイプラインで送る方法の2つがある。中国の場合、その比率はLNG6割、CNG4割といったところだ。日本は中国に次ぐ世界第2の天然ガス輸入国だが、わずかに産出される国内産の天然ガス以外、ほぼ100%を海上ルートに頼る日本に比べ、中国は陸続きの国からのパイプラインが重要な意味を持つ。

 中国の国外からの天然ガスパイプラインは現在3つのルートが稼働中。さらに2つが計画中だ。そのうちロシアからが3つ、その他が2つである。

  • 稼働中のもの
    「中国カザフスタン(中央アジア)線」
    「中国ミャンマー線」
    「中国ロシア東線」(ロシア名:「シベリアの力」)
  • 計画中のもの
    「中国ロシア極東(サハリン)線」
    「中国-モンゴル-ロシア線」(ロシア名:「シベリアの力2」)
中国の国外からの天然ガスパイプラインの図(NECにて作成)
中国の国外からの天然ガスパイプラインの図(NECにて作成)

中央アジアからのパイプラインが中国の主力

 中国で最初に建設された国外からの天然ガスパイプラインは、2009年に完成した「中国カザフスタン(中央アジア)線」(2国間を結ぶパイプラインでは、通常、両国はそれぞれで異なる呼称を用いているが、本稿では基本的に中国側の呼称を用いる。以下同じ)。

 トルクメニスタンからウズベキスタン、カザフスタンを経て、中国の新疆ウイグル自治区に入り、中国西部のガス田から沿海部主要都市に向かう国内パイプラインに接続する。カザフスタン国内の延長は1300km。現在稼働しているパイプラインの中では最も輸入量が多く、経由3カ国の産出量を合わせると中国のCNG輸入量の約82%(2020年)を占める。

 続いて建設されたのが「中国ミャンマー線」。2010年に建設が始まり、2013年に開通した。ベンガル湾に面したミャンマー沖のガス田から港湾都市・チャウピュー付近を経て中国ミャンマーの国境の町・瑞麗の近くで中国領内に入り、雲南省の省都・昆明に至る。全長1025km。中国のCNG輸入量に占める比率は約9%(同)。雲南省をはじめ四川省、重慶市、貴州省など主に中国西南部の需要をまかなっている。

 この「中国ミャンマー線」は、それにほぼ沿って石油パイプラインも敷設されており、中東やイランなどからタンカーで運ばれてきた原油がチャウピュー港で降ろされ、パイプラインで中国国内に送られている。これによって中国はマラッカ海峡を通過せずに原油の輸入が可能になり、大幅なコストや時間の削減になると同時に、米中対立も視野に安全保障上も重要度が増している。この「中国ミャンマー回廊」で運ばれる石油・天然ガスの中国にとっての存在感は非常に大きい。

 つまり、パイプラインによる天然ガスの輸入という視点でみると、カザフスタンとミャンマー経由で全体の9割を超える。残りがロシアだ。

増大するロシアからの天然ガス輸入量

 「中国ロシア東線(シベリアの力)」は2014年に両国が建設合意、2019年、一部区間が開通した。中ロ間、初めての天然ガスパイプラインである。シベリア東部、ヤクーツク付近のガス田を起点に、中国黒龍江省の最北部、黒河付近で中国に入り、内モンゴル自治区、吉林省、河北省、天津市、山東省、江蘇省などを経て上海に至る総延長5000kmを超える壮大な事業だ。

 現在、全体の3分の2に相当する河北省内までが完成し、稼働している。全線完工は2025年の予定。現在、年間100億㎥の天然ガスを輸入しており、CNG輸入量の9%を(同)占める。これは現状ミャンマー産とほぼ同じだが、2022年中には設備の改良などで年間150億㎥に増やし、2024年には同380億㎥まで供給量を拡大することで両国の合意がある。今後、ロシア産の比率がより高くなる見込みだ。

 ここまでがすでに完成し、稼働中のパイプラインで、この他に2つが計画中。いずれもロシアとの間のものだ。

 その1つめは「中国ロシア極東線」で、これは日本に近いサハリンのガス田から供給する。今年2月、北京冬季オリンピックの開会式に合わせてプーチン大統領が訪中したタイミングで、中国の国有企業、中国石油天然ガス集団とロシア国営のガスプロムの間で協議書が交わされた。完成時には年間100億㎥を供給する計画だが、パイプラインの具体的な経路はまだ発表されていない。ロシア国内で既存の「シベリアの力」と合流し、その先は「中国ロシア東線」と同ルートになるとの見方もある。

欧州市場と中国をつなぐ「シベリアの力2」

 そしてもう一つの計画が「中国-モンゴル-ロシア線」(ロシア名:「シベリアの力2」)である。ロシアのウクライナ侵攻で欧州とロシアの関係が悪化した現在、最も動向が注目されているのが、この「シベリアの力2」パイプライン計画だ。

 なぜこの路線が注目を集めているのか。それは仮に将来、計画が実現し、「シベリアの力2」と中国のパイプラインがつながれば、今は主にヨーロッパ市場に送られている西シベリアの天然ガスを東に振り向け、中国に送ることができるようになるからだ。

 この計画の意味をわかりやすくするために、ロシア国内の天然ガス産出事情を簡単に説明しておこう。

ロシア東西の天然ガスパイプラインは未接続

 ロシアの天然ガスは国土に広く分布しているが、主要な産出地は大別してヨーロッパに比較的近い「西シベリア」と中国や日本などに比較的近い「東シベリア」に分けられる。

 「西シベリア」は天然ガスの埋蔵量がロシアで最も豊富な場所だ。古くからガス田の開発が進んでおり、主にヨーロッパ方面に数多くのパイプラインで天然ガスが送られている。近年は古いガス田を中心に長年の採掘による劣化が進んでおり、「西シベリア」でも北極海寄りの北部地域で新たなガス田の開発が進んでいる。注目を集めている「ノルドストリーム」や「ノルドストリーム2」を通じてヨーロッパに送られるのも、主にこの地域で産出された天然ガスである。

ノルドストリーム(赤)、ノルドストリーム2(茶)の配置図(getty imagesより)
ノルドストリーム(赤)、ノルドストリーム2(茶)の配置図(getty imagesより)

 もう一方の「東シベリア」ガス田は、中国やモンゴルの北方、バイカル湖のさらに北側一帯の広大な地域に分布する。天然ガスの存在は古くから知られていたものの、地理的にロシア中心部から遠く、開発が遅れていたが、採掘技術の進歩や中国の経済発展による需要増などを受けて、特に2000年以降、急速に開発が進んだ。2019年、初の中国向け天然ガスパイプラインが開通したことは先に述べた。

 この東西シベリアの2つの天然ガス産出地は直線距離で2000km以上離れており、それぞれ仕向地が違う。そのため両者の間はパイプラインがつながっていない。ここがポイントである。

 そのため仮に「西シベリア」からヨーロッパ方面への天然ガス供給が減ったとしても、それをパイプラインで中国に送ることはできない。例えば、今回ロシアとヨーロッパを結ぶ「ノルドストリーム2」凍結されたからといって、そのぶんをそのまま中国に回すという話にはならない。中国が現状、簡単にはパイプライン経由の天然ガス輸入量を増やせない理由がここにある。

戦略的色彩を帯びる天然ガスパイプライン

 LNGはガスを液化するための設備が必要だが、液体のため貯蔵、運搬がしやすく、産出国にしてみれば、どこに向けても輸出できる利点がある。長期契約でない、スポット契約のLNGであれば相場の変化などに合わせて臨機応変に輸出先を変えることも可能だ。その意味で比較的「商品化」しやすい天然資源といえる。

 一方、パイプラインはそうはいかない。特定の輸出先に向けて巨額の費用をかけて設備を建設する。完成後は、その国にしか売ることができない。貴重な資源の行き先を長期間、固定化する意味合いがある。そのぶん将来の需給動向や買い手の信頼度に確信が持てないと建設に踏み切れない。パイプライン建設が戦略的意味合いを持ってくるのはそのためだ。

 先に触れたように、仮に将来「シベリアの力2」が実現し、中国のパイプラインと接続すると、ロシア最大の天然ガス産出地と、中国というヨーロッパと並ぶ巨大な需要地とが直接パイプラインでつながることになる。しかも、計画によると輸送量は年間500億㎥で、すでに稼働中の「中国ロシア東線」の5倍の規模である。

 これはあくまでロシア側の目論見だが、すでに通過地のモンゴルは基本的な計画に同意したと伝えられる。中国との本格的な話し合いはこれからだが、中国側も前向きという報道もある。この計画が今後、どのように推移するかが大きな焦点になる。

「ロシアからもっと天然ガスを買うのか?」

 ロシアのウクライナ侵攻以降、この「シベリアの力2」計画については中国国内でも報道されているが、その立場によって見方は分かれている。

 例えば、国際問題に対してセンセーショナルな論調を展開することで人気の大衆紙「環球時報」は今年1月22日付で「中国ロシア天然ガスパイプライン、なぜ西側はそれを妬むのか」(訳は筆者、以下同)と題する記事を掲載。ロシアとヨーロッパの対立が激化する状況の中、ロシアとの「シベリアの力2」パイプラインの計画を積極的に支援し、ロシア産の天然ガスをより多く中国に引き入れることで、エネルギー問題で苦境に陥る「西側」に対して優位な位置に立つべきだ――との論旨を展開した。

 一方で、中国の電力業界の情報を専門に掲載するニュースサイト「中国電力網」はロシアのウクライナ侵攻後の3月3日、経済専門誌「財経」記者の文章を引用する形で「中国はロシアからもっと天然ガスを買うのか?」と題する文章を掲載した。それによると「ロシアのウクライナ侵攻でも天然ガスの交易に大きな変化はないだろう」としたうえで、「ロシアからの天然ガスは中国の天然ガス輸入の9%にすぎず、中国は他国からLNGを輸入する道もある。一つの事件によって長期的なロシアとの取引が大きな影響を受けるものではない」などとして、冷静な見方を示した。エネルギー資源調達先の多様化を基本に、ロシアとは長期的、安定的な関係を保つべきだとの立場を強調している。

中国は「漁夫の利」を狙うか

 ロシア側からすると、天然ガスの対ヨーロッパ供給が今後、不安定化する可能性が高く、諸外国からの経済制裁で苦しむ中、成長途上の大口需要先である中国への輸出を増やしたい思いは強いはずだ。「シベリアの力2」を積極的に進めたい思惑があるのは間違いない。中国の側でも、現時点ではロシア産天然ガスが輸入全体に占める比率は低く、調達先多様化の観点からもまだ増やす余地がある。その点で、ロシアと中国の天然ガスの取引は拡大していく可能性が高い。海上輸送によるLNGの輸入を増やす可能性もある。

 しかし、それをどの程度まで伸ばすかは中国の判断次第だ。新しいパイプラインの建設には長い時間と多額の投資が必要になる。中国国内の論調をみると、先に紹介したように「シベリアの力2」構想に積極的な主張は、米国に対抗するためにロシアと関係を深めようとの視点が強く、政治的色彩が濃い。純粋に資源の効率的な確保という観点では、新たな大規模なパイプライン建設には慎重な意見が強いように見受けられる。

 政治、経済的に苦境にあるロシアに比べ、中国は当面、緊急に天然ガスの輸入を増やさねばならない差し迫った状況にあるわけではない。ロシアのウクライナ侵攻に対する国際的な批判が高まる中、ロシアからの天然ガス購入を増やせば、世界から強い批判を浴びることになる。こうした点を考えると、中国がいま露骨に「漁夫の利」を狙いに動く可能性は高くないように思う。

 もちろん政治の意向がすべてを決める国どうしのことであるから、どう動くかはわからない。とはいえ、中国がエネルギー資源の安定確保という観点から、近隣諸国との間でパイプライン建設を着実に進め、戦略的な手立てを打っていることは認識しておくべきだろう。