顧客データ活用で小売業に新たなチャンス
~多様なデータを武器にメーカーと関係強化へ~
Text:織田浩一
ここ数年、製造メーカーがオンラインによる顧客との接点を積極的に増やし、データ活用を進めているが、最も多くの顧客データを持っているのは、やはり顧客と直に接する小売企業である。彼らはそこに一層の力を注ぎ、強みを構築しようとしている。米小売業における顧客データ活用の最新動向をまとめてみたい。
織田 浩一 氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
それはカタログ販売から始まった
顧客データの活用は、1888年に小売チェーンSears Roebuck & Co.がカタログを発行したことが始まりだ。当時限られていた商品の配送地域を全米に広げようと、キッチン用品から住宅に至るまで、10万種類の商品のカタログ販売に手を付けた。
カタログ販売は副産物をもたらした。世帯ごとの購買金額や商品選択の傾向が分析可能になり、各世帯に合わせて商品構成のカタログや広告を送れるようになったのだ。
それ以降、世帯年収や子供の有無、持ち家状況などの情報を含む各世帯のデモグラフィック構成のほか、購読新聞・雑誌などからもライフスタイルや趣味趣向などの顧客データを集めるデータ売買業界が生まれた。小売業界も互いにデータを共有するなど、顧客データの売買が一般的になっていった。
ロイヤルティカードからクーポン、DM発行へ
90年代にはスーパーマーケットを中心に、ロイヤルティプログラムが普及していった。これに伴い、顧客データに基づいてクーポンやダイレクトメール(DM)をレジで発行することが始まった。ここからさらに顧客データ分析は発展していく。
全米35州に2700店舗を持つスーパーマーケットグループ企業Krogerは、傘下に84.51°というデータ分析専門会社を持つ。全米の半数にあたる6000万世帯が加入するKrogerのロイヤルティプログラムの購買データを分析するためだ。スーパーマーケットでもコロナ禍以降、Eコマースによる購買や、BOPIS(Buy Online Pickup in Store:オンライン購買、店舗ピックアップ)が普及したため、購買履歴、商品検索や閲覧履歴、割引への反応といった行動データも取得するようになった。世帯の構成人数、年齢層なども推測する。
84.51°はStratumというデータ分析サービスをメーカーに提供する。購買の世帯属性や行動傾向のほか、自社の製品と合わせて買われた商品、特定購買層の購買量の増減など様々な傾向をダッシュボードから分析できるサービスである。
高利益率のリテールメディア広告に期待
これらの分析結果は、従来は小売企業がメーカーに提供してきた。加えて、今ではEコマースサイト上でメーカーの商品広告を扱うリテールメディアにおいても顧客データ活用が活発である。
84.51°もKroger Precision Marketingというリテールメディア運営組織を抱える。メーカーがKrogerのEコマースサイトやアプリで商品広告や割引クーポンの配信をサポートしている。
下図はWalmartの例である。例えば「TV 75インチ」と検索した場合、まずPhilipsのテキスト広告、LGのストア広告、VIZIO、LG、Philipsの製品のスポンサー広告が掲載された後で、検索結果が表示される。ここでもログインした顧客の購買履歴や検索、閲覧データなどにより、表示広告が変化し、より高い効果につなげる。また、小売の持っている顧客データを使ったFacebookやInstagram、メディアサイト、今ではスマートTVなど外部メディアでの広告の利用も進む。
一般広告にはないリテールメディア広告の大きなメリットは、最終的にその商品が購買されたかどうかが分かり、広告の効果検証ができることである。小売企業にとっては、薄利の商品販売に比べてリテールメディア広告の利益率は高く、注力すべき事業となっている。
顧客に合わせ表示する店舗内のリテールメディア
リテールメディアは店舗内にも広がっている。カメラなどによって、店内の顧客をデモグラフィック分析し、顧客に合わせてデジタルサイネージに表示させるコンテンツを変えるのだ。最近導入が進んでいる店舗内のタッチパネルやタブレットにも、ログイン、行動履歴、センサーで認識したモバイルIDに応じたコンテンツを配信する。
接客時の関係強化にも一役
特に高級ブランドやファッション、美容にかかわる小売現場で活用が進むのが、店員が持ち歩き顧客との個別関係を強化するクライアンテリング用のモバイル・タブレットアプリである。接客時に、その顧客の購買履歴や商品選択の傾向を見て商品を薦めたり、興味を持ってもらった商品に合うコーディネートを見てもらったりする。アプリにはビデオ会議機能がついており、在宅の顧客に店員が商品を紹介し、Eコマース経由で購買してもらうといった使われ方もされている。
バイオメトリックス認証で手ぶらで買い物
Amazonが先行するのが手のひら認証である。傘下のWhole Foods MarketやAmazon Freshなどで使われている。一度手のひらを登録しクレジットカードかAmazonアカウントをリンクさせれば、手ぶらで買い物ができる。同様に顔認証も普及しつつあり、バイオメトリックスで来店客を認識するケースが増えている。
小売業界における顧客データ活用は世帯から個人へ、オンライン・デジタルから店舗内へと広がり、顧客、購買行動、そして購買商品という3要素の組み合わせを分析するステージへと進化しつつある。あらゆる接点を顧客データ収集に使い、顧客理解を一層深めた上で、メーカーに対してマーケティングや広告をサポートする役割をアメリカの小売は推し進めている。それが彼らの新たなビジネスとして立ち上がろうとしている。
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