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北米トレンド 織田 浩一 連載

AIに全速前進、トランプ2.0のテクノロジー政策
~アメリカ・ファーストの大統領令が引き起こす混乱と矛盾~

 2025年4月29日にトランプ大統領の就任から100日が経過した。野党やメディアが厳しい批判を控え、新大統領の政策を見守る就任直後100日間の「ハネムーン期間」にトランプ大統領は140を超える大量の大統領令に署名した。関税をはじめとするその政策は世界中を揺さぶり、各国の株価は毎日のように乱高下するだけでなく、テクノロジー業界にも大きな影響を及ぼしている。今回は、大幅な方針転換が進む人工知能(AI)政策や、中国とのデカップリング(分離)などテクノロジー政策の面に絞り、ここまでで見えてきたトランプ2.0の動向をまとめてみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

AI政策:安全よりイノベーション優先に方針転換

 何よりも急速に変化したのは生成AIをはじめとするAIの政策である。トランプ氏は就任式直後の1月23日に「AIにおけるアメリカのリーダーシップへの障壁を取り去る別ウィンドウで開きます」大統領令に署名した。その骨子は、バイデン前大統領が2023年に出した大統領令「安全、安心、信頼できるAIの開発と使用別ウィンドウで開きます」を撤回するというものだった。

 バイデン前政権は、AIには民主主義の価値観を表現し科学的進歩をもたらすポジティブな面がある一方で、差別を助長しプライバシーや市民の自由を脅かし、サイバー攻撃や詐欺、生物兵器を開発につながるネガティブな危険性についても指摘した。そこで責任あるAI活用に向けて、高度なAIシステムの安全テストやサイバーセキュリティリスクへの対策、国際協力などに取り組むという内容の大統領令に署名した。

 トランプ政権の新大統領令は、この前政権の方針を就任早々に撤回し、60日以内に新たな大統領令との整合性を確保するよう米政府各省庁に求めたものとなる。さらに、180日以内(2025年7月後半まで)にAIアクションプランを科学技術政策担当大統領補佐、AI・暗号通貨担当大統領顧問、国家安全保障担当補佐官が提出することとしている。リソース費用が10分の1と言われる中国のDeepSeekが登場するなど、AIモデルの競争が激化する中で、安全性の規制を取り去りイノベーション推進に力を入れ、AIでもアメリカ・ファーストを実現し競争力を確保する方針を明らかにしたものと言えるだろう。

 今回のトランプ政権発足時に「スターゲート・プロジェクト(Stargate Project)」と呼ぶAIデータセンター投資も発表している。これは、ソフトバンクと同社傘下のArm、OpenAIに加え、Microsoft、Oracle、NVIDIA、アラブ首長国連邦アブダビ政府の投資会社MGXが協力し、今後4年間で5000億ドル(約77兆円)と巨額な投資をして、OpenAI向けのAIインフラを構築するという計画である。

スターゲート・プロジェクトを発表するトランプ大統領、Oracleのラリー・エリソン会長、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長、OpenAIのサム・アルトマンCEO 出典:ホワイトハウスYoutubeチャンネル:President Trump Gives Remarks Regarding U.S. Infrastructure Investment別ウィンドウで開きます

 さらに5月には、トランプ大統領がサウジアラビアを訪問し、サウジアラビアから総額6000億ドルの対米投資することに合意した。この訪問にはイーロン・マスク氏やOpen AIのサム・アルトマンCEO、Amazonのアンディ・ジャシーCEO、Googleのルース・ポラット社長兼最高投資責任者(CIO)といったテクノロジー大手の首脳が同行し、サウジアラビアはアメリカのAIデータセンターなどに200億ドルを投じるとしている。今回の訪問に合わせた5月12日には、バイデン前政権が1月に公表したサウジやアラブ首長国連邦(UAE)を対象にしたAI半導体の輸出規制案を廃止すると米商務省が発表しており、中東のオイルマネーを活用することでAI分野での競争力を確保しようとしている。

AI教育:幼稚園からトレーニング計画も実行は不透明

 4月には、AIリテラシー教育を幼稚園から高校までの生徒に実施するための大統領令「アメリカの若者のためのAI教育の推進」に署名している。この大統領令には、幼稚園から高校生向けのAIカリキュラムを開発・普及させ、教師向けにAI教育するためのトレーニングプログラムの提供、学校でのAI学習促進のための資源提供と支援、産業界との提携構築などが含まれている。また米教育長官がAIスキル開発基金を設立し、特に経済的に恵まれない地域でのAI教育の機会拡大に重点を置いた詳細な計画を、180日以内に米教育長官、商務長官、労働長官、科学技術政策担当大統領補佐官らが大統領に提出するものとしている。

 とはいえ、実際の教育現場でどこまで対応できるかは未知数だ。米教育関連メディアEducation Week傘下にあるEdWeek Research Centerが2024年10月に実施した調査別ウィンドウで開きますによると、58%の米教師が教室で生成AIを使うためのトレーニングを受けておらず、また68%が教室でAIツールを利用していないと答えている。このため、大統領令による計画が策定できたとしても、その導入は非常に困難になると予測されている。別の大統領令で米教育省の予算が削られており、要職を含めて米教育省の人材のレイオフが進められているのも懸念材料である。AIの専門家がいる教育技術局の職員も仕事を失い、教育省内で計画を実施できる人材がいなくなっていくとの指摘もある。

 一方、米実業家のイーロン・マスク氏が率いるDOGE(Department of Government Efficiency:政府効率化省)では、政府省庁での支出分析や契約内容の分析、職員のトランプ政策へのコミュニケーションの監視や評価、システム開発の自動化などにAIを使っている。だが、米市民、職員のプライバシーや権利を侵害する可能性や透明性、倫理的な問題がある点が批判されている。

ホワイトハウス前でイーロン・マスク氏を称え、テスラ車を買うことを発表するトランプ大統領 出典:Donald J. Trump Xアカウント別ウィンドウで開きます

半導体政策:前政権を否定も支持基盤と“ねじれ“

 半導体政策においても、AI政策と同様にバイデン政権からの大きな方針転換がなされた。だが、ねじれ現象の様相を見せている点がAI政策とは異なる。

 バイデン政権下で2022年に成立した「Chip and Science Act(CHIPS法:半導体製造支援法)」は、総予算2800億ドル(約43兆円)を使って製造業・建築業における11万5000人以上の雇用を創出するというものだった。主な内容は半導体製造工場に対する補助金、投資税額控除、先端半導体製造リサーチ支援、STEM(科学・技術・工学・数学)教育・人材育成支援などの政策で構成されている。同法の施行を受け、TSMC(台湾積体電路製造)、Intel、Samsung、Micron Technology、Texas Instrumentsなどの大手半導体企業が米国への合計5000億ドル(約70兆円)の投資を決めている。

 トランプ大統領は3月の議会演説で、この「CHIPS法」を廃止すべきと批判的なコメントを出し、この法案を使った半導体工場プロジェクトでの組合労働者の使用義務や保育サービスの提供の義務などの見直しを進めた。同月末には米商務省内に国内投資を加速させる組織を設置するという大統領令に署名して、今後は半導体製造企業とCHIPS法での条件を交渉するとしている。

 だが、実はCHIPS法で投資が進んでいる製造工場開発のプロジェクトが進んでいる州の多くは、トランプ大統領が属する共和党出身の州知事が多く、共和党基盤の強い「レッドステート(赤い州)」である。このため、身内の共和党からもCHIPS法を守るべきという反対意見が出されているのが現状で、今後のゆくえが注目される。

GAFAM:ビッグテックを狙った独禁法訴訟は継続

 Amazon、Apple、Google、Meta、Microsoftなどのビッグテック企業に対するトランプ政権の方針も気になるポイントである。1月の就任式には、イーロン・マスク氏のほか、Googleのスンダー・ピチャイCEO、Metaのマーク・ザッカーバーグCEO、Amazon創業者であるジェフ・ベゾス氏、Appleのティム・クックCEOなど、政権との関係強化を狙う大手テクノロジー企業のトップが軒並み出席した。

 参列したテクノロジー企業経営者の座席は演台に近く、1期目では距離を置いてきたテクノロジー企業が今回のトランプ政権では関係を強化したい姿勢が表れていた。その背景としては、ここ数年で米政府当局がGoogle、Amazon、Meta、Appleを相次いで反トラスト法(独占禁止法)違反で提訴したことがある。テクノロジー各社は独占禁止法訴訟などを巡ってバイデン政権と緊張関係にあったが、トランプ大統領の就任を機に関係改善を図りたい狙いがあったと思われる。

 だが、独占禁止法訴訟への姿勢について、トランプ政権に今のところ目立った変化は見られない。米FTC(米連邦取引委員会)の委員長に現委員のアンドリュー・ファーガソン氏を、米司法省反トラスト局部門トップにゲイル・スレーター氏を、通信政策を所管する米連邦通信委員会(FCC)の委員長に現委員のブレンダン・カー氏を任命しており、いずれも従来の姿勢を保持する見込みである。ビッグテック企業への独占禁止法の執行や係争のためのリソースについても引き続き投入することを示している。

 現時点で、Googleは米連邦裁判所で検索分野、デジタル広告市場で独占状況であるという判決が出ており、司法省はChromeブラウザや、サイト運営社向けの広告サーバーや広告技術事業の売却を求めると考えられる。新たな競争分野であるAI領域でも、GoogleやAlphabetの投資、買収が制限されるのではと憶測を呼んでいる。

 Appleはアプリストア、Amazonはマーケットプレース市場、Metaはソーシャルメディア市場で、それぞれ独占的な立場にあるとして、FTCや州政府との裁判が進んでいる。Googleのように、FTCはビッグテック各社に厳しい措置を講じる可能性が高いと思われる。

Googleのデジタル広告テクノロジーでの独占禁止法に関して、米司法省が判決を勝ち取ったことを示すプレスリリース。Googleでは今後、資産の売却や事業分割を迫られることになる。出典:米司法省:Department of Justice Prevails in Landmark Antitrust Case Against Google別ウィンドウで開きます

対中国:確実に進むデカップリング

 対立が激化している中国向けのテクノロジー政策はどうだろうか。中国とのデカップリング(分離)は経済だけでなくテクノロジー分野でも進んでおり、ビジネスに大きな影響を及ぼし始めている。

 既にバイデン政権下でNVIDIAの最先端AIチップであるH100やA100などについては輸出を規制していたが、今年4月には中国輸出向けに用意した性能制限のあるH20チップについても輸出も規制するように米政府からNVIDIAに通知した。これにより、NVIDIAはH20の在庫の評価損や販売契約のキャンセル料など含めて55億ドル(約8400億円)の特別費用を計上する必要があるとしており、同社の株価も6.5%下落した。AMD(Advanced Micro Devices)でも同様に在庫損、キャンセル料などが発生することを発表している。

 また、精度の高いAIモデル生成が比較的低コストで実現できていると話題になった中国のオープンソースAIモデルDeepSeekについては現在、米連邦議会、アメリカ海軍、商務省のデバイスでの利用を禁止している。トランプ政権では、それを米政府のさらに広範囲での利用や、アメリカ人の利用の禁止を検討別ウィンドウで開きますしているという。

 DeepSeekの登場は米議会における国家安全保障に関する議論を進めることになり、複数の法案が提出されている。米連邦政府全体での「DeepSeek使用禁止法案」や、重要なテクノロジーや知財のトランスファーを禁ずる「中国技術移転管理法案」、そして中国開発のAIや知財の輸入やアメリカのAI、知財の輸出、共同開発の禁止、投資や融資の制限などを行う「アメリカのAI能力と中国との切り離し法案」などである。トランプ政権もこれらの法案に対して概ね支持を示している別ウィンドウで開きますという。

TikTok:先行きの見えない米国事業のゆくえ

 トランプ政権1.0の時は、トランプ大統領自身が国家安全保障上の理由からTikTok米国事業の売却を推し進めてきた。その後、米議会が法案を用意し、バイデン前大統領が最終的に署名している。

 トランプ政権2.0では、米国主導で国内にTikTokを再編するため、新ファンド設立も含めて複数の投資グループの形成を進めている。このグループには、Oracle、Microsoft、Amazon、AI検索企業のPerplexity AI、モバイルマーケティングテクノロジー企業のAppLovin、YouTuberのMrBeast、投資企業やベンチャーキャピタルなどが関与している。トランプ大統領が主導し、バンス副大統領が米国事業売却の交渉を推し進めてきたようだ。

2月3日、TikTokの米国事業買収も見据え、政府系ファンド設立を命じる大統領令に署名するトランプ大統領 出典:Bloomberg /Getty Images

 だが、米中間における貿易摩擦のエスカレートを背景に、TikTokの親会社であるByteDanceとの交渉についての先行きは不透明である。トランプ大統領は4月はじめに、TikTok米国事業の売却に関する2回の大統領令を出し、合意締結までの執行猶予を75日間(6月中旬まで)延長した。

 同法案はもともと国家安全保障上の理由で立案されたものだが、今後のトランプ政権では、TikTokの米国事業を中国との関税政策における交渉のカードとして使うのではないか、という推測別ウィンドウで開きますもあるようだ。

トランプ関税:インフラコストの高騰で悪影響も

 これまで紹介してきた政策からも、アメリカがAI分野における優位性を維持したい意向は明らかだが、ほかのトランプ政策が足かせとなる可能性が高まっている。各国へと課した関税により、ITハードウエアのコストが25%上昇別ウィンドウで開きますする可能性があるからだ。これにより電源供給など重要な部品の調達が遅れ、AIデータセンターの拡張計画に支障が出る可能性が指摘されている。ひいてはこれがAI業界の成長に大きな影響を与えると予測されているのである。

 また、関税による影響は、多くの広告主にも影響する。今までデジタル広告を積極的に活用してきた中国のEコマース企業TemuやファッションブランドSHEINなどが広告費を大幅に削減していることが見受けられ、GoogleやMeta、そのほかのデジタルメディア・広告企業の売上に影響を与えることが予想される。AppleがiPhoneの生産を中国からインドへシフトすることを発表し、NVIDIA、TSMCが米国での生産工場に投資をすることを発表したように、ハードウエア企業も生産拠点の見直しが必要になっている。

 4月末の発表で、アメリカの2025年第一四半期のGDP(国内総生産)は年率0.3%と縮小したことが分かった別ウィンドウで開きます。2024年第四四半期は2.4%の伸びであったことから、トランプ政権の関税政策がアメリカ経済に大きな影響を与え始めていると考えられる。米消費者の経済の先行きへの信頼指数が大きく下がり、企業も政策が安定するまでは人材採用や大きな投資を控えることが多くなっているようである。

 もちろん日本のテクノロジー企業にとっても、今回のトランプ政権2.0は対岸の火事では済まず、様々な影響を及ぼすことになるだろう。少なくとも今後3年半は続くトランプ政権の方針を確実に予見することは難しいが、考えられるパターンをできるだけ事前に予測し、自社のビジネスに与える影響についてベストからワーストまで幅広く想定しておくことが必要と思われる。政策が不安定な状況に対応しながら企業運営の舵取りをせざるを得ない、経営者にとって受難な時期が当面は続くことになるだろう。