営利か社会性か、米国と欧州で対照的なAIへのアプローチ
~World Summit AIに見た社会課題と企業活用の最前線~
Text:織田浩一
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連日のように新しいニュースが飛び込んでくるほど、激しい開発競争が繰り広げられるAI(人工知能)分野。スタートアップ企業が多数生まれる中、言語モデルを構築する企業はテキストだけでなく音声、動画も同時に処理できるマルチモーダルに進み、クラウド事業者も新規AIサービスを次々とローンチしている。ただし、世界トップAI企業の20社中18社はアメリカにあり、ほとんどのニュースは米国の営利企業の動向を報じる。そこで、他の地域ではどのように進化しているのかを探るため、10月初頭にオランダ・アムステルダムで開催されたヨーロッパ最大級のAIカンファレンス、World Summit AIに参加してきた。今回はとりわけ、現地で強く感じた欧米の違いについて報告したい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
開発競争に余念の無いアメリカ
正直、World Summit AIに参加して、途中で何度も「ええ?」と声を上げてしまったことをお伝えしなければならない。筆者は仕事柄、欧米で多数のテクノロジーカンファレンスを見てきているが、ここ最近はアメリカで開かれるAI分野のカンファレンスに参加することが多い。
アメリカのAIカンファレンスで語られるのは、いかに大量のパラメーターを用いた大規模言語モデルが秀逸であるか、マルチモーダルに対応していくのかがこれからのトレンドであり、数年後にはAGI(汎用人工知能)が到来することなどを主な話題としている。また、Dell TechnologiesやHP、Accenture、EYなどのコンサルティング企業は、自社でAI導入初期のユースケースを立ち上げ、その効果を確認した上で同じようなユースケースを外販したりコンサルティングしたりし、その顧客がいかに効果を上げているかなどを語っている。
もちろん、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルーシビティ)に対応したマイノリティのデータが不足していることが課題であることや、一部の仕事はAIに取って代わられるが、人々はもっと高度な新しい仕事に移行するはずといったことも言われる。こうした「責任あるAI」「倫理的なAI」なども話題に上がるものの、どちらかといえば企業のマーケティング活用を前提としたものと感じることが多い。
総じて、AIの進化は待ったなしという認識が共有された上での議論である。現状、アメリカのAI業界では、大手クラウドサービスプロバイダーであるAmazon、Microsoft、Googleらの後押しも受けて、OpenAI、xAI、Anthropic、Midjourney、そしてGoogle Geminiなどが次々と独自のAIモデルの開発へ向け日々激しい競争を繰り広げている。そこにMetaやHugging Faceがバックアップするオープンソースモデルが参入しているという状況である。
偽情報、ディープフェイクからどう守る
対して、オランダでのWorld Summit AIではどうだったか。Groqのエバンジェリストが登場した冒頭のキーノートセッションこそ、ハードウエアとソフトウエアの組み合わせで新しいAIモデルを迅速に構築し、AIサービスのローンチを助けるという講演であったものの、その後に続いたパネルディスカッションは、偽情報やディープフェイクによる民主主義や政治への影響をいかに止められるかという内容であり、続くキーノートセッションはAIの民主化や、「善玉AI」が「悪玉AI」を駆逐できるかなど、非常に社会的なテーマを扱ったものだった。
MicrosoftやDell Technologies、Intelなどによる大企業向けソリューションについてのセッションもあったが、その後に続くのは、米FBI(米連邦捜査局)が積極的なAIの導入によって、アメリカのトップAI企業にスパイ活動を行う中国への対応を推し進めたり、子供の性的コンテンツをAI生成した犯罪者の摘発を行ったりという社会的な活動を紹介したセッションだった。
また、米DHS(米国土安全保障省)がバイデン大統領のサイバーセキュリティに関する大統領令に従い、電力、通信などの公共施設を守り、AI・テクノロジー業界やEU、先進国と協力しサイバー攻撃を防止したり、AIによる偽情報などへの対応を進めたりしている報告が語られた。いずれも、AIが生み出す新しい課題に政府が対応する様子が示されている。
AIでも懸念され始めた南北問題
AIの社会的な影響にかかわるパネルディスカッションのテーマは多岐にわたっていた。その一つの「経済、雇用、エクイティ」では、AI分野はクラウドと同様に先進国企業が開発を進めているため、発展途上国が先進国のAIモデルを使うときに比較的高額な対価が必要になることを指摘していた。また、若い世代の人口が多い発展途上国でのAI導入は、高齢化が進む先進国でのAI導入とは社会の状況が全く異なる。中国では若い層の失業が顕著になってきており、インドでもAI導入が進むことで若い世代に社会不安が生じないかなど、AIが新たな南北問題を起こすのではないかという懸念も話された。
自社の利益を上げることが第一目的の企業にとって、AI分野で社会課題に対応するインセンティブが無い間は、AIが雇用問題を拡大させる可能性があると指摘する声もあった。
ヨーロッパのAI対応が社会性重視の理由
「プライバシーパラドックス」というパネルディスカッションでは、AI開発を巡るアメリカとヨーロッパの比較が話し合われ、ヨーロッパのAI対応がより社会的である理由を示していた。
ヨーロッパではもともとプライバシー保護の考え方が深く浸透しており、特にGoogle、Metaなどのアメリカのテクノロジー企業がヨーロッパに上陸するに当たって、市民のデータ保護の必要性が訴えられた。これが2018年のヨーロッパプライバシー規制であるGDPR(EU一般データ保護規則)施行につながっている。
この経緯があって、ヨーロッパではAI学習に利用できるデータがアメリカに比べて潤沢ではない。Metaの中央ヨーロッパ公共政策担当者は「ヨーロッパのデータでAI学習ができず、消費者はアメリカのデータで学習された“品質の低い” AI製品を使わざるを得ない。ここはプライバシーと品質のバランスを取るべきだ」と批判する。
全社的にAI導入を推し進める大手企業
このような論調が目立つ中でも、大手企業はAI導入に前向きであることの分かる事例などが示されており、いくつか紹介したい。飲料、食品、スナック菓子などのグローバルメーカーであるPepsiCoでは、原料を生産する農場からサプライチェーン、ロジスティックス、店舗での販売、そして顧客とのエンゲージメントまで、戦略的にすべてのビジネスプロセスにAIを活用していく。
農場、工場、サプライチェーン、ロジスティックスではデジタルツインや生成AI利用によるロボティックスなどを使う。全社では社員の業務をサポートするマルチエージェント型AIを用意し、AI、機械学習を会社全体に展開しつつあるという説明だった。
同社ではAIアーキテクチャーを下図のように構成する。特に注目されるのは、同社がAI機能を様々な分野向けに独自に構築している点である。言語ではChesterGPT、画像認識ではPEPvision、IoTではPEPsense、論理的推論ではPEPGENX、観察可能性のためにPEPVigilといった機能を開発して社内利用を進める。
論理的推論分野で生成AI機能を提供するPEPGENXは、下図のように基盤となるインフラ、データベース、モデル開発・調整環境の上に、生成AI開発機能を用意する。内部開発とオープンソースのAIモデルを利用しながら、エージェントファクトリーにより上位のウェブ、モバイル、チャットボット、他のアプリへの組み込み機能、企業アプリなどを開発し、その機能をPepsiCoのデジタルマーケットプレースを介して社内で展開している。
フランスに本社を持つSchneider Electricは、日本を含めグローバルで産業分野での業務自動化・管理、エネルギー管理のための製品販売、サービス提供、ソフトウエア開発サービスを展開する。同社のチーフAIオフィサーとチーフデータオフィサーが、自社内のAIの進化について語った。
もともと同社では、エネルギー管理プラットフォームなどのAI機能を含め、20年に及ぶAI開発の歴史がある。当初は同社の提供するハードウエア、ソフトウエアからデータ収集を開始した。
同社の企業行動規範に含まれているように、近年はプライバシーやデータ自体とその収集・利用に対応することで、透明性と責任の確保されたAI開発を展開している。7年前からデータに関するあらゆることを全社的に担当するチーフデータオフィサーが任命され、3年前にそのデータを使ってAI開発・サービス提供を全社で展開するチーフAIオフィサーを置いた。
現在では全社員4万人のうち350人のAI・データサイエンティストを擁し、グローバルで3箇所あるAIチームハブで活躍、社内向けに20個、社外向けに15個のAIアプリを展開しているという。社外向けのアプリの1つであるEcoStruxureプラットフォームは、顧客の工場内や建物内の合計400万点のセンサーなどからのデータを収集し、運用する機械の管理やエネルギー削減施策などの自動化を推し進めるというものである。
並行して、全社員4万人が同社の企業行動規範に対応するためAI・データのトレーニングを受けている。どのようにデータを業務に使うか、または個人情報やセンシティブなメタデータの付いたデータを収集、分類、利用する際の規制やガイドラインを確認したり、運用ポリシーやベストプラクティスを定期的に学んだりしているという。
人のクリエイティビティを助けるのもAI
最新技術が並ぶテックカンファレンスは、スタートアップ企業にとって腕の見せどころである。World AI SummitでもヨーロッパのAI関連企業6社ほどのピッチが行われ、企業展示ブースのスタートアップ部門では15社ほどが自社サービスを紹介していた。
その中で、脳科学とAI、クリエイティビティをつなげるサービスを提供するのがNeuroCreateである。
同社の開発するデジタルプラットフォームのFlowCreateは、人がクリエイティビティを発揮する集中状態であるフロー状態を作り出すために、脳波計測デバイスを使い、クリエイティブな考え方を実践するトレーニングを行うというものである。同サービスではクリエイティブプロジェクトでのコラボを推進するためのムードやエンゲージメントを向上させ、知識を体系的に連結するナレッジグラフなどを活用したアイデア構築をサポートする。
同社は2017年に英国ロンドンで立ち上がり、社員は4人ほどに過ぎないが17万ポンドのシード投資を受け、英国国民健康保険サービス(NHS)とのトライアルを実施し、同時にR/GAやMediacomなど広告会社などにサービスを提供している。
AIが業務の自動化を担っていく中、さらに上位の業務をするためには、人間のアイデアやクリエイティビティがさらに必要になっていくことが考えられる。それをサポートするのもまたAIだ、という考え方に基づくサービスである。
今回のカンファレンスから強く感じたのは、アメリカとヨーロッパのAIに対する向き合い方の違いである。アメリカは開発や市場展開のスピードを重視し、バイアスや倫理などの問題は後から対処する進め方。一方、ヨーロッパはプライバシー、バイアス、発展国・新興国の状況などに事前に対処して安全に開発、展開を進めるべきとする。
オンラインサービスではこれまで最初に立ち上がったアメリカ企業がヨーロッパ市場をも席巻していくことが多く、AI分野でも現在のところ同じような様相を呈している。今後、これがどのような状況へ移り変わっていくのかなど、多くを考えさせられたカンファレンスだった。両地域が示す2つのアプローチの違いは、日本および個々の企業のAIに対する方針を構築する上でも、この先さらに注視する必要性があるだろう。
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