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北米トレンド 織田 浩一 連載

AI活用の成熟度競う時代に、最先端「AIフロンティア企業」はわずか2割
~AI導入企業におけるグローバルな動向を、Microsoft調査から探る~

 AIツールやAIエージェントは、導入に向けたテスト段階を過ぎ、利用を全社に広げる段階に入っている。それと同時に、競合より一歩先へ進んでいるか、ひいてはAI先進企業になれるかどうか、といったAI活用の成熟度を比較するステージに差し掛かっている。AIを先進的に利用している企業をMicrosoftは「AIフロンティア企業」と呼び、年次のレポートでそうした企業の動向を報告している。今回はグローバルにおけるAIフロンティア企業について、同社の報告を引用しながら解説したい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

Microsoftが定義する「AIフロンティア企業」とは

 Microsoftが2025年4月に発表した「Work Trend Index Annual Report:2025:The year the Frontier Firm is born別ウィンドウで開きます」。これは、AIスタートアップ幹部や学術関係者、経済学者らを対象に実施したアンケート調査結果および世界31カ国における約3万1000人へのアンケート調査と、同社の「Microsoft 365」や「Copilot」およびAIエージェントの利用データ、傘下のビジネスSNS「LinkedIn別ウィンドウで開きます」の市場データなどを掛け合わせて、ユーザー企業の状況を分析した報告書である。

 この報告書では、AIに最適化した新体制に変革した組織が台頭してきていることを指摘し、それらを「AIフロンティア企業」と名付けている。AIフロンティア企業は“今までの企業とは全く違う”、人間とAIエージェントのハイブリッドチームに生まれ変わっており、「オンデマンドで得られる知識をもとに構成し、高速にスケールでき、迅速に動き、企業価値をより速く生み出す企業である」と同社は定義している。

 企業がAIフロンティア企業へ進化していく過程で、人間とAIエージェントによるハイブリッドチームは下図で示すように段階を経て在り方が変化していく。すべての従業員がAIアシスタントを持ち、一人ひとりがより速く、効率的に働けるという段階が「フェーズ1」である。次の「フェーズ2」では、従業員とAIエージェントがチームを組み、AIエージェントが「デジタル同僚」として、従業員の指示により特定のタスクを担当する段階に進化する。

 AIフロンティア企業においては、さらに「フェーズ3」へとステップアップしている。この段階では、従業員は業務の方向性を示して、AIエージェントが実行するレベルへ進んでいく。以前の記事では、テクノロジーカンファレンス「SXSW」において「AIエージェントを使う企業の組織図」を紹介したセッションがあったことを報告したが、まさしくそれと同様に人間が設定した業務方針に沿ってAIエージェントがビジネスプロセスやワークフローを実施し、人間は必要に応じて介入するというものである。

「AIフロンティア企業」への進化の過程。「フェーズ1」では従業員それぞれにAIアシスタントが提供され、「フェーズ2」では従業員と特定のタスクを担当するAIエージェントの混合チームが構築される。「フェーズ3」では従業員は業務の方向性を示すにとどまり、実際のワークフローはAIエージェントが実行するという段階に進む
出典:Microsoft:「Work Trend Index Annual Report:2025:The year the Frontier Firm is born別ウィンドウで開きます

AIフロンティア企業への進化を阻む「変革パラドックス」

 Microsoftの「Work Trend Index Annual Report」で、2025年から2026年における動向を報告した「Agents, human agency, and the opportunity for every organization別ウィンドウで開きます」は、冒頭で次のように語っている。

 「AIやAIエージェントが自律的に業務の実行を担ってくれるおかげで、我々の自発性はさらに拡大する。仕事における人間の可能性は、かつてないほど大きくなっている。人々はAIとAIエージェントを活用して、自分たちにできることや、それを担える人材の幅を広げており、新たな調査によればその流れはさらに加速している」。

 このようにAIによりビジネスの可能性が大きく広がる一方で、新たな課題についても指摘している。

 「AIエージェントが実行部分をより多く担うようになるにつれ、人間はより大きな主体性――仕事の方向を定め、意思決定を行い、より大きな成果に責任を持つ余地――を持てるようになっている。今やすべての企業にとっての課題は、その人間の主体性を前例のない価値へと転換することである」。

 つまり、AIを活用する企業において課題となるのは、AI活用によって生まれる従業員の主体性をどうすれば企業価値へ転換できるかである。そのために重要となるのが、AI活用に対する企業文化や上司のサポート、人事評価制度などである。報告書では、こうした組織的な要素が企業全体に与える影響は、従業員個人のAIスキルよりも大きく、その差はおよそ2倍に及ぶとしている。

 下図をご覧いただきたい。縦軸は「従業員個人のAI能力」の高低を示し、横軸は上司のサポート体制や人事評価制度など「企業の組織的AI準備体制」の有無を表している。

 これを見ると、従業員がAI活用に関する能力やスキルが高く、企業のAI準備体制も高いという位置に属するのはわずか19%で、ここに該当するのがまさにAIフロンティア企業(Frontier)となる(図右上)。一方、従業員の能力は高いものの企業の準備体制があまり整っていない「主体性が制限された企業(Blocked agency)」が10%、逆に従業員の能力は低いものの企業の準備体制は整備されている「能力が活かされていない企業(Unclaimed capacity)」が5%存在する。そして、個人の能力と準備体制のどちらも十分でない「足踏み企業(Stalled)」は16%となっている。

 報告書では、AIフロンティア企業が約2割しか存在しない要因として「変革パラドックス(Transformation Paradox)」を指摘している。変革パラドックスとは、従業員がAI活用に積極的に携わっているにもかかわらず、企業の体制はAIを十分に活かせる形にまで追いついていない状態を指す言葉である。報告書によると、AIを利用している回答者のおよそ65%が「AIを活用しなければ取り残される」と感じていながら、45%が「AIで業務を再設計するよりも今の目標に集中するほうが安全」とも答えている。さらに、彼らの働く企業で「短期的な結果が出なくてもAIにより業務改善を評価したり報酬を得たりできている」と答えたのは約13%のみと、大部分が変革パラドックスに陥っていることが分かる。

 ただ、従業員の能力も企業の準備体制も中間的な「台頭しつつある企業(Emergent)」が50%あり、こうした企業群がこれからAIフロンティア企業に進化していくかどうかは、企業幹部のリーダーシップにかかっている。報告書では彼らの役割は「今の仕組みから社内の業務に合わせた新たな戦略、仕組み、測定指標、インセンティブ、業務を再構築することである」としている。その上で、「どの企業も学習し続ける組織になる必要がある」とまとめている。

「2026 Work Trend Index Annual Report: Agents, human agency, and the opportunity for every organization」では企業を「AIフロンティア企業(Frontier)」「主体性が制限された企業(Blocked agency)」「能力が活かされていない企業(Unclaimed capacity)」「足踏み企業(Stalled)」、そして「台頭しつつある企業(Emergent)」の5つに分類している。
出典:Microsoft:「2026 Work Trend Index Annual Report: Agents, human agency, and the opportunity for every organization別ウィンドウで開きます

推進するトップの支援があってこそ、AI変革の扉が開く

 Microsoftでは、同社が選ぶAIフロンティア企業のリストを公開している。そのうちの2社について具体的な実績を見てみよう。

AIフロンティア企業として14社が選出されている。
出典:Microsoft:Meet the inaugural class of the Frontier Firm AI Initiative別ウィンドウで開きます

●Barclays

 Barclaysは、1690年設立のおよそ335年の歴史を持つグローバル銀行である。2025年6月から世界各国の従業員約10万人にCopilotを導入し、独自の従業員向けツール「Colleague AI Agent」を展開している。これにより、出張手配や人事関連の質問、企業政策のコンプライアンスなどの対応確認や、地域・国に関するコンテンツなどの検索が可能別ウィンドウで開きますとなっているという。

 AIの導入はレガシーシステムの移行でも大きな実績を上げている。従来は3カ月を要していたレガシーデータベースの最新のプラットフォームへの移行作業を、複数のAIエージェントと人間の専門家がチームを組むことにより20日で完了した。

●Levi Strauss & Co.

 デニムやジーンズの「Levi's」ブランドで知られるLevi Strauss & Co.は、2026年4月現在およそ4600万人のロイヤリティ会員を抱える老舗アパレルメーカーである。同社では1853年の創業からの173年にわたって蓄積された、ブランドや消費者インサイト、販売データ、ユーザービリティ調査、社員関連データなどが、約400のシステムで別々に保存されていた。

 同社はCopilotの導入を決め別ウィンドウで開きますた際に、「トップダウン」ではなく従業員が自ら課題解決のためのAIエージェントを構築する「ボトムアップ」アプローチでの導入計画を採用した。例えば、同社のリードUXデザイナーは、顧客満足度調査やフィールドレポートなどの資料数百ページを学習させて、通常の会話のような自然言語で質問をすると情報ソースを添付した上で回答してくれるエージェント「Minerva」を構築した。従来は膨大な量のPDFやパワーポイントをダウンロードして確認しなければ答えが見つからなかった質問に対し、Minervaはわずか数秒で答えの根拠となる資料を提示しながら回答を示してくれるという。

 また、同社で米・カナダの財務を担当する副社長は、AIエージェントに1100個の標準業務手順書(SOP)を分析させた。その結果、1万8000に及ぶ個別の業務をリストアップし、難易度や自動化の可否、手作業の必要性、承認・意思決定プロセスの内訳を円グラフで示すダッシュボードを、たった1日で作成した。従来であれば複数のスタッフを投入しても1年はかかる作業であったという。

 Microsoftの「Work Trend Index Annual Report」は地域の違いなども調査しており、日本企業でも参考にできる部分は非常に多いだろう。ただし変革パラドックスについては、残念ながら日本企業にとってはあまり好ましくない結果が出ている。

 「AIを利用・適用しなければ取り残される」と感じているAI利用者は、日本においても66%と高い。だが、日本では「AIで業務を再設計するよりも今の目標に集中するほうが安全」と答えているAI利用者は30%と、他国と比べて最も低い結果となっている。働いている企業で「短期的な結果が出なくてもAIによる業務改善を評価したり報酬を得たりすることができている」と答えたのはグローバルでも13%と元々あまり高くないが、これについても日本では8%と調査対象国の中で最も低い数値を記録した。日本特有の“波風を立てず”の風潮がAI利用に積極的な従業員にも浸透しており、企業変革を遅らせる要因の一つとなっていると考えられる。

 トップがAI利用に理解を示し、その効果をどのように予測した上で測定し、変革を進める社員を後押しできるのか。企業トップ自らがAIを活用して、率先して変革を推し進められるのかがカギを握っていることは、Microsoftの報告でも示されている。過去に日本企業で見られたテクノロジーの導入や組織変革の課題が、AI活用でもまた繰り返されてしまうのではないか。

 こうしている間にも世界のAIフロンティア企業は、非常に高速に進化しており、業務の時間を大幅に短縮している。すでに、どの市場もグローバル化が進んでいることを忘れてはならない。