「データプラットフォーム経営」に転換する企業群
~データドリブン経営の先にあるAI活用と新たな価値創出~
Text:織田浩一
総合金融企業JPMorgan Chase & Co.は500ペタバイトに上る全社データを統合。運送会社FedExは220カ国で取り扱う1日あたり1,800万個に及ぶ荷物データをリアルタイムで処理。農作機械メーカーJohn Deereは2億ヘクタールの農地データを管理する。彼らは単に大量のデータを処理できる能力を誇示しているわけではない。共通して目指すのは、多数の部署にわたるデータを全社規模で統合する基盤を整備することにより、全社・各部署の戦略構築に生かし、部署間のデータ利用を推進する「データプラットフォーム経営」である。見据えるのは、全社にわたるAIの本格活用である。先進企業の事例を見ながら「データプラットフォーム経営」の意義と実現への道筋について解説する。
SUMMARY サマリー
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
なぜ「データプラットフォーム経営」なのか
データを重視する観点から「データドリブン(駆動)意思決定」や「データドリブン経営」の考え方が浸透して久しい。これまでのデータドリブン経営は、マーケティングや営業など各部門でのデータ活用や、経営陣によるデータに基づく意思決定を促進する考えとして発展してきた。これに対して、本記事ではAIエージェントを全社的に展開し、データプラットフォームの価値を高めて経営に生かす「データプラットフォーム経営」という概念を提唱したい。全社的なデータ基盤にAIの力を掛け合わせて企業の戦略構築や意思決定、各事業での業務運営、価値創出に役立てるのが狙いだ。実際に北米では、早期に「データドリブン経営」を志向していた企業が全社データ基盤とAI活用を組み合わせた「データプラットフォーム経営」へと進化させる動きを加速させている。
戦略コンサルティングファームMcKinsey & Companyが2024年に公開したレポート「2030年のデータ・AIドリブン型企業への道筋を描く(Charting a path to the data- and AI-driven enterprise of 2030)」は、企業がデータプラットフォーム経営に乗り出す様子を映画のタイトルになぞらえて「Everything, everywhere, all at once(あらゆるデータを、あらゆる場所で、リアルタイムに)」と表現する。同レポートは、2030年までに多くの企業が「データ・ユビキタス(企業内のあらゆる場所にデータが遍在する)」状態に近づいていくとしている。さらに、「(経営陣・幹部を含む)従業員が最新のデータを手元で即座に活用できるようになるだけでなく、データはシステム、プロセス、チャネル、インタラクション、そして意思決定ポイントすべてに組み込まれ、十分な人間の監督のもとで自動化されたアクションを駆動するようになる」と予測している。企業のデータ責任者が取り組むべきこととして「AIエージェント施策を実証実験の段階から脱却させるために企業内データの約9割を占める非構造データを活用し、データ活用に関わる3領域――ガバナンス、エンジニアリング、ビジネス価値――をカバーする必要がある」と指摘する。
Deloitteが2026年1月に公開し、グローバル企業の幹部・ITリーダー約3,200人を対象に調査した結果をまとめた「エンタープライズAIの今(State of AI in the Enterprise)」では、別の側面から「Everything, everywhere, all at once」の必要性を訴える。大手企業は急ピッチでAIエージェントを導入しつつあるが、「レガシーデータとレガシーインフラアーキテクチャでは、リアルタイムで自律的なAIを稼働させることはできない」と警鐘を鳴らす。つまり現在のビジネス環境にそぐわない機動性に欠けるシステムにデータを蓄積していても、AIエージェントが即座に処理できない、というわけだ。その上で、AI活用の高度化には、全社データをリアルタイムで活用できる「データ・ユビキタス」の状態を実現するためのデータ基盤整備の重要性をうたっている。
出典:Deloitte: State of AI in the Enterprise
AIエージェント活用に成功、先を行く企業たち
では、業種の異なる次の3社がどのようにデータプラットフォーム経営を実践しているか見てみよう。
●JPMorgan Chase & Co.――450以上に及ぶ独自AIモデルを展開
JPMorgan Chase & Co.は、商業銀行や投資銀行、資産運用・投資サービスを展開する世界最大級の金融機関である。160カ国・120通貨で約10兆ドル(約1,610兆円)の取引を扱い、2025年12月通期売上高は1,856億ドル(約28兆円)に達する。給与振込やクレジットカード決済などに関する膨大なデータを保有しており、その総量は2025年時点で500~550ペタバイトに及ぶ。これは歴史上に存在する全書籍の約4,000倍に相当するという。
同社のデータ基盤とAI機能開発のプロジェクトはCEOのJamie Dimon氏が直轄し、2024年から2025年にかけて同社売上の10%近くに当たる巨大なIT投資を実施した。具体的には、まず社内の各部署で個別に存在していたデータをリアルタイムに移動・管理・利活用するためのクラウド統合データ基盤「JADE(JPMorgan Chase Advanced Data Ecosystem)」を構築。データメッシュの考え方を採用し、データを商品単位のデータレイクに分散しながら、ビジネスチームが迅速かつ安全にデータにアクセスできる環境を実現した。
そして、統合したデータを使って社内のAIや機械学習モデルを開発・管理し、安全に展開するためのOmniAIを構築。1,700人のAI専門家が450以上の本番AIモデルを稼働することにつなげている。プライバシー法や内部ガバナンス基準に照らして、自社開発で生成AIプラットフォーム「LLM Suite」も開発した。
こうした取り組みは具体的なビジネス成果として表れている。COOであるDaniel Pinto氏は毎年15億から20億ドルに当たる事業価値が生まれると予測しており、Dimon氏はすでにITへの投資額を回収したと発表
している。
同社の法務部門では人手で行っていた作業を自動化することで、業務時間を年間36万時間ほど削減し、コンプライアンス関連の誤りもおよそ80%減らすことができた。商品・サービス開発では、2年間でプログラミングコードの開発量を70%増やした。さらに、金融詐欺・サイバー攻撃が毎年平均で約12%増している中でも、攻撃対応コストをほぼ横ばいに抑えているという。
業務の効率化だけではない。同社のアドバイザー業務では、生成AI機能により情報取得速度が最大95%向上した。これにより、アドバイザーはより多くの顧客を担当できるようになり、将来的には担当顧客数を約50%拡大できると見込まれている。資産・投資管理サービスでは生成AI機能を導入したことで、2023から2024年の2年間で売上を20%向上させた。
出典:JP Morgan Chase: Blog:Evolution of data mesh architecture can drive significant value in modern enterprise
●FedEx――経営トップが主導して混迷から脱皮
FedExの創業者Frederick W. Smith氏は創業数年後に「荷物自体と同様に、荷物に関する情報が重要」と語り、どれだけデータが物流に重要かを社内外に示したという。1971年に設立した同社は、今や220カ国で毎日1,800万個の荷物を処理し、2026年度通期決算では売上947億ドル(約14兆円)を記録。社員数は50万人以上に上るグローバル物流企業である。
だが事業が拡大するにつれ、創始者の理念に反して、各事業部門のデータが細分化していった。顧客にとっても与えられるデータをどのように活用すればよいかが分かりにくくなっていった。
2020年のコロナ禍がきっかけとなり、FedExはデータプラットフォーム経営へと舵を切った。同社はまずデジタルネットワークと配送ネットワークを統合させ、社内に散在するデータサイロを解消し、多様な業務・サービスでデータ、AIモデル、デジタル機能を活用するために、専門組織「FedEx Dataworks」を立ち上げた。Dataworksの設立は、当時同社全体のCIOを務めていたRob Carter氏と、初代CEOに就任したSriram Krishnasamy氏が主導した。Dataworksは同社が扱うあらゆる荷物にかかわるリアルタイムデータ、すなわち出荷場所や配送ルート、天候などの環境条件、配送先、配送日などを集約し、サプライチェーンを可視化して、予測可能性を向上させた。
Dataworksが開発した機能の1つが「Package Fingerprint」である。これは荷物のネットワーク内での輸送移動状況や履歴を分析し、「予定通りに配送した荷物」と「遅延した荷物」の違いを特定するというもので、荷物がいつどこへ届くかをより正確に予測する。
Package Fingerprintが効果を発揮した代表例が、コロナ禍におけるワクチン配送である。Eコマース需要が高まり、中でも優先的なモニタリングを要する荷物が5倍に膨れ上がった。しかも、人材不足でスタッフを増やすことはできず、そのような状況下で特にコロナワクチンを遅延なく配送する必要があった。Dataworksは Package Fingerprintを使ったワクチン配送モニタリング・対応ツールを1週間で構築。これによりサービスエージェントが優先的にワクチンを配送でき、99%以上のワクチンを目標配送時間内に届けることができたという。
2025年10月にはServiceNowとの提携により、DataworksからのサプライチェーンデータとServiceNowのAIエージェント・自動化プラットフォームを組み合わせ、配送の混乱を予測し、配送ネットワークを最適化して対応するサプライチェーンワークフローを開発している。最初の共同開発商品となった「Source-to-Pay」は、適切なサプライヤーの発掘・評価から見積もり依頼・交渉、契約、発注、納品、請求書処理、支払いまで、一連のワークフローを一元管理できる。
出典:https://www.fedex.com/en-us/dataworks.html
●John Deere――農業をデータ駆動ビジネスに転換
John Deereは1837年にアメリカの農業地域イリノイ州で立ち上がった農機メーカーである。トラクターやコンバイン、散布機などを製造する同社は、2025年時点で社員およそ7万3,000人を抱え、同年度の売上は約457億ドル(約6兆6000億円)の大企業となっている。
同社ではもともと150万台以上の農機の車載センサーが集めたパフォーマンスデータと、土壌データや気象データ、作物データなどを別々に保存していた。顧客である農家がデータを利用したくても相応の知識が必要だった。
同社はこうした状況を打破しようと、2020年に経営目標「Leap Ambitions(大いなる飛躍)」を掲げた。農機と同社のデータプラットフォームを高度化することで生産性を上げ、農家に対する付加価値の向上を目標とした。戦略遂行の中心となるのは、150万台以上の機械に接続し、2億ヘクタールの農地管理を支える2つのプラットフォームである。
1つ目は「JDLink」。モバイル通信用モデムを介して機械の稼働データと生産性データをクラウド上で収集・管理するプラットフォームである。2つ目はJDLinkのデータと衛星や土壌センサーのデータ、気象情報などを統合し、農家がどこからでも農場の計画立案や監視、分析を実行できるプラットフォーム「John Deere Operations Center」である。360度カメラとリアルタイム画像分析用のAIを搭載した自律型トラクターなどで、作物と雑草を識別して除草剤を散布する技術なども展開している。
出典:https://www.deere.com/en/technology-products/precision-ag-technology/operations-center/welcome/
同社の2024 Business Impact Reportには、これらのデータプラットフォームを利用する農地が1年で17%増加したと報告されている。また、米国7州での大豆生産では、雑草だけに除草薬を散布することで農地1ヘクタールあたり130kg~320kgの大豆を追加で生産
することができ、顧客へ大きな貢献ができている。
先行企業に見る成功の条件とは
これまで社内の部署ごと、個別のデータ蓄積基盤ごと、機器メーカーごとに蓄積されてきたデータを全社プラットフォームに統合し、全部署がリアルタイムに利活用できる環境を提供することが、データプラットフォーム経営のミソである。もちろん、データガバナンスやセキュリティを考慮した上であることは当然である。
全社的にデータ利活用の環境を整備した企業が、AI活用でも一歩先を行くことになる。経営陣だけでなく各現場がリアルタイムに必要なデータを利活用できるからこそ、さまざまなAIモデルとAIエージェントを駆使して新たなデジタルサービスやワークフローを構築し、顧客に付加価値を提供できるのである。それは間違いなく企業価値を高めることにつながる。
今回紹介した事例には長い歴史を持つ企業や、一般的にデジタル化が進みにくいとされる業界の企業も含まれている。どの企業にも共通するのはトップダウンの意思決定で変革を推し進めていることだ。北米企業の間でも自分の部署のデータをその部署の幹部が守って外に出さない、出すことを条件にした交渉に使う、といった企業内政治の話を聞くことがある。日本企業でもデータプラットフォームを構築する段階で何かしらのブレーキ要素があるのではないだろうか。そうした中で変革を実行するとすれば、企業トップの強力な後押しは欠かせないはずである。
北米トレンド