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北米トレンド 織田 浩一 連載

揺らぐ「AIホワイトカラー失業」論
〜「成長のためのAI」が雇用を再加速する~

 2025年7月に公開した記事「21世紀の産業革命、AIで変わる労働市場~2030年までに奪われる仕事と創出される仕事とは~」で、北米の労働市場にAIが及ぼす当時の影響をまとめた。そこではAIにより多くのホワイトカラー職が失われると述べたが、最近になってそのニュアンスが変わりつつある。AIは必ずしもホワイトカラーの職を奪うのではなくむしろ増加させており、その上で生産性を大きく向上させ、人間にしかできない価値の重要性が高まるという論調が聞こえ始めた。この一年間の変化としてAIとホワイトカラー職の関係について改めてまとめてみよう。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

AI企業トップがあおった“ホワイトカラー崩壊論”

 「今後1〜5年で初級ホワイトカラーの半分がAIによって消滅する恐れがあり、結果として失業率が10〜20%に達し得る」――。Anthropic CEOのDario Amodei氏は、2025年5月にこう発言別ウィンドウで開きますしている。OpenAI CEOのSam Altman氏も、ほぼ同時期に米連邦準備制度理事会(FRB)で「丸ごと消える職種がある」と語った別ウィンドウで開きます。確かに当時は、AI導入の成果としてレイオフを進める企業が数多く出てきていた。スウェーデンのフィンテック企業Klarnaは2024年2月、カスタマーサービス職の約700人をAIに代替し、AIが「顧客との対話の3分の2を担う」と発表別ウィンドウで開きますした。

 大手テクノロジー企業でも同様の動きが出ていた。Metaは2023年に1万人以上のレイオフを敢行し、Amazonでは2025年中盤から翌年初頭にかけて約3万人のレイオフを実施した。このレイオフの対象には、ホワイトカラー職だけでなくテクノロジー職も含まれていた。

 この一連の動きは、ホワイトカラー職の入り口となる若年大卒層の就職にも大きな影響を及ぼした。それまでのアメリカでは、ホワイトカラー職に就く傾向が高いとされる大卒(22~65歳)の失業率は非常に低く、これは若年層でも同様であった。それが今では若年大卒(22~27歳)の失業率が5.6%まで上がり、全労働者の4.2%を上回っている。

2026年3月のアメリカにおける「若年大卒(22~27歳)」「大卒(22~65歳)」と「全労働者(16~65歳)」の失業率の比較。以前は低かった若年大卒の失業率が、最近は全労働者平均を1.4ポイントも上回っている。
出典:Federal Reserve Bank of New York: The Labor Market for Recent College Graduates別ウィンドウで開きますのデータより作成

 このため、ホワイトカラーよりも技能職への就職を目指す若年大卒層が増えることとなった。AIデータセンターの建設ブームが電気工事士や水道、冷房などの技術者の需要を押し上げており、訓練を終えた一人前の電気工事士の年収は残業代を含めて20万ドル(約3,260万円)になるとみられる。Z世代の60%が今年、専門技術を要する職を求めているという調査別ウィンドウで開きます結果も出ている。

行きすぎた効率向上とコスト削減で顧客満足度が低下

 中間管理職50人を対象に実施した調査結果を見ると、彼らは企業トップからAI活用に前向きな姿勢を持つよう強く求められている。そのため、中間管理職はAIが業務自動化の成果を上げていると“カモフラージュ”するべく、実際にはエラーが多くてもAIがあたかも完璧に実行したかのように、多くの時間を割いてそのエラーを手直ししているそうだ。トップの認識には、当然「AIを使っているのだから少ない人員で回せるはず」という前提があり、中間管理職は手直しのために部下を頼ることもできない。結果として中間管理職に燃え尽き症候群が高い比率で見られ、生産性はむしろ落ちている様子が見られる別ウィンドウで開きます

 その一方、大手テクノロジーカンパニーをはじめとする企業は、中間管理職層をレイオフして削減する動きに出ている。その結果、マネージャー1人が抱える部下の数が増えたことも、彼らの燃え尽き症候群につながっている。こうした様子は調査会社Gallupの報告からも見て取れる。アメリカではマネージャーが管轄するチームの規模がここ数年間大きくなりつつあり、従来は10人以下だったチームの平均部員数は2025年には平均12.1人に膨れ上がっている。

アメリカのチーム規模の平均値と中間値。AI効果を期待する企業幹部と増え続ける部下の数で燃え尽き症候群などに陥る中間管理職も増えている。
出典:Gallup:Span of Control: What's the Optimal Team Size for Managers?別ウィンドウで開きますより作成

 このような状況に陥ったことを受け、ここに来て“ホワイトカラー崩壊論”からの揺り戻しが見られるようになった。

 先述のKlarnaでは、レイオフにより顧客満足度の低下が顕在化した。CEOのSebastian Siemiatkowski氏は「効率とコスト削減を追求し行きすぎたAIレイオフを実行した結果、品質が落ちてしまった」と認め、解雇したスタッフを再雇用別ウィンドウで開きますしている。

 また、アメリカのテクノロジー業界ではレイオフが増えている一方で、2025年5月を底にソフトウェアエンジニアの求人が実は増えつつある。求人広告会社Indeedのデータをアメリカのセントルイス連邦準備銀行がまとめた下図を見ると、ソフトウェアエンジニアは対前年同時期で27%増えていることがわかる。

2020年2月を100とした指標。大幅回復は見られないものの、2025年5月に底を打ち、米ソフトウェアエンジニア求人数は伸び始めている。
出典:FRED:Software Development Job Postings on Indeed in the United States別ウィンドウで開きます

AIに積極投資している企業ほど人員を増やしている

 AIの導入が、逆に人員の増加につながっている調査結果も出てきた。フィンテック企業のRampが労働者データ分析などを手がけるRevelio Labsと協力して、アメリカの2万1,000社におけるAI導入状況と採用状況を比較したのが下図である。

 AI高導入企業では、AI導入後の2年間で全体の人員を10.2%増やし、エントリー職においては12%増加させている。ここで言う「AI高導入企業」とは、AI製品への初回投資後3カ月間における「従業員一人当たりの月間平均AI支出額」が全調査対象企業の上位3分の1に入る企業を指す。

 逆に、AI高導入企業ではない残り3分の2の企業ではほとんど人員が増加しておらず、AI導入に積極的な企業との差が大きく出ていることがわかる。もちろん、AI高導入企業にはスタートアップ企業やテクノロジー開発企業なども含まれるが、AI導入が企業の成長を促しており、それが人材採用を積極的に推し進めている様子がうかがえる。

AI導入2年後の人員の増減。エントリー職でもAI高導入企業は人員を増やしている。
出典:Ramp・Revelio Labs:Companies hire more after AI adoption別ウィンドウで開きますより作成

 なお、AI高導入企業におけるAI投資額は、初回投資後3カ月間で従業員一人当たり平均月30ドル(約4,900円)程度で、平均数千ドルに達するような突出した額を投じている企業群ではないことが強調されている。

 『ハーバード・ビジネス・レビュー』では、生成AI導入後8カ月にわたるフォローアップ調査別ウィンドウで開きますの結果を公開している。200人の社員を抱えるアメリカのテクノロジー企業を対象にした本調査では、生成AI導入によって仕事が減ることはなく、むしろ従業員が同僚にAIコーチングを行うといった、新たな業務を始めるようになったことがわかった。

 ただし、AIというパートナーを持つことで他の業務に時間を割けるようになり、その結果として業務量が増え、長時間労働につながる傾向も出ている。このため、燃え尽き症候群などを引き起こさないよう、会社としてAI活用支援やガイドラインを持つことが重要だと結論づけている。

TokenMaxxing時代は終焉、必ずしも安価ではないAI

 AIのコストも意識され始めており、利用を無制限に認めるのではなく、費用対効果を意識するという動きも出てきた。AIの利用料が人間の給与より必ずしも割安でないという考えが、企業間で広がっている。

 一部のテクノロジー企業では、AI利用量を社員間で競わせ、生産性向上を促す「TokenMaxxing(AIトークンを最大限利用し業務を行うこと)」施策を実施してきた。実際に、MicrosoftやUberが年間のAI予算を数カ月で使い終わったなどという話題が上がってきたこともある。だがAnthropicやOpenAIのAIサービスが従量課金制にシフトし始めてから、多くの企業でTokenMaxxingを見直し、AI予算に上限を付けるようになった。

 こうした状況を受けて、AI基盤企業からのメッセージも変わりつつある。AnthropicのトップエコノミストであるPeter McCrory氏は「AIによって最も自動化できる職種であっても失業率が現時点で上がっていないのは、AIは熟練労働者の価値を高め、労働者一人当たりの生産性を押し上げるようなテクノロジーで、人々が業務をよりよくできることを助けるものだからだ」と語っている別ウィンドウで開きます。昨年は「丸ごとなくなる職種が出てくる」と話していたOpenAI CEOの Sam Altman氏も「AIによりホワイトカラー職やエントリー職がまったくなくなってしまうという自分の予測が間違っていることがわかり、むしろうれしい」と今年になって答えて別ウィンドウで開きますいる。

人がより集中すべき業務が増え、ホワイトカラーは再び増加

 AIで初級ホワイトカラー職の50%がなくなると昨年発言したAnthropic CEOのAmodei氏も、今では「業務の90%が自動化されたとしても、人々は残る10%に従事することになる。その10%が拡張して業務の100%を占めるようになり、生産性はおよそ10倍に高まる」と語って別ウィンドウで開きますいる。

 これは、技術の進歩で資源利用の効率性が高まっても、利用する資源量はむしろ増えてしまうという経済学でいうところの「ジェヴォンズのパラドックス」を反映したものである。例えば、ある製品を生産する業務の一部がAIにより低コストで処理できるようになったとしても、製品の価格が下がり市場の需要が拡大することで、生産や開発のための人材はむしろより多く必要になってくる、という考え方である。

 これに呼応するように、コラムニストのEzra Klein氏はNYタイムズ紙の論説別ウィンドウで開きますでジェヴォンズのパラドックスを引用し、「AIにより何が希少になるのか」を見極める必要があると語っている。一例として、エスプレッソマシンが安くなって家庭に普及してきたのに、コーヒーショップとそこで働くバリスタが増えたことを挙げた。その上で「豊かになるほど他人に求めるものはむしろ増え、背景となる物語を持つ衣服や産地をたどることができる食品や、医師やセラピスト、家庭教師など人間性や体験、社会的な意味を持つ『関係性セクター』が劇的に拡大していき、そこへの価値が上がっていく(著者による意訳)」と語っている。

 NVIDIAのCEOであるJensen Huang氏は、同社のブログ「AI IS A FIVE LAYER CAKE別ウィンドウで開きます」の中で、さらに前向きな意見を発信している。その中で、AI機能を提供するエコシステムは上から「AIアプリケーション」「AIモデル」「インフラ」「チップ」「エネルギー」――の5つの層からなり、AIアプリが成功するたびにその下の層への需要が増え、それらを支える人材への需要が増えていくと主張する。ここでは技能職が主であるが、ナレッジワーカーでも「仕事」と「作業・タスク」を分けて考える必要があるという。例えば放射線科医の画像分析をサポートするタスクをAIが実行すれば、医師は判断やコミュニケーション、ケアに集中でき、より多くの患者を受け入れられるようになり、人材需要の拡大につながると主張している。

AIエコシステムは5つの層からなる。
出典:NVIDIA:AI IS A FIVE LAYER CAKE別ウィンドウで開きます

 今回見てきたように、アメリカでは行きすぎたレイオフの結果として若年大卒の失業率が高くなり、中間管理職の燃え尽き症候群につながっている。その一方、ハーバード・ビジネス・レビューの調査結果からは、AIにより生産性が上がり新たな業務を開始する従業員も登場し、AI高導入企業ではエントリー職も含めて採用が増えていることがわかる。

 これは、業務の自動化や人員削減のためにAIを使う「効率のためのAI」と、既存分野で生産性を上げると同時に、新しい分野や業務、部署間・担当者間で今までできていなかった業務を開拓して課題を解決し企業を成長させるためにAIを使う「成長のためのAI」という、異なる2種類のAI利用に対する考え方の違いが如実に表れていると言えるだろう。前者だけでは市場や競合が大きく成長する中で取り残されることは明らかで、これからはどのように「成長のためのAI」に素早くシフトし、変革のためにモチベーションを上げ続けることができるかが非常に重要になるのではないか。企業のトップや幹部にとっては、今後いかに成長志向の戦略を描けるかが課題になってくるだろう。