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2022年02月28日

デジタルを遮断し、夜の無人島で自分を見つめ直す
~猿島のアートイベントから見える価値観の再定義~

 2022年の1月~3月にかけて、横須賀市の沖合に浮かぶ無人島・猿島で、「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2021」というユニークなアートイベントが行われた。普段は立ち入ることのできない夜の無人島に上陸し、感覚を研ぎ澄まして自然とアートに触れてもらおう、という試みだ。観光が頭打ちとなる中、地域活性化の新たな可能性を模索した取り組みの1つとしても注目されている。このアートイベントの企画・プロデュースを手掛けた齋藤 精一氏にその狙いや今後について話を聞いた。

スマートフォンを封印し、夜の無人島でアートを体感

 横須賀港の三笠桟橋からフェリーに乗り、東京湾上を10分ほど行くと、鬱蒼とした森に覆われた島がある。ここが「猿島」だ。東京湾では2つしかない、自然の無人島の1つである。

 その歴史は古く、島内からは縄文時代の土器や弥生時代の骨角器が出土。鎌倉時代には日蓮が嵐で漂着した、との伝承も残る。江戸時代以降は東京湾防衛の重要拠点となり、猿島台場や西洋式砲台が築かれた。今も島内には、煉瓦造の兵舎や弾薬庫などが残り、宮崎アニメ「天空の城ラピュタ」の世界を彷彿させる場所として人気を集めている。

 この洋上の孤島を舞台としたのが、アートイベント「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2021」だ。2019年に第1回が開催されたが、昨年はコロナ禍で延期に。2年のブランクを経て、満を持しての再開となった。

 このイベント、ただのアートイベントではない。横須賀-猿島間の定期航路の最終便は16時(夏季は17時)猿島発。通常、夜間の島内立ち入りは禁じられている。夜の帳に閉ざされた禁断の島で、最先端のメディアアートが楽しめるという趣向だ。

 猿島で船を下りると、受付で封筒を渡され、スマートフォンを封入するよう求められる。代わりに、小さな懐中電灯を渡され、これで夜道を照らしながら島内を歩くのである。

 煉瓦造の兵舎跡や弾薬庫跡、トンネル、高台に設けられた砲台跡――島内各所に作品が置かれ、光や音による点景を創り出している。起伏の多い道を懐中電灯の暗い光で照らし、足裏に木道や土の感触を感じながら、夜に閉ざされた道を探り足で進む。聞こえるのは潮騒と、作品が奏でるかすかな音、そして自分たちの足音だけ。順路をたどっていくと、行く手に、静かに明滅するアート作品が見えてくる。ふだんは使わない感覚の回路が次々に開かれ、太古の祖先の記憶が呼び覚まされていく――。

中﨑透 Red Bricks in the landscape
幅允孝 孤読と共読の広場 孤読編

「ライトアップではなくライトダウンを」という逆転の発想

 この斬新なアートイベントは、どのようにして生まれたのか。

 黒船来航で知られる、横須賀は造船のまちとして栄えたが、人口流出が進み地域経済の停滞など厳しい状況が続いた。それに歯止めをかけようと、横須賀ならではの特性を活かしたまちづくりの取り組みとして「音楽・スポーツ・エンターテインメント都市」を目指して、まちの魅力を高めるための取り組みを強化。そんな折、自身の居住地からもほど近い横須賀市から「齋藤さん、猿島で何かできませんか」と、相談を持ち掛けられたのがきっかけだった。

 「最初は、『猿島をライトアップするのはどうか』という話も出たのですが、最近はライトアップやプロジェクション・マッピングが流行しすぎていて、コンテンツとしての魅力が失われつつある。そこで僕が提案したのは、『ライトアップではなくライトダウンをする』ことでした。人新世がもたらした影響によって、地球は限界を迎えつつある。せっかく猿島でやるのなら、もう一度、生物としての人間の感覚を取り戻せるようなイベントがいいのではないか。『アートとは、普段とは異なる視点でものを見るためのレンズになるべきだ』というのが僕の持論。それで、真っ暗な夜の島でアートイベントを開くことを提案したわけです」

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 かつて人間は、天体の運行や気象、地形を読み解きながら、狩漁や農耕を行い、自然の脅威から身を守った。だが、都市化とともに自然と対峙する機会が減り、テクノロジーへの過度の依存によって、自然に対する鋭敏な知覚や知恵は失われつつある。

 そこで、「Sense Island」では、島内でのスマートフォン使用を禁止。「作品を観る視点を限定せず、観る人に委ねるため」、作品解説や案内板も最小限にとどめた。

 「作家もお客さんもいろいろなことを考えてくれるので、あえてデザインはし過ぎないようにしました。作品の写真を撮ろうとしてポケットに手をやり、『そうだ、スマートフォンは使えないんだ』と気付く。そういう体験をしながら、皆さんに何かしら感じてもらえるといいな、と思っています」(齋藤氏)。

作品から猿島で生きた人々の“気配”を感じてもらいたい

 今年のイベントには13組のアーティストが参加。「どこかのホワイトキューブ(美術館やギャラリーなどの展示空間)で展示するような作品ではなく、この猿島で感じたものをしっかり作品化してほしい」とアーティストたちに依頼したという。また、参加アーティストには、横須賀の史跡などを巡る体験をしてもらい、この地がたどってきた時の流れを理解してもらうことも忘れなかった。

 「前回と比べると、今回は、横須賀のコンテクストや猿島のコンテクストをより深く読み込んだ作品が多いという印象です」と齋藤氏は言う。

 例えば、コンクリートの展望台の中に設営された、mamoruの「おだやかな孤独」(写真1)。戦時中に防空観測所として使われた建物の壁に、プロジェクターが掛けられ、トランペットを吹く人物の映像が延々と映し出されていく。

mamoru「おだやかな孤独」。戦時中の防空観測所の壁に、トランペッターの映像が流れる。猿島の落書きにインスピレーションを受けた作品

 「mamoruさんは、猿島のトンネルの中で『おだやかな孤独』という落書きを見つけ、そのイメージを膨らませ、テキストとトランペットで当時の記憶を思い起こさせています。昔は、野宿をする人もいたようなのですが、孤独を求める人たちが、今でいうソロキャンプをしていたのかもしれません」

 その建物は、初代『仮面ライダー』のショッカーの基地としてロケに使われた場所でもあるという。

 島内には撮影可のエリアもある。桟橋の入り口に広がる砂浜だ。ここでは、齋藤氏の作品「JIKU #004_v2022 SARUSHIMA」から放たれた光が、Natura Machina(筧康明/Mikhail MANSION/WU Kuan-Ju)の「Soundform No.2」の上空で一条の線を描き、波打ち際に降り立つ(写真2)。

齋藤 精一『JIKU #004_v2022 SARUSHIMA』と筧康明/Mikhail MANSION/WU Kuan-Juの「Soundform No.2 Natura Machina」。砂浜の上で音と光が共鳴し、波の音に合わせてゆらめく

 猿島の対岸にある春日神社は、昔は猿島を本社とし、参拝のための社が現在地に祀られていました。「『JIKU』の光は、その春日神社に向けられています。その光がちょうど波打ち際に当たるので、波の際まで作品が楽しめますよ」

DXやスマートシティでも“価値の再定義”が必要

 齋藤氏は2019年の「Sense Island」に続き、2020年・2021年には、奈良県で「MIND TRAIL(マインドトレイル) 奥大和 心のなかの美術館」のプロデュースも手掛けた。この2つのアートイベントを経験したことは、自身にも大きな気付きをもたらした、と齋藤氏は言う。

 「僕は、世界は『哲学の時代』に入ったと考えています。『人はなぜ生きるのか』『社会はなぜ存在するのか』『なぜ経済は数値で示されるのか』と、さまざまな形で“価値の再定義”が始まっている。「MIND TRAIL」では、山岳信仰の聖地に身を委ねる経験をしましたし、「Sense Island」でも、人間は生物としての感覚を持つという気付きがあった。その価値をもう1回見直してみないと、人間はどんどん“道具化”されてしまう。そのことは、僕自身も作品を制作してみて実感しました。『電気があるのは当たり前』『あの場所にたどり着けるのは当たり前』だと思っていたけれど、実は違うのではないか、と気付かされたわけです。結局、“価値の再定義”とは“個人の再定義”でもあるわけで、人それぞれが違う価値観や意見を持ち、“群”の風習から自分自身の感性を解き放つ時代が来たような気がします」

 デジタルもまた、人が価値ある生を生きるための道具にすぎない。にもかかわらず、人々はデジタルに翻弄されている。主役であるはずの人間が、デジタルの従者に成り下がっている。それも、DXやスマートシティの計画が進まない理由の1つ、と齋藤氏は指摘する。

 「以前、あるワークショップで、『DX化されるとメシはうまくなるのか』という議論をしたとき、『料理から温度感がなくなりそう』という意見が出たんです。デジタル化により何か料理の味まで無機質なものになるようなイメージがある。DX化が進まないのも、その辺りに理由があるのではないかという気がします。DXの価値とは、本来、『人間がもっと人間らしく生活できる』ようにすることにあるはずです。ところが、『DXでどこに向かうのか』というアウトカムが誰にも定義できないので、DX化やスマートシティ化が自己目的化してしまう。そうなると、何のために莫大な投資をするのかわからないから、誰もやりたがらない。本来の価値を追求するためには、もう一度、“個人を再定義”する必要があります」

五感を研ぎ澄まし、内なる野生を呼び覚ます

 個人を再定義するにはどうすればよいのか。スマートフォンに依存し、時間に追われて過ごしていると、「自分が本当は何を求めているのか」が見えなくなる。それにアクセスするためには、いったんデジタルを遮断して五感を研ぎ澄まし、自然の息吹を全身で感じながら、内なる野生を呼び覚まさなくてはならない。

 「僕がよく『文化と経済を両輪で回す』と言うのも、文化には、人間をもう一度生物に戻し、これから向かうべき方向を示す力があるからです。文化と経済のバランスがとれないかぎり、世界をよりよくすることは絶対にできないと思っています」と齋藤氏は話す。

 その意味で、「自然×アート」の融合を目指した「MIND TRAIL」や「Sense Island」は、アートイベントの新しい可能性を示したといえる。

 古来、日本人は里山によって水や森を循環させ、自然と共生するサーキュラーモデルをつくり上げてきた。文明化の中で置き去りにされた人間性を回復するためには、生物としての原点に立ち返り、古来の文化や先人の知恵に学んで、サステナビリティやカーボンニュートラルの問題に取り組んでいく必要がある、と齋藤氏は指摘する。

 「今回の猿島のイベント自体は、いろいろな形で “個人の再定義”をするための仕掛けがされています。テクノロジーを封印したとき、自分の中でどんな感覚が生まれるのか。自然の中で自分を見つめ直し、我々が失ってしまった“人間としての感覚”を今一度取り戻す――そんな機会にしていただけるのではないかと思います」

齋藤 精一(さいとう せいいち)氏

パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2018-2021年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博People’s Living Labクリエイター。

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