“人が主役”のまちづくりへ
~今後のまちづくりに欠かせない4つの視点とは~
Text:齋藤 精一
まちづくりの考え方が大きく変わりつつある。新しいビルや施設を建てるだけでなく、末永くそこに集い、住み続けたい。そう思える“人が主役”のまちづくりが重要になってきている。世界のまちづくりを見ると、新たな取り組みが数多く進められているが、日本ではまだ実現できていないことも多い。世界で進む先進的な取り組みから、日本に取り入れるべきアイデアや考え方をひも解き、今後のサステナブルなまちづくりを考えてみたい。
齋藤 精一 氏
パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2018-2022年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博People’s Living Labクリエイター。
経済・関係資産を軸にソフトウェアによるまちづくりを
各業界や企業がそれぞれの分野で強みや専門性を発揮し、事業を拡大して経済的な成長を遂げる。こうしたアプローチが日本の産業と社会の発展を支え、多くのイノベーションを生み出すことにつながった。これは紛れもない事実である。
しかし、時代は大きく変わりつつある。1社単独では価値観の多様化やニーズの変化に対応することは難しくなっている。「それなのに各分野は未だに独自の進化を求め、社会に必要な考え方を実装できないままでいます。日本のまちづくりも同様にこの殻を打ち破れずにいる」とパノラマティクスの齋藤 精一氏は訴える。
パノラマティクスはメディアアートや広告制作、建築・都市開発などを手掛けるアブストラクトエンジンのアーキテクチャ部門だ。齋藤氏がチームを率い、“建てて終わりではない建築”を追求し活動を続けている。
「大切なことは、分野を横断・越境し共に考え実装すること、すなわち『共創』です。そこから社会に必要なデザインが見えてくる」と齋藤氏は主張する。
共創によるまちづくりのキーポイントは大きく4つ。①「ハードウェアからソフトウェアへの転換」②「デジタルトランスフォーメーション(DX)のインフラ化」③「サステナビリティの実装」④「認証制度の活用」だという。
1つ目の「ハードからソフトへの転換」とはどういうことか。ハードとは建築物・建築設備や交通/エネルギーインフラなど、ソフトはエリアマネジメントやルール、コミュニティを指す。
これまでの都市計画はハード中心で考えられ、「どういうコミュニティをつくるか」「どうやってエリアの価値を高めるか」といったことがあまり議論されなかった。「人がいなければ、まちは成り立たない。どうやって人を呼び込むか。訪れるだけでなく、住まう人を増やすにはどうするか。そこまで考える必要があります」と齋藤氏は主張する。
そのためのアプローチとして、海外で進んでいるのが「イノベーション地区」の設置である。これは先端的なアンカー機関や企業群をコンパクトに集積し地域住民とともに創発を促す地区のこと。「空間資産」「経済資産」「関係資産」の3つが必須要素となる(図1)。特に重要になるのが、経済資産と関係資産だ。まちに文化を生むキーファクターになる。
経済・関係資産をつくる方策の1つとして齋藤氏が提案するのが、築古ビルも含めた既存施設の再活用・再活性化だ。「新築だけではなく、リノベーションなどを行い再活用する。そしてコンセプトに沿ったテナントを厳選し、周辺企業やビルオーナーも含めたネットワークを組織するのです」と齋藤氏は説明する。
デジタルとデータを活用し、その価値を人に還元する
ソフトウェアによるまちづくりを推進するエンジンになるのが、2つ目のキーポイント「DXのインフラ化」である。「今後はDXをまちづくりの重要インフラの1つととらえることが重要です。例えば、さまざまなものをデジタル化すれば、まちをデータで把握できるようになる。そのデータの解析結果が人を介してまちへと還元されていけば、効果的なエリアマネジメントやコミュニティマネジメントが可能になります」と齋藤氏は述べる。
DXのインフラ化に向けて行政も動き出している。国土交通省が整備を進める3D都市データプラットフォーム「PLATEAU」はその1つだ。全国60以上の都市の3Dモデル化を完了し、ユースケース44件を公式Webサイトで公開している。災害発生時の避難状況や太陽光の発電効率などのシミュレーションが可能だ。
ソフトウェアによるまちづくりとDXのインフラ化を具現化した好例が、スペイン・バルセロナ市の取り組みである。
市内のグエル公園は世界遺産に登録されてから観光客が増加し、さまざまな市民活動の継続が難しくなってしまった。観光資源としての価値と市民活動の継続をどう両立させるか。そこで同市が実施したのが「Decidim」という取り組みだ。デジタルプラットフォームを活用して市民の意見を募り、さまざまな視点による議論を重ねて、それを政策に反映するというものだ。
単にスレッドを立て、そこに言いたいことを書きつけるだけの掲示板ではなく、「どのような仕組みにしたら熟議が引き起こされるのか」という点にまで踏み込んでデザインされている。「例えば、ある提案に対するポジティブなコメント、ネガティブなコメントをわかりやすく表示することによって、ディスカッションを深掘りさせる仕組みになっています」(齋藤氏)。
この仕組みは地域課題の解決を目指す非営利団体「Code for Japan」が採用し、シビックテック(市民活動を推進するコミュニティ)の中で活用を進めているという。
成長神話に別れを告げ“ちょうどよい”経済圏をつくる
3つ目の「サステナビリティの実装」では、環境にやさしいことはもちろんのこと、経済や文化の持続可能性も考える必要がある。これまでの経済は成長・拡大こそが成功という一元論的なものだったが、これからはそれがすべてではなくなる。「経済が伸び続けるという考えは捨てる。まちづくりにはGDPを上げる思想から、必ずしも上がらなくてもいいという思想へ転換が必要です」と齋藤氏は主張する。
まちに積極的にかかわる人が自律的にクリエーションし、それを“ちょうどよい”経済圏で消費する。ファンダムエコノミーやクリエイティブエコノミーと呼ばれる経済圏の実現が重要になるとの考えだ。
最後に4つ目の「認証制度」は、そのまちがどんな考えに基づき、どういう取り組みを進めているかを知る重要な判断指標になる。人や企業をまちに呼び込む上でも大切な指標である。
齋藤氏が注目する認証制度の1つが「B Corp(B Corporation)」だ。製品やサービスを評価するだけでなく、背後にある企業の社会的・環境的パフォーマンスを測定する認証である。「これからはまちを『人』や『環境』の視点から評価する方向へと変わっていくでしょう。また、さまざまな『変化』がデータ化されることで、訪れる人・住む人がどう感じているのかというまちの定性評価の可視化も可能となります。こうした変化を捉え対応していくことも、これからのまちづくりには重要な要素です」と齋藤氏は指摘する。
まちを活用するのは、行政でもなく、デベロッパーでもなく、そこに集い住まうすべての人である。その人たちを“来訪者”として扱うのか、一緒にまちづくりする“パートナー”として扱うのか。それが大きな分岐点になる。「これからのまちや都市は『プラットフォーム』にならなければならないと考えています。プラットフォームになることで、多様な価値観を取り込み、サステナブルでイノベーションが起きやすいまちづくりが進むでしょう」と齋藤氏は続ける。
これからのまちづくりで海外に学ぶことは多いが、そのヒントは実は国内にもたくさんあるという。「地方都市での地域活性化の取り組みは、海外で高く評価されています。海外のやり方をすべて真似するのではなく、“日本らしさ”を取り入れたメイドインジャパン・モデルをつくる。そういう考え方も大切です」と齋藤氏は主張する。
まちをつくり、文化をつくるのは「人」である。未来を見据えた新たなまちづくりへの転換が、いま求められている。
クリエイター