なぜ2025年に、日本で万博を開催するのか?
~デザイン視点で見えてくる大阪・関西万博の青写真~
Text:齋藤 精一
2025年4月13日~10月13日の半年間、「大阪・関西万博(正式名称:2025年日本国際博覧会)」が開催される。そのコンセプトである「People’s Living Lab(PLL:未来社会の実験場)」の実現に向け、中心的な役割を担っているのが齋藤 精一氏だ。2015年ミラノ万博日本館シアターコンテンツディレクター、2020年ドバイ万博日本館クリエイティブアドバイザーを歴任した齋藤氏は、大阪・関西万博に向けてどのような青写真を描いているのか。その現状と胸の内を語ってもらった。
齋藤 精一 氏
パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博 EXPO共創プログラムディレクター。2023年グッドデザイン賞審査委員長
「大阪・関西万博」のテーマに込められた思いとは
大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン(Designing Future Society for Our Lives)」。一人ひとりが自ら望む生き方を考え、それぞれの可能性を最大限に発揮できるようにすること、それを支える持続的な社会を国際社会が共創することを推し進める、との意味が込められている。
また、今回の万博では「People’s Living Lab (未来社会の実験場)」という事業コンセプトが掲げられている。これは、会期前から多様な参加者がそれぞれの取り組みを持ち寄り、SDGs達成に向けたチャレンジを会場内外で行いながら、イノベーションを生み出し、社会実装を目指そうというもの。齋藤氏は、このテーマとコンセプトについてこう語る。
「事業コンセプトの『People’s Living Lab (未来社会の実験場)』には、企業・団体・国を問わず、“個が輝く”とはどういうことかを考えようという意味が込められています。テクノロジーの発達によって、“個人”を高解像度でとらえることが可能になり、誰も置き去りにしないインクルーシブな社会を実現しようという機運も広がっています。そこで、今回の万博では『いのち輝く未来社会のデザイン』、宇宙も植物も含めた“いのち”をいかに存続させていくかということをテーマに掲げました。その大きなきっかけとなったのが、世界共通の目標であるSDGsです。大阪・関西万博が行われる2025年は、SDGsがゴールに設定した2030年の5年前に当たる。そのときに世界で何が行われているかを見ていこうという思いが、万博のテーマにも入っているのです」
とはいえ、楽しさや面白さを犠牲にして、社会課題だけにフォーカスするつもりはない、と齋藤氏は言う。「1970年の大阪万博を見た子供たちが、将来の夢を育み、未来に希望を抱いたように、今回の万博でもそういう体験をつくっていきたい。社会課題を多くの人たちに知ってもらうために、エンタテインメントやアートの要素を組み込んでいく。それが、テーマの中の『デザイン』という言葉に込められています」
コロナ禍であらためて問われた万博の意義
現在、齋藤氏はPLLクリエイターとして、“未来社会の実験場”の実現に向けた仕組みづくりに奔走している。そのために、制度やプラットフォーム、プロモーションなどさまざまな観点から検討を重ね、内閣官房や経済産業省、博覧会協会、大阪府・市、全国の自治体との間で意識を共有。全体の哲学を合わせるためにさまざまな組織をつなぎ、「万博で何を実現したいか」を聞きながら、万博のアジェンダに取り込んでいく作業を行っているという。
また、Expo Outcome Design Committee(EODC)も創設し、未来社会の姿をデザインの視点から検討するためのさまざまな活動に取り組んでいる。その一例として挙げられるのが「Co-Design Challenge」だ。これは、万博会場の運営に必要な物品・サービスや技術・人員の提供を募り、自社製品・サービスのプロモーションの場として活用してもらおうというもの。デザイナー・クリエイターと、中小企業の参加を条件とした運営参加の特別プログラムで、「デザインが優れた製品を新たに開発してもらい、世界に発信するプロモーションの場として万博を活用してもらう」ことを狙ったものだ。
「TEAM EXPO 2025」プログラム(以下、「TEAM EXPO 2025」)という参加型プログラムも推進中である。こちらは、いわば万博テーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」の実現とSDGsの達成への貢献を、国内外の多様な参画者と共に共創により実現することを目指す事業。今年7月18日が万博開幕の1000日前となることを記念して、7月1日~8月31日の期間中、プログラムの参加団体によるさまざまなイベントが行われた。
日本全国に足を延ばして地域の事例を見てほしい
大阪・関西万博の会場は、大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲(ゆめしま)だが、会場は大阪府・市や関西にとどまらない。地域とネットワークをつなぎ、万博会場を日本全国に広げたい、と齋藤氏は言う。
「夢洲の会場は155haと非常に広いのですが、それでもすべてを表現するのは難しい。万博のホストは日本国ですから、僕としては日本全国が会場になるべきだと思っています。例えば、万博の展示で水の問題を知ってもらったら、日本国内で画期的な取り組みをしている地域に見に行ってもらう。『北海道東川町は水道普及率2.2%。大雪山の伏流水が湧きだす井戸の水を使って暮らしています』『沖縄県宮古島には川がないので、“地下ダム”をつくって水を安定供給しています』と紹介した上で、『せっかく日本に来られたのですから、現地に行って見てください』といざなうわけです。関西エリアであれば、紀伊半島では里山と海洋の間でどのように水が循環しているかということを、ぜひ現地で見ていただきたい。熊野古道を歩いて、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラにも似た聖地巡礼の道をたどりながら、地域全体のサーキュラーを体感してもらう、といったことも考えられるでしょう。知恵と技術が実装された地域の事例を目の当たりにしてもらうことで、それが新たな産業に成長するきっかけとなるかもしれない。そんな形で日本を開いていくことができないか、と考えています」
齋藤氏は、2015年ミラノ万博と2020年ドバイ万博で、日本館をクリエイティブ面から担当した実績を持つ。その経験を、今回の万博にどう活かしていくのか。
「ミラノ万博で感じたのは、長々と説明しなければわからないような難しいことも、“何かしらの表現に包めば多くの人に伝わる”ということです。もう1つ重要だなと思ったのは、“正直に伝えること”。ドバイ万博では、日本の歩みや古くからの知恵を紹介するだけでなく、『日本もさまざまな失敗を経験し、それを解決するために努力してきた。とはいえ、日本だけでは解決できなかった問題がある、それは自然破壊と海洋汚染であり、世界中の人たちが手を携えて解決していかなければならない問題だ』ということを伝えました」
こうした取り組みは世界的にも高く評価され、ドバイ万博とミラノ万博で日本館は金賞を受賞した。
「文脈をしっかりデザインして伝えれば、それは多くの人に伝わる。それが行動変容をもたらし、世界を変えるきっかけになればいい。その集大成として、大阪・関西万博をつくっていきたいと思っています」と齋藤氏は抱負を語る。
万博は「国威発揚」の場から「地球を考える」場へ
デジタル化、感染症、地球温暖化――今、世界は歴史上まれにみる変動期に直面している。そんな中、大阪・関西万博は、世界にどのような価値を発信していくのか。
「国威発揚型になりがちだった万博が大きく変わったのは、『2005年愛・地球博』がきっかけでした。このとき、万博は『国の強みを宣伝する場』から『地球を考える場』へと大きく定義を変えたわけです。
その意味で、僕らがまず考えなければならないのは『なぜ2025年なのか』ということです。Web3.0やディセントラライズド(decentralized:非中央集権型)へと時代の流れが変わりつつある今、2025年は大きな節目となる。それは、『日本に何ができるのか』をもう1度考える、最後の機会かもしれない。日本企業のあり方を変え、日本経済を時代とグリップさせていくという意味では、今回がラストチャンスだと思っています」
なぜ「2025年がラストチャンス」だと思うのか。齋藤氏の危機感は、日本の現状を俯瞰した視点から来ている。
「今、日本では、特定ベンダーの技術に依存した“ベンダーロックイン”が問題になっています。大企業間の競争原理でフォーマットが統一できず、世界に必要とされないプロダクトをつくって、かつては後進国だと思っていた国々に追い抜かれている。解決すべき課題はたくさんあるのに、日本の企業は縄張り争いを繰り返しているように見えてしまう。そんな中、大量生産や超資本主義的な考え方はほぼ終焉を迎え、社会的意義のあるビジネスをしている企業を賞賛する機運が生まれた。今こそ、日本の産業のあり方を、もう一度考え直す必要があると思いますし、少子化や貧困問題といった国内の課題を解決することが、後にビジネスとして大きく成長していく可能性もある。今回の万博をきっかけとして、万博の前から哲学を合わせ、課題の解決につなげていきたい。それを、2025年以降のレガシー(資産)として残すことができれば、と考えています」
サイバー万博では全世界が会場になる
その意味で、今回の万博における最大のレガシーともいえるのが、「サイバー万博(仮称)」(以下、サイバー万博)だ。
サイバー万博とは、万博会場の内容とは別のプログラムをオンライン上で展開するもの。2025年の万博開催に先駆けて開設され、2025年以降も自走できるプラットフォームとなることが期待されている。
「サイバー万博では、誰もが自由に利用できるコモンズ(共有地)をつくろうと思っています。万博は国のイベントとして扱われていて、その性格はインターネット時代になってもあまり変わっていない。だからこそ、今回はオンラインでも参加できる万博も創造し、問題提起と解決法を提示する場にしたい、というのがサイバー万博の狙いです」
こうした考えに基づき、大阪・関西万博では、メタバースやファンダム・エコノミー、Web3.0などのコンセプトを採り入れた、先進的プラットフォームの構築を検討している。リアル万博では大阪・関西エリアを中心として日本全国が会場となり、サイバー万博では全世界が会場になる――そんな史上初・空前絶後の万博が実現する日も近い。
とはいうものの、作り手の情熱が多くの人々に伝わらなければ、どんなに練り上げられたプランも絵に描いた餅にすぎない。2025年の開幕に向けて、万博成功への機運をいかに高めていくのか。
「これからの社会の中で大事なのはコンピテンシー、いわば“やる気スイッチ”です。自分の中で何ができるかを探してもらいたい。場合によっては、自らクリエイトし、デザインする機会をつくっていく必要があると思います。その一例として、大阪市北区・中津エリアの人たちが『中津万博』というのを始めたんです。開催1週間前に「TEAM EXPO 2025」に登録してもらったのですが、フタを開けたら、金魚すくいあり地ビールありで、地元の人たちで大賑わいしている。家族や友人など、エンゲージメントが非常に高い人たちが集まるわけです。あれがコンピテンシーの最たるものだと感じましたね」
2025年の万博開幕まで、残すところ3年を切った。「いのち輝く未来社会のデザイン」を実現するために、取り組んでいきたいテーマは数多いという。
「障がいがある人や通常の働き方ができない人たちが、万博関連の仕事をしながら参加できるような仕組みもつくっていきたい。また、課題感を持って仲間を集めたいと考えている全世界の人たちが、何らかの形で参加できるようなサイバー万博を、僕はやるべきだと思っています。もう1つチャレンジしたいのは、規模の大小を問わず、日本の企業の皆さんが1つのテーブルについて課題を共有し、互いの技術を持ち寄って何かをつくっていける場所をつくること。それも、企業の看板を背負ってやるのではなく、企業の中の個人が熱意をもって集まるような場所をつくりたい。それが可能になるような、すべての人の“いのち輝く未来社会のデザイン”を実現できる、万博参加のスキームをつくっていきたいと考えています」
齋藤氏の中では、既にさまざまな青写真が描かれているようだ。大阪・関西万博に向けた取り組みにこれからも注目したい。
クリエイター