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グッドデザイン賞2023にかける想い
“世の中を良くするデザインとその可能性”とは?

 1957年の創設以来、グッドデザイン賞は、人々の暮らしや社会をデザインによってよりよくするための活動を展開してきた。今の時代に求められるデザインとは何か。日本におけるデザインはいかなる変遷をたどり、どのような未来や可能性を見据えているのか。2023年度の審査委員長に就任したパノラマティクスの齋藤 精一氏に、グッドデザイン賞の最新動向と今後の取り組みについて語ってもらった。

齋藤 精一 氏

パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博 EXPO共創プログラムディレクター。2023年グッドデザイン賞審査委員長

デザインを取り巻く“モノ対コト”の二元論を克服したい

 グッドデザイン賞(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)は、デザインが優れたものごとに贈られる日本発の世界的なデザイン賞である。その対象は、製品や建築、サービスからビジネスモデルやイベントまでと幅広く、受賞した商品やサービス・活動には「Gマーク」が与えられる。2023年度からその審査委員長に就任したのがパノラマティクス主宰の齋藤 精一氏だ。

 「僕はもともと、グッドデザイン賞に対しては斜に構えていたところがあったんです。シンプルでスタイリッシュなデザインが主流の賞なのだろう、くらいに思っていました。ところが、世の中がだんだん変わってきて、グッドデザイン賞でも、僕らがやってきたようなデジタルコンテンツやソーシャルデザイン、ポリシーデザインなどが高く評価されるようになった。広告でもプロダクトでもなく、社会の活動自体をデザインする取り組みが、デザイン業界でも注目されるようになってきたわけです」

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 齋藤氏がグッドデザイン賞への見方を変える大きなきっかけとなったのは、2018年度の「おてらおやつクラブ」の大賞受賞だったという。「おてらおやつクラブ」とは、寺院に献じられた供物を貧困家庭に提供・支援する奈良県のNPOの取り組み。こうしたソーシャルデザインの活動が大賞をとったことに、齋藤氏は深い感銘を受けた。齋藤氏はグッドデザイン賞の審査副委員長を5年間務めた後、2023年度の審査委員長に就任。その時の心境を、齋藤氏はこう語る。

 「今のデザイン業界には、“モノ対コト”の二元論が根強くはびこっています。モノの人たちは『コトはデザインではない』と言い、コトの人たちは『モノよりもコトのほうが大事だ』と言う。でも、モノづくりの裏にはコトの話があり、コトの先にはモノがある。こんな不毛な二元論はそろそろ終わりにしたい。グッドデザイン賞を通じて、モノとコトを両方見ていく重要性を喚起できるなら、僕が審査委員長をやらせていただく意義があるのではないか、と考えたのです」

グッドデザインとは“世の中をよくしていくためのデザイン”

 グッドデザイン賞の歴史は、通商産業省(現・経済産業省)が「グッドデザイン商品選定制度」を創設した1957年にさかのぼる。この制度は1998年に民営化され、「グッドデザイン賞」として財団法人日本産業デザイン振興会(現・日本デザイン振興会)に引き継がれた。このころから、デザインの概念は急速に広がり、グッドデザイン賞の対象領域も拡大の一途をたどっていく。

 「消費者に近いところで、社会との接点がある部分を賞賛し、新しいアイデアに対して賞を付与する。これが、グッドデザイン賞の最大の特徴です。ポリシーデザインや経営デザインなど、デザインの概念が広がるにつれて、グッドデザイン賞も変化を続けてきました。グッドデザインとは“世の中を良くしていくためのデザイン”であり、目の前にあるものすべてがデザインであるといっても過言ではない。鉛筆から都市、車、移動、コミュニケーションに至るまで、ほぼ360度で包括しているのがグッドデザイン賞だと考えています」

 今ではグッドデザイン賞に応募する国内外からの企業や団体、デザイナーは引きも切らず、2022年度は5715件の応募に対して1560件が受賞。奈良県生駒市の「まほうのだがしや チロル堂」が大賞を射止めたことも、大きな話題を呼んだ。この審査結果について、齋藤氏はこう解説する。

 「今、全国には約4000件の子ども食堂がありますが、周囲の目を気にして、子ども食堂に行くのをためらう子どもたちもいます。一方、チロル堂のデザインはサステナブルで、NFTやWeb3.0の考え方に近い。大人が寄付して子どもが恩恵を得るという共助的な仕組みで、皆が楽しみながらやっている。こういうものが、いろんな場所にできるといいなと思いましたし、日本の福祉が次なるフェーズに入ったという実感を持つこともできた。それが、チロル堂が大賞に選ばれた理由です」

2022年度グッドデザイン大賞に輝いた「まほうのだがしや チロル堂」。「駄菓子屋」として場を開くことで、支援が必要な子どもたちにアプローチするとともに、大人が日常生活の延長で寄附をしやすい仕組みを実現した

北極星を胸に抱いて「アウトカムがあるデザイン」を追求してほしい

 2023年度の審査テーマは「アウトカムがあるデザイン」。このテーマに込めた思いを、齋藤氏はこう語る。

 「『アウトカムがあるデザイン』とは何か。皆さんがものをつくるときは、『世の中のゴミをできるだけ少なくしたい』『人を幸せにしたい』というように、“最終的には世の中をこうしたい”という北極星(目指すべきゴールの方向性)を持っているはずです。ポリシーや哲学と言い換えても良いかもしれません。その北極星があるのとないのとでは、つくるものが大きく変わってきます。例えば、アウトカムがないPCなら、安価な部品や環境に配慮がなくたって、売って儲けられればそれで良い。では、アウトカムがあるPCをデザインするとは、どういうことか。例えば、多少高価でもリサイクルされたプラスチックを使うことによって、地球の負荷低減とユーザの利便性の両立という北極星を目指す。そういったことが、『アウトカムがあるデザイン』だと思うのです。グッドデザイン賞に応募される方は、『何を目指してこの商品をつくったか』を、応募用紙に書き出していただきたい。そうすれば、『モノの後ろにはコトがあり、コトの先にはモノがある』というストーリーが全部見えてきます。皆さんが、どんな北極星を胸に抱いてそれをつくったのか。僕らはそれを知りたいのです」

オウンドメディアを立ち上げ、さまざまな角度から情報を発信

 もう1つ、齋藤氏の肝いりで2023年に始動したものの1つに、Webメディア「.g Good Design Journal(ドット・ジー グッド・デザイン・ジャーナル)」がある。これは、グッドデザイン賞に関する情報発信を行うと同時に、デザインの新しい可能性を探ることを狙ったものだ。

 公式サイトのリニューアルにあたって、従来のWebサイトを見直したところ、応募期間中と受賞発表直後以外のアクセス数が伸び悩んでいることが判明した。「もっと多くの人にデザインのおもしろさ、豊かさを知ってもらうことが、よりよいデザインを生み出すことにつながる」との思いから、通年で情報発信を行う取り組みが始まった。

 現在公開中の連載は、グッドデザイン賞の最新情報を発信する「Good Design Report」、よいデザインが生まれた現場を訪れてインタビューする「グッドデザイン探訪」、デザインが向き合うべき課題の発見と提言の発表を行う「Focused Issues(フォーカス・イシュー)」の3つ。当面はこれらの連載を柱として、月2本程度の新着記事を公開し、さまざまな角度から「よいデザイン」について発信していく計画だという。

.g Good Design Journalのサイト
グッドデザイン賞に関する情報発信を中心に、デザインの新しい可能性を探るべく、2023年度に創刊されたメディア。あらゆる人がデザインに触れるきっかけをつくるため、月2本のペースで新着記事を公開している

 「例えば、一口にプラスチックのリサイクルといっても、その方法は素材ごとに違いますし、メーカーや業界団体によっても違う。では、どの方法に集約していくべきなのかということを、僕らが提言してもいいのではないか。例えば『プラスチック素材は、できるだけリサイクル可能なものを使う』『プラスチックを使って黒系統のプロダクトをつくるときは、必ずリサイクル可能なものを使う』というように、『Focused Issues』の中で、企業の努力義務やデザインのルールを提言していきたいと考えています。また、過去にグッドデザイン賞を受賞したプロダクトが、どのような現場でつくられ、どう継承されているのか。例えばそういったことも含めて、年間を通じてグッドデザインの情報発信ができるプラットフォームをつくりたい。今後、グッドデザイン賞がデザイン・カウンシル的な役割を果たしていく意味でも、『.g Good Design Journal』を育てていきたいと考えています」

ニューホープ賞で有望な若手と企業をつなぎたい

 今後は、Gマーク認定を得た企業へのESG投資を促すような取り組みや、本格的な世界市場への展開も検討していきたい、と齋藤氏。また、情報発信の一環として、グッドデザイン賞が決まるまでのプロセス自体を公開することも考えているという。

 「ほかにも、グッドデザイン賞を“デザインのシンクタンク(調査・研究機関)”化していくことや、新事業の創出、人材育成や人材紹介については、僕の方から積極的に提案しているところです。こうしたことを実現していくためには、デジタル教育の仕様を決めたり、デザインものづくりを活性化させたり、産業系メディアとのさらなる連携を進めたりと幅広い取り組みを進めていく必要があると思っています」

 昨年度、デザイン人材育成の一環として、新たにグッドデザイン・ニューホープ賞を創設。将来のデザイン業界を担う人材を育成するための取り組みがスタートした。

 「ニューホープ賞では、まだバイアスを持たない学生を対象としているので、グッドデザイン賞ではあまり見ないようなアイデアが出てきます。その意味では、ニューホープ賞がグッドデザイン賞に影響を与えることもできるし、グッドデザイン賞への応募企業がニューホープ賞で新しい才能を見つけることもできる。そんな相乗効果を期待しています。昨年度の第1回ニューホープ賞には、産業デザインや建築の学生だけでなく、医学部の学生からの応募もありました。デザインは、全く見当もつかないところで派生している。それらを俯瞰しながらつなげていくという意味でも、面白いことが起こるのではないかと期待しています」

 2023度グッドデザイン賞の応募締め切りは5月24日(ニューホープ賞の応募締め切りは7月18日)。厳正な審査が進められ、10月5日には結果が発表される予定だ。

 「モノであれコトであれ、グッドデザイン賞への応募をきっかけとして、アウトプットの後ろにあるストーリーと、その先に見えているアウトカムを見せていただきたい。グッドデザイン賞が海外のデザイン賞と大きく違うのは、モノ自体の佇まいや美しさにとどまらず、“どう消費者とかかわっていくか”という点に重きが置かれていることです。ソーシャルと、その後ろにストーリーがあることが、グッドデザイン賞を世界でも唯一無二の存在にしている。応募されたものは、審査員一同が責任を持って審査させていただきますので、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います」