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クリエイター 齋藤 精一 連載

世界を驚かせる日本のクリエイティブを東京から
~東京クリエイティブサロン2024の挑戦~

 今春、桜が咲く季節に、都内10エリアで「東京クリエイティブサロン(以下、TCS)2024」が開催される。ファッションとデザインの祭典として2020年に始まったこの催しも、今年で5回目を数える。その現在地と今後の可能性、東京のまちづくりに及ぼす波及効果について、TCS2024の統括クリエイティブディレクターを務めるパノラマティクスの齋藤 精一氏に話を聞いた。

齋藤 精一(さいとう せいいち)氏

パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博 EXPO共創プログラムディレクター。2023年グッドデザイン賞審査委員長。

なぜ、日本人はクリエイティブに自信が持てないのか

 TCSとは、都内各所で同時多発的にファッションとデザインのイベントを行い、「東京のクリエイティビティを世界に向けて発信する」ことを狙ったもの。2024年は3月14日(木)~3月24日(日)の11日間、桜の時期に合わせて、ファッションウィークとデザインウィークが同時に開催される。

 開催に先立ち、パノラマティクス 主宰の齋藤 精一氏は事務局メンバーと共に、東京・日本のクリエイティブが直面する課題を整理。これに基づき、TCSに求められる成果とアクションについての再定義を行ったという。

 「課題の1つが、日本のクリエイティブ・コンフィデンス(クリエイティブに対する自信)の低さです。日本のクリエイティブ産業に対する世界的な評価は非常に高いのですが、日本人はそのことに気付いておらず、世界に打ち出す自信が持てないでいます」と齋藤氏は指摘する。

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 実際、ファッション/デザイン産業の5大都市(ニューヨーク・ミラノ・パリ・ロンドン・東京)の居住者を対象に行われたインタビュー調査でもそれが如実に表れている。「最もクリエイティブだと思う都市はどこか」という質問に対して、東京は30都市の中で第2位と非常に高く評価されている。

 「ところが、『自分のまちをクリエイティブ(創造的)だと思うか』という質問に対しては、東京以外の4都市では約70%の人がイエスと答えたのに対して、東京でイエスと答えた人はわずか22%。日本のクリエイティブ・コンフィデンスは極めて低いのが現状です。東京も含め、日本の地域には世界に認められたものづくり産業がある。にもかかわらず、日本人はそのことを知らないわけです」(齋藤氏)。

 例えば、数多くの高級ブランドを傘下に持つ世界最大手のファッション企業の商品開発が、日本の地場企業の高度な素材・加工技術に支えられていることは、あまり知られていない。このため、優れた技術を持ちながらも自社をブランド化できず、後継者不足で廃業寸前、といった事例は枚挙にいとまがない。こうした現状を変え、日本のクリエイティブ・コンフィデンスを高めていくために、TCSには何ができるのか。事務局のメンバーは、こうした課題に向き合うことにしたわけだ。

 「元々TCSは、『世界の中で存在感が低下しつつある、東京のファッション産業をなんとかしたい』という発想からスタートしたものです。このため、当初は海外からコンテンツを集める、いわば借り物競争的な側面が強かった。でも、これからは、東京・日本のクリエイティブで『世界を驚かせる・世界に憧れさせること』を目指さなければなりません。今では世界的な家具の祭典となったミラノサローネも、元々は地場の家具産業の戦後復興のために始まったもの。それと同様に、TCSも『日本らしさを世界視点で磨いて、日本を世界にプレゼンテーションする最大の機会にする』ことが必要だと、僕らは考えたわけです」。

 その先行事例ともいえるのが、名古屋市のスズサンの取り組みである。明治中期に創業し、有松鳴海絞りを家業としてきたスズサンは、2008年ドイツのデュッセルドルフに現地法人を設立。下請けポジションから、自社ブランド「suzusan」を主軸とした事業へと転換し、大成功を収めた。

 「今、僕らがTCSで挑戦しようとしているのは、『日本が持つ優れた技術や文化をもう一度リミックスし、世界に向けて発信する』こと。世界に発信することは、同時に国内向けの強いPRにもなる。僕らがアンテナとなり、海外に向けた発信に注力していきたいと考えています」と齋藤氏は話す。

専攻・職業を問わず 誰もがクリエイティブになれる

 TCSがスタートしたのは2020年。5回目となる今年は、新たに六本木・赤坂・新宿・有楽町が参加。規模を拡大し、都内10エリアで開催されることとなった。入場者数も150万人を見込む。

 期間中はファッションショーや展示、トークショーなど150に及ぶコンテンツが提供され、交流の場としてパーティーやプレスツアーも開催される。もちろん、サステナビリティに配慮した取り組みも行う。例えば、徒歩や自転車などのパーソナルモビリティを使った移動手段も確保している。その一環として、今回新たに「ツイードラン」を実施。これは、ツイードを着込んで自転車でまちなかを走るロンドン発祥のイベントで、桜が見ごろの東京を回遊してもらおうという企画である。このほか、樹木医と一緒に都内の桜の名所をフィールドワークし、桜の歴史や生態を学ぶ企画も実施している。

TCS2023の様子

 TCS2024のキャッチフレーズは「クリエイティブをみんなのものへ」。この言葉に込めた思いを、齋藤氏はこう説明する。

 「クリエイティブは特別なトレーニングが必要なものというより、一種の思考のようなもの。例えば、弁当づくりにしても、子育てや介護にしても、皆さんは工夫をしながら美しくかっこよく楽しくやっている。実は『あなたもクリエイティブなんだよ』という気付きを、TCSを通じて与えたいのです」と齋藤氏は話す。

 ただし、日本人がそれをいったところで、なかなか受け入れてもらえないのも事実だ。「昨年のTCSのトークショーで、無印良品の創業時のクリエーターチームの一役を担った小池 一子さんが語っておられたのですが、日本は敗戦を経験したこともあって、国内の評価だけでは動かないところがある。明治時代に来日した欧米人は、日本の工芸品の素晴らしさに驚き、『なぜ、こんなに美しいものを君たちは捨てさろうとしているのか』と嘆いた。外国人に価値を見出され、命脈を保った工芸品の多くが、今では重要文化財となっています。その意味で、やはり海外からの評価は重要なんです。だからこそ、TCSでは海外の視点を入れていこうとしています」と齋藤氏。TCS2024では、「エル・フランス」や「ヴォーグ・ビジネス」といった海外メディアを招待。海外からの視察ツアーも計画している。

 「『東京というメディア(場)を活用して、日本のファッション/デザインにかかわる人々が、世界視点で対話する。そして、日本らしさを見出し、東京らしくミックスしながら、共創し強化し発信していく』。そんなイベントにしていきたい」と齋藤氏は意気込む。

日本の“宝”が海外に流出してしまうという危機感

 こうした取り組みは、日本全体のクリエイティブの国際競争力を高めていくという点でも、大きな意味を持つという。

 「近年、LVMH(エルブイエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)系の投資ファンドが日本の化粧品メーカーを買収したり、中国のEV企業BYDが群馬の金型メーカーを買収したりと、海外資本による“日本企業買い”が目立っています。僕は以前、BYDの幹部の方に『なぜ、群馬の金型メーカーを買収したんですか』と質問したことがあるんです。すると、『最初は広州の工場でつくろうとしたが、中国では絶対にできないとわかった。日本企業が持つ高度な職人技は、データ管理できないので、金型は全部日本でつくるか、日本の職人に中国まで来てもらってつくるしかない』というわけです。このままでは、日本の優れたものづくりは、根こそぎ海外に持っていかれてしまうのでは、という危機感を持ちました」と齋藤氏は振り返る。

 「一つひとつは目立たなくても、日本の地域にあるものづくりの資源を組み合わせれば、従来の枠組みを超えて、共創的に価値をつくることができるのではないか。それをTCSで世界に発信すれば、彼らも『これなら世界で売れる』と、自信を深めることができるはずです。僕らもTCS2024の準備期間中に、日本のさまざまな地域と会話を続けていきたい。そして、日本のクリエイティブをもっと強くするような取り組みを、東京をメディア(場)として発信していきたいと考えています」。

TCSはクリエイティビティのスイッチを押せる場所

 さらに、地域との連携の一環として、能登半島地震で被災した輪島塗の工房や窯元の支援も行っていきたい、と齋藤氏は言う。

 「今、能登の地震で被災した多くの職人さんが、輪島塗を続けることを断念しようとしています。こうした状況をなんとかできないかと、僕も含めていくつかのグループが働きかけています。例えば、泥をかぶった漆器や、割れた焼き物を買い取ってアップサイクルするなど、さまざまな形で支援しようとしているわけです。今回のTCSでも、富山県や石川県のアンテナショップと連携してトークショーをしながら、復興とデザインを結びつけ、何ができるのかを掘り下げていきたい。『どこにどんな原石が埋もれているか』を見つけ出す試みを、さまざまな場所で行っていきますので、ぜひ見ていただきたいと思います」。

 今回のTCSでは、もう1つの課題として「東京のまちの均質化」も挙げられている。「かつては豊かな多様性を誇った東京も、経済効率優先の都市開発が進められたことで個性を失い、都心はどこを切っても同じ顔を持つ金太郎飴のようになってしまった」と齋藤氏は話す。TCS2024でのさまざまな取り組みは、今後の東京のまちづくりにどのような気付きをもたらすのか。

 「TCSを通じて各エリアの個性を深掘りすれば、それがどのような歴史や文化が根付いているかということに気付くはず。それが、東京が本来持つ生態系の多様性を取り戻すきっかけになれば、と考えています。デベロッパーと地元の人たちがまちの強みを共有し、まちのあるべき姿を考えることで、東京全体が1つの大きなエコシステムになるといいな、と思います。ビジネスリーダーである皆さんには、まちや産業を消費するだけでなく、主体的にまちの中に飛び込んでいただきたい。大学の専攻や仕事とは直接関係がなくても、“好きなことでかかわれる”のがまちづくりのいいところ。『自分のクリエイティビティって一体何だろう』と自問し、積極的にまちづくりやものづくりにかかわっていただきたい。自分の中にあるクリエイティビティのスイッチを押せる場所として、TCSを使っていただければと思います」と齋藤氏は最後に語った。