共創が成功する法則は
「自走」や「多元性」を持つコミュニティが未来を創る
2025年大阪・関西万博でEXPO共創プログラムディレクターを務めるパノラマティクスの齋藤 精一氏。同氏は、各地の芸術祭やイベントを通じて、共創にかかわるさまざまな活動に携わってきた。そもそも齋藤氏が共創に関心を持つに至ったきっかけとは何か。そして、さまざまな共創活動の中から見えてきたコミュニティの価値や成功のポイントとは――。
齋藤 精一(さいとう せいいち)氏
パノラマティクス主宰/株式会社アブストラクトエンジン代表取締役/クリエイティブディレクター
1975年 神奈川県伊勢原市生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学ぶ。
2006年に株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。
社内アーキテクチャ部門を率いた後、2020年に「CREATIVE ACTION」をテーマに、行政や企業、個人を繋ぎ、地域デザイン、観光、DXなど分野横断的に携わりながら課題解決に向けて企画から実装まで手がける「パノラマティクス」を結成。
2023年よりグッドデザイン賞審査委員長。2023年D&AD賞デジタルデザイン部門審査部門長。2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。
領域を横断しないと新しいものは生み出せない
近年、日本企業でも「共創」がビジネスにもたらすメリットに着目し、社内外のコミュニティづくりに乗り出す企業が増えている。その背景について、パノラマティクスの齋藤 精一氏はこう語る。
「これまで日本では、産業ごとに、縦割りによるビジネスの最適化が行われてきました。50~60年代に成立した業界団体が、政府に働きかけて規制緩和を勝ち取り、縦割りの仕組みによって既得権利を守ってきたわけです。ところが、インターネットの普及やデータの活用が進むと、『領域を横断して連携しないと、新しいものは生み出せない』との気付きが生まれ、さまざまな形で横連携せざるをえなくなった。今、共創やコミュニティが注目されている背景には、こうした潮目の変化があると考えています」。
だが、海外と比べると、日本の産業界では横連携が進んでいるとはいいがたいのが実情だ。なぜ、日本では領域横断が遅々として進まないのか。その理由として、齋藤氏は「民間が日本の経済成長のイニシアチブを握ってきた」ことを挙げる。
「日本では、民間主導でビジネスの種をつくり、それを業界団体が政治や行政に渡すことで、制度化や規制緩和が行われてきました。このため、既得権益を守ろうという力学が働き、領域横断を阻んできたわけです。加えて、民間では企業間の“競争”が激しく、各社が独自の発想でビジネスを展開し、自らのドメインをつくり上げた。この方程式が高度経済成長の原動力となったのは事実ですが、今の時代には通用しなくなっている。とはいえ、今さら競合同士が一緒に何かをやろうとしてもなかなか難しい。その役割は本来なら行政や業界団体が務めるべきだと思いますが、それも難しいのが日本の現状です」。
海外の人材との連携が大きな違いを生み出す
それに加え、日本の謙虚な文化がブレーキとなっている面もあるという。
「最近、オードリー・タンが“Plurality”(多元性)という言葉を使い始めています。これは、“違いを乗り越えて協働するための技術”といった意味合いを持つ言葉です。要は皆の意見を統制して無理やり1つにまとめるのではなく、それぞれの意見を出し合い、各自の能力を持ち寄って共創していくということです。ところが、日本はこうしたことがあまり得意ではない文化がある。例えば、19世紀後半のヨーロッパではジャポニスム(日本趣味)が流行し、日本の浮世絵や工芸品が海外から高く評価されました。ところが、こうしたアートやデザインは大衆向けのエンタテインメントや生活の道具としての性格が強かったこともあって、国内では価値あるものとは認識されていなかった。それが海外で高く評価されたことで、国内でも価値が見直され、アートとしてさらに磨かれるというプロセスを繰り返してきたわけです。それは今でも続いていて、海外での評価と日本国内での評価との間には依然としてギャップがある。日本人は、自分のコンピテンシー(能力・適正)を発揮して、社会で何かを興していくことが不得手な人が多い。個人をブランディングすることになかなか勇気が持てない。そこに、欧米と日本の大きな違いがあると思うのです」。
そのため、海外の人材も含めたコミュニティを形成すれば、大きな違いを生み出す可能性がある、と齋藤氏は指摘する。「共創にあたって必要なことは、自分たちの活動を“外の目”で見るということ。日本とは全く異なる文化圏に生きる海外の人々は、日本人とは異なる視点を持ち、日本が極東で集積した文化に関心を持っている。その意味で、海外人材や海外のコミュニティとの共創はあってしかりだと思います」。
パズルを合わせることで共創を発火させる
齋藤氏は2020年のパノラマティクス結成以来、地域デザインから観光、DXに至るまで、領域を横断して課題解決を目指す活動に取り組んできた。行政や企業、個人を縦横無尽につないで共創を紡ぎ出す、その手腕には定評がある。
齋藤氏はなぜ、共創活動に情熱を注いできたのか。その原点には、日本のビジネス界を席巻しているコンサルティング業への疑問がある、と齋藤氏はいう。
「僕がやっているのは『コンサル』ではなく『パズル合わせ』だと思っています。要は、『コンテンツはあるけど場所がない人』と、『場所はあるけどコンテンツがない人』といった形で、パズルを合わせるお手伝いをしているわけです。僕はファッションやモビリティ、ものづくり、家具などたくさんのことにかかわっていて、各方面で活躍している人同士をどんどんつなげていくので、それが結果的に共創につながっていくんですね。一方で、僕は途中で頓挫してしまった案件に呼ばれることも多い。なぜ、僕がそういう案件を引き受けるかというと、誰かがやらなければ地域も業界団体もみるみる沈んでいくからです。そうしたケースの企画書を見ると、具体的な実装の方法が欠けているものがあまりにも多い。僕なりに実装の仕方がわかっているのに、何もしないで終わるのは嫌なので、いろいろな方を巻き込んだグループをつくったり、イベントがある時に知人同士を紹介したりしています。それがきっかけでビジネスが立ち上がり、『あの時にお話ししたことが、こんな形になりました』と、後でフィードバックをいただくことも少なくありません」。
多元的な能力を持つ人材を掛け合わせ、欠けたピースを埋めてパズルを完成させれば、Pluralityが発動。それによって共創が発火し、新しいビジネスドメインをつくり出すことになるという。
「最近のグッドデザイン賞を見ていると、既にそういう動きは始まっているように思います。企業で働く人たちが、自らのコンピテンシーと熱量により、勇気をもって初めの一歩を踏み出そうとしている。グッドデザイン賞の来年のテーマは『初めの一歩から広がるデザイン』です。それを会社の中でやるかどうかは別として、少なくとも初めの一歩を踏み出そうとする人の邪魔をしない、もしくは後押しする――そんな機運がビジネス界にも広がりつつあると感じています」。
KPIを重視しすぎると共創の芽が潰される
これまで齋藤氏は、共創にかかわるイベントを数多くプロデュースしてきた。なかでも最も印象に残っているのが、2020年~2023年に奈良県南部・東部地域に位置する奥大和エリアで行われた芸術祭「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」だという。
この芸術祭は、コロナ禍で観光業が壊滅的な打撃を受けたことで、奈良県が関係人口を呼び込むために開催したもの。その後、県の政策変更で終幕したものの、吉野町では独自にイベントを継続することを決定。県任せではなく、町が率先して地域を盛り上げようとの機運が生まれ、町の事業として取り組みを続けることとなった。
「芸術祭のいいところは、『皆が協力しないとできない』という点です。場所を提供する、人を提供する、差し入れをする、会議に参加する、ツアーに参加する――協力のグラデーションが豊富であることが、地域の芸術祭ならではの良さだと思います。加えて、芸術祭にはアーティストという名の“よそ者”が参加するので、地域にさまざまな刺激をもたらす。地域の人たちも最初はよそ者にいいところを見せようとするのですが、2年目あたりから本音が出始め、3年目にはくすぶっていた問題が顕在化して、4年目になると『じゃあ、どうしようか』ということになる。そのプロセスを経て、最後には地域の人たちがイニシアチブを取るようになるのです」。
とはいえ、共創の試みが自走できるかどうかは、「予算」だけの問題ではない。それが実を結ぶかどうかは、コミュニティにかかわる人たちの「人間性」にかかっている、と齋藤氏は言う。
「例えば、高速道路の『KK線再生プロジェクト』のメンバーは、揃いも揃って“のり代”が大きい。建築の専門家がマテリアルやコピーに口を出せば、コピーライターも建築や色に口を出すという具合です。誰もが専門領域を超えて意見を交換し、しかも皆がそれを受け止めようとする。これが、共創を成功させるポイントの1つです」。
一方で、共創を妨げる最大の要因の1つは人的要因だ、と齋藤氏。人的要因によってプロジェクトが頓挫に追い込まれるケースは枚挙にいとまがないという。
「例えば、政策として進めていたものが実装された途端に、担当者が変わって、『GDPが上がるものしか認めない』と言い出す。権限を持つ人が変わると一気に風向きが変わって、これまでの方向性と違うベクトルが求められるケースは少なくありません。またKPIにばかり執着する場合も共創を阻む要因になります。例えば、芸術祭によって地域が強くなったかどうかは、KPIだけで測ることは難しい。来場者数やXのフォロワーを関係人口に換算して、『関係人口が増えたから地域が強くなった』とまでは言えません。特に地域にかかわる人たちの熱量を、数的価値だけで測ることはできない。共創の効果は数値換算しにくいところがあるので、KPIを重視しすぎると、共創の芽が潰されてしまうのです」。
投資を継続し、プロジェクトを動かし続けることが重要
奈良県の『MIND TRAIL』は、コミュニティにおける共創が地域活性化に寄与する可能性を示した好例といえる。一方、近年はビジネスの領域でも、「共創によってビジネスを生み出す」取り組みが急速に広がっている。それでは、共創をビジネスに活用する上で、注意すべき点とは何だろうか。
「アイデアやデザインは、プロジェクト化してムーブメントを生み出さない限り、カルチャーとして定着させることはできない。ところが大抵の場合、プロジェクトが立ち上がっても、ムーブメントを起こすまでには至らないのが現実です。その理由は、エクスポネンシャル(指数関数的)な効果が上がるわけではないので、継続的な投資が行われないためだと思います。しかし、それではプロジェクトが1回終わるたびに、ゼロスタートに戻ってしまう。一定の投資を続けながらプロジェクトを動かし続けることが、最大の価値を生むと考えています」。
また、共創をビジネスに活用するにあたっては、それが継続する仕組みをつくることも重要だ。「結局、お金というガソリンを投入しないとエンジンが作動しないようなコミュニティは、ガソリンが切れた瞬間に止まってしまいます。一方、コンピテンシーやプライオリティが実装されたコミュニティは、ガソリンが切れても自走することができます」。
その解決策を与えてくれる一例が、ファンダムだと齋藤氏は言う。熱狂的なファンに支えられたファンダムのように、運営側はコミュニティが軌道に乗るまでコミュニティマネージャーを務め、軌道に乗ればコミュニティのメンバーに運営を任せる。ルールと規範に基づいてコミュニティを自走させることが、結果として豊かな実りをもたらす――齋藤氏は最後にそう提言した。
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