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クリエイター 齋藤 精一 連載

大盛況のうちに閉幕した大阪・関西万博
~万博が残した「未来への遺産」とは~

 2025年4月から半年にわたって開催された大阪・関西万博が、10月13日に閉幕した。会期中の来場者数は2800万人を突破。心配されていた幕開けから一転、終盤には入場予約がとれないほどの大盛況となった。「いのち輝く未来社会のデザイン」という万博のテーマは、どのように具現化され、何を未来への遺産として残すことができたのか。万博のEXPO共創プログラム・ディレクターを務めたパノラマティクスの齋藤 精一氏に、半年間の手応えと今後の展望を聞いた。

齋藤 精一(さいとう せいいち)氏

パノラマティクス主宰/株式会社アブストラクトエンジン代表取締役/クリエイティブディレクター
1975年 神奈川県伊勢原市生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学ぶ。
2006年に株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。
社内アーキテクチャ部門を率いた後、2020年に「CREATIVE ACTION」をテーマに、行政や企業、個人を繋ぎ、地域デザイン、観光、DXなど分野横断的に携わりながら課題解決に向けて企画から実装まで手がける「パノラマティクス」を結成。
2023年よりグッドデザイン賞審査委員長。2023年D&AD賞デジタルデザイン部門審査部門長。2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。

社会課題がテーマの展示にも多くの人が詰めかけた

 「“いのち輝く”とは何を意味するのか、“未来社会のデザイン”をどう解釈すればいいのか。万博に参加した国や団体が、それぞれの文化や産業、哲学をもとに独自に解釈した結果、多様で豊かな展示が生まれた。恣意的なテーマだからこそ、幅広いテーマを内包できたのが今回の万博だったと思います」とパノラマティクスの齋藤 精一氏は振り返る。

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 大屋根リング内の各国パビリオンが人気を集める一方で、社会課題にフォーカスしたパビリオンや展示にも多くの人が足を運んだ。

 「過去の万博を見ても、社会課題をテーマにしたパビリオンは地味なので閑散としがちです。でも、今回はTEAM EXPOや会場外の活動にもかなり注力しましたし、会場自体がコンパクトであることや、大屋根リングの外側でさまざまなイベントが発生する状況をつくったことも大きかった。それが、多くの方に足を運んでいただけた理由だと思います」。

中小ベンチャーも大きな存在感を発揮した

 齋藤氏が語るように、TEAM EXPOやCo-Design Challengeなどの共創プログラムを通じて中小企業やベンチャーが活躍したことも、今回の万博の特徴の1つだ。

「フューチャーライフヴィレッジ」内にあるTEAM EXPOパビリオン。「TEAM EXPO 2025」の参加者や来場者が対話によって新しいものを生み出す共創の場だ

 「現場では、展示に必要な物資をほかの出展者から調達するなど、数多くのコラボレーションが生まれました。熱量を持って孤軍奮闘していた方たちが、互いに刺激し合い、万博という場でつながった。それも万博がもたらしたレガシーの1つだと思います」。

 それを象徴するのが、大阪・八尾市のオープンファクトリー「FactorISM」の事例だ。八尾の町工場は大手メーカー2社の下請けとして発展したが、2社の工場が海外移転したことで、消滅の危機に直面。町工場は協力して2020年にFactorISMを設立し、業態を転換して再生の道を歩んだ。大阪・関西万博では総勢92社が参加し、工場ツアーやものづくり体験イベントを展開した。

FactorISMは大阪府八尾市を中心として開催されるオープンファクトリー。工場見学やものづくり体験などのワークショップを通じて、町工場の技術に触れることができる

 また、Co-Design Challengeプログラムでは、廃材と端材を活用した中庭スツールとテーブルを制作し、フューチャーライフヴィレッジに提供した。Co-Design Challengeとは、共創を通じて、万博で新しいモノやサービスを実現するプロジェクト。このプログラムには、FactorISMを含む中小ベンチャー22団体が参加し、完成した製品は万博会場で活用されることとなった。

 「これまで万博といえば大企業中心のイベントでしたが、今回これだけ多くの中小ベンチャーが参加できたのは大きな成果でした。パビリオンへの製品提供が彼らに自信を与え、メディアからの取材も増えた。FactorISMでは、万博効果で、海外から訪れるお客さんも増えたと聞いています。海外に出る伝手がなかった彼らにとって、万博は世界に発信する千載一遇のチャンスとなった。まさに“万博で花開いた”という状況で、モチベーションを高めた方々はとても多かったのではないかと思います」。

「個人の熱量」と「つながり」をどう持続させるか

 万博を通じてネットワークを広げていったのは、町工場だけではない。「万博期間中に世界中の人々が集う大阪のまちの拠点」を目指して「EXPO酒場」を開催した「demo!expo」チームのように、「自主的に万博を使い倒して、仲間を増やしていく」(齋藤氏)人々も現れた。

 こうしたエネルギーの源となったのは、「個人の熱量」だと齋藤氏は強調する。「誰かが能力を発動すると、それを見て『自分にもできるかも』『私も参加したい』という人が次々に現れる。これが万博の面白いところです。今回、万博に対してネガティブだった世論がポジティブに変わったのも、『万博に行ってみたけど、すごく良かったよ』という個人の声がSNSという媒体を通して広がったから。マスによる“面”的なプロモーションではなく、個人という“点”の集合が状況を大きく変えた。まさに2025年の世界を反映した、“個人の時代の到来”を象徴する出来事だったと思います」。

 万博を機に、これまで分断されていた人や地域がつながり、一緒に新しい未来を創っていこうという機運が生まれた。万博で得た経験をレガシーとして活かせるかどうかは、この熱量を持続させられるかどうかにかかっている、といっても過言ではない。

 「レガシーとは誰かがつくるものではなく、自然に生まれるもの。TEAM EXPOにせよCo-Design Challengeにせよ、『相手とつながることが自分の得になる』と感じるから、人はつながりを持とうとするわけです。“他己紹介”で人と人をつなげるのが僕の仕事で、個人同士のつながりをレガシーとして持続できるかどうかは、当事者の努力と熱意にかかっている。その土台となったのが、TEAM EXPOやCo-Design Challengeの試みだと思います」。

デザインの財務的な価値を測る指標が必要

 齋藤氏自身も今回の万博では、資源を再活用する「ミャク市!」や、ドバイ万博日本館の部材を再利用した「ウーマンズ パビリオン」、リサイクルガイドライン策定、47都道府県との連携など、数多くの取り組みを実現した。ただし、「やりたかったことの15%しか実現できなかった」と齋藤氏は振り返る。

「ミャク市!」は大阪・関西万博で使用された施設や建材、備品などを再利用するためのマッチングサイト。廃棄物の削減とサーキュラーエコノミー(循環型経済)の社会実装を目指す
出典:万博サーキュラーマーケット ミャク市!(https://www.reuse-materials.jp/別ウィンドウで開きます

 「決めるべきことが決められないままタイムアップを迎えた案件も多い。万博のような大規模イベントや政策づくりでは、最初から100%の合意を目指すのではなく、異論が出ることは織り込み済みで、問いや熱量、検討プロセスをデザインする必要がある。異なる意見を無理にまとめるのではなく、必要なら“分断をデザインする”ことも大切です。それが1年前にわかっていたら、もっと成果を上げられたかもしれません」。

 大阪・関西万博はどのような経済効果をもたらしたのか。最終的な発表はこれからだが、実際の来場者は2800万人を上回る見込み。さらに万博全体の経済効果が明らかになるのは、1~2年後となりそうだ。

 「今回僕がやりたかったのは、『文化やデザインのような非財務的活動が、財務にどのような影響を与えるのか』を可視化することでした。でも、結局それはわからなかった。B to C型の大手メーカーに質問しても、多くの会社は“良いデザインをしたからといって、それで売れているとは思わない”と言うわけです。実際にはデザインの良し悪しが売上を大きく左右し、リユース素材を使うなどの取り組みも株価に影響しているのですが、短期的な成果を求める経営層には、デザインの持つ価値が理解されていない。文化やデザイン、熱量、活動への投資が、GDPや株価、給与にどう跳ね返るか。それを測るための指標は必要だと思いますし、僕自身も研究を続けていきたいですね」。

文化やデザインの力で地域を強くしていきたい

 万博を終えた今、齋藤氏は今後に向けて、何に取り組もうとしているのか。それは、「文化やデザインの力で地域を強くすること」だと齋藤氏は言う。現在は福島の復興プロジェクトに継続してかかわっているほか、佐賀では「自発の地域創生プロジェクト」にも参画し、まちづくりのサポートを行っている。

 「低山に囲まれた佐賀県は、山と川と海と町が近いのが特徴です。ひとたび山が荒天になれば海も荒れるので、互いに連携しながら課題解決にあたる必要がある。それぞれの地域をもっと近しい関係にして、いろいろな取り組みをジャムのように混ぜ合わせていこう、というのが『佐賀ジャム(仮)』というプロジェクト。2028年に向けて、近々始動する予定です」。

 また、2026年秋冬に開催される「東京都 国際文化芸術祭別ウィンドウで開きます(仮)」では、全体の企画・制作を担当。これは、「東京の多彩な催しを結び合わせて価値の連鎖を生み出し、新たなアートシティ像を描きながら、都市・東京の魅力を際立たせる」取り組みだ。現代アート、舞台・演劇、音楽、映像、エンタテインメント、イルミネーションなど、さまざまなプログラムを通して、「東京ならではの新たな祭典」を目指す。

 「佐賀も東京も、共通する課題は『文化地層からどんな産業をつくっていくか』ということ。万博に引き続き、このテーマに取り組んでいきたいと思います」。

 そう語る齋藤氏。「文化で地域を強くする」ためにも、デザインと経営的視点の両輪で自治体をサポートしていきたいという。「今、地方自治体では、投資されるべきところに適切な投資が行われていないのが実情です。高齢化対策や教育、福祉以外にも、未来に向けて投資すべき、その地域ならではの投資先があるはずです。地域のBS/PL(財務諸表)を見直し、もっと中長期的な視点で地域を経営していかないと、超限界集落化の流れを止めることはできない。そのためにも、デザインの力を行政にぜひ積極的に活用していただきたいと思います」。

 大阪・関西万博は、個人の熱量とつながりが社会を変える力となることを、国内外に示す“社会実験”の場となった。その灯を絶やさず、燃やし続けていくことこそが未来への遺産ではないか、と齋藤氏は訴える。

 「僕はそれを支える“媒介者”でありたい。これからも、地域と地域、人と人をつなぐ役割を果たしていきたいと思います」と齋藤氏は最後に力強く語った。