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クリエイター 齋藤 精一 連載

AI時代、経営は何をデザインすべきなのか
~企業らしさを生み出す「つなぐ力」とは~

 生成AIの登場によって、経営を取り巻く環境は大きく変わりつつある。情報収集や分析の効率は飛躍的に向上し、誰もが容易に知見やアイデアへアクセスできるようになった。だが、それは経営の正解が見つけやすくなったことを意味しない。むしろ、多くの選択肢が手に入るようになったからこそ、「どこへ向かうべきか」を決める難しさは増している。そんな時代に必要なのは、最適解を探り、人や組織をつなぐ「デザイン」の視点だという。パノラマティクス主宰の齋藤 精一氏に、AI時代の経営とデザインの関係について聞いた。

齋藤 精一(さいとう せいいち)氏

パノラマティクス主宰 株式会社アブストラクトエンジン代表取締役
建築デザインをコロンビア大学建築学科で学び、2006年、株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。
2020年、「CREATIVE ACTION」をテーマに、産官学を越境した地域デザインや都市開発、アートプロジェクトを手がけるデザインコレクティブ「パノラマティクス」を結成。
2023-25年度 グッドデザイン賞審査委員長
2024年- Roof Park Project 共創プラットフォーム クリエイティブコンダクター
2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター
2026年開催 ARTE TOKYO(東京国際文化芸術祭)統括プロデューサー

経営判断にAIを活用する難しさ

 AIの進化によって、「経営」を取り巻く環境は大きく変わりつつある。その活用範囲はリサーチや文章作成、定型業務の自動化のみならず、財務分析や労務管理といった管理業務にも拡大。AIによって代替される領域は確実に広がりつつある。こうした中、AIを意思決定に活用する動きも加速しているが、矢継ぎ早に繰り出す大量の情報に翻弄されるリスクも顕在化している。

 「AIが無限に挙げてくる選択肢の中から、どれを選べばいいのか」「AIに依存してしまうリスクにどう向き合えばいいのか」との懸念から、AI時代の意思決定の難しさを実感する経営者やリーダーが増えているのも事実である。

 齋藤氏自身は、時と場合に応じて、数種類のAIを使い分けているという。リサーチやブレストに加え、バックオフィスでもプロジェクトの進捗管理や収支管理などに活用。ただし、創造性そのものが問われる領域では、あえてAIと距離を置いている、と齋藤氏は言う。

 「イベントのコピーやネーミングは自分で考え、AIには商標や著作権のチェックをしてもらうにとどめています。AIに相談すればさまざまなアイデアを瞬時に出してくれますが、やはり『自分の中から湧き出してきた言葉』ではない感じがします。クリエイティブも経営判断も、“自分の直感をいかにシャープに研ぎ澄ますか”が重要で、選択肢が多すぎるとうまくいかない。AIもツールごとに特性やクセがあるので、“AIは道具”と割り切り、自分に合わない道具は使わない。そうすることで、できるだけ選択肢を増やさないよう心掛けています」。

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

経営者の直感は絶対に捨ててはいけない

 経営判断にAIを活用する難しさは、それだけではない。もう1つ、多くの経営者が陥りがちな落とし穴がある、と齋藤氏は指摘する。

 「世の経営者を見ていると、“自分が欲しい答え”の裏付けをつくってもらうために、AIを使う人たちが多い。自分の意見を上申するための武器として、使っている人も非常に多い。どんな情報をインプットするかによって、AIの回答も変わってきますから。自分の主観を補強するために、AIを都合よく利用する――経営という領域では非常に危険な行為だと感じています」。

 AIにはハルシネーションリスクに加えて、「質問の仕方によって回答を誘導できる」という側面もある。したがって、AIを活用した経営判断には、高度なリテラシーと慎重さが求められるのが実情だ。

 「僕自身、AIとの対話の中で出てきた答えを100%鵜呑みにはしない。『そういう意見もあるんだな』という程度にとどめ、実際に採用するかどうかは自分で決めるようにしています。経営者の直感は絶対に捨ててはいけないと思いますし、AIに頼らず答えを出せる力を磨くことが重要だと思います」と齋藤氏は言う。

AI時代に「企業らしさ」をどうつくるか

 AIとの向き合い方に正解があるわけではない。「しかし、少なくとも言えるのは、AIがどれだけ進化しても、最終的な判断を下すのは経営者自身だ」と、齋藤氏は説く。

 それでは、その判断によって企業は何を生み出すべきなのだろうか。生成AIの普及によって、情報やアイデアへのアクセスは容易になった。誰もが同じような知見を得られるようになった結果、多くの企業が似たような経営戦略や意思決定を行う「平均回帰」が進むのではないかとの懸念もある。これまで個々の経営者が創意工夫によって生み出してきた施策を誰もが量産できるようになれば、その企業ならではの独自性や競争力は失われかねない。

 こうした時代において、企業の強みや差別化の源泉はどこにあるのか。齋藤氏は次のように語る。「同じ結論にたどり着いたとしても、重要なのは『どうやってその結論にたどり着いたか』ということ。山をいくつも越え、遠回りしてたどり着いた人と、AIを使って直線軌道でたどり着いた人とでは、経営判断の深さも違ってくる。情報そのものでは差がつきにくくなるからこそ、企業がどのような価値観を持ち、どのようなプロセスを経て意思決定を行うのか。その積み重ねが『企業らしさ』につながるのではないでしょうか」。

経営にデザインを取り入れ、最適解を探る

 このように、AIで経営判断を行うにあたっては、さまざまなリスクがつきまとう。だが、最大の問題は、「不確実性」、すなわち予測不可能な未来への対応が難しいという点だ。

 気候変動や地政学的リスクといった地球規模の問題から、産業トレンドや企業の財務状況、社員のモチベーションに至るまで、企業経営にはさまざまな不確定要素が付いて回る。こうしたさまざまな情報を踏まえて、経営者やリーダーは最終的な判断を下さなければならない。

 「例えば、今が攻め時だとしたら、AIは『アクセルを踏め』と言うわけです。でも、組織を構成する社員のモチベーションやコンディションやライフイベントなど、個人の事情もさまざまで、全員がトップスピードで走れるわけではない。要は組織全体を見た上で、アクセルを75%で踏むのか、120%で踏むのかを判断する必要があるわけです。こうした“揺らぎ”をとらえた上で、最適解を求めるプロセスが『デザイン』です。その意味で、経営の中にデザインを取り入れることは大変重要だと考えています」。

 2018年に経済産業省と特許庁が「『デザイン経営』宣言」をまとめて以来、「デザイン経営」という言葉は広く知られるようになった。デザイン経営というと、多くの企業がリブランディングやロゴデザインの刷新といった表層的な取り組みに走りがちだが、見た目を整えることだけがデザインの本義ではない、と齋藤氏は語る。

 「デザインとは、『数字だけでは測れないが、経験や感覚を通じて価値があると思えるもの』だと思うんです。例えば『商品パッケージをこう変えたら100万個売れる』というように、あらかじめ正解があるわけではない。財務諸表だけを見て経営判断をするのではなく、そこからは見えない人やブランド、社会との関係まで含めて状況をとらえ、最適解を探っていく。そのプロセスこそがデザインであり、『経営』と『デザイン』という2つの言葉が1つになった意義もそこにあると思います」。

サイロ化した組織をつなぎ直す

 デザインの役割とは、不確実性の時代にあって最適解を導き出すこと。だが、デザインにはもう1つの重要な役割がある。それは「つなぐ」ことだ。

 「組織が大きくなると、部署ごとに最適化を追求し、組織全体がサイロ化しがちです。しかし、全く特性の違うものをつくっている部署同士が、人材交流やIP、ノウハウの共有をすれば、これまでにないビジネスモデルやビジネスドメインが生まれる。それによって組織全体がパフォーマンスを最大化できるのです」。

 異なる立場や価値観、アセットをつなぐことによって、これまでにない価値やビジネスの可能性が生まれる。その組み合わせを生み出すのもデザインの役割だ、と齋藤氏は説く。

 こうした考えのもと、齋藤氏は2026年、自身の会社を「クリエイティブ・エージェンシー」と位置付けた。その背景には、リモートワークによって分断されサイロ化された組織をつなぐことによって、新たな価値が生み出せる体制を再構築したい、との思いがあるという。

 「組織がサイロ化されると、ほかの部署で何をやっているのか、全くわからなくなってしまいます。そこで、異なる組織をつないでミックスすることにより、時代の変化に対応できる“反射神経”を磨いていくわけです。例えば『IP産業がこれから来るぞ』となれば、IP産業のノウハウや関心を持つ人間が一気にチーミングし、即座にアクションを起こせるようにする。デザインとはデザイナーの専売特許ではなく、誰もが既に実践している思考と行動です。それをどうつないでいくかは個人もしくは組織の意思であって、それを継続するためには個人の熱量と工夫が必要となる。そのすべてをつくり上げていくことが、経営としてのデザインだと僕は考えています」。

北極星を描き、全員で共有する ~ARTEの挑戦

 齋藤氏は、大規模イベントを通じて多様な背景と強みを持つ人材をつなげ、デザインの力でこれまでにない価値を生み出す経験を重ねてきた。その集大成ともいえるのが、今秋冬に東京都・東京国際文化芸術祭実行委員会主催で初めて開催される「ARTE TOKYO(アルテ・トーキョー)/東京国際文化芸術祭」である。

 会期は2026年10月10日~12月31日。東京の3エリア(臨海エリア、日比谷・丸の内エリア、代々木・渋谷エリア)が主な開催コアエリアだ。齋藤氏は統括プロデューサーとして、アーティストの選定やプログラムのプロデュース、行政との調整など事業全般を担当。アートとエンターテインメントの垣根を超えるなどという意味を込めて、本イベントを「ARTE TOKYO」と命名し、アーティストから行政、企業、地域に至るまで、多様な主体とかかわりながらプロジェクトを進めている。

 「東京のさまざまな文化政策を個別の取り組みとして終わらせるのではなく、1つの大きなうねりにしていこう。そして都市やまちの価値向上につなげていこう、というのがARTEの目指すところです。あとは、アートをちゃんとインフラ化して、作品が設置できる場所をどれだけ増やしていけるか。初の取り組みなので相当苦戦していますが、自分自身が取り組んできたことの集大成と考えています」。

 ARTEのプログラムは3層構造で展開される。実行委員会が主催する、まちなかでのアート作品やパフォーマンスなどの「コアプログラム」、各エリアを象徴しコアプログラムと連動するまちのイベント「ハイライトプログラム」、都内各地の官民のイベントと連動する「パートナープログラム」の3つだ。これほど多様な主体が一堂に結集するのは前代未聞ともいえるが、プロジェクトを束ねる上で、齋藤氏が最も重視しているのが「共通のアウトカムを持つこと」だという。これは、企業経営や組織運営においても共通する考え方である。

 「『これが北極星だ。僕たちはここを目指して走っていこう』という意識を皆に共有してもらうことが重要だと考えています。僕が発する言葉や組織のデザイン、ARTEアートディレクターの6D・木住野彰悟さんが手がけるVI(ビジュアル・アイデンティティ)によって意識を共有する。逆に言えば、それだけが全員をつなぎとめるアンカーとなっています。このプロジェクトにかかわるメンバーの共通点は、『デザインにかかわってきた』ということです。皆、『こんなことをやって金になるのか』と言われながら、『絶対に僕らの価値になります』と言い続けて戦ってきた。同じアウトカムと過去の経験を共有する人たちが集まり、今ここで1つのコミュニティを形成している。ARTE自体がデザインの実践例なのです」。

リーダーの役割とは「共通のアウトカム」を示すこと

 本格的なAI時代の到来を迎えようとしている今、デザインの視点を組織に浸透させるために、リーダーは何を意識すべきなのか。

 「デザインとは、創意工夫をすることで『今より良いものにすること』、もしくは『最適化すること』。そして、『ほかの人と共通言語を持つこと』です。経営をデザインとしてとらえるためには、コミュニケーションをとることによって同じアウトカムを共有することが重要です。デザインはデザイナーだけのものではなく、物を販売する人、商品を開発する人、経営をする人、労務管理をする人、すべての人がデザインのプロセスにかかわっています。リーダーが果たすべき役割とは、共通のアウトカムを示すことにより、異なる人材や知見をつなぐこと。新たな価値の創出に向けて、経営におけるデザインの可能性を検討していただきたいと思います」。