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2021年10月22日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

「ゼロコロナ」の呪縛から逃れられるか
中国の政策に見るナショナリズムの変化

 新型コロナ感染症が世界的に沈静化の傾向を見せ始めたことで、中国政府が堅持している「ゼロコロナ政策」の今後に注目が集まっている。

 周知のように、中国は「国内に新型コロナウイルスの存在を許さない(零容認=ゼロコロナ)」方針を掲げ、その実現のための厳格な措置を実行している。その政策は、おおむね所期の成果を挙げてきた。

 そして、そのことを「政治・社会体制の勝利」として高らかに謳い上げ、一方で、他国の政府、特に米国を筆頭とする西側先進国の政治体制がいかに頼りなく、政権が無策であるかをメディアが書き立ててきたという状況がある。折悪しく、昨今の西側諸国との政治的、経済的対立がその傾向に油を注いでいる。

 しかし、本来、科学的、合理的に取り組むべき感染症対策を「政治体制の優劣」と結びつけて論じてしまったことで、中国の当局は「引くに引けない」状況に自らを追い込んでしまう結果になっている。コロナ対策での失敗は、即、政治体制の優位性の否定を意味してしまうからだ。こういう状態は、中国自身はもちろん、世界にとっても良いことではない。

 今後、政治的な面子(メンツ)にとらわれず、本当に客観的、合理的な対策を中国の政府が取りうるのか、世界が注視すべきはその点だろう。今回はこのあたりの話をしたい。

デルタ株出現で「ゼロコロナ」に脚光

 中国では政府の厳格な移動制限などの措置によって、2020年半ばには国内の新規感染がほぼ抑え込まれ、事実上「ゼロコロナ」に近い状況が実現した。しかし当時「ゼロコロナ」という言葉は一般的ではなかった。それは、その時点では欧米諸国や日本など、基本的にすべての国がコロナの完全な終息を目指しており、いわば「ゼロコロナ」の実現が当たり前の目標だったからである。

 状況が大きく変わったのはデルタ株出現以降のことだ。インドから広がったとされるデルタ株は、今年5月、WHO(世界保健機関)が「注視すべき変異」と位置付けたことで世界的に注目された。米国CDC(疾病予防管理センター)の報告では、デルタ株は従来型ウイルスの2倍以上の強い伝染性があり、別の研究では感染者の体内のウイルス量が従来型に比べて1000倍以上多くなると報告されている。厚生労働省によると、日本でも7月下旬時点で陽性検体に占める割合では関東の75%、関西の32%のウイルスがデルタ株に置き換わったと推定された。

 こうした強力な感染性を持つデルタ株の出現に、欧米諸国などでは次々と「ゼロコロナ」の実現を放棄し、新型コロナウイルスの消滅は不可能との前提のもと、ワクチン接種の拡大と治療薬の開発などを軸に、同ウイルスと「共存」しつつ社会を正常化していく方針に転換した。中国と諸外国との対策の距離が開き始めたのはここからだ。

中国でもデルタ株拡大の衝撃

 デルタ株の感染は中国国内にも広がった。7月20日、江蘇省南京市の空港職員9人の感染が確認され、同市はただちに800万人の市民にPCR検査ならびに抗原検査を実施、184人の陽性者が確認された。さらに同月末までに四川省瀘州(ろしゅう)市など8つの省、22の市で感染者が発生、9月には福建省での厦門市、莆田市、泉州市などで470人の陽性者が確認された。これまでにデルタ株の感染者は計1000人を超えるとみられる。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 この数は諸外国と比べても大きなものではなく、重症者も少数のレベルに留まっている。しかし、中国国内でこれだけまとまった数の新規感染者が確認されたのは約1年ぶりのことで、当局に大きな衝撃を与えた。

コロナウイルスとの「共存論」に激しい反発

 状況の変化は国内世論にも影響を与えた。同月末、上海市の医師で感染症の専門家として世論の信頼の高い張文宏医師が、SNS上で「世界がいかにウイルスと共存していくか、それは各国が自ら回答を模索しているところだ。中国はこれまで完璧な回答を出してきたが、南京での感染拡大以降、私たちはさらに多くのことを学ぶだろう」(訳は筆者)と、婉曲な表現ながら、中国もデルタ株の出現を機に、ゼロコロナの方針を転換し、「ウイルスとの共存」を目指す可能性を検討すべきとの見方を示した。

 これに対して中国のメディアは次々と批判的な記事を掲載、世論は強い拒否反応を示した。「張医師の発言は欧米諸国に迎合するものだ」「他国の政府の無策の結果、仕方なくゼロコロナを諦めざるを得なくなったにすぎないのに、なぜ中国が追随する必要があるのか」といった書き込みがあふれ、一部には張医師に賛同する意見もあったが、少数に留まった。

 この件は張医師の個人攻撃に発展し、翌8月には20年以上も前の2000年に張医師が執筆した博士論文に不正引用があったと報道される事態も発生(その後、大学当局により、この疑惑は否定された)、中国国内の「ゼロコロナ信仰」の根深さを実感させた。

 また同月、かつて中国衛生部(現・中国健康と衛生委員会、日本の厚生労働省の一部機能に相当する中央官庁)の部長(大臣)を務めた高官が、張医師を名指しこそしなかったものの、その発言を念頭に以下のように語った。
「一部の専門家は、米国、英国などの対策はオープンなもので、隔離中心の我が国のやり方は閉鎖的だとの発言をした。西側諸国は何の目算もなく制限措置を解除したり緩和したりして自らの統治能力を誇示しようとしている。これは人々の健康を考慮した措置とは言えず、米国や英国の統治制度の欠陥がもたらした、誤った政策である」。

 西側諸国の政治体制の不備を指摘し、ゼロコロナ状態の死守こそが正しい道だと改めて強く宣言した形だ。

長期戦に備え、5000室の巨大隔離施設を建設

 こうした動きが出る中、厳格な隔離体制をより強化するため、中国政府は広東省の国際空港近くで5000室という巨大な隔離施設を建設、9月下旬に運用を開始した。

 中国政府が建設したのは「広州市国際健康ステーション」。華南の中核空港である広州白雲国際空港から西へ約20km、車で30分ほどの農村地帯にある。敷地面積は25万㎡。隔離用のホテル式客室5000室、スタッフ2000人の宿舎、医療棟などからなる巨大な施設である。今後、同様の施設を広東省の広州市や深圳市、東莞市などにも建設の構想があるという。

 現在のように入国者をホテルで隔離する場合、換気設備の不備で客室間で空気が流通してしまう例が報告されていた。また隔離措置の実施が長期化するにつれ、対応する人員の手配や食事の提供、医療機関との連携などの非効率が課題となっていた。今後もゼロコロナを維持するとなれば、市中に散在するホテルでは対処しきれない。そのため最新設備を備えた専門施設の建設を決めたとみられる。

 欧米各国を中心に、国際的な移動規制の緩和が相次ぐこの時期、巨大な隔離施設を新たに建設するということは、コロナ関連規制撤廃へと動く欧米諸国とは一線を画し、中国は当面、事実上の「鎖国状態」も辞さず、ゼロコロナの維持に向けて長期戦の覚悟を固めたと見るのが自然だろう。

なぜ中国はゼロコロナに執着するのか

 なぜ中国はこのように強くゼロコロナに執着するのか。その背景には、冒頭に触れたように、中国がコロナの抑え込みに見事に成功し、そのことを中国の政治体制の優位性がもたらしたものと国民に強くアピールしてきた事実がある。

 中国国内でコロナを事実上、制圧した中国政府にしてみれば、極論すれば、新型コロナの感染症が恐ろしいものであればあるほど、自らの功績が大きくなる――という構造が存在する。そのような背景もあって、中国では海外の感染状況の悲惨さが数多く伝えられた。現実に今年2月には中国のコロナ感染発生時から約1年間の全死者数(4500人あまり、香港、台湾を除く)を米国の1日の死者数(5463人、2021年2月12日)が上回ってしまう状況になり、そのインパクトは絶大だった。

 そこでは、いかに米国社会が悲惨な状況に陥っており、経済は疲弊し、職を失う人が街にあふれ、それとの対比で中国の社会制度がいかに優れているかが強調された。こうしたプロセスを通じて、中国の「普通の人たち」が、中国の体制の優位性を強く感じるようになったことは否めない事実である。

 強権的な体制に日頃いろいろ不満はあっても、ことコロナ対策については、中国の世論はほぼ政府支持一色といっても過言ではない。中国の友人たちと話をすると、「中国に生まれて本当によかった」と真顔で語る人が何人もいる。そして東京にいる私に対して、「日本は大変だよね。本当に気をつけて。安全が第一だから」と心からの善意と友情で心配してくれるのである。

中国製ワクチンの微妙な状況

 新型コロナのワクチンをめぐる状況も、中国のゼロコロナ政策に微妙な影響を与えている。中国で広く接種されているワクチンは「不活化ワクチン」と呼ばれるタイプで、接種後に深刻な副反応が表れるケースは少なく、保存や運搬も容易とされる。反面、日本でもおなじみのファイザーやモデルナなど欧米諸国で開発されたmRNAワクチンに比べると効果の面で及ばないことは中国政府の専門家も認めている。

 中国でのワクチン接種は驚異的なペースで進んでおり、10月4日現在、22億1456万回の接種が完了。単純な人口カバー率で8割、12歳以上に限れば9割を超える。日本の10倍以上の人口に対して、この速度で接種を行う底力はすさまじいものというしかない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 この中国産ワクチンの効果について、中国政府は表立っては口にしないものの、効果の限界は認識しており、全幅の信頼を置けずにいるとの見方がある。西側諸国でmRNAワクチンの有効性が実証されつつある中、仮に中国が「ウイルスとの共存」路線をとった場合、そこで感染が急拡大するようなことがあれば、中国製ワクチンの有効性に疑念が生じかねない。そうした事態は絶対に避けなければならない。

中国製mRNAワクチン開発に時間を稼ぐ

 こうした懸念もあってか、中国政府は現在、中国製mRNAワクチンの開発を急いでいる。そのトップランナーは復星国際(Fosun International Limited)傘下の復星医薬集団が、ドイツのビオンテックの技術を導入して生産するもので、日本でファイザー製ワクチンと呼ばれるものとほぼ同様の製品とみられる。そのほか、中国軍事医学研究院と民間企業のグループおよび前述の不活化ワクチンを生産している国有企業のシノファーム(SINOPHARM、中国医薬集団)も2022年の発売を目指してmRNAワクチンを開発中と伝えられる。

 このうち復星医薬集団のmRNAワクチンは今年7月、まもなく中国政府の承認が下りる見通しと伝えられたが、その後、承認の動きは進展がない。「ウォール・ストリート・ジャーナル(日本語版)」2021 年 8 月 28 日号は「中国の保健当局はビオンテック製ワクチンの承認が自国製ワクチンに対する国民の不信につながり、自国製を利用して政府のワクチン接種目標を年内に達成する計画がつまずきかねないと不安視している」と伝えている。政治的な思惑から、ドイツの技術によるワクチンの承認を意図的に遅らせ、国産のmRNAワクチンの開発に時間を稼いでいるのではないかとの見方もある。

国の威信をかけた北京2022 冬季五輪

 そしてもうひとつの要素として挙げられるのが、北京2022 オリンピック/パラリンピックの開催である。夏季と冬季、両オリンピックを開催する世界初の都市となる北京市としては、大国の威信にかけても大会を成功させなければならない。2020年の東京大会が1年延期のすえ、無観客開催という変則的な形になったことから、北京での大会を完璧な形で成功させれば、国家としての力量を高らかに示せるとの思惑もある。

 今年10月3日、中国冬季オリンピック組織委員会は、海外から大会に参加する選手・役員は基本的に中国社会との接触を避け、一定の領域内での行動に限定する「閉鎖式管理」を行うこと、そして国外への観戦チケットの販売は行わないことを発表した。東京大会と違い、国内の観客は観戦できるようになる見込みだが、チケットの販売方法など詳細はまだ発表されていない。

気がかりなナショナリズムの高まり

 こうしたさまざまな政治的要素が、「ゼロコロナ政策」の維持に影響していると考えられる。ゼロコロナの政策そのものは、実行のプロセスで行き過ぎの面はあるにせよ、それ自体、中国の国情を考えれば、現実的な政策だろう。問題なのは冒頭にも触れたように、中国政府自身が、その成功の理由を「体制の優劣」として論じ、西側先進国の無策さを強調して、自らの政治的資源として使ってきたことである。

 ご承知のように中国は国内の情報流通を国家が監視、管理していることを公言している国であり、党と政府が「国家にとって有益」と判断した情報以外、国民に伝えられることはない。その判断の権限は党と政府が握っている。そういう制度の国である。

 そのような状況の下、中国の当局が自国のコロナ対策の有効性を強調し、諸外国の政府の対応をネガティブに伝えてきたことで、国民の間には、自国への誇りと安心感が芽生えたと同時に、有効な対策を取り得ない諸外国に対して一種の優越感、時には哀れみ、嘲笑に近い視線が生まれている。昨今の西側諸国との政治的、経済的な対立を背景に、国内にはナショナリズム的な気分が高まり、一部には外国人忌避のムードすら芽生えつつある。この点は非常に気がかりである。

感染対策を呼びかける街なかのスローガン。「感染の防御と管理を強化し、大衆の力でパンデミックを押さえ込む厳重な防御線を構築しよう」

「一党専制」最大の弱点

 加えて、同様の理由から、今回の新型コロナウイルスに対する過度の恐怖感が社会に広がっている。日本も含め、コロナとの共存に舵を切った社会では、過去1年半にわたるウイルスとの闘いの中で、多大な犠牲を払いつつ、国民一人ひとりが「このウイルスはどの程度、恐れるべきものか」、身を持って学習してきたところがある。その蓄積の結果としての「ゼロコロナの放棄」であったわけだ。

 しかし中国の社会は、すべてを国家が決め、国民はそれに従う。それで良い結果になれば有り難いことではあるが、国民の間には上から知らされた「とにかくウイルスは怖い」という観念が強く刻まれたままになっている。そうであるからこそ、ゼロコロナの政策を変えられない――という状況が生じている。

 ゼロコロナの維持という、いわば国の閉鎖性をさらに高める政策が継続されることで、中国国内の人々とその他世界の人々の意識との落差がいま以上に大きくなれば、中国をめぐる国際環境はますます悪化する。そのような事態は誰にとっても良いことはない。

 詰まるところ、国家が国民を信用していないから、国民にすべての情報を知らせ、国民の判断を尊重する――という仕組みが機能していない。そのため政府は失敗が許されない。権力者は常に全知全能、無謬の存在を演じ続ける以外にない。これは非常に危ういことである。

 自らの手段が功を奏したために、その宣伝が効きすぎて国民がその気になってしまい、他の選択肢が取り得なくなるというパターンは、今回のコロナ対策に限った話ではない。「一党専制」という一見、強力な仕組みの最大の弱点はここにある。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません
田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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