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2022年01月21日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

「共同富裕」は中国版「国民所得倍増計画」
「高賃金の経済」は実現できるか

 中国でいま、日本の1960年代に実行された「国民所得倍増計画」が注目されている。

 昨年8月、中国の習近平国家主席が掲げた「共同富裕」の概念は、鄧小平が唱えた「一部の者が先に豊かになる」という「先富論」を修正し、富の配分の不均衡を是正して、上下の格差を縮小の方向に転換することを決意したものとされている。

 そして、企業や富裕層による「自発的な寄付」などによって富の再配分を行う、いわゆる「第3次分配」が奨励され、アリババやテンセントといった成功企業が、数千億円から1兆円を超える額の寄付を次々と申し出た。こうした状況に、一部には「金持ちの富を奪って、貧者に分け与えるものだ」「文化大革命の再来か」といった見方も出てきている。

 しかし現実の政策をみると、「第3次分配」はあくまで副次的なもので、「共同富裕」の真の狙いは、中間層の拡大にある。単に「上を削って穴を埋める」という話ではなく、両極が細くて真ん中が太い「オリーブ型社会」にする目論見といえる。

 そして、そのスローガンが「国民所得の倍増」である。60年も前の日本の政策が、なぜ今頃になって中国で関心を集めるのか。そこには中国が抱える課題の深さが表れている。今回はそんな話をしたい。

中国の「格差」とは?

 「共同富裕」とは、社会主義の中国には昔からあった表現で、文字通り「一緒に豊かになる」という意味だ。これが今、国を挙げての目標になるのは、当然ながら「一部の人しか豊かになっていない」からである。スイスの大手金融会社、クレディ・スイスが発行する「Global Wealth Databook 2021」によると、中国の上位1%の富裕層が所有する富は全体の30%を超える。ブラジルや米国などと並んで世界有数の経済格差の大きな国となっている。

 中国社会の主要な格差とは、次の3つとされる。

①都市と農村の格差
②沿海部と内陸部の地域格差
③制度による格差(独占や税制など)

 ①の都市と農村の格差は数千年の長い歴史的背景があるが、中華人民共和国成立後、1958年に農村戸籍と非農村戸籍(都市戸籍)を分け、その間の人口移動を厳格に制限する制度が導入されたことで、格差の拡大と固定化が進んだ。この制度は、当時、資本の蓄積が極端に不足していた中国で、いわば国内の農村部を都市部が「植民地化」することで、農村の富を合法的に収奪し、経済発展の原資を獲得したという事情がある。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 ②の沿海部と内陸部の格差は、一般に「東西格差」といわれるが、地理的には主要部の北に位置する東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)や内モンゴル自治区なども含まれる。大陸中国の地形は「西高東低」で、平野は東部沿海地域に集中しており、内陸部は経済発展に不利だった。また①と同様の理由で、乏しい資源を有効に活用するには沿海部に集中的に投資したほうが有利であったことなどの理由が大きい。

 そして③の制度的な問題は政治と強い関係がある。ITなど新たに誕生した産業は別として、もともと中国の「業界」の多くは、かつて計画経済の時代に「官庁」であったものが国有企業などとして独立した経緯を持つ。そのため強固な既得権益を持っている。これは党の政治基盤でもあるため、容易には崩せない。また不動産の所有に固定資産税がかからない、相続税がないなど、資産を持つ層に有利な制度が数多くある。

富の分配、3つの段階

 こうした根深い要因によって生まれた強固な格差を是正し、「オリーブ型」の社会にしようというのが「共同富裕」の目論見である。しかし、格差が大きくなったのには、それなりの背景があるのだから、そう簡単に格差はなくならない。

 そこで富の配分方法を変えようという議論で出てきたのが、「3つの段階」という考え方である。これは1990年代、中国の著名な経済学者、厲以寧(Li Yining)が提唱した理論で、公正な富の分配を実現するには3回の分配が必要だとする。

 第1次の分配は企業活動や個人の労働による所得の分配で、成果に応じて市場原理に基づいて配分される。企業などで支払われる報酬はその代表的なもので、そこでは当然、能力や成果によって格差が付く。最も主要な富の分配段階である。

 第2次分配は政府による調整で、税や社会保険などで行われる。政府が税金や社会保険料を強制的に徴収し、公共事業や社会福祉など、さまざまな用途に投じることで分配の偏りを是正する。ここには為政者の政治的意図が反映される。

 そして第3次分配は、一定以上の利益をあげた企業や個人が自らの所得から寄付を行い、公益性の高い分野に役立てる。それによって上下の格差を調整しようとの意図である。そこでは自発性、道徳的視点が重視される。米国社会は伝統的に、この第3次分配の機能が強いことで知られる。

 昨年8月、習近平国家主席が「共同富裕」を打ち出した党の重要会議、中央財経委員会で第1次、第2次の分配に加え、特に第3次分配に言及し、「高すぎる所得を合理的に調節し、高所得層と企業が社会に更に多く還元することを奨励しなければならない」(訳は筆者、以下同)などと指摘したことで大きな注目を集めた。冒頭に紹介したアリババやテンセントなどの企業による「自発的な寄付」は、この発言の趣旨を受けたものである。

 しかし、先に触れたように、富の分配の構造を変え、格差を是正しようと思えば、その根幹を担う第1次の分配を根本的に変えることが必要だ。「自発的な寄付」はあくまで補助的なもので、それだけでは解決にならないことは明白である。

「共同富裕」3つの可能性

 では、どのようにして「共同富裕」を実現しようというのだろうか。

 元国務院発展研究センター副主任、全国政治協商会議経済委員会副主任の劉世錦氏は、「共同富裕の今後の展開は、次の3つのパターンが想定できる」(雑誌「中国金融」2022年第1期)として、以下の3つの可能性を指摘している。

 第1のパターンは、いわば「順調バージョン」で、富裕層の富も増え続ける一方、それに続く層の所得もそれ以上に伸び、結果的に格差が縮まっていくパターン。これは理想的だが、難度は非常に高い。

 第2のパターンは、「膠着状態バージョン」とでも言うべきもので、富裕層の富の増加は一定水準で鈍化するが、中・低所得層の生産性も上がらない。いわば最初のロケットの燃料が切れた後、2段目のロケットにうまく点火せず、格差は縮まらないままに留まるというもの。いわゆる「中所得国の罠」と呼ばれる現象はこのパターンを指している。

 そして第3は「逆戻りバージョン」で、富裕層の富を奪って制圧するが、当然ながら「先に豊かになった人」の積極性は失われる。山が低くなって格差は縮小するものの、「悪い平均主義」に陥り、「みんなで貧しくなる」というシナリオだ。

 同氏は誌上で「もちろん第1のパターンが理想だが、そうなるとは限らないし、実現のためには社会や経済の環境を大きく変えなければならない。簡単ではない」と語っている。さらに第2の膠着バージョンに対しても「可能性は決して低くない」とし、「仮にナショナリズムが勢いを得たり、働かずにラクをしたいという人々が増えたりした場合には、第3のパターンに陥る可能性もある」と率直に語っている。

 「共同富裕」の実現は容易なことではない――との認識が、社会の主流の人たちの間でも共有されていることがわかる。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

中間層を10~15年で2倍にする

 「共同富裕」を膠着や失速させず、第1の「順調パターン」を実現するには、富裕層および既存の中間層に続く、その下の層を底上げできるかが勝負になる。中国国家統計局の基準では、「中間層(中等収入群体)」を3人家族で年間所得が10~50万元の層と定義している。現在のレートで日本円に換算すると180~900万円となる。人口の3割、約4億人とされている。

 「共同富裕」の目論見では、2030年から2035年をメドに、この中間層の人口を現在の2倍、8~9億人にすることを目標にしている。その時点で総人口の約60%になる。「共同富裕」とは、要は「中間層を10~15年で2倍にするプロジェクト」ということができる。

 さて、そのために何が必要か。もう一歩、詳細に考えてみる。

 現時点では、この中間層より低い所得の人口が約10億人、人口の約7割いる。この部分の収入を増やし、中間層に格上げすることが「共同富裕」実現のカギとなる。この「中間層未満」の10億人をさらに詳しくみると、そのうち年間収入が4~10万元(72~180万円)の「中間層予備軍」の人々が40%、約4億人。その他、年収4万元に満たない層が6億人となる。

 とりあえず勝負を決めるのは、この「中間層予備軍」の4億人である。ここに戦力を集中し、現時点で4億人の中間層を2倍にする。これが中国政府の描いている戦略だ。

中国版「国民所得倍増計画」

 ここで登場してくるのが、中国版の「国民所得倍増計画」である。中国語での呼称は「国民収入倍増計画」となる。これは政府が公式に決定したものではないが、政府系のシンクタンクや大学、研究機関などの研究者が次々と「収入倍増計画」を公表しており、メディアでも盛んに報道されている。

 例えば、上海財経大学高等研究院発行の「2020年第3四半期中国マクロ経済分析と予測報告」は「中国は国民収入倍増計画の実行が必要であり、それによって中間層を大きく成長させ、ジニ係数を継続的に低下させ、持続可能な経済成長と内需振興を実現すべきだ」などと提言している。

 また、中国政府のシンクタンクである中国社会科学院財経戦略研究所、雑誌「財経智庫」副編集長、楊志勇氏は同誌2021年第6期「財富観、共同財富と公共政策」と題する論文で、「中国式収入倍増計画では国有資本を充分に活用し、国有の土地と国有の資源が豊富であるという中国の優位性を生かし、政府の予算と国有企業の予算を組み合わせ、国民所得の増加のために用いるべきだ」(要約)などとして、「中国式収入倍増計画」の重要性を強調している。

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「Japanese miracle」の背景

 興味深いのは、この中国版「国民収入倍増計画」が、その発想の元は1960年代、日本の池田内閣が打ち出した「国民所得倍増計画」にあることだ。中国では、戦後の日本の経済成長に対する研究が以前から盛んだ。特に近年、中国が発展途上国の水準を抜け出し、将来の先進国入りを目指す段階に入ってきたことで、日本が敗戦のどん底から短期間に先進国への階段を駆け上った高度成長期に対する関心が高まっている。

 その象徴的なワードが池田内閣の「国民所得倍増計画」である。日本の高度経済成長期は一般に1955~1973年を指し、この18年間、平均10%以上の経済成長を記録した。この間、エネルギーは石炭から石油に変わり、1963年に名神高速道路の最初の区間が開通、翌1964年には東京オリンピック開催、東海道新幹線開通、1968年には国民総生産(GNP)が西ドイツ(当時)を抜き、世界第2位となった。こうした急速な経済成長は海外から「Japanese miracle」と呼ばれた。

 その要因は「高い教育水準を背景に金の卵と呼ばれた良質で安い労働力、第二次世界大戦前より軍需生産のために官民一体となり発達した技術力、余剰農業労働力や炭鉱離職者の活用、高い貯蓄率(投資の源泉)、輸出に有利な円安相場(固定相場制1ドル=360円)、消費意欲の拡大、安価な石油、安定した投資資金を融通する間接金融の護送船団方式、管理されたケインズ経済政策としての所得倍増計画、政府の設備投資促進策による工業用地などの造成」(ウィキペディア「高度経済成長」ページ記述)とされる。

「高賃金の経済」を実現する

 こうした日本の高度成長期を見る中国の視点は「日本はなぜ中所得国の罠」を避けられたのか」という点にある。もちろん日本の高度成長期と現在では、時代背景も技術水準もまったく異なり、そのまま比較できるわけではない。中国はすでに世界第2の経済大国であり、世界一の規模を誇る高速鉄道、高速道路網を持ち、IT関連では世界の先端水準を行く領域も少なくない。

 しかしそうした中で、中国が注目しているのは、日本政府が高度経済成長を実現するために、まず「国民所得の倍増」を強く打ち出し、人々の所得を増やして、それよって内需を拡大、自国の経済を牽引していくという方策を取った点にある。

 「国民所得倍増計画」には広範な内容が含まれるが、キーワードの「所得倍増」には強いインパクトがあった。もともと「所得倍増」という言葉は、一橋大学学長、中央労働委員会会長などを務めた中山伊知郎氏が1959年1月3日付、読売新聞に書いたコラムが端緒というのが定説になっている。

 池田内閣の軌跡を詳細に追った「危機の宰相」(沢木耕太郎著、文藝春秋刊)のインタビューで中山氏は以下のように答えている。

 「その当時のぼくが考えていたのは、高賃金の経済というものが日本でも可能なのではないかということでした。経営者は賃金のコストの面ばかり見て抑えつけようとするが、賃金のもうひとつの側面である所得を上げることこそが、かえって生産性を上昇させ労働争議のロスを少なくさせ、社会全体にとってよいものなのだということを主張したかったわけです。賃金を2倍にしてもやっていけるような経済を作っていこうという、いわば夢を述べたわけなんですね」。

 この発言からは、「高賃金の経済」が、当時の日本の政界や経済界でも必ずしも主流の考え方ではなかったこと、そしてこの時点で発想を転換し、高い賃金を支払うことによって生産性を高め、購買力を強くする方向に転換していくことが必要だ――と池田内閣は考えたことが読み取れる。

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先進国への最大の難関

 いま「共同富裕」を掲げる中国政府が考えているのは、まさにこの「高賃金の経済」への転換である。これまで中国は低賃金を主要な武器に「世界の工場」として成長してきた。輸出の中核を担う製造業はもとより、中国独自のIT活用サービスとして名高いフードデリバリーや「中国版Uber」と呼ばれる配車アプリ、Eコマースの格安な宅配料金なども低賃金の労働力があってこその強みだった。

 その構造が限界に来ている今、中国経済がさらに一段、上を目指すにはこの構造を変えるしかない。そのための取り組みが「共同富裕」の本質であり、だからこそ「国民収入倍増計画」が必要になる。

 もちろん成功するかどうかはわからない。しかしこの壁を突破しないと、国内の経済格差は縮まらない。「中所得国の罠」に落ち込んでいく可能性が高まり、政治的な安定にも影響しかねない。それはなんとしても避けねばならない。「共同富裕」の実現は、先進国を目指す中国にとって、いわば最後の、そして最大の難関といえる。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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