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2022年06月27日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

テスラ、トヨタに核心技術を提供
「遅咲き」の中国実力企業BYDは自動車業界を変えるか

 中国の自動車業界を代表する企業であるBYD(比亜迪、広東省深圳市)の躍進が際立ってきた。独自開発した最新の「ブレードバッテリー(刀片電池)」をテスラに供給するニュースがメディアを賑わし、トヨタ自動車が2022年内にも発売するとされる中国市場向けのEV(電気自動車)は中核技術のバッテリーやEV専用の車台(プラットフォーム)をBYDが担うと報じられている。

 この6月、BYDの時価総額は1兆元(約20兆円)を突破、自動車メーカーで時価総額トップのテスラ(約97兆円)、第2位のトヨタ自動車(約35兆円)に次ぐ世界3位に躍り出ている。

 BYDの特筆すべきところは、「あらゆる誘惑に負けず、製造業に徹する」(創業者でグループ総裁の王伝福、以下敬称略)と公言し、バッテリーや半導体など、さまざまな先端技術を時間とお金をかけて自社で積み上げてきたところにある。そのぶん、ITや金融企業などに比べると「遅咲き」だが、その実力は業界の誰もが認めるところだ。

 オープンなグローバル志向も特徴といえる。自社開発のEV専用プラットフォームを世界に広め、業界標準化を目指す。「クルマのEV化」という巨大な潮流を背景に、BYDはモビリティの世界で「台風の目」になるかもしれない可能性を秘めている。BYDの経営を軸に、今回はそんな話をしてみたい。

自社開発の新型バッテリーをテスラに供給

 ロイター通信(日本語版)は6月8日、上海発の記事で「中国の電気自動車(EV)大手BYD(比亜迪)は、米同業テスラに“間もなく”バッテリーを供給する準備を進めている。廉玉波・執行副総裁が8日公開された国営メディアとのインタビューで明らかにした」と伝えた。

 テスラは当初パナソニック、その後、韓国のLGエナジーソリューションや中国のCATL(寧徳時代新能源科技)からもバッテリーの調達を開始、現時点ではこの3社がサプライヤーになっている。そこに割って入ったとなれば、BYDが世界トップ水準の技術力を持つ証明ともいえる。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 ポイントは2021年に発表した「ブレードバッテリー」にある。リン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)の一種で、形状にその特徴がある。バッテリーのセルそのものが刀のような薄くて細長い形をしており、セル自体をひとつの構造部品として電池パックに直接組み込む方式をとる。それによって従来の車載電池に比べて、より多くの電池セルを収めることが可能になり、エネルギー密度を高め、軽量で少ない容積ながら航続可能距離を大幅に伸ばすことに成功した。

 BYDは米国市場向けの電気バスの生産工場をカリフォルニア州ランカスター市に開設、すでに稼働している。テスラの米国での主力生産拠点のひとつであるカリフォルニア州フリーモント工場は、BYDの同工場から直線距離で500kmほどの距離にある。ここで生産したバッテリーをテスラに供給するのではないかとの見方が出ている。

「新エネルギー車」生産9年連続中国トップ

 このようにEVの車載バッテリーで世界最高水準の技術力を持つことを証明したBYDとは、そもそもどのような会社なのか。

 創業は1994年。社名のBYDはBuild Your Dreamsの頭文字を取ったものだ。本社は広東省深圳市にある。2021年度事業報告によると、売上高は2161億元(約4兆3220億円)で、対前年比38%の伸び。初めて2000億元を突破した。純利益は同28%減の30億元(約600億円)だった。

 事業構造は現在、①自動車(52%)、②スマートフォン(以下スマホ)の部品製造と組み立て(40%)、③自動車用を中心としたバッテリーの生産と販売(8%)――の3つが主要な領域である。なかでもEVを中心とした「新エネルギー車」の販売は好調で、2013~2021年にかけての9年間連続でBYDの「新エネルギー車」は中国国内の生産台数1位を継続している。

 2021年、中国国内で生産された「新エネルギー車」354万台のうち、BYDは60万3800台を占め、伸び率は対前年比218.3%を記録。今年はさらに好調で、2022年1~2月の2ヵ月間で18万1500台と対前年比5倍近い数となっている。全社の販売台数に占めるガソリン車の比率は急速に縮小し、2021年には10%切った。2022年3月末、世界の主要なガソリン車メーカーの中では初めてガソリン車の生産終了を発表している。

BYDの「海洋系列」海豚(車種名)(※BYD Webサイトより)
BYDの「海洋系列」海豚(車種名)(※BYD Webサイトより)

 売上高の40%を占める②スマホの部品製造と組み立ては、創業期の携帯電話バッテリー生産に起源がある事業で、長い実績がある。ファーウェイ(華為科技)のスマホの多くはBYDが受託生産している。安定収入を確保し、経営を下支えしてきた意味は大きい。しかし、事業としての成長性は低く、今後は経営における比重は低下していくだろう。

「学問が運命を変える」

 創業者の王伝福は1966年、中国安徽省蕪湖市の農村で生まれた。後に「10年の大厄災」と形容された文化大革命が始まった年である。8人きょうだいの7番目で、父は大工、母は農業を営む普通の家庭だった。王が13歳の時、病で父を亡くし、一家は困窮を極めた。ある時、家に現金が一銭もなくなり、母が近所の家々に頭を下げて回り、やっといくらかの小銭を貸してもらい、糊口をしのいだという。その母も王が15歳の時、過労で倒れ、世を去った。

 中学卒業時、早く手に職をつけるため王は職業高級中学(日本の職業高校に相当)に進学するつもりだったが、母の死で受験ができなくなった。自暴自棄になった王は家を飛び出そうとしたが、兄に説得され、家に戻る。そして、その年たまたま新設された普通科の高校に進学したことが後の大学進学につながった。

 高校での成績は常にトップで、卒業後、湖南省長沙市にある国家重点大学、中南鉱冶学院(現中南大学)冶金物理学部に進学。1987年、優秀な成績で卒業し、北京の国家機関、中国科学院傘下の北京有色金属研究総院に研究員として就職した。ここで電池の研究を始めたことが、後にバッテリー技術をもとに創業する基礎になった。中国の改革開放初期に叫ばれた「学問が運命を変える」をまさに地で行く経歴といえる。

ゼロから自動車業界に参入

 1990年代に入り、バッテリーの将来性に気づいた王は研究所を辞め、北京から深圳に移って、1994年、事業を起こした。一足先に故郷を出て、広東省で不動産業を営んでいた従兄弟が250万元(約5000万円)の資金を出した。

 携帯電話の本格的な普及の初期、王の開発した小型で高性能なバッテリーは、飛躍的に売上高を伸ばした。創業4年目の1997年、売上高は1億元(約20億円)を突破、2000年には当時、グローバルな携帯電話市場の覇者といわれたモトローラ、2002年にはノキアのNo.1のバッテリー供給元となり、香港市場に株式を上場した。

 上場で得た20億元(約400億円)の資金をもとに、2003年にはバッテリー事業を手掛けるかたわら、自動車業界への参入を決める。この時点では主力はEVではなく、普通の車、つまりガソリン車である。BYDにとってガソリン車はまったくゼロからの挑戦になる。それは承知の上での参入だった。

 この決断について王は後にメディアのインタビューで「携帯電話のバッテリー市場は限界があることは見えていた。製造業として次に何をやるべきか。候補は2つ。半導体か自動車か。資金的に両方はできない。それでクルマをやることにした」と語っている。

 2003年、中国の自動車生産台数は444万台、対前年比伸び率は35.2%という大きな伸びを示していた。地方の自動車メーカーを買収して発売した初の市販車は惨憺たる結果に終わるも、2年後の2005年、初の「自主ブランド」車である「F3」(ガソリン車)を発売。「トヨタのカローラにそっくり」などと陰口を叩かれつつも、好調な売れ行きを示し、中国ブランドのセダンとしては初めて年間販売台数が1万台を超える車となった。2008年には年間販売台数20万台を達成、中国の主要な自動車メーカーの一社となる。株価の急上昇でこの年、王は中国の富豪ランキングNo.1の座についている。

 ガソリン車を生産する一方、「祖業」である電池の技術を生かしたEVやハイブリッド車の開発も進めた。2006年には初めてのEV「F3e」の開発に成功、2008年には世界初の量産型プラグインハイブリッド(PHEV)車「F3DM」を発表している。しかし「F3DM」はわずか48台しか売れず、部門は赤字が続いた。その他、EVのタクシー専用車やバスなどの開発を本格的に始めたのもこの頃である。

政府の普及政策が本格化、EVに賭ける

 2013年ごろから中国政府の「新エネルギー車」普及政策が本格化、各種の補助金が充実してきた。EVなどの市場が着実に拡大、王は2014年、経営の重点を「新エネルギー車」およびそれに搭載するバッテリーの開発と生産、供給へと大きくシフトした。同年、深圳市内に当時、世界最大級のバッテリー工場を新設、2018年には初めてのEV専用の車台「eプラットフォーム1.0」を公開、2019年にはトヨタ自動車とEVの研究開発合弁会社の設立を発表(後述)した。

 BYDの「新エネルギー車」は中核となる「王朝系列」および若い世代向けの「海洋系列」の2つのラインナップがある。「王朝系列」はフラッグシップセダンの「漢(HAN)」、コンパクトセダンの「秦(QIN)」、ミドルサイズSUVの「唐(TANG)」、コンパクトSUVの「宋(SONG)」などの車種がある。また「海洋系列」には「海豚(イルカ)」、「海豹(アザラシ)」などの海洋生物のほか、「駆逐艦」「護衛艦」といった軍艦名から名付けられた車種が並んでいる。

BYDの「王朝系列」唐(車種名)(※BYD Webサイトより)
BYDの「王朝系列」唐(車種名)(※BYD Webサイトより)

 また、完成車メーカーとしての事業に加え、車載バッテリーを他のEVメーカーに提供するサプライヤーとしての事業にも力を入れている。中国メディアの報道によれば、王は競争力のあるバッテリー部門を分離させ、単独の企業として近く上場させる計画とされる。冒頭に紹介した、独自の「ブレードバッテリー」をテスラに供給する事業は、こうした路線の一環だ。

独自のバッテリーを世界のEVメーカーに提供

 このようにBYDはEVやPHEVを中心とする完成車メーカーとしての側面と世界最高水準の独自技術を持つサプライヤーという2つの顔を持つ。テスラとBYDの関係は、完成車メーカーとしては競争相手である。なぜ競合企業に製品を提供するのか。そこにはBYDの強みと、それ故に直面するジレンマがある。

 BYDの「ブレードバッテリー」は自社EV向けに開発したものだが、製品自体には世界的な市場での競争力がある。しかし、完成車メーカーとしてのBYDは中国国内でこそ生産台数のトップだが、世界的にみればそのシェアは低い。いかに優れたバッテリーを開発し、搭載しても、自社の車だけに使うのでは投資資金を回収しきれない。

 それならいっそ、強い競争力のあるバッテリーを世界のEVメーカーに供給するほうが、将来のモビリティの領域で存在感を高め、高収益を実現できる可能性がある。前述したようにBYDの事業でバッテリー部門の売上高は現時点では8%にすぎないが、これをさらに拡大したい思惑があるとみられる。

独自のEV専用プラットフォームを世界に広める

 ブレードバッテリーと並ぶBYDのもうひとつの「武器」が「e-platform 3.0」と呼ばれる独自のEV専用の開発プラットフォームである。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 プラットフォームとは「複数の自動車車種によって車両の構成部品が共有されている際の構成部品の一連の組み合わせのこと」[「プラットフォーム (自動車)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より。最終更新 2022年4月11日 (月) 06:00(https://ja.wikipedia.org/ )]。自動車開発の最も基本となる部分で、クルマの出来を大きく左右する。日本メーカーではトヨタ自動車の開発した「Toyota New Global Architecture(TNGA)」がよく知られている。

 「e-platform 3.0」はBYDが開発したEV専用のプラットフォームで、2021年4月に行われた説明会では「EVの電動化とインテリジェント化を実現するためのカギを握る。最大効率は270kW、0→時速100kmの加速は最速で2.9秒を実現、最大で800V高圧充電に対応し、5分間の充電で最大150kmの走行が可能」などと、その性能の高さが謳われている。

 プラットフォームの開発には多額の費用と時間を要し、自社の完成車だけに使うのでは効率が悪い点はバッテリーと同様の図式にある。そこでBYDは「e-platform 3.0」も他のEVメーカーに積極的に提供し、パートナー関係を広げていく戦略をとりつつある。バッテリーとプラットフォームという、いわばEVの骨格を決める主要部分で独自の規格をグローバルに広めていくことで、今後のEVの世界で主導権を握ろうとのとの戦略である。

業界標準をめぐるBYDの「野心」

 そこで注目されているのがトヨタ自動車との関係だ。2021年9月、トヨタ自動車とBYDの共同開発は「e-platform 3.0」に基づくものであることを王自身が認めている(中国の経済専門紙「経済観察報」2021年12月9日付など)。同紙はこのように書く。「BYDの角度からみれば、自動車業界の国際的な巨頭であるトヨタがBYDのプラットフォームを使うことの意味は、バッテリーよりもさらに大きい。e-platform 3.0を対外的に公開する背景には、業界標準を握ろうとするBYDの野心がある」(訳は筆者)。

 トヨタとBYDは2019年秋、EVの研究開発を行う合弁会社「BYD TOYOTA EV Technology Company」の設立に合意、翌2020年5月から事業を開始している。ロイター通信(日本語版)2021年12月3日付によれば、トヨタ自動車は価格を抑えたEVの小型セダンを2022年中にも中国市場に投入する見込みで、「合弁相手の中国EVメーカー、比亜迪股分有限公司(BYD)と協業し、課題としてきた電池の小型化とEVの低コスト化を実現した」と記事は伝えている。

 同記事は続ける。「BYDが開発した薄型のリチウムイオン電池の技術を使うことでデザインに柔軟性が生まれた。トヨタの関係者の1人はBYDの電池について『小型EVを作ることの難しさを解消してくれる技術』と説明。『目からうろこの技術で、最初から否定してしまいそうな構造だったが、いろいろ評価をやってみても問題は出なかった』と話す」。この車がBYDの独自技術によって実現したことがわかる。

 EVの領域で先端水準の技術力を蓄積したBYDは、その競争力を活用し、テスラやトヨタといった世界の巨頭に対して中核的な技術で主導権を握りつつある。そういう戦略を取りうるポジションにまで一部の中国企業は進化してきたということだ。

「合弁の意味」が初めて逆転

 改革開放の40年、中国企業にとって外資は常に「先生」であり、学ぶべき存在であり、「模倣」の対象であった。「市場と技術を交換する」。これは中国でしばしば言われてきた表現である。中国の市場で商売する代わりに、技術を供与してほしい――。これが中国の合弁企業の通り相場であった。

 しかしここに至って自動車産業の領域でも、BYDはテスラにもトヨタにも技術力を提供する側になった。もちろんこのビジネスでBYDが得るものは多くある。だから互いにパートナーシップを結ぶ道を選んだのであり、その意味で対等の取引には違いない。

 しかし、「製造業一筋」にひたすら技術力を蓄積してきた王伝福という経営者、BYDというユニークな企業によって、自動車業界でも外資との「合弁の意味」が初めて逆転した。これが時代の変化を象徴する出来事であるのは間違いない。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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