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次世代中国 田中 信彦 連載

次世代中国 一歩先の大市場を読む

世界に打って出る中国の低価格EC「ピンドゥオドゥオ(拼多多)」
目指すは「バーチャルなコストコ」

 中国のEC最大、8億人以上のユーザーを持つ「安売りアプリ」ピンドゥオドゥオ(拼多多)が今年9月に米国に進出、話題を集めている。ピンドゥオドゥオは「共同購入」という独特の仕組みで低価格を実現、急成長したことで知られ、同じ仕組みの海外での再現は難しく、米国進出は苦戦するのではないかとの見方もある。

 もちろん世界一競争の激しい米国の小売市場で成長するのが簡単なはずはない。しかしピンドゥオドゥオは、ここ数年、単に誰かがつくった商品を売るだけでなく、自らが商品の企画から生産のプロセスに深く関与し、いわば「バーチャル製造業」化戦略を進めている。従来の「価格がすべて」の商売から、「値段の割に驚くほど品質が高い」という「コスパで勝負」の経営に転換しようとしつつある。米国進出はその延長線上にある。

 中国経済の成長が鈍化し、市場が飽和する中で、より広い世界の市場を目指す中国の巨大ECはどう変わろうとしているのか。そんなことを考えてみた。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

アリババ、京東(JD)を圧倒する伸び率

 コロナ禍の行動制限などで低迷する中国経済にあって、EC大手、ピンドゥオドゥオの好業績が目立っている。同社の2022年7~9月の第3四半期決算は、売上高355億元(1元20円換算で約7100億円)と前年同期比65.1%増を記録。純利益124億4700万元(同2489億4000万円)と、前年同期の4倍近い大幅な増益となった。

 これは中国ECの代表格として君臨してきたアリババグループの同四半期の売上高伸び率の3.0%、および2番手の京東(JD)の同11.4%を圧倒的に上回る。ピンドゥオドゥオに対する消費者の支持の強さを改めて示した形だ。2021年末現在のユーザー数は8億6870万人、1年間で8030万人も増加しており、同年の売上高は939億元(同1兆8780億円)、対前年比58%増に達している。

 今年9月には、ピンドゥオドゥオは米国でECサイト(アプリ)「Temu(ティーム)」を立ち上げ、グローバルなビジネスに本格的に進出した。調査会社センサータワーの調べによると、今年10月のアップルのApp Storeにおけるダウンロード数でAmazonに次いで第2位となり、好調な滑り出しを見せた。

Temuのオンラインショッピングサイト

圧倒的な低価格を武器に成長

 ピンドゥオドゥオは2015年に上海で創業の新しい企業だ。後発のECとして先行の2大巨頭に挟まれ、当初は苦戦したが、差別化のため徹底した低価格を追求。ある商品に対して一定時間内に一定数の購入希望者が集まれば販売し、集まらなければ取引は不成立――という「共同購入」の仕組みを導入、そのゲーム的な面白さが人気を呼び、圧倒的な低価格実現の原動力となった。2018年7月にはニューヨークのナスダックに株式を上場している。

 強力な価格訴求力でユーザー数、売上高ともに年々、順調に伸びた。しかしユーザー層の中心は地方の中小都市や農村部の比較的所得の低い層で、平均の客単価が低い。そのため全体的な売上規模では2大巨頭に及ばない状況が続いてきた。また、他社より低い価格を実現するため、豊富な資金を元手に商品の生産者に多額の補助金を支給したり、購入者に対する大胆な割引セールを実施したりする施策を頻繁に行ってきたこともあって、創業から2020年まで一度も黒字を計上せず、赤字が継続した。

「安売り」には持続可能性がない

 後発のピンドゥオドゥオが徹底的な価格戦略を取ったのは合理的な選択だった。当時、ECの中心的な利用者は都市部の中間層で、農村部でのEC利用率は低かった。加えてスマートフォン利用者の増加率は農村部のほうが高い。そこに着目し、先行2社がまだ十分に浸透していない層をターゲットにユーザー数を増やすことができた。

 これによってユーザー数ではアリババら2社を大きく上回って中国最大となり、中国EC「3強」の一角に数えられるまでになった。しかし、同時に明らかになったのは、安売りだけでは成長に限界があることだ。当初は価格の安さに満足していた顧客も、次第にもっと質の良い、さらに便利な商品を求めるようになる。この要求を満たすためには商品企画の精度を上げ、商品のつくり手である工場、農産物なら農家の意識を変え、技術水準を上げなければならない。

 良いつくり手がいなければ、良い商品はできず、良い商品がなければ価格で勝負するしかない。それでは「安売り→品質低下→もっと安売り」という悪循環から永久に抜け出すことができない。この流れを変えなければならない。

生産者を支援する「供給源重視」の姿勢

 このような考え方からピンドゥオドゥオは商品の供給側を重視し、そのつくり手である工場や農家を支援する方向に舵を切る。まず実行に移したのが農産物の領域だ。ここ数年、中国国内では都市部で大学を卒業したり、就職していたりした若い世代が、景気の低迷とともに故郷の農村に戻り、起業する例が増えている。そこに目をつけ、こうしたITのリテラシーの高い若者たちと協力し、地元の公的機関の協力も得ながら農産物の品質向上、収穫や出荷の効率アップ、効果的なプロモーションによるブランドの確立などに取り組んだ。

 中国南部の広西壮族自治区横州市は古くからトウモロコシの産地として知られる。しかし生産農家は高齢化が進み、人材も不足して農業の近代化が遅れ、品質の改良や新たな販売ルートの開拓も思うように進んでいなかった。

 ピンドゥオドゥオは同市で、一人の深圳からUターンした若者が起こした農業合作社(農家の協同組合)と手を組み、さらには同市の農業研究機関の協力を得て、より甘くて食味の良いトウモロコシへの品種改良を支援。同時に苗の育成や植え付け時期の管理、収穫から物流に至るまでのプロセスを改善し、収穫したトウモロコシはピンドゥオドゥオで全国に向けて販売した。この試みが大成功し、販売量は激増、同市が2022年、年間25万トン、総額8億元(160億円)のトウモロコシを出荷する華南有数の産地に育つ原動力となった。

ピンドゥオドゥオは農村の若者たちと協力し、農産物の付加価値向上に取り組んだ

 また雲南省石林県では、特産品である「人参果」(杏のような外観のナス科の果物。薬効が高いとされる)の栽培に当地の青年組織とピンドゥオドゥオが協力。品種改良によって食味を向上させるほか、宣伝方法の改善などにより、従来1kgあたり0.5元(約10円)程度だった出荷価格が4元(約80円)にまで上昇、農家の1畝(ムー、約6.667アール)当たりの収入は3000元(約6万円)から8000元(約16万円)に増えた。この成果によってピンドゥオドゥオらは国連食糧農業機関(FAO)から2022年度「創新賞」を贈られている。

伝統工芸の復活や「町おこし」の効果も

 「生産者重視」の姿勢は、地域伝統工芸の復活や地域の「町おこし」の効果ももたらしている。湖南省西部の鳳凰県でつくられる「鳳凰蒲扇」と呼ばれる団扇(うちわ)は、主に竹の葉で編まれ、銀細工や細かな刺繍などで彩られた地域の伝統的な工芸品だ。しかし、エアコンの普及やつくり手不足などで産業は衰退の一途。観光客向けの土産物店などで細々と売られるだけになっていた。

 しかし、都会から戻った町の一人の青年がピンドゥオドゥオのECアプリを見て、北京や上海など大都会の若者たちの間で一種の「復古調」商品がブームになっており、うちわや扇子などにも新たな需要が発生していることを知る。さらに友人が経営するECの店舗で、藍染めの匂い袋が売れていることを知り、町の職人と協力、藍染をあしらった新たな中国レトロ調の「鳳凰蒲扇」を開発、ピンドゥオドゥオに持ち込んだ。

 この商品が「多多新匠造(新たな匠の技の開発)プロジェクトを進める担当者の目に止まり、ECアプリで販売したところ、一夏で20万個を超える売り上げを記録。消滅しかけていた「鳳凰蒲扇」の伝統がこれをきっかけに復活することになった。

多多新匠造(·※ピンドゥオドゥオのアプリより)

 商品の品質向上を目指す「生産者重視」の姿勢は、結果的にECの売上増に貢献し、地方の農家や中小商工業者の所得増につながっている。

「バーチャル製造業」化の道

 「供給源重視」の発想は製造業の領域でも同じだ。他者がつくったものを売るのではなく、ECの強みである膨大な顧客データをもとに、自ら商品を企画し、工場や農家と一緒になって自ら商品をつくり、世界中に運んで、売る。つまりECでありながら自らが「バーチャル製造業」化する。いまピンドゥオドゥオは、この変身プロセスの途上にいる。

 その実現のためにピンドゥオドゥオが掲げているのが「多多出海扶持计划(グロバールビジネスサポートプロジェクト)」と呼ばれる中国の製造業をバージョンアップするためのプロジェクトである。これは全国で大小さまざま100以上の製造業を選定し、緊密な協力体制を組んで、商品の開発から生産、物流、グローバルなブランド構築までを一緒になって行い、世界に向けて販売することで製造業をアップグレードしようというものだ。

 例えば、中国の代表的な電子レンジメーカーで、OEM生産を含めれば世界最大のシェアを持つとされるギャランツ(Galanz、格蘭仕、広東省佛山市)とピンドゥオドゥオは「長期全面戦略的パートナーシップ」を締結。電子レンジは一般家庭で求められる基本的な機能は限られており、メーカーによる機能の差異は少ない。もともと高い価格競争力を持つギャランツとピンドゥオドゥオの持つ市場データ、販売力を組み合わせ、高品質でしかも低価格の、いわば「世界の電子レンジのスタンダード」をつくり出そうという発想だ。

 また分譲マンションや建売住宅などで使われるシステム家具の大手で、世界120カ国に輸出実績のある顧家家居(Kuka、浙江省杭州市)は、やはりピンドゥオドゥオと商品開発から生産、物流にいたるトータルな協力関係を構築している。世界的に都市部ではライフスタイルの均一化が進んでおり、住宅やオフィスなどで使われる収納家具やベッド、ソファ類などは世界のどの市場でも通用する傾向が強まっている。中国の製造業の強大な生産力、供給力を活かし、高品質で低価格、世界で最も競争力のある家具を生産、供給するのが狙いだ。

「狭く、深く」商品をつくる

 この2社の例に共通するのは「世界のどこでも、誰にでも使えるベーシックな商品を目指す」姿勢だ。良い素材を使い、高品質な商品をつくろうと思えば、どうしても価格が高くなる。安くつくれば品質が落ちる。この矛盾に対応する方法は一つしかない。それは「販売するアイテムの種類を少なくし、そのぶん1品種あたりの生産数量を増やす」ことである。「広く、浅く」を避け、「狭く、深く」、そのかわり大量につくる。

 1アイテムの生産数量が増えれば、原材料や資材の調達コストは下がる。加えてベーシックな商品であれば流行に左右されにくいので、毎年、毎シーズンの定期的な追加生産が期待でき、在庫や原材料の無駄が減る。工場は経験の蓄積によって生産技術が年々向上し、効率は高まっていく。習熟度が高まればミスの発生も減っていく。かくして追加生産を繰り返すほど、品質や使い勝手は改善され、低コストで高品質な商品の供給が可能になっていく。

「コストコ、ユニクロモデル」への模索

 これはいわば「コストコ、ユニクロモデル」である。絶対的な「安さ」そのものに固執するのではなく、誰でも安心して使えて、価格の割に驚くほど品質が高い、「コスパの良い」商品に集中する。しかも世界中で同じ商品を販売することで生産数量を極大化する。それによって他者には追いつけないコスパを実現するモデルである。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 コストコは世界に800店舗以上の店舗を持ち、2021年8月期の売上高は1959億米㌦(1㌦135円換算で26兆5000億円)という世界最大級の小売業である。日本でも30店舗を展開している。一般の食品スーパーの10倍以上にもなる大型の売り場を有しながら、扱うアイテム数はコンビニ並みの数しかないといわれる。全世界で売られるコストコのプライベートブランド「カークランドシグネチャー」のトイレットペーパーは品質と値段のバランスで「世界最強のトイレットペーパー」と称されるほどだ。

 ユニクロも基本は同じだ。日常生活を快適に送るためのベーシックなニーズに絞った商品を、特定の工場で大量に生産し、世界中の2394店舗(2022年8月末現在、うち日本以外が約3分の2の1585店舗を占める)およびECで一斉に販売する。商品は基本的に世界同一である。1アイテムの工場へのオーダーは数百万着に達するという。ベーシックな日常着なので、1シーズン限りでは終わらない。品質を改良しつつ、何年も同じ工場で生産を繰り返す。だから商品のクオリティはますます高くなっていく。

 価格そのものは市場で最も安いとは限らないが、「世界で最もコスパの良い」商品を目指し、長期安定的に供給する。それが世界各地で強い支持を受け続けているコストコやユニクロのビジネスモデルであり、ピンドゥオドゥオが狙っているのもそこである。

「Temu」は「バーチャルコストコ」になれるか

 冒頭で触れたように、ピンドゥオドゥオは今年9月、米国でECサイト(アプリ)「Temu(ティーム)」をスタートした。これについてはまだスタート後、日が浅く、オープンの客寄せのために採算度外視の大安売りをしている可能性が高いので、現時点での正確な評価は難しい。

 しかし、現時点までのピンドゥオドゥオの動きと、業界の関連報道などから判断する限り、「Temu」は、「あらゆる商品が何でも安い」という価格勝負のアプリではなく、「アイテムの種類は限られるが、値段の割には驚くほど品質が高い」という「コストコ型」の商売を目指すものとみている。

 「Temu」に関しては、すでに安さを武器に爆発的な人気を得ている同じく中国発のECアプリ「Shein(シーイン)」と正面から競合するとみなされることが多い。「Shein」についてはこの連載の「中国発EC“Shein(シーイン)”は“究極のビジネス”か?“売れる商品”を特定し、速く、安くつくる仕組み」で紹介したのでご参照いただきたい。

 しかし、この「Shein」と「Temu」は異なるビジネスモデルになるだろう。「Shein」は記事中で書いたように、典型的な「多品種少量、売り切れじまい」の商売である。それが可能な臨機応変の生産体制を構築したところが「Shein」の競争力だ。もちろん人気商品は追加生産するが、基本的には店頭に常に目新しい商品を並べ、お客を引き付ける。アパレルでいえば「ZARA(ザラ)」に近いモデルである。

 一方、「Temu」は今後、多少時間はかかるかもしれないが、「これを買っておけば間違いない」という、安心できる品質でコスパの高い「日常生活に必要な世界のスタンダード商品」を提供するアプリになっていくだろう。まさに「バーチャルなコストコ」である。これは自らが「バーチャル製造業」へと変身しつつあるピンドゥオドゥオにとって最も合理的なビジネスの形である。

 政治的には世界の分断が進みつつあるとしても、少なくとも民生品の領域では、世界はますますつながりが深くなり、市場は一つになりつつある。そこでは世界で売れる商品、世界で売れる販売力のない企業は生き残ることが難しくなっていくだろう。ピンドゥオドゥオはそのことを冷静に見据えているように思える。