「中国版フリマ」は脱・同質化の突破口となるか
「露店経済2.0」が生み出す消費の個性化
Text:田中 信彦
李克強前首相が提唱した「露店経済」から3年、コロナ後の中国で、いわば「露店経済2.0」ともいうべき新たな「中国版フリマ経済」が広がり始めた。若年層の雇用創出を目指す政府の支援もあって、中国では各地の広場やショッピングモール、公園、河川敷などで「市集(さまざまな商品を売る小ブースが集合した屋外市場)」が続々と誕生している。
日本のフリマと趣が異なるのは、日本のフリマがリサイクルの色合いが濃いのに対し、中国の「市集」は、個人が小資本、低リスクで商売を始め、自立していくための「商売入門」的な位置づけが強いことだ。「中国版インスタグラム」とも呼ばれる「小紅書(RED)」などのSNSと一体となって、「露店」とはいいながら、いわば全国規模での集客やファンづくり、商品の卸売などを展開、商売としての成長を意識しているケースが多いことも特徴だ。
昨今、中国経済の大きな課題は、どの業界でも商品やサービスの供給過剰、同質化が進み、極端な過当競争で利益が出ない構造になっていることにある。この局面を打開するためには、商売に携わる当事者が、いかに他人と違う個性ある商品を創り出し、差別化を図るかがカギになる。「中国版フリマ」を舞台に盛り上がりを見せる「露店経済2.0」は、同質化が進む中国市場の現状を変える端緒になるかもしれない。今回はこんな話をしたい。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
上海のアンティークフリマに行ってみた
中国の「黄金週」真っ只中の5月1日、上海市街地の南、黄浦江沿いの緑地で開かれたアンティークフリマ「銀塩復古市集」に行ってみた。
「銀塩復古市集」は2018年、浙江省杭州市の20人ほどのアンティーク好きが集まり、品物を持ち寄って小さなマーケットを開いたのが始まり。アンティーク中心のフリマでは中国有数の実績と規模を有する。「銀塩」の名称はデジタルカメラに圧倒されて姿を消しつつある銀塩写真を懐かしむ気持ちを込めて名付けた。現在では杭州のほか上海や深圳、武漢、南京などでも定期的に開催されており、多くの出店者、来場者を集める人気マーケットだ。
ショッピングモールや公園などで開かれる「市集」は入場無料だが、このようなテーマ性の強いマーケットは入場料を徴収するのが普通だ。この日は1人59元。1200円近いので、かなり高い印象だ。アプリで代金を支払うとバーコードが表示され、入り口でスキャンして入場する。手首にリストバンドを巻いてくれるので、これがあれば当日の出入りは自由になる。
日本の中古食器やカメラも
大型連休とあって会場は多くの人で賑わっている。「復古市集」との名前が示す通り、売られている商品はビンテージものの古着や古書、レコード&CD、日用雑貨などのアンティーク商品が多いが、個人が自作したアクセサリーや雑貨類、新品の衣料品などもある。キャラクターのぬいぐるみや趣味で集めたバッジ類、懐かしい感じの玩具類もある。出店者、来場者ともに若い人が多い。大都会・上海でのアンティーク市場とあって、服装もお洒落な感じの人が目立つ。
「日式復古餐具」と銘打って皿や茶碗を売っている人がいたので聞いてみると、日本で買い付けたものを船便で送っているという。売値はおおむね1つ数百円程度だが、見れば普段づかいのありふれた和風の食器である。想像だが、日本の使い古しの食器など仕入れ値はごく安いだろう。輸送費をうまくコントロールすれば利益が出るのかもしれない。
中古のカメラを売っているブースもあった。客として店に来ていた2人組の若い男性は、1人は日本製の二眼レフカメラ「マミヤC220」、もう一人は同じくクラシックな中判カメラ「マミヤRB67」を肩からぶら下げている。私はカメラには詳しくないが、こんな年代物をわざわざ担いでくるのだから、よほどのカメラ好きなのだろう。聞いてみると、連休を利用して広東省広州から旅行に来たそうだ。このマーケットも旅の目的のひとつ。買い物が目当てというより、同好の士と知り合ってカメラ談義をするのが楽しいのだという。
場内の芝生広場ではバンド演奏が賑やかに続いており、にわかづくりのミニ卓球台では親子連れが楽しそうに遊んでいる。ドリンクのブースではビールや各種のカクテルなどアルコール類も売られており、とても開放的な雰囲気がある。こういう日常の中国は本当におおらかで、楽しげだ。
人気ブランドも「市集」を活用
同じ日、上海市中心部の上海文化広場で開かれた「小紅書(RED)」主催の「URBAN CORE運動市集」にも行ってみた。「RED」は中国発のライフスタイル共有アプリで、月間アクティブユーザーは2億人を超えたと伝えられる。ファッションや旅行、スポーツ、アート、カルチャーなど都市部の中間層のライフスタイルにもはや欠かせない存在となっているアプリだ。
この日のマーケットはREDがアウトドアスポーツと都市生活の融合した新しいライフスタイルの提案を掲げて開いたもので、個人が出店するブースもあるが、人気ブランドがプロモーション目的に利用するものが中心だ。中国でも若い世代に強い支持を得ているスノーボードブランドの「BURTON(バートン)」をはじめマウンテンスポーツブランド「SALOMON(サロモン)」、クライミングから派生したライフスタイルブランド「Gramicci(グラミチ)」などにまじって日本のアウトドアブランドの「スノーピーク」も大きなスペースで出店していた。
2022年末、REDが発表した報告書「2023生活趨勢」によれば、アウトドア志向は若い世代の間で年々強まっており、都市生活やビジネスシーンでもアウトドアファッションやグッズが好まれるようになってきている。こうしたテーマ性の強いマーケットには、その領域に興味を持つ人々が集まるので、ターゲット層にリーチする有効な手段としてこの手の「市集」が活用されている。
また、同じ連休中、上海市嘉定区のショッピングモール前で行われたマーケットでは、近隣の住民がクルマのトランクを開けてその前に商品を並べ、のんびりと売る姿がみられた。ここでは特にテーマといったものはなく、ユーズドの衣料品やバッグ、自作のアクセサリーなど雑多な商品が並ぶ。中には子供用のプールをおいて金魚すくいの露店を出している人もいる。日本のフリマに近い雰囲気がある。
全国のあらゆる「市集」を網羅するアプリで数えてみたら、5月の連休中に上海市内だけで30カ所以上、こうした個人参加可能なマーケットが開かれていた。
若年層の失業率は20%超
このように多様なテーマを持った「中国版フリマ」が頻繁に開かれるようになった背景には、景気低迷や若年層の失業率の上昇を背景に、個人の起業を促進し、自営業の成長を支援しようという中国政府の政策がある。
旗振り役となったのは李克強前首相だ。在任時代の2020年6月、5千万人以上の雇用創出を掲げて露店営業を奨励、自ら四川省成都市内の露店で店主や来店客に声をかけるパフォーマンスを演じて大きな注目を集めた。その後、コロナ対策の行動制限や李前首相の政治的影響力の低下などが影響したのか、「露店経済」のムーブメントは衰えたかに見えたが、ここへ来て再びにわかに政策の力点のひとつに浮上してきた。
その背景にあるのは若年層の深刻な就職難だ。今年4月の16〜24歳の失業率は20.4%と対前月比0.8%の上昇で20%の大台に乗った。5人に1人が失業中の計算だ。この数字には高校や大学を卒業してもなかなか就職先が決まらず、その間、無職で過ごしている卒業生がカウントされているので、一般にいう「失業」と同列には論じられないが、若者の就職難が深刻な状況であることに変わりはない。
「露店営業を市民に開放する」
上海市政府は2022年9月、「上海市市容環境衛生管理条例」を20年ぶりに改正。それ以前は「都市景観を害する」「交通の妨害になる」などとして厳格に取り締まってきた市内の露店営業を「区域や時間帯などを指定したうえで市民に開放する」と発表した。これを皮切りに上海市だけでなく北京市や深圳市など全国の数多くの都市でも同様の政策が発表されており、全国的な流れとなりつつある。
報道によれば、上海市の場合、日常的に交通量の多い道路や橋、その他、公共交通の障害になる場所では、露店営業は従来通り禁止される。しかし、それ以外の幅の広い歩道上や道路脇の駐車スペース、公共施設の敷地内など一定の区域を指定し、路上での営業を認めるとされている。
加えて、冒頭に紹介したような広場や公園、ショッピングモールの敷地内などで民間の事業者や地域のボランティアグループなどが主催して開催する、誰でも出店可能な「市集」が急速に増えている。これはいわゆる生業としての「露店」のイメージとは違うが、前述したように中国の「市集」は趣味の一環というよりは、「自営業の入門編」的意味合いが強い。誰でも特段の許可なく、自分の商品やサービスを「試し売り」できるという意味で雇用創出の重要な一手段と考えられている。
こうしたイベントはほぼ例外なく地域の政府機関が関与している。中国ではイベントの内容、開催場所にかかわらず、多くの人が集まる催しには必ず各地域の政府や管轄する警察、消防などの許可が必要で、それら機関の支持なしに開催は難しい。「中国版フリマ」増加の背景には、政府の前向きな姿勢が強く影響している。
「増量時代」の行動様式を変えられるか
いわば「露店経済2.0」とも呼ぶべきこの新たな動きは、雇用創出だけでなく、コロナ後も低迷が続く国内消費の体質を変え、同質化、過当競争を脱却する手段としての期待も担っている。
昨今、中国の消費市場で最も深刻な問題は、あらゆる業界、あらゆる商品やサービスが極端な供給過剰、過当競争に陥っていることにある。頑張れば頑張るほどますます競争が激化する悪循環で、利益率がどんどん低下していく。努力がまるで報われず、徒労感がつのる一方――という経営者の悩みが尽きない。
そうなってしまった最大の原因は「誰もが先を争って同じことをする」中国社会の行動様式にある。過去30年以上にわたって、経済規模が急速に拡大するのが当然視される社会において、最も合理的な行動様式は世の大勢に乗ることにあった。時代の潮流に乗ってさえいれば量的拡大の恩恵にあずかって自分の商売も大きくなった。そういう環境が長く続いてきた。これを中国では「増量時代」と呼ぶ。
しかしこの10年、社会は成熟し、量的拡大のスピードは目に見えて落ちた。「増量時代」は過去のものになった。にもかかわらず従来と同じ調子で誰もが他人と同じことをやろうとするので、どうしても供給過剰、過当競争になる。悪循環から抜け出すには、この行動様式を変える以外にない。
昨今のさまざまな「中国版フリマ――市集」の隆盛は、この方向への時代の変化を表している。いたずらに量的拡大を目指すのではなく、自分の興味関心、ライフスタイルに合わせた商売を志向する。共通の趣味や嗜好を持つ人同士がつながり、そのネットワークの中で情報を蓄積し、商品やサービスの付加価値を高めていく。
マーケットに必須の二次元バーコード
それを可能にしているのがITの進化だ。
冒頭に紹介した「銀塩復古市集」もそうだが、多くのブースでは目立つ場所に二次元バーコードが掲示されている。それはこの種のブースが単にその場での商品の販売を意図するだけでなく、同じ趣味や嗜好を共有する「仲間づくり」の場であり、それは即ち商品の仕入れ卸売ルートの確保であり、全国的な販売ルートの拡大にもつながるからだ。
中国には1000万人以上の人口を抱える超大都市圏だけでも十数か所、数百万人規模の都市は数十にのぼる。こうした地方都市でも同様にさまざまな個人自営業者向けのマーケットが開かれており、上海のような大都市の店主からすれば、これら地方都市にネットワークを広げれば販路を大きく広げられる。逆に地方在住の店主にしてみれば、大都市の店主たちとのつながりは情報や商品の貴重な入手ルートとなる可能性がある。
中国全土の各都市ではこのほかにも「食」や「スポーツ」「アート」「アクセサリー」「古書」「玩具」などさまざまな領域に細分化されたマーケットが各地で開かれている。全国どこに行っても同じブランド、同じ商品という「金太郎飴」的なチェーン展開ではなく、店主個人の個性や嗜好を切り口に新しいネットワークが構築され、次々と市場が広がっていく。少しずつではあるが、このような現象が起きつつある。
「上から与えられる成功」は望まない
こうした変化の根底にあるのが若い世代の価値観の変化だ。以前、このwisdomの連載で「“996問題”に見る、中国「野蛮な成長」の終わり~遠ざかるチャイナドリーム」(2019年4月)という文章を書いた。
「996」とは「朝9時から夜9時まで、週に6日間働く」の意味で、つまり1日12時間労働、休みは週1日、日曜日だけという勤務状況を指す。1960年代生まれのアリババのジャック・マー(馬雲)ら成功者の世代が「996的働き方」を現代でも要求しようとする姿勢に、若い世代は強く反発した。
その回の文章で以下のように書いた。
「1980年代、90年代生まれの世代が求めているのは、(ジャック・マーのような)英雄に“上から与えられる成功”ではない。自らの自由な意志で仕事を選択し、自らの選んだ働き方でお金を稼ぐことができる環境である。成功できるかどうかはわからないが、成功を強制されたいとは思っていない。(中略)若者たちは誰もが大成功を目指すのではなく、自分の個性に合った、自分自身の人生を追求するようになるだろう。そして、そのことは中国や世界の国々にとって決して悪いことではない」。
この「大成功を目指すのではなく、自分の個性に合った、自分自身の人生を追求する」行動が、まさに今、拡大している「市集――中国版フリマ」のムーブメントにほかならない。
この動きは始まったばかりで、まだ世の中を大きく変える力を持ってはいない。しかし、中国の若い世代の価値観、行動様式は確実に変わっている。この流れは着実に大きくなり、将来、中国社会を大きく突き動かすことになるだろう。
次世代中国