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2022年09月28日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

動き出した中国版「働き方改革」
多様な価値観の受容がカギ

 中国で、個人間の競争を強めるばかりの従来の働き方を見直して、ゆとりある生活を実現し、国民の幸福感を高めようという動きが目立ってきた。いわば中国版「働き方改革」が始まっている。

 社会は豊かになり、教育水準は大きく向上、スマートフォン時代の到来で情報の流通は飛躍的に増えた。商品やサービスに対する人々の要求は高くなる一方。市場は同質化、均質化が進み、競争は激しくなるばかりだ。しかし、必死で働いても給料は上がらない。労働時間ばかりが伸びていく。そんな状況にコロナ禍が追い打ちをかけた。

 働く人々の間では将来への不安と閉塞感が強い。このあたりでそろそろ軌道修正して、働き方を見直さなければならない。そんな意識が広がっている。政府も「共同富裕」の実現を目指して、格差の是正に本腰を入れている。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 成長の鈍化によって大きな転換点を迎えている中国で、中国版「働き方改革」はどんな方向に向かおうとしているのか。今回はそんな話をしたい。

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996という「無間地獄」

 数年前から中国で広く語られるようになった「996」という言葉をご記憶の方もあると思う。「996」とは「朝9時から夜9時まで、週に6日間働く」という意味で、つまり1日12時間労働、休みは週1日、日曜日だけという働き方を指す。2019年4月、中国共産党中央機関紙「人民日報」が取り上げたことで一気に社会的に注目された。

 同紙の報道に対し、アリババグループの総帥、ジャック・マー(馬雲)が「若い時は996ぐらいでないとダメだ。996で働けるのはむしろ幸せなことだ」という趣旨の発言をしたことが若い世代の強い反発に遭い、苦心の釈明に追い込まれるなど大きな波紋を呼んだ。この問題に関してはこの連載の「中国の“996 問題”とは?~労働問題から見える遠ざかるチャイナドリーム」(2019年4月)に書いたので、ぜひご参照いただければと思う。

 この頃から「働けば働いただけ収入が増え、生活が豊かになる」という「チャイナドリーム」は遠い夢となり、働いても働いても成果は上がらず、見返りが増えない。逆に働けば働くほど競争は激化し、求められる基準は高くなるという「無間地獄」に陥った感覚を持つ人々が、若い高学歴の技術者などを中心に急激に増えた。

残業ばかり増える「内巻」状態

 このような心理状態を言い表した表現で、社会的な流行語になったのが「内巻(neijuan)」である。中国人との会話で昨今、頻繁に出てくる単語だ。もともと社会学の用語で、英語のinvolutionの訳という。辞書を引くと、「巻き込むこと、内巻き、もつれ、紛糾、錯綜したもの」といった意味が出てくる。

 その指し示すところは、例えば定員が一定の学校があったとして、そこに入ろうとする人が増えれば増えるほど、合格点はどんどん上がり、努力が報われない人が増える。頑張っても頑張っても、合格ラインのほうが速いスピードで上がっていく。やるべきことは増え、要求レベルは上がるが、成果は出ない。そんな時間と精力がかかる割に相応する報いがもらえない悪質な競争現象を表すのが「内巻」である。

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 会社の経営者にしてみれば、顧客の要求水準は日々上がる。業界には競争があるから、常にレベルアップしなければならない。自社の商品やサービスも当初は独自性があったが、すぐ競合他社に追い付かれ、明確な優位性は失われている。となればコストとスピードで勝負する以外にない。立ち止まれば淘汰される。走るしかない。

 かくして従業員に対する要求は際限なく増え、労働時間は長くなっていく。売上高が伸びなければ賃金は上がらない。公務員以外、定時に帰宅するなど夢のまた夢、週休二日はぜいたく品。職場では精神的に追い詰められる人が増え、日本から入ってきた「社畜」という言葉が広まったのもこの前後である。

コロナが広めた在宅勤務

 このような問題意識が高まっていたところに起きたのが新型コロナのパンデミックだった。コロナ禍が勤務形態を大きく変えた事情は日本と同じだ。2020年初頭、感染が急拡大すると、全国で多くの都市が封鎖され、大半の企業や商店がクローズする事態になった。多くの大手企業では社員が出勤できず、在宅勤務を余儀なくされた。

 ご承知のように中国では、それ以前からスマホの進化が早く、テンセント(騰訊)のWeChat(微信)やアリババの関連企業が提供するアリペイ(支付宝)が日常のコミュニケーションや決済のスタンダードとして定着していた。そのため感染拡大で行動制限が強まると、両社の提供する「テンセント・ミーティング(騰訊会議)」や「ディントーク(釘釘)」といったミーティングアプリが広がり、その後、さまざまなテレワークのシステムやアプリが普及した。

隔週週休2日の「大小週モデル」を導入

 感染拡大で企業活動は大打撃を受け、高い経済成長が望める状況ではなくなった。大手のIT企業は国家の緊急プロジェクトでウイルスの感染追跡アプリ開発などに大量の人員を投入する事態となり、残業問題はひとまずお預けの状態になった。

 しかし2020年後半には感染の拡大は抑制され、企業活動はしだいに正常化。翌2021年になると、「TikTok」で知られるバイトダンス(字節跳動)や同じくショートビデオアプリの「快手(Kuaishou)などの有力IT企業が、新たな勤務形態として「大小週モデル」の導入を発表、再び労働時間の問題に注目が集まった。

 「大小週モデル」とは、週5日間勤務の週(大の週)と週6日間勤務の週(小の週)を一週おきに繰り返すやり方で、要は隔週週休2日の働き方である。中国のIT業界は前述した「996」のように週6日の出勤が普通の状況があった。そのためこの「隔週週休2日」は改善策のつもりだったのだが、世論の評判は悪かった。

 中国では法定の労働時間は1日8時間、週44時間だが、1995年5月の国務院(内閣)令によって、国家機関や公務員などについては土曜日と日曜日を休みとする週休2日、週40時間労働の制度が導入された。民間もこの方向を目指すことが奨励されている。国有企業や外資系企業、民間の大手企業では週休2日を実施しているところが多いが、週の労働時間が44時間を超えなければ、週6日の勤務は違法ではない。

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 IT業界では、これまで土曜日は「平日」であったものが、月2回とはいえ「休日」になれば、仮にその日に出勤しても法律の規定で2倍の割増賃金が支給される。従業員からの評判は必ずしも悪くはなかった。しかし、もともと「996」で業界の労働慣行に対する風当たりが強かったところに、月2回とはいえ土曜日の出勤を義務化するのは時代錯誤ではないかと社会的に受け止められ、批判を浴びた。

政府、「996は違法」と警告

 そんな時期、2020年12月29日、中国の大手EC企業、ピンドゥオドゥオ(拼多多)の女性社員が深夜、午前1時半ごろ、同僚と一緒に帰宅する途中で昏倒し、間もなく死亡するという出来事が発生。中国の国営通信社、新華社は「異常な残業は必ずなくさなければならない」と論評した。

 こうした状況に、次に動いたのは政府だった。2021年8月、中国人的資源と社会保障部(労働問題や社会保障を管轄する中央省庁)は声明を発表、「いわゆる“996”および“007(午前零時から翌午前零時まで24時間待命状態に置かれ、週7日間休みがない状態)”は明確に違法であり、中国の法律では、労働時間は週44時間を超えてはならず、やむを得ない場合、残業は最高1日3時間まで、月に合計36時間を超えてはならない」と警告した。

 政府の強い姿勢に驚いた業界は、前述したバイトダンスや快手をはじめテンセントおよびデリバリーサービス最大手のメイトゥアン(美団)のグループ企業、スマートフォンメーカーのvivo、EV企業の小鵬汽車(Xpeng Motors)といった有名企業が次々と導入間もない「大小週モデル」を取り消した。

 この政府の「996違法宣言」が与えた影響は大きかった。ずるずると続いている違法な長時間労働を、これ以上、曖昧な状態で放置しないと警告したことになるからだ。

 この警告が行われた2021年8月という時期に注目する必要がある。この直前の同年7月、中国政府は小中学校での宿題と校外の学習塾通いを事実上、禁止する「宿題、学習塾禁止令」(「双減」政策)を発令。教育関連の民営企業は壊滅的な状況に追い込まれた。この措置の背景には両親の経済力の違いで子供の受ける教育機会に大きな格差がつくのは容認できないとの政府の認識があった。

 「宿題・学習塾の禁止」と「長時間労働の是正」。わずか1ヶ月の間に政府がとった2つの措置に共通しているのは、「無理な詰め込み教育(労働)を是正し、ゆとりのある生活を実現する」ことであり、その根底にあるのは「社会の資源配分の集中を排除し、多くの人に広く機会を分け与える」という考え方である。そこには政権が目指す、経済格差を縮小し、みんなで豊かになる「共同富裕」の価値観が強く反映されている。

中国初の「3+2、混合勤務制度」

 このような状況を受けて、バイトダンスが2021年11月、導入したのが「1075工作制度」と呼ばれる新しい働き方だ。「1075」とは、「午前10時出勤、午後7時退社、週5日勤務」という意味である。さらに従業員は残業が必要な場合、個別に申請が可能で、30分単位で残業の申請を行うことができる。長時間労働が問題視されてきたIT業界で、率先して週休2日を明文化したことになる。

 続いて今年3月、上海市に拠点を置く中国最大のオンライン旅行会社(OTA)トリップドットコム(携程)は、「オフィスでの勤務3日+在宅勤務2日」という中国企業で初めての「3+2、混合勤務制度」(中国語表記は「混合办公制度」)を正式に導入した。

 同社は日本など世界各地で旅行予約サイト「Trip.com」を運営するのに加え、旅行メタサーチ「Skyscanner」、また中国人旅行客向けのサイト(アプリ)、「携程旅行網」および「Qunar(去哪儿)」を保有している。創業者の梁建章は中国の出生率や人口問題などでも積極的な発言を行い、社会のオピニオンリーダーの1人と目されている経営者である。

 同社の「3+2、混合勤務制度」は毎週月、火、木曜日の3日は原則としてオフィスで全員が勤務、水、金曜日の2日は個人の判断で社外での勤務を選択できる。土曜日曜は休みの完全週休2日である。勤務場所は自宅でもホテルやカフェなどそれ以外の場所でも構わない。対象は同社の社員約3万人の全員で、所属部門や職階は問わない。この制度導入による賃金の変更はない。

人材募集ページの閲覧数が50%増加

 同社はこの制度の正式導入に先立つ2021年8月~2022年1月の計6カ月間、社内の顧客サービス、技術開発、マーケティングなどの部門の社員1600人(うち管理職400人)を対象に「3+2、混合勤務」の導入実験を行った。実験終了後のアンケート調査によると、「混合勤務によって自らの業績に影響は生じなかった」との回答が一般社員で71.9%、管理職では76.0%を占めた。

 また「通勤時間が節約できる」「オフィスでの雑用が省ける」といった前向きに評価する声が目立った。一方で「同僚との人間関係の維持が心配」という声が50%近くに達し、管理職からは「部下のマネジメントに不安がある」との回答が多かったという。

(携程2021混合勤務調査2021.8.9-2022.1.30)
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 部門別では、顧客サービスや社内システムの技術開発、人事といった部門では「混合勤務」に大きな障害はなく、効果が目立ったが、他の旅行エージェントや航空会社、ホテルなどとの打合せが多い業務部門では、課題が多いことがわかった。

 半年間という短期間の調査ではあるが、期間中の離職率はそれ以前より3割以上下がった。また同社の「3+2、混合勤務」の実施がメディアなどで伝えられると、同社のオフィシャルウェブサイトの人材募集ページの閲覧数が50%以上増えるという効果もあった。このようなハイブリッドワーク(オフィスと在宅「混合型」の勤務形態)は、先進諸国では広く行われているが、中国でもこのような形式が広まっていくものとみられている。

誰もが同じ道を歩もうとする社会

 前述したように、中国の職場の閉塞感は「果てしない競争の激化による絶望感」に源泉がある。その根源はどこからくるのだろうか。

 中国の社会は、「偏差値の高い大学を出て、社会的地位の高い知的な職業に就き、立身出世する」という価値観が今もって非常に強い社会である。また「年長者を尊重する」「父母を敬う」という中国社会の美風もあって、両親の意見が若い世代を強く拘束している社会でもある。そのため若い勤労者は「自分がやりたいこと」を自らの意思で選ぶよりも、「周囲に期待されていること」を演じようと努力してしまう傾向が強い。

 これは一概に悪いことではないが、どうしてもそのぶん誰もが同じ価値基準で、同じ道を進もうとする傾向が強くなる。その結果、みんなが同じことをやろうとして、ある特定の領域ばかり競争が激しくなってしまう。

多様な価値観を実現できるか

 気鋭の社会学者として知られる清華大学社会学部副教授、厳飛氏はメディアのインタビューで「中国の職場での“内巻”の根源には、誰もが同じ価値観を追求する社会の構造がある。この現状を打破するには、多様な価値観を受容し、誰もが自分の個性を生かした生き方を実現する社会になるしかない」と語っている。

 確かにその通りだと思うが、中国の社会が「多様な価値観を受容する」社会になりにくい根源には、言うまでもなく政治体制の要因がある。世の中で「何が正しいか」は政治が決めるという制度なのだから、どうしても世の中を変えるのは政治の力になってしまう。「長時間労働の是正」「宿題・学習塾の禁止」「子供を○人産め(産むな)」「強権的なコロナ対策」、その構図はすべて同じである。

 中国版の「働き方改革」は、現時点では「996」に代表される長時間労働の是正に力点が置かれていること、さらには政府の力が大きく作用している点に特徴がある。「多様な価値観」が生息する領域は狭くならざるを得ない。

 中国の「働き方改革」が長時間労働の是正にとどまらず、多様な価値観を持った個人が、のびのびと働ける社会を実現する道のりは、なかなか険しいものになりそうだ。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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