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次世代中国 田中 信彦 連載

消滅する中国政府の「打ち出の小槌」
GDP拡大を支えた「土地財政」が終わる時

 「どうして中国にはこんなにカネがあるのか」。これは多くの人から受ける質問である。その答えはひとつではないが、最も大きな理由は、国家そのものの仕組みの違い、中でも土地に関する制度の違いにある。

 中国の土地は事実上、すべて国家のものである。つまり国や地方政府は、いわば全土の大地主であり、その土地の「使用権」を売ることで莫大な利益を上げてきた。あらゆる権能を手にした「一党専政」の政府が自ら不動産デベロッパーになったのと同じで、儲からないはずがない。いわば無尽蔵のカネが湧いてくる「打ち出の小槌」を手にしたようなものだ。

 その利益で中国政府は立派な高速道路や鉄道網などのインフラを造り、それらをテコにもう一段、経済を成長させ、さらなる土地の値上がりが実現する。そういうサイクルを実現し、成長してきたのが中国である。

 しかし、広い中国とはいえ、土地は詰まるところ有限である。切り売りには必ず終わりが来る。過去20数年、全国各地で都市化は急速に進展し、政府が高い価値を付けて売れる土地はもうあまり残っていない。GDP押し上げの原動力になってきた「土地を中核にした、新たなおカネを生み出すサイクル」は消えつつある。

 このことは中国という国が、これまでの成長の仕組みを変えざるを得ない段階に来たことを示している。いかに痛みを少なく、成長の方式を変えるかが課題だ。

 今回はそんな話をしたい。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

土地販売収入が税収より多い都市

 中国の地方政府の土地販売収入(土地使用権の販売収入。以下、特に記さない限り土地の売買は、土地「使用権」の売買を指すものとする)は、不動産市況の過熱を警戒する政府が強力な価格抑制策を発動した2015年を除き、過去10年以上にわたって急速に増え続けてきた。ピークだった2021年には年間187兆円(1元20円で換算、以下同じ)に達し、2012年の57兆円からわずか8年で3倍以上に膨れ上がった。

 この地方政府による土地販売収入は、地方政府の一般会計(税収を中心とした通常の収入)とは別に一種の特別会計(「政府性基金」と呼ぶ)として計上されている。この特別会計の規模を一般会計と比較すると、土地販売収入の比率が最も高かった2019年には全国平均で49.23%と一般会計の半分の規模にまで達していた。

 都市別に見ると、土地販売収入の存在感はさらに大きく、土地販売収入が一般会計の規模を上回っている地方政府は珍しくない。特に地価の上昇が著しい大都市周辺部でその傾向が強い。例えば、浙江省杭州市や広東省佛山市などでは、2017~2021年の平均で土地販売収入が一般会計の予算収入の1.4倍を超えた。また江蘇省南京市、湖北省武漢市、広東省広州市、陝西省西安市、貴州省貴陽市ほか多数の主要都市で同期間の土地販売収入が一般会計の予算収入の総額を上回っている。

※広東省広州市
(出典:getty image)

 要するに、政府の主要財源である各種の税収の総計よりも、いわば臨時収入であるはずの土地売却益のほうが多い状況が恒常化していた。日本の国家予算を大きく上回る額のカネが毎年、中国の地方政府の手に湧き出てくる。そういう状態が現出していたことになる。

土地販売収入は永続性がない

 考えてみればこれは異常なことである。政府は住民や企業に対して永続的に各種のサービスを提供していかなければならない。そのための代価として税金を徴収している。しかし、土地の販売収入は、あくまで一回限りのものだ。国土が広いといっても有限であることにかわりはない。切り売りしていけば、いずれは終わりが来る。

 それに、土地とはどこにあっても売れるものではない。用途のない土地に値段はつかない。立地の良い土地から売っていき、売れる物件がなくなったら新たなインフラをつくって、また売る。そうやって繰り返しやってきたが、それでも国の人口や経済規模に限りがある以上、いつかは売れなくなる時が来る。

激減する政府の土地販売収入

 昨年2022年、中国国内で政府が販売した土地の総額は133兆円。前年2021年の174兆円から23%以上の大幅な減少となった。その傾向は今年になっても続いており、2023年上半期(1~6月)の土地販売収入は26兆円あまりで、前年同期(30兆円)比でさらに15%の減少となっている。2021年には上半期だけで40兆円近い販売額があったことを考えると、2年間で販売収入の約3分の1が消滅したことになる。

 その背景には、都市化が全国的に一定のレベルまで進展し、新たな土地需要が頭打ちになってきたこと、不動産価格が高くなりすぎ、多くの地域で「普通の人々」が買えるレベルを大きく越えてしまったこと、新型コロナウイルスのパンデミックを機に将来に対する社会の不安感が拡大、人々の消費観念や人生観が大きく変化したことなどがある。

 継続性のない収入で支出をまかなっていれば、その収入が切れたら政府は仕事を果たせなくなる。当たり前のことだが、その誰でもわかる異常なことが、「とりあえず現状、みんな儲かっているから」という前提の下、根本的に改められることなく拡大を続けてきた。そのような時代が、いま終わろうとしている。

農村の土地所有権のあいまいさ

 このように中国の地方政府が土地の販売収入に依存する体制になった背景には、農村部の土地の所有形態のあいまいさがある。中国の土地は、都市部は国有だが、農村部の土地は「集団所有」という形式になっている。「集団所有」とは何か。

※中国当時の人民公社
(出典: Chinese book "10th Anniversary Photo Collection of the People's Republic of China 1949-1959" published by 10th Anniversary Photo Collection of the People's Republic of China Editorial Committee.,https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=21170707別ウィンドウで開きますによる)

 1949年の社会主義革命の前後、中国共産党は資本家階級や農民を幅広く「統一戦線」に引き入れるため、土地の私有に寛容な姿勢をとった。しかし、その後、路線を変え、都市部については1955年、すべての土地の国有化を実施。農村部については1950年代初頭から「集団化」に着手、1958年に全国の農民を「人民公社」に組織した。

 その後、「文化大革命」が破綻、1978年に改革開放政策が始まると、「人民公社」はほどなく解体されたが、農村の土地の所有権は「集団所有」という概念で、形の上では「農民の集団による所有」とされた。つまり「集団所有」とは、いわば「人民公社」の名残である。

「集団所有」は事実上、地方政府の所有

 農民はこの「集団」から土地の耕作を請け負い、売り上げの一定部分を支払う以外は、利益を自分のものにできるようになった。このことが農民の耕作意欲を高め、農業の生産性が飛躍的に向上する基礎となった。

 しかし、この「集団」とは解体された「人民公社」の残滓であり、概念はあっても実態がほぼない。名目上、土地は「農民たちの集団」の所有だが、政治と社会が事実上一体化した「政社合一」の中国社会においては、土地の「集団所有」はほとんど「地方政府所有」と同じになってしまっている。

 かくして本来「農民のもの」であったはずの土地は、経済成長で新たな土地が必要な時代になると、地方政府の手で際限なく販売されてしまうようになった。耕作地を失う農民には補償が支払われたが、その金額は必ずしも十分ではなく、農村では農民と政府の間でさまざまな紛争が頻発した。

面白いように儲かった農地の収用、販売

 地方政府による土地の販売が始まったのは1980年代前半。その頃、外資系企業の中国進出が増え、各地で工場用地を手当する必要が出てきた。当時、農業の生産性は低く、農地の収穫高は低かったから、農民へのわずかな補償で、地方政府は土地を調達できた。それを外資系企業に販売すると大きな利益が生まれた。

 これが端緒となり、その後、地方政府は工業用地だけでなく住宅地についても積極的に農地を収用、宅地として販売していくようになる。

 1986年、「中華人民共和国土地管理法」が制定、1998年には大幅に改訂され、地方政府による都市部の国有土地、農村部の集団所有土地の収用と販売が制度として確立された。これによって中国の地方政府は合法的な「錬金術」を手に入れ、莫大な土地販売収入を使って大規模な都市建設を行い、GDP拡大を目指す「土地財政」に走り出すことになる。

「土地財政」の錬金術

 「土地財政」によるGDP拡大のサイクルは、ざっくり言えば以下のような仕組みだ。

地方政府は農地を低いコストで収用し、工業用地として販売

税金の優遇と低い賃料を武器に企業を誘致

雇用が発生し、他地域からの人口流入が増え、住宅需要が生まれる

勤労者の所得が増え、住宅を購入するようになる

地方政府は宅地開発用の土地を販売し、デベロッパーと組んで住宅を建設

土地販売益をもとに道路や鉄道などのインフラをさらに整備し、より有力な企業を誘致

それによって地価が上昇、住宅用地がさらに高い価格で売れる

住宅価格は「上がるから買う、買うから上がる」のサイクルに入り、地価はさらに上昇

政府の土地販売収入は継続的に拡大

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 このような低コストでの土地の収用と高価格での販売を軸とした「土地財政」の確立で、中国のGDPは爆発的に拡大した。中国に行ってみれば、どこの地方でも驚くほどの立派なインフラが建設され、壮麗な政府庁舎や巨大な各種ホール、美術館、劇場などのハコモノが立ち並んでいる。公務員の給与水準も高い。これは「土地財政」の成果であり、「土地財政」が中国の経済成長に大きな役割を果たしたことは間違いない。

不動産価格の上昇が地方政府の利益に

 しかし、「土地財政」は負の側面も大きい。最大のものは不動産価格の異常なまでの高騰の要因となったことだ。上述したように、土地の販売は地方政府にとって極めて効率的で、あまりにも魅力的な収入源だった。土地を高く売れば売るほど、政府の収入は増える。そのため「地価を上げること」が政府の大きなメリットとなる構造が定着してしまった。

 そのため地方政府は積極的にインフラ整備を行う一方、壮大な未来都市建設プランを描き、高速鉄道(中国版新幹線)や高速道路の建設構想を喧伝して地価を上げることに躍起になった。そうした地方政府の姿勢と人々の投機心理が結合して、まさに「上がるから買う、買うから上がる」という実需に基づかない巨大なバブルが発生した。

 地価高騰の原因のすべてが「土地財政」にあるわけではないが、「土地財政」が地価を押し上げる大きな要因になったことは中国国内でも問題視する声は強い。

GDPの拡大が地方政府指導者の評価基準

 そして、その動きを助長したのが、中央政府による地方政府指導者の評価システムだ。中国の地方政府は、いわゆる「自治体」ではなく、中央政府の下部機関である。そのため地方政府の指導者や官僚たちは激しい出世競争の渦中にいる。その評価基準は要するにGDPの成長率にあった。GDPを手っ取り早く増やすには、土地を売り、その収益でインフラを建設し、さらに地価を上げるという方式が最も有効だった。

 九州大学経済学研究院助教(肩書は論文執筆当時)、王佳氏は研究論文「中国の土地財政と住宅価格との関係:VARモデルを用いた実証分析(九州大学経済論究157号)」の中で「地方政府の官僚たちは昇進競争を勝ち抜くために,高い投資志向を持ち,結果として地方政府の財政支出は増加し続けるようになり,財源不足の状況が深刻化している。財源不足の問題を解決するために,地方政府があらゆる手段で財源をファイナンスしなければならない。これが地方政府に「土地財政」を利用するインセンティブを与えた」と指摘している。

 前述のように、土地の販売収入は一種の特別会計で、税収を中心にした一般会計とは別建てになっている。そのため予算の使途に関して地方政府の自由度が高い。そのため税収を上げるよりも、地価を上げ、土地の販売収入を増やすほうが地方の指導者や官僚にとってはメリットが大きかった。中国の異常なまでの地価高騰の原因の一端はここにある。

地方政府の債務返済は危機的状況

 そして、さらによくなかったのは、この「土地財政」による「錬金術」があまりに成功したため、地方政府が土地を担保に身の丈を超えたカネを借り、それを効率の悪い投資に振り向けるようになったことである。当初、地方政府には債権発行が認められていなかったため、地方政府は独自の「城市建設投資公司(城投)」と呼ばれる資金調達事業体(LGFV=Local Government Financing Vehicle)を設立、土地を担保に銀行からカネを借り、インフラなどの建設に走った。

 全国の「城投」が発行した債券の規模は9兆米ドル(1300兆円)に達すると報じられている。しかし既述のように、地方政府の土地販売収入は急減しており、債務返済能力は危機的状況にある。不動産の価格が下がると、「城投」の債権が「担保割れ」してしまい、地方政府が財政破綻に陥る恐れがある。しかし、その一方でバブルに膨らんだ不動産価格を実需に合う水準まで下落させない限り、膨大な既存の在庫物件の処分もできず、不動産業界が破綻してしまう。下手をすれば金融危機を引き起こしかねない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 中国で「不動産バブルの崩壊」が叫ばれながら、今に至るも価格の大幅な下落が表面化しないのは、地方政府の財政破綻を恐れて不動産価格を大きく下げられないため、取引そのものを政府の腕力で止める以外、手がないからである。中央政府は今、このような「進退極まった」状況に陥っている。このことは中国のGDP拡大を牽引してきた「土地財政」が行き詰まったことを示している。

 このような状態はいつまでも続けられない。すでに一部の主要都市で不動産の半額近い値引き販売が始まったとの報道もある。早晩、不動産価格の大幅な下落は避けられないだろう。

「土地財政」の行き詰まりに対策はあるか

 日本でひところ叫ばれた「中国すごい」論の背景の一つでもあった壮大な都市建設や見事なまでのインフラ整備、インテリジェント都市システムの構築といった話は、「土地財政」の貢献によるところが大きい。この原動力が消滅しようとしている。

 消えゆく土地の販売収益に代えて、日本でいえば固定資産税にあたる不動産税(房地産税)の導入など、いろいろな策が検討されているが、いずれも土地の販売ほどの力はない。財源不足に陥った一部の都市では、地方政府が自ら設立した「城投」に土地を売り、売り上げをたてるという、なにやら日銀の国債購入みたいな図式も登場している。

ピークを越えた?中国

 前述したように、土地の売却益に依存した成長は「1回限り」の有限のもので、いつかは終わる。これを前提に組み立てられた仕組みは、どこかで壊さなければならない。しかし、いわば「好きなだけおカネが生まれる仕組み」に慣れた者が、それを変えるのは苦しいことだ。おまけに不動産の世界には、どこでも権力と利権が深く絡み合っている。

 中国の「普通の人々」の感覚でいえば、政府の執政に対する信頼感はまだ高く、社会システムが崩壊するような状況にあるわけではない。しかし今後、これまでのような投資主導の粗放な量的拡大は不可能で、中国でもコツコツと努力して生産性を上げ、付加価値の高い商品やサービスを生み出して成長していくしか道はない。それは簡単なことではない。

 2022年、中国の人口は革命後の混乱期以来、61年ぶりに減少に転じた。奇しくもその同じ年、地方政府の土地販売収益が大きく減少した。タイミングの一致は偶然にしても、中国をめぐる何か大きな動きがピークを超えたことを感じさせる。