次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国のドローン「政・経・軍・民」融合で劇的進化
「技術自給」の生態系で、次代の国家インフラへ
Text:田中 信彦
中国で今、ドローンが道路や鉄道、航空機などに次ぐ主要な「国家インフラ化」する動きが急速に進んでいる。
一部地域では、ドローンの航路が空中に網の目のように設定され、「天空の見えないレール」「低空の高速道路」という概念が広まりつつある。輸送の概念を変える「空の産業革命」といった表現が、メディアでも語られ始めている。
一方、2026年1月の法改正で、ドローンをはじめとする低空飛行物体への規制と違反時の罰則が大幅に強化された。5月には北京市が新規定を施行、ドローンの新規販売や貸与、搬入が禁止された。ドローンは「個人の趣味」の領域を離れ、その利用が国家の厳格な監督下に置かれ始めている。
その背景には、ウクライナやイランなどの戦争でも顕著に目撃されたように、国家の治安管理や軍事用途において、ドローンの驚異的な有効性がますます明確になったことがある。ドローンは国家にとって「空からの統治」を強固にする不可欠のツールとなった。
中国にとってドローンは、経済の新たな可能性を開く存在であると同時に、「政・経・軍・民」が融合した「技術自給」の生態系によって、グローバルで大きな存在感を発揮できる分野でもある。
今回は、政治・経済の領域で存在感を強めるドローンが、中国における意味について考えてみた。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
深圳の「世界ドローン大会」は大盛況
「ドローンの都」として知られる広東省深圳市で、5月21~23日の3日間、「2026世界無人機(ドローン)大会」(第10回)が開かれた。テーマは「低空経済 飛向未来(低空経済、未来へ飛ぶ)」。ちなみに「低空経済」とは、ドローンだけでなく、eVTOL(空飛ぶクルマ)や既存のヘリコプターなど人の輸送も含むより広い概念だが、本稿では主にドローンを中心に考えることにする。
会場は深圳市中心部のコンベンション施設「深圳会展中心」で、展示面積は11万㎡。9つの展示館、6大テーマ展示区を設け、17の国や地域から1220社のドローンや低空経済関連企業が出展、1万機におよぶドローンや関連製品などが展示された。
ドローン本体だけでなく、通信機器やソフトウェア、電池、モーター、安全装備など幅広い分野をカバーするBtoB色の強い展示会だ。民生品が中心だが、警備・治安維持や防衛・軍事関連の展示も多くある。なんとなく緊張してしまうが、雰囲気はまったくオープンで、海外からの参加者もみんな笑顔で商談しているので拍子抜けするほどだ。
来場者の数や内訳の正式な発表はないが、会場は大盛況だ。一見して外国人とみられる来場者も多い。会話に聞き耳を立ててみると、通訳を介してロシア語でコミュニケーションをしているグループも複数見かけた。
「趣味の領域」から事実上の「国家管理」へ
なぜ中国が「ドローン大国」になり、深圳が「ドローンの都」になったのか。そこにはDJI(大疆創新科技)という深圳生まれの企業が深く関わっている。DJIは2006年、汪滔(Frank Wang、敬称略、以下同)が深圳で創業。香港科技大学の学生だった彼が、宿舎の一室で飛行制御システムの開発を始めたのが起源だ。
2010年、無人ヘリコプター向けの飛行制御システムを発売。2013年初頭に初の消費者向けドローン「Phantom 1」をリリース。高性能のカメラジンバルを搭載、低価格と使い勝手の良さから撮影用ドローン市場に火が付き、またたく間に商用ドローンの世界シェアの7割以上を占める最大手に成長した。この時期は中国のドローンが主に民生用の消費財として成長した時期だ。
その後、ドローンは産業用途に広がる。2016年8月、中国当局は低空域管理の具体的な施策に着手、ドローンが経済政策に組み込まれ始める。同年、DJIは初の農業用ドローン「MG-1」を発売。産業向け製品の研究開発を加速した。2024年末時点で中国では25万機以上の農業専用ドローンが利用され、1機あたり1日約67haの農地で作業を担っているとされる。
そして、それに続くのがここ数年、急速に進む「国家インフラ化」の動きだ。2025年秋に採択された第15次5カ年計画(2026〜30年)で、ドローンは習近平総書記が掲げる「新質生産力」の中核を担う重要産業の一つに指定された。「低空の高速道路」といった概念が広がり始めたのもこの頃だ。
一方で2026年になると、国内全域で重量250グラム以上の民生用ドローンは実名登録が義務付けられ、正式なアクティベーションが済んでいない機体は飛行禁止となった。加えて飛行中は機体の位置情報や速度、操縦者の識別情報などがリアルタイムで当局に記録されるようになった。冒頭に触れたように、北京市では今年5月1日から民生ドローンの新規販売や貸与、市内持ち込みが禁止された。ドローンは事実上、その所有と使用が国家の完全な管理下に置かれる製品になりつつある。
各地に広がる「低空の高速道路」
このようにドローンの個人利用が制限される一方で、国家が指定する「専用航路」の整備は急速に進んでいる。例えば深圳市では、2026年までに市内1200カ所以上にドローンの専用離着陸ポイントを整備する計画が進行中だ。主要なショッピングモールや物流センターの敷地や屋上などには「ドローンポート」の設置が進んでいる。
「世界ドローン大会」の期間中、中国のデリバリー最大手の美団(Meituan)グループが行う、ドローンによるデリバリーの様子を見に行った。スマホからの利用者の注文に応じて、商品をぶら下げたドローンが、唸りをあげつつ高速で降下してくる様子は、なかなか迫力がある。
深圳市の蛇口港と香港の屯門の間では、「越境ドローン」配送ルートの試験運用も始まった。緊急物資や重要なビジネス文書などを最短30分以内で届ける構想という。まさに「低空の高速道路」だ。
広東省広州市でも、2027年までに100カ所以上のドローンポートを設置する計画が進んでいる。上海市も近隣の江蘇省蘇州市や浙江省杭州市を結ぶ「長江デルタ都市間ルート」の整備が進む。浦東、虹橋の両国際空港や上海港から、道路の渋滞に左右されない物資の高速輸送ルートをすでに稼働させている。
そのほか各地の消防や警察などの拠点に加え、主要な病院の屋上にも輸血用血液や検体輸送のためのポートが設置されている。EC大手「京東物流(JD ロジスティクス)」や前述の美団グループなどは、万里の長城や安徽省の黄山など、著名な観光地や長江を航行する船舶へのデリバリー、さらには農村部や山岳地帯への医療物資輸送など、既存の輸送ルートに代わるインフラとしてドローンを広く活用している。
空中の道路に「デジタル白線」を引く
中国の都市部の上空は、もはや個人が自由にドローンを飛ばせる「開かれた空間」ではなく、物流ドローンやeVTOLなどが利用する「管理された交通路」として新たに定義されつつある。
その中枢を握るのが、ドローンなどの飛行体を安全かつ効率的にコントロールする管制システムだ。例えば深圳市は「SILAS(Smart Integrated Lower Airspace System)」と呼ばれる「低空デジタルOS」を開発。多数のドローンが同時に飛行しても衝突しないよう、AIがリアルタイムで航路を割り当て、交通管制を行えるシステムが稼働している。
同市内には既に8000局以上の5G-A(5G-Advanced)基地局が設置されており、地上から高度600mまでの空間で、超低遅延・高精度の通信が可能と発表されている。これがいわば「見えない高速道路」上の「デジタル白線」の機能を支えている。
「低空の高速道路」は、物理的な道路より建設負担が低く、AIによるデジタル管理が可能なため、政府にとっては管理しやすいインフラだ。ここに国家が積極的にドローンの運用を統制しようとする大きな理由がある。中国の都市計画では、設計段階から低空域の交通路の発想が織り込まれている。
制約条件が多い経済性
このように国家戦略と絡めて輝かしい未来像が語られる中国のドローン物流だが、現実にはそれが成り立つには厳しい制約がある。最大の課題は経済性だ。ドローンによる物流には大きなメリットがある一方で、事業としての採算性を考えると、成立するには一定の条件が不可欠だ。
理屈は単純だ。トラック輸送は1回の走行で何百個もの荷物を積載できるが、現行の小型ドローンは、一般に5kg以下の荷物を1~2個、飛行距離30km以下の輸送に最適化されている。この枠を超えるとバッテリー重量が増し、効率が低下する。
そのため離島や山岳地帯などでは、時間短縮効果が大きく、費用対効果も高いが、トラック輸送が普及する地域での一般貨物の配送は経済的に成立しにくい。ドローンは道路が不要な反面、安全性も考慮して離着陸には一定の施設が不可欠で、そこへの投資も必要だ。一般に、トラックが使える地域での50km圏内の一般貨物配送は成り立ちにくいとされている。
逆に陸路に何らかの障害がある場合はドローンが活きる。例えば、広東省内の深圳市と中山市(直線距離約70km)を結んで運用が開始されている「ドローン物流回廊」の例では、小型の特急荷物が約4時間で配送されている。このルートは2つの主要都市の間に広大な珠江の河口が横たわり、自動車輸送では上流の橋を大きく迂回する必要があるからだ。また湖北省の山岳地帯では、大型車両も入れない山道を従来3時間かけて運んでいた特産の柑橘類を、ドローンがわずか10分で運搬し、大きな経済効果を生んでいる例も報道されている。
これは有人の輸送手段を想定した場合でも基本的に同じだ。「空に張り巡らされたレール」という表現は、概念としては魅力的だが、経済性の観点で見れば、「特定の条件下でのみ成立する特急便」というのが実情に近い。
政府によるインフラ整備が不可欠
前述したデリバリーサービスの美団グループは、メディアに対して「揚げまんじゅうやホットコーヒーなど高い即時性を要する商品では、ドローンは従来の地上輸送に比べて配送効率を2倍にできる」と語っている。確かに即時性のある揚げまんじゅうはおいしいだろうが、揚げまんじゅうはドローンポートで食べるものではない。結局は顧客の家まで電動バイクなどで届けなければならない。「技術的に可能だ」という話と、現実の市場は異なるという例だ。
深圳市政府はドローン物流網整備のため、2年間で約120億元(1元は約23円)を離着陸インフラの構築に投じている。その他の地方政府もドローン普及のためのインフラ投資に力を入れており、物流企業は、それを利用することで経済性を確保している。仮にドローンのインフラコストを企業が単独で負担すれば、採算性はさらに厳しくなる。
「低空の高速道路」が幅広く機能できるかどうかは、今後のバッテリー技術の進化、さらには政府によるインフラ整備の進展、政府が支出する補助金がどこまで持続するかといった条件に大きく左右される。これがないと「市場原理に則った」ドローンの大きな普及は難しくなる。
「経済の論理」「監視の論理」「戦争の論理」
こうした民生用ドローンの制約条件は、当然、中国政府も早くから理解している。にもかかわらず、なぜ多額の投資を行ってドローンの機能向上に力を入れるのか。それはドローンには「経済性」とは異なる、国家にとっての重要な論理が別に存在しているからだ。
中国のドローンの現状には「三層構造」がある。
第1の層は、これまで述べてきた「経済の論理」だ。「低空の高速道路」はその未来像を端的に表現した言葉である。
第2の層は「監視の論理」。ドローンは機動性の高い移動型のセンサーネットワークとして、国家による治安の維持、社会の統制に絶大な威力を発揮する。
第3の層は「戦争の論理」である。ウクライナ戦争で衝撃的な形で証明されたように、民生用ドローンの「即時兵器転用可能性」は極めて高い。ドローンの産業全体を潜在的な軍需基盤として位置づけることは、国家にとって非常に重要度が高くなっている。
中国で「個人の趣味」としてのドローン空間が事実上、消滅したのは、「監視の論理」や「戦争の論理」にとって、個人の自由な飛行はノイズでしかないからだ。
「ドローンの主役」になるのは誰か
ドローンの「経済性」には一定の限界がある。だとすれば需要の中心は、他の手段による代替可能性がほぼなく、価格感度が低い領域、つまり残り2つの論理に傾斜していくことになる。事実、そのような動きは確実に進んでいる。
ドローンに高精度のカメラと顔認証機能などを組み合わせれば、「高速で自在に動く監視塔」として、非常に高い能力を発揮する。加えて、前述したように、中国のドローンには自機の位置や高度、速度、識別情報などを国家のプラットフォームに送信し続けることが義務付けられている。言い換えれば、このシステムは全国すべてのドローンの挙動を国家が常時、リアルタイムのデータとして吸い上げる機能といえる。これは即、治安維持、安全保障の重要なインフラとなる。
この仕組みは低空空域の「使用権」を事実上、国家が握ることを意味する。空域の利用枠の割り当てや通行権に対する課金、収集した飛行データの活用など、そこから発生する情報そのものが国家にとって大きな価値を持つ。これらのシステムそのものを新興国などに販売すれば、それ自体が収益源にもなる。
最後は「戦争の論理」に行き着くのか
第3の層「戦争の論理」は、もはや言うまでもないだろう。戦争におけるドローンの有効性は、精度の高い動画を通じて、世界中に拡散されている。ここは「経済性」とは無縁の世界だ。
前段で触れたDJIは、「自社製品の戦闘利用に公式に反対し、推奨しない」と対外的に宣言した、世界的にも数少ないドローン企業である。同社は自社製品の軍用のマーケティングや販売を公式には一切行っていないことを明言している。実際、ロシアとウクライナの戦闘で、両軍の偵察や攻撃に自社製品が流用された際、DJIは両国への出荷を公式に停止した。これらの言動そのものは、中国企業としてはかなり踏み込んだ対応で、世界市場を舞台に、民生品を是とする創業者らの矜持を垣間見せたものだと思う。
しかし、米国を中心とした国際的な世論の大勢は、その主張を支持しているとはいい難い。米国国防総省や裁判所は同社を「中国軍事企業(Chinese Military Company)」に指定、DJIは2024年、指定取り消しを求めて連邦地裁に提訴したが、翌年9月、訴えは退けられた。ただし同訴訟の判事は判決で、DJIが中国共産党に支配されているとする国防総省の主張の大半を認めず、「米法では『どの企業が軍関連と見なされるか』を決定する広範な権限を国防総省に与えている」と、いわば「手続き論」で判断した形だ。
米国側がDJIを「軍事企業」と見るのは、中国ドローン産業全体の「構造」を重視しているからだ。同社の民生用ドローンが持つ正確なホバリング(空中停止)技術、数キロ先までクリアな映像を送る通信技術などは、軍事的な偵察や精密攻撃にそのまま使える超一級の技術だ。
上記判決でも言及されているが、中国の「軍民融合法」や「国家情報法」の枠組みの下では、民間企業であっても国家や軍の要請があれば技術やデータの提供、協力を拒むことはできない。DJIは政府の中枢機関である中国国家発展改革委員会から「国家企業技術センター」に認定される存在でもあり、国家との関係が緊密であるのも事実だ。
DJIは「中国民営経済の縮図」か
DJIはドローンのテクノロジーに興味を持った若者たちが、「空を飛ぶ」夢を追いかけることからスタートした企業だ。創業者の汪滔は、「メディア嫌い」で知られ、政治的な発言はこれまで極力避けてきた。過去の発言からうかがえるのは「優れた製品を作れば、政治的な壁は超えられる」という技術者としての強い自負だ。
彼らは「アップルのように」世界中の人々から愛され、尊敬される企業になりたいと願い、民生品の市場に焦点を定め、撮影用ドローンというまったく新しい市場を切り開いた。そこからの派生技術であるアクションカメラ「Osmo Action」シリーズは、米国では正規販売が制限されつつあるものの、世界各地の市場で高い人気を維持している。
しかし、不本意であるにせよ、米国市場からの自社の排除が進む中、DJIにとっては中国政府に支えられる需要は、大きな「避難先」として機能することは間違いない。中国政府にとっては、自国企業のプレゼンスが上がることは、「技術自給」の旗印とも合致する。
DJIにとって「政府色」が濃くなることは、世界市場での民生ドローンの成長を制約するデメリットになる。だがそれをアクションカメラや自動運転、ポータブル電源、医療機器など、ドローンから派生した他の分野で補う、冷静な生存戦略に切り替えているように見える。
「グローバルに愛される民営企業」になりたいのに、ならせてもらえない。「優れた製品を作れば、政治的な壁は超えられる」という創業者の信念は、いま厳しい現実に直面している。DJIという企業は、分断の時代の「中国民営経済の縮図」と言えるかもしれない。
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