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なぜ今、デジタルエシックスが問われるのか─
NECの実践と消費者調査が示す「信頼のデジタル社会」とは

なぜ今、経営にデジタルエシックスが不可欠なのか

 デジタルエシックスとは、デジタル技術の活用において『何ができるか』だけでなく『何をすべきか』を問い、リスク管理に留まらず信頼や社会的価値を生み出すための行動指針です。

 AIやデジタル技術は、いま実際に私たちの暮らしや職場、社会との関わり方そのものを大きく変え始めています。技術が進歩するほど、消費者や社会からの視線もより厳しくなり、企業に対する説明責任や信頼構築の重要性が増しています。

 デジタルエシックスは単なるリスク管理や外部規制への対応ではありません。本来は、企業や組織がお客さまやユーザーとどんな未来をめざしたいのか、その挑戦に向かうための指針となるものです。

 たとえば、現場でAIが分析や意思決定を行う場面でも、なぜその結果になるのかをしっかり説明できる組織には、社内外から新たな信頼が生まれます。仮に失敗や予期せぬ課題が発生しても、隠すことなく検証し、納得できる形で再活用していく取り組みが、従来のDX推進だけでは築けない社会とのつながりや新しい価値創出につながっていきます。

 デジタルエシックスへの取り組みは、企業にとって守りだけでなく、攻めの経営の原動力となります。事業や技術開発の現場で生まれる問いや工夫に、社会からの納得と共感を加えることで、持続的な成長と新たな時代を切り開く力につながっていきます。NECは、こうした信頼の積み重ねを基盤として、社会とともに持続的な未来を築いていきます。

 NECが実施した消費者調査(2025年)では、商品やサービスにデジタルエシックスを実感した顧客の約7割が、企業の熱心な推奨者に変わるという結果が得られました。AIが生活の隅々まで浸透する中で、企業が持続的に成長するためには社会からの信頼が欠かせません。本記事では、2024年に書籍『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』を共同で執筆した三名が、デジタルエシックスとは何なのか、なぜ今デジタルエシックスが不可欠なのかを、研究開発、戦略策定、事業開発の現場で直面した課題や消費者調査の結果をもとに紐解きます。

SPEAKER 話し手

NEC

今岡 仁

NECフェロー

顔認証技術の研究開発とグローバル事業化を主導。現在はその技術的なバックボーンを活かしながら、デジタルエシックスの浸透とさらなる探求を目指し、企業・自治体とのワークショップや対話・書籍執筆などを通じて発信を続けている。著書に『顔認証の教科書:明日のビジネスを創る最先端AIの世界』『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』など。

松本 真和

NECフェロー室長
兼 ビジネスイノベーション統括部 ディレクター

官公庁、通信キャリアを経て2021年よりNECに参画。政策・ルールに係る立案・活用に官民双方の立場から従事した。現職では、AIを活用した事業開発を統括、デジタルエシックスの体系化やパブリックアフェアーズを通じて、DXの推進に係る提言活動を推進している。これまで世界経済フォーラムフェロー、SDGs デジタル社会推進機構相談役などを歴任。

伊藤 宏比古

NEC グローバルイノベーション戦略統括部
産学官連携コーディネーター

NEC入社以来、地域住民との将来ビジョン作成やインドでのハッカソンによる社会ソリューション開発など、国内外でのオープンイノベーション業務に従事。2020年から、デジタルエシックスに関してのアカデミアとの産学連携活動を推進中。特にデジタルエシックスに携わる人材育成の方法論を探索・研究している。

1.研究開発、戦略策定、事業開発の現場から見たデジタルエシックスの必然性

今岡:AIやデジタル技術の進化が加速する現在、企業が挑戦と持続的成長を両立するためには、技術力だけでは十分ではありません。私は長年、生体認証技術の開発に携わってきましたが、技術力が高くても、なかなか事業化や信頼に結びつかないという時期がありました。特に、海外で学習データが特定の人種に偏った結果、特定のグループの認証精度に問題が発生した事例では、「顔認証は公平か?」という問いを突きつけられました。技術の社会実装においては倫理が成否を左右するという大きな気付きを得ました。この経験から、倫理を単にリスクを避けるためではなく、事業の推進力の指針にしたいと考えるようになりました。

松本:そんな時に出会ったのが、デジタル先進国のデンマークで進んでいる「デジタルエシックス」でしたね。

今岡:デジタルエシックスとは、デジタル技術の活用において「何ができるか」だけでなく「何をすべきか」を問い、信頼や社会的価値を生み出すための行動指針です。

 従来の倫理やAI倫理が主にリスク管理や法令遵守を目的とする「守り」の姿勢なのに対し、デジタルエシックスは新しい価値創出や社会実装を目指す「攻め」の姿勢が特徴です。デジタルに関する行動の軸として据えて、筋トレのように日々少しずつ考え続けることで、信頼を獲得し、価値を生み出す力を養うことができます。求めていたのはまさに「これだ」と思いました。

今岡 仁
NECフェロー

今岡:松本さんは官民の制度設計やAI事業開発・マネジメントで様々な戦略策定に携わっていますが、デジタルエシックスに注目したきっかけは何でしょうか?

松本:私は、企業と公共機関それぞれの制度設計において、倫理が明文化されていないために、十分検討されないまま意思決定が行われる場面が多い点に課題感を持っていました。そこには、役割分担が進む中で「倫理的な判断は誰かがやるだろう」と他人任せになりがちで、結果として抜け漏れが生じる構造もありました。

 だからこそ、倫理を明文化し、誰もが実践できる方法論として、デジタルエシックスが重要です。さらに、デジタルエシックスを活用して倫理的に行動することが競争力のベースになるような戦略を示すことができれば、素晴らしいメッセージになると考えています。

松本 真和
NECフェロー室長
兼 ビジネスイノベーション統括部 ディレクター

今岡:多くのステークホルダーがいる戦略策定では、誰もが社会をより良くしようと考えるためのアクセルになる方法論がデジタルエシックスということですね。

 伊藤さんは、産学連携と海外における事業開発の経験が豊富です。多様な立場の方との価値創出を通して、デジタルエシックスで留意すべきポイントはどのようなことだと考えていますか。

伊藤:私が、産学官連携や海外の事業開発の現場で痛感したのは、価値観や当たり前は国や地域によって全く異なることです。例えば交通渋滞にまつわる問題を一つ取っても、日本では“信号の最適化”のような渋滞そのものを解くアイデアを考えがちですが、インドのハッカソンでアイデアを募集したときは「渋滞でも迅速に現地に行けるオート三輪の救急車をつくる」「渋滞中のタクシー車内で退屈しないような動画サービスを提供する」といった、渋滞で皆が実際に困っていることにフォーカスした発想が出てきました。現地の実情(=グランドリアリティ)を理解せずに設計すると実装や倫理で齟齬が生じます。 デジタルが発展し多様な文化が入り乱れる現在においては、現場ごとの価値観や文化背景を踏まえた倫理設計が欠かせません。デジタルエシックスについて議論する際には、対話を通して相手を知り、互いが納得する対応策を考えていくことが重要です。

伊藤 宏比古
NEC グローバルイノベーション戦略統括部 産学官連携コーディネーター

今岡:お二人の指摘が示す通り、倫理を「誰か任せ」にしないためには、自分たちで行動指針を持つことが重要です。デジタルエシックスは、まさにその行動指針です。単なる制約ではなく、変革を前に進めるためのアクセルとして機能します。技術や戦略、現場の課題に対して、問いを立てて対話し、倫理的な視点を高めることで、社会から信頼されるデジタル社会の実現につながります。

2.デジタルエシックスが価値創出のための新常識になる理由

今岡:デジタルエシックスは、AIに限らずデジタル技術全般を対象とし、より広い視点で、技術と社会の関係性や価値創出にフォーカスしています。私たちが日本語の「倫理」ではなく、「デジタルエシックス」という言葉を使っているのは、これまで話してきたように、それが単なるリスク管理にとどまらず、新しい価値や社会実装を生み出すための行動指針という意味を持っているからです。

 松本さん、伊藤さんは、従来の倫理とデジタルエシックスはどこに違いがあると思いますか。

松本:まさに従来の倫理は、社会実装に伴うリスク管理や遵守事項として「守り」で使われてきた側面が中心でした。一方、デジタルエシックスは新しいものを作りたいなど課題に向き合うための方法論であり、チェックリストとして機械的に埋めるものではありません。問いを立て、対話し、状況に応じて考え抜くことが本質です。

 また倫理という言葉は学問的に聞こえるため、制度設計などの合意形成をする際に実践しにくいという課題もありました。それに対してデジタルエシックスは、デジタルエシックスコンパスというデジタルサービスやプロダクトに倫理的な思考を取り入れるために開発されたツールなども活用して、より身近に誰もが日常で考えて活用できる普遍性があります。

今岡:デジタルエシックスコンパスは、データ、自動化、行動デザインの問いでエシックス観点を整理するツールです。質問が具体的でとてもわかりやすいので、松本さんが言うように誰もが手軽に使うことが可能です。

デジタルエシックスコンパス(日本語訳簡易版)
出所:Danish Design Center 「Toolkit: The Digital Ethics Compass (ddc.dk)」を参考に作成

今岡:伊藤さんは、デジタルエシックスの役割について、どのように考えていますか。

伊藤:デジタルエシックスは一般的な倫理よりも、新しいことにチャレンジするために大まかな方向を示してくれるものという意味合いが強いと思います。今はテクノロジーの発展が早く、法整備が追いつかないグレーゾーンが増えています。「技術的にはできるが、やるべきか?」という判断が求められる時代です。こうしたときに、デジタルエシックスは前に進むための羅針盤になります。

 さらに、テクノロジーは社会全体に影響を与えるため、開発者や事業者だけでなく一般の人や子どもも含めた対話が必要です。デジタルエシックスはその対話を始める問いとしても機能します。

今岡:デジタルに関する行動軸を氷山に例えると、法律やルールは見える部分に過ぎず、変革を進めるには水面下の倫理や文化、社会といった要素にも向き合う必要があります。法整備が追いつかないグレーゾーンが広がる中で、デジタルエシックスを行動指針に、「何をすべきか」の問いを立て、対話をしていくことが重要になっています。

3.消費者調査が示す現実─コンプライアンスだけでは不十分。
信頼構築に必要な「誠実さ」を生むデジタルエシックス

今岡:NECが実施した消費者調査(2025年)では、AIサービスについて「便利だが不安」と感じる人が 3人に2人いることがわかりました。

 不安の理由は主に次の2つです。

  1. 意図的ともとれる不親切なUX/UI(ユーザーエクスペリエンス/ユーザーインターフェース)
  2. 透明性の欠如

 企業や官公庁は、この「不安」にどう向き合うべきでしょうか。伊藤さん、まずは不親切なUIについて、どのように改善していくべきでしょうか。

伊藤:UI設計の一例を挙げると、健康相談AIで『相談開始』のボタンが目立ち、個人情報の扱いは奥にあるような設計はユーザーを誤誘導する恐れがあります。こうしたUIは、「ユーザーが情報や機能を見つけるのを意図的に難しくしていませんか?」というデジタルエシックスコンパスの視点で見直す必要があります。選択肢を適切に明示して、対話を促す設計が望ましいです。

今岡:法的には問題がなくても、判断に必要な情報が見えない設計は、ユーザーに不親切な印象を与えて、結果として信頼を損ねてしまいますよね。

伊藤:例えば、チャット開始前に「この相談内容は一定期間保存されます」という明示があると、ユーザーは安心して先に進めます。ユーザーがその場で判断できるUI設計にすることが、長期的な信頼形成につながると思います。

今岡:では、松本さん、「透明性の欠如」についてはどうでしょうか。データ利活用の見える化を制度や運用にどう織り込むべきかといった実務ポイントを含めてお願いします。

松本:例えば、取得データが意図せず他サービスで広告利用されるとユーザーは強い不安を感じます。 これは企業と生活者のコミュニケーション不足が原因で、「何を・なぜ・どこまで使うか」をわかりやすい言葉で説明する必要があります。

 金融などでは、契約書のフォントサイズを定める自主規制がありますよね。あれは可読性によって誠実さを担保する取り組みです。同じように、広告やレコメンドは説明可能性を担保し、コミュニケーション設計を改善するなど、デジタルエシックス視点の丁寧な設計が欠かせません。

今岡:お二人の具体例が示す通り、UIの誠実さとデータの透明性は「便利だが不安」から生じる不信感の解消に直結します。意思決定と運用の標準にデジタルエシックスを据えて、ユーザーに選択肢を明示したり、説明可能性を確保して、意図的な操作を避ける設計にすることが、長期の信頼構築につながると考えます。

4.未来志向でエシックスの原則(プリンシプル)を探る

今岡:本連載では、これから10回にわたり、デジタルエシックスを軸に、業界横断の共通原則や業界別の実践事例、未来への指針について、各分野の有識者や実務家と議論を深めていきます。最後に、これからの対談への意気込みを一言ずつお願いします。

伊藤:デジタルエシックスには、下の図にあるように「デジタル・フォー・エシックス」と「エシックス・フォー・デジタル」という2つの視点があります。

 私は、この視点をベースに、多様なステークホルダーと未来世代を見据えて、デジタルエシックスをより具体化していくヒントを探っていきたいと考えています。

松本:私は、デジタルエシックスはイノベーションと競争力の羅針盤になると考えています。日本の産業競争力向上に向けて、デジタルエシックスがどう戦略的に使われるべきか議論を深めていきたいと思います。

今岡:デジタル時代の経営には、デジタルエシックスを基軸とした戦略が不可欠です。ChatGPTのようなAIサービスも、倫理的設計がなければ社会にここまで受け入れられなかったでしょう。私も、これからの対談を通じて、各分野で実践可能なプリンシプルを共に描き、信頼されるデジタル社会の実装知へ落とし込んでいきます。

 2026年1月開始の対談シリーズでは、経営学者の入山章栄氏との経営視点での議論から始まり、アニメ制作現場での生成AIと倫理、ブランドやマーケティング、教育、街づくり、海外の事例、そしてAIネイティブ時代の到来にあわせて落合陽一氏や松尾豊氏と描く未来像など、多様な視点から実践のヒントになる情報をお届けします。ぜひご期待ください。

企画・制作・編集:
NEC BluStellar ブランドマーケティンググループ(鈴木章太郎、若山拓巳、権田麻実)