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ブランドが何を選び、どう行動するかの体幹を築く
──これからの時代のブランドの在り方とデジタルエシックスの関係

 本企画は、AIやデジタル技術が進化する中で重要性を増す「デジタルエシックス」を、各業界の有識者との対話を通じて深く探究するシリーズです。AIによる判断の透明性や社会との信頼関係が問われる今、テクノロジーと経営をつなぐ“デジタルエシックス”の視点が、企業の持続的な成長に不可欠になりつつあります。今回は、世界最大のブランドコンサルティング会社であるインターブランドの日本法人、株式会社インターブランドジャパンの佐藤紀子氏を対談相手としてお迎えしました。顔認証の第一人者でありNECフェローの今岡仁、そして新規事業開発やマーケティングの現場を知るNECの鈴木章太郎が話の受け手となり、佐藤氏と共にこれからの時代のブランディングに欠かせないエシックスの視点について議論します。

NECの考えるデジタルエシックスとは

 デジタルエシックスとは、デジタル技術の活用において『何ができるか』だけでなく『何をすべきか』を問い、リスク管理に留まらず信頼や社会的価値を生み出すための行動指針です。

 AIやデジタル技術の進化が急激に進む中、企業経営で問われるのは「いかに信頼を築けるか」です。デジタルエシックスが、企業価値を守り、持続的成長を可能にする新たな経営判断の軸となると考えています。

SPEAKER 話し手

株式会社インターブランドジャパン

佐藤 紀子 氏

日本事業統括責任者 - General Manager of the Japan Business

欧州投資銀行を経て、フランスにてMBAを取得。外資系の消費財大手企業で新規事業の立ち上げや経営企画、事業戦略改革など様々な業務に参画。その後、日系の消費財大手企業にて主にアジア新興国市場におけるブランドのグローバル展開を経営・現場レベルの双方で牽引する。現在はニューヨークに本社を置き、世界11ヵ国に拠点を持つブランドコンサルティングファーム・インターブランドの日本法人インターブランドジャパンにて不動産、IT、消費財、化粧品、小売など幅広いプロジェクトに携わり、事業会社における経験・知見に基づいたクライアント支援を行う。

NEC

今岡 仁

NECフェロー

顔認証技術の研究開発とグローバル事業化を主導。現在はその技術的なバックボーンを活かしながら、デジタルエシックスの浸透とさらなる探求を目指し、企業・自治体とのワークショップや対話・書籍執筆などを通じて発信を続けている。著書に『顔認証の教科書:明日のビジネスを創る最先端AIの世界』『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』など。

鈴木 章太郎

NECプロダクトマーケティング&アライアンス統括部
BluStellarブランドマーケティングG プロフェッショナル

大手通信キャリアなど複数の企業にてマーケティング、ブランド戦略、新規事業開発、ソートリーダーシップ戦略の企画責任者などを経て、現職。

1.VUCAの時代、企業は理念ではなく行動で評価されている

今岡:本日はよろしくお願いいたします。まずは佐藤さんのご経歴や専門領域からお聞きしてもよろしいでしょうか。

佐藤氏:私は現在、インターブランドジャパンという会社で、ブランド構築と実装を中心に企業支援を行っています。かつてブランドといえば、目に見えるデザインやロゴ、ネーミングの話が中心でした。しかし今では、ブランドは世の中の価値観を変えていく役割を持つようになり、経営の手法そのものと捉えられるようになってきました。企業が社会課題とどう向き合い、どのような姿勢で事業を行うのか。そのすべての活動がブランドを形づくっていく時代になったと感じています。

佐藤 紀子 氏
株式会社インターブランドジャパン 日本事業統括責任者 - General Manager of the Japan Business,

今岡:おっしゃる通り、ブランドというものの役割が変わってきていますよね。佐藤さんがこの仕事に携わるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

佐藤氏:私は元々事業会社にいて、直近では日本本社の戦略をもとに、海外でブランドを立ち上げる仕事をしていました。ところが日本での成功体験から抜け出せない本社と、現地子会社との間の板挟みになり、現地でブランドを浸透させることができず、大きな失敗を経験したのです。その時から、「どうすれば日本企業が海外で強いブランドをつくれるのか」を考えるようになり、事業会社を離れてブランディングの世界に飛び込みました。

今岡:その感覚はとてもよく分かります。私自身、顔認証技術の研究開発を進める中で、2009年からアメリカのベンチマークテストに参加していますが、これも「NECの顔認証のブランド」をグローバルにどう確立するかを考えた結果でした。世界中の人に知ってもらうためには、世界的な評価の場で圧倒的な成績を出すしかないと思っていたのです。

佐藤氏:まさにそうですよね。ただ、その一方で、ブランドをつくるというのは時間のかかる仕事でもあり、長期的に企業の「体幹」をつくっていくものだと思っています。私たちは毎年ブランド価値調査を行っているのですが、リーマンショック後に株価回復が早かったのは、総じてブランド価値の高い企業でした。消費者の記憶にブランドが残っている企業は、一度転んでも立ち直りが早く、まさに企業の「体幹」として機能しているのです。

今岡:今回の対談テーマである「エシックス」も、企業を支える体幹の一部だと考えています。一方で、パーパスや企業理念といったものも、同じく体幹を形づくる一要素だと言えそうです。この辺りはどう捉えられていますか?

佐藤氏:象徴的な出来事が、2020年の新型コロナウイルスの流行です。それ以前は、パーパスや理念を掲げること自体が一つのトレンドでしたが、コロナによって「未来は簡単に予測できない」という現実が突きつけられました。その結果、理念を語ること以上に、不確実な状況の中で企業がどんな判断軸で考え、どう行動したのかが強く問われるようになっています。「今を切り取る力」に市場の目が向けられる時代になった、と言えるのではないでしょうか。

 実際に、経営者がパーパスを決めて発信しても、若手社員からは「嘘っぽい」と受け取られることがあると言われます。目指すべき方向性としてのパーパスは重要ですが、それが本物かどうかは、企業としての日々の意思決定や行動の積み重ねによって初めて実体化するものだと思います。

今岡:その行動原理になるのが、エシックスですよね。前回対談した名和高司先生も、「パーパス経営」から「エシックス経営」への発展を語られていました。パーパスを実際に行動へ移すための行動原理として、エシックスが必要だという考えに私も強く共感しています。

2.何を選び、何を手放すのか?ブランドが意思をもって選択し、発信する

今岡:ところで日本では、エシックスという言葉がどうしてもガバナンスやコンプライアンスといった守りの文脈で語られがちです。佐藤さんはエシックスをどういったものだと考えていますか。

今岡 仁
NECフェロー

佐藤氏:私にとってエシックスは守りではなく、攻めの概念であり、ブランドが意思をもって投資家、社員など幅広いステークホルダーに発信するものだと思っています。選択・発信するということは、裏を返せば「やらないことを決める」ということ。NECが選ばないことを、別の企業が選ぶという場合もあるでしょう。その判断の軸になるのがエシックスであり、それは企業のパーパスと連動しているべきであり、いわば企業の審美眼的なものであると考えます。

 ブランディングとは、他社とどう違うのかという「ポジション」を取る作業といえます。エシックスもまさに同じで、だからこそ世間に発信することも重要になると思っています。なぜその判断・選択をしたのか。その背景にある行動原理として、エシックスは確実に働いているはずです。その部分を社会へ発信しなければ、エシックスが事業やブランドとどう結びついているのかが伝わりません。

今岡:エシックスは暗黙知ではなく、光を当てていくべきだということですね。ですが、日本の企業は発信することを苦手にしていると感じます。何か大きな社会問題が起こった時、海外企業のようにブランドとしてのメッセージを出すのではなく、むしろ黙ってしまう。でも、何も発信しないということは、何も考えていないと受け取られてしまいますよね。

佐藤氏:本当にその通りです。グローバルな社員も増えている中、ブランドの持つ倫理観・価値観を明確に社内外に示すということは非常に重要だと思います。人間でも、それぞれ個人としての倫理があるから価値観というものが出来上がっているわけですよね。それと同じく、企業の人格・ブランドパーソナリティというものと、それを支えているエシックスを、しっかりと世の中に伝えていくべきだと思います。

鈴木:海外企業との違いについて、もう少し掘り下げてもいいでしょうか。日本企業は、炎上リスクや世間からの受け取られ方を過度に意識してしまい、「絶対に白であること」しか発信しない傾向があるようにも感じます。このあたりはどのようにお考えですか?

鈴木 章太郎
NECプロダクトマーケティング&アライアンス統括部
BluStellarブランドマーケティングG プロフェッショナル

佐藤氏:日本と海外の大きな違いは、「価値観の多層性の前提」ではないかと考えています。私がいたフランスでは、Aという意見があれば、必ずBやCやDという別の意見も同時に存在する。その前提があるからこそ、企業は恐れずに自分たちの立場を明確に繰り返し打ち出し、マネジメント層が誰に支持されたいのかを戦略的に決めていました。そうでなければ多層な価値観の組織を束ねられないからです。一方、日本では「みんなに愛されたい」「みんなの〇〇でありたい」という思想が強く、結果的にポジションが曖昧になってしまっています。近江商人の経営哲学である「三方よし」が、逆にネックになってしまっているのです。

 また、エシックスについての考え方も日本とは異なる部分があります。以前、エシックス分野を専門とするイギリスの方と話す機会があったのですが、エシックスは戦時下の軍隊訓練にも活用されるものであったそうです。極めて道徳的な正当化が困難な戦時状況でエシックスを使う、というところから端を発している。この話は私にとって大きな驚きでもあり、日本との根本的な違いを感じました。日本人のメンタリティーだと、やはりエシックスは「和」なのです。日本は島国で、先程申し上げたような大陸の考え方とは異なり、「和を以て貴しとなす」という文化がある。だから、三方よしの精神でここまで来ているのだと思います。その日本だからこその独自のエシックスの確立ができるのではと思いますし、日本企業として、日本らしいエシックスを発信していくことは非常に重要です。一方で、日本のブランドを海外市場でも成長させていくためには、日本的な「和」をそのままの形で持ち込むのではなく、価値観の多層性も前提とした新しい「調和」を再編集する必要があるのではないでしょうか。

3.エシックスを思想で終わらせないために、行動原理を実体化していく重要性

鈴木:これまでのお話を通して、エシックスは単なる考え方や思想の問題ではなく、ブランドがどんな立場を取り、どう行動するかを明確に示すものだと実感しました。一方で、それを現場の判断や日々の業務にまで落とし込むのは簡単ではないと感じてしまいます。実際の行動としてどう実体化していくのか、その難しさについておうかがいできますか?

佐藤氏:一番の課題は、エシックスが思想で終わってしまうことだと思います。エシックスは言葉として掲げるだけでは意味がなく、事業やマーケティング、営業活動といった世の中とのタッチポイントすべてで感じられなければいけません。営業の振る舞いからこの会社の考え方が伝わるか、マーケティング戦略や商品・サービスから思想がにじみ出ているか。そこまで一貫して初めて、エシックスが機能していると言えます。

 だからこそ、現場への浸透が不可欠ですよね。エシックスが事業に変換された時にどんな姿になるのか、どんな判断や打ち手に反映されるのかを、徹底的に議論しなければ実体化されません。エシックスをどう事業の中に染み込ませるかは、避けて通れないテーマだと思います。

鈴木:私もマーケティングの仕事をやっている時に、個別の打ち手においてエシックス的な行動が取れていない自分に対してモヤモヤとした思いがありました。一人ひとりがその一貫したエシックスのもとで動くためには何が必要なのでしょうか。

佐藤氏:そこはアプローチの方法がたくさんあると思います。例えばAmazonでは、取締役会の時に必ず一つ空席を設け、それを「お客さまの席」だと扱っているそうです。これは意思決定の場で、常に「本当に顧客を見ているか」を問い続けるためのメタファーです。この問いを仕組みとして組み込み、繰り返し続けている点が重要です。

 行動原理というのは、結局はカルチャー(文化)なのです。言葉で説くだけでなく、見える景色や体験を通じてカルチャーが変わり、その結果として行動原理が実体化されていくものだと思うので、エシックスに触れ続ける環境をつくることが重要なのではないでしょうか。

今岡:いい事例ですね。もう一つ、エシックスの実践という視点からお聞きしたいのですが、事業やプロダクトの判断をする場面で、「これはグレーだよね」という一言で議論が止まってしまうことがあります。こうした意思決定の場面で、エシックスがプラスの力に働くと思われますか?

佐藤氏:エシックスは、まさにそのためのものだと思います。グレーである限り、それは自社だけでなくどの企業にとってもグレーです。でも自分たちのエシックスがあるからこそ、グレーの中でも意思決定ができるようになり、ポジションを取ることができるようになります。

 十字路に立った時に、進むべき方向である北極星がパーパスであり、その道を照らしているのがエシックス。照らされていれば本来グレーは存在しないはずで、もしグレーに見えるとしたら、それはパーパスやエシックスが十分に議論されていないというサインなのだと思います。

4.デジタルを”人間的価値”に置き換えていくためのデジタルエシックス

今岡:最後に、この対談企画全体のテーマとなっている「デジタルエシックス」についてもうかがいたいと思います。AIやデジタル技術は、人間の持つ力を大きく超えたスピードで進化しています。一方で、「情報がどのように使われているのか分からない」「AIがすべての仕事を代替してしまうのでは」など不安が広がっていることも事実です。こうした時代に、デジタルエシックスはどのように機能するのでしょうか。

佐藤氏:これが答えになるかは分かりませんが、不安の正体はスピードや効率そのものではないと思っています。デジタルやAIが、判断や解釈といった「意味」まで生成するようになったことで、人が自分で選んでいる感覚を失ってしまう。そこに支配されているような感覚が生まれるのだと思います。だからこそ重要になるのが、デジタルが生み出す意味をそのまま受け取るのではなく、人間的な価値として置き換えるための判断軸となる思想です。私は、それがデジタルエシックスの役割だと考えています。

今岡:なるほど。そういった判断軸となるデジタルエシックスを、企業は行動で示していかないといけませんよね。

佐藤氏:おっしゃる通りです。ブランドの世界には、「テクスチャー(手触り感)」という言葉があるのですが、それは機能やスペックといったファンクショナルな価値を超えたところにあるものです。「この選択は人間主体なのだ」と感じさせるテクスチャーを、どれだけデジタルの世界でも示していけるかがカギになります。例えばNECさんなら、「自分たちがつくるデジタル技術やサービスは、必ずこのテクスチャーの上で成り立っている」ということが、はっきりと言えるかどうかが非常に重要だと思います。

鈴木:AIや新しいデジタル技術の活用を推進する際、不安感や不信感と向き合うことが求められる場合があります。ブランドというアプローチから、消費者が感じるそれらの感情を和らげることはできるのでしょうか。

佐藤氏:結局、ブランドは「印象」をつくるものです。だからこそ、クリエイティブの力を使って、人間のパーセプション(認知・認識)を変えていくことは可能だと思っています。ただし、表面上の表現だけで終わってしまっては意味がないので、技術の使い方や考え方について、透明性や説明責任をもって、企業側から対話を続けていくことが重要であり、その部分を担うのがまさに「デジタルエシックス」ですね。企業がデジタル技術を使って、どのような姿勢で社会と向き合おうとしているのか、そのメッセージを丁寧に発信していくことで、ブランドが大きな力を発揮するのかと思います。

今岡:ここまでお話をうかがってきて改めて分かったのは、ブランド、パーパス、エシックスは、どれか一つだけがあっても意味がないということですね。パーパスで「なぜやるのか」を定め、エシックスで「どう判断するのか」という基準を持ち、その積み重ねがブランドとして世の中に現れていくという、それぞれの強い関わりを感じました。

佐藤氏:本当にその通りだと思います。パーパスだけがあっても行動につながらないし、エシックスだけを掲げても事業やブランドに落とし込めなければ機能しません。ブランドもまた、その二つがなければ単なる表層になってしまいます。これらは常に行き来しながら、同時に成り立っていくものだと思います。

今岡:今日はたくさんの気づきをいただきました。貴重なお話をありがとうございました。

企画・制作・編集:
NEC BluStellar ブランドマーケティンググループ(鈴木章太郎、若山拓巳、権田麻実)

編集後記:

 本記事では、ブランディングの専門家である佐藤紀子氏を迎え、企業にとってのブランドとエシックスの関係性について議論しました。エシックスという概念は欧米から生まれた背景もあり、日本企業においても、欧米の考え方を参照しながら取り入れてきた側面があるといえます。一方で佐藤氏は、自身の海外での豊富なビジネス経験を通じて、日本と欧米とでは文化やメンタリティーが根本的に異なるとおっしゃっていました。その上で、日本企業には調和を重んじる、日本ならではのエシックスがあるはずであり、それを日本企業自身の言葉で発信していくことの重要性も示されました。

 とりわけ印象的だったのは、AIやデジタル技術が「意味」まで生成する時代において、その意味をそのまま受け取るのではなく、人間的な価値へと置き換える判断軸としてデジタルエシックスを捉える視点です。日本で技術開発を先行してきたNECだからこそ、デジタルの世界においても「人間主体の選択だ」と感じられる手触り感をどう実装していくのか。その姿勢を企業としても明確に示し続けることが、ブランド価値そのものになっていくのではないか——そんな示唆に富んだ対談でした。