AI時代に、信頼とイノベーションを両立するために-
デジタルエシックスがもたらす新たな可能性
AIなどのデジタル化が急速に進む中、企業や官公庁は利便性や効率性の向上というメリットを享受しています。しかしその一方で、データ活用の透明性をどう担保し、消費者や市民からの信頼を獲得するのかといった、新たな課題にも直面しています。
2025年10月27日、東京大学で開催された「Social & Digital Innovation Conference 2025」内のセミナー「Digital × Ethics」では、デンマークと日本の有識者が議論を行い、デジタルエシックスの課題と可能性を探りました。本レポートでは、NECが実施した日本の消費者1,597人への調査結果とデンマークの事例をもとに、両国の違いを踏まえながらも、信頼とイノベーションを両立するためには、社会的価値や倫理的判断が重要な役割を果たすことを明らかにします。
Social & Digital Innovation Conference 2025
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開催日
:
2025年10月27日(月) -
会場
:
東京大学先端科学技術研究センター 4号館2階講堂 -
主催
:
Social & Digital Innovation Lab -
共催・支援
:
東京大学、一橋大学、ロスキレ大学、JST、RISTEX
「Social & Digital Innovation Conference」は、デンマークと日本のデジタル社会とイノベーションに関する戦略的パートナーシップを背景に、両国の研究者、企業、公共機関が集い、社会とデジタルの未来を議論し、長期的な協働ネットワークの構築を目指す国際会議です。
当日は、「倫理」「デジタル×シティ」「ヘルス」「リビングラボ」「デザイン」など幅広いテーマで、社会のデジタル化に向けた知見共有や新たな連携機会の創出が図られました。
NECの考えるデジタルエシックスとは
デジタルエシックスとは、デジタル技術の活用において『何ができるか』だけでなく『何をすべきか』を問い、リスク管理に留まらず信頼や社会的価値を生み出すための行動指針です。
AIやデジタル技術の進化が急激に進む中、企業経営で問われるのは「いかに信頼を築けるか」です。デジタルエシックスが、企業価値を守り、持続的成長を可能にする新たな経営判断の軸となると考えています。
SPEAKER 話し手

ブライアン・フランセン(Brian Frandsen)氏
戦略デザイナー
デンマークデザインセンター(DDC)ではシニア・ストラテジック・デザイナーとして活躍。プロセスデザイン、サービスデザイン、イノベーションのための企業向けプログラムの講師やトレーニングに豊富な経験を持つ。デザインとデザイン思考がいかに複雑なシステムや課題に対応し、人々のモチベーションを高め、人間にとって有意義な暮らしを創造するための行動を生み出すかに焦点を当てている。デンマークのコリングデザインスクールでインダストリアルデザインとプロダクトデザインの修士号を取得。

板倉 陽一郎 氏
ひかり総合法律事務所 パートナー弁護士、情報学者
2007年慶應義塾大学法務研究科(法科大学院)修了。2008年弁護士登録(ひかり総合法律事務所)。2016年4月よりパートナー弁護士。弁護士2年目から消費者庁に出向し、世界的にルール作りが急務だったデータ保護の現場をつぶさに見てきた経験を持つ個人情報保護制度のトップランナー。

本多 達也 氏
富士通コンバージングテクノロジー研究所 Ontennaプロジェクトリーダー
1990年香川県生まれ。博士(芸術工学)。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置を研究。2019年度グッドデザイン金賞。令和4年度全国発明表彰「恩賜発明賞」。令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞。著書に『SDGs時代のソーシャル・イントラプレナーという働き方』(日経BP)

今岡 仁
NECフェロー
顔認証技術の研究開発とグローバル事業化を主導。現在はその技術的なバックボーンを活かしながら、デジタルエシックスの浸透とさらなる探求を目指し、企業・自治体とのワークショップや対話・書籍執筆などを通じて発信を続けている。著書に『顔認証の教科書:明日のビジネスを創る最先端AIの世界』『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』など。

松本 真和
NEC フェロー室長
兼 ビジネスイノベーション統括部 ディレクター
官公庁、通信キャリアを経て2021年よりNECに参画。政策・ルールに係る立案・活用に官民双方の立場から従事した。現職では、AIを活用した事業開発を統括、デジタルエシックスの体系化やパブリックアフェアーズを通じて、DXの推進に係る提言活動を推進している。これまで世界経済フォーラムフェロー、SDGs デジタル社会推進機構相談役などを歴任。
ディスカッション1:デジタル社会の光と影
AI時代の信頼確保には、透明性と倫理的判断が不可欠
松本:AIやデジタル技術の進化が急激に進む中、実際にAIを利用する消費者はどのように感じているのでしょうか。
そこでNECでは、日本の消費者を対象にAI時代の意識調査を実施しました。その中では、
- ● 75%の人がAIによって好みや履歴に応じた提案などを得られるパーソナライズ体験を経験したことがある
- ● AIサービスを体験したことがある人の66%がAIサービスに対して「便利だが不安を感じる」
と回答しています。
この結果から、日本の消費者の間では、AIの利便性を享受する一方で、データの使われ方や透明性に対する不安が広がっていることが明らかになりました。
NEC フェロー室長
兼 ビジネスイノベーション統括部 ディレクター
板倉氏:こうした消費者の意識を踏まえて、デジタル社会における懸念や期待について、皆さんはどのようにお考えでしょうか。
ブライアン氏:非常に興味深い調査結果です。グローバルな視点でも、消費者は同様の懸念を抱えています。例えば、デジタルサービスを利用する際の「これは本当に信頼できるのか?」という疑問や、eコマースに対する不信感は、デンマークやヨーロッパでも見られます。
また、これまで公共機関のデジタル基盤には強い信頼が寄せられてきましたが、近年はその信頼にも変化が見られ、デジタルサービスや製品をつくるときに「どんな価値観で判断すべきか」を考えるための行動原理であるデジタルエシックスの重要性が増しています。ヨーロッパでは信頼できるデジタルインフラの構築が進められており、今がまさに変化の時期だと感じています。
戦略デザイナー
デンマークでは、官民連携の支援体制が社会的信頼の基盤に
本多氏:公共機関のデジタル化でいうと、デンマークでは郵便請求や行政手続きなどのデジタル化が進んでいますが、日本では古いシステムと新しいシステムが並行して存在し、非常に複雑な状況です。なぜデンマークはそれを実現できているのでしょうか?
ブライアン氏:デンマークでは、国全体が「リビングラボ(社会実験の場)」という発想が根付いています。そのため、人口500万人の小国でありながら、世界の大企業の新技術に早くから触れるチャンスが多く、世界で最初の3Gインターネット携帯電話もデンマークで登場し、20~25年前から最新のモバイル技術やインフラが構築されてきました。安価で機能的なテクノロジーに早期から触れられたことが、デジタル化の進展に寄与していると考えられます。
本多氏:デジタル化が進むと、デジタルデバイド(情報格差)も課題になってくると思います。デジタル化は多くの支援が加わって少しずつ進んでいくものだと思いますが、デンマークでは、図書館に高齢者向けのデジタルサポート体制が整備されているなど、政府が先に支援制度を用意し、人々を支える仕組みが積み上げられています。また、デンマークでデジタル化が進んでいる理由の一つは、社会に対する信頼があるからだと聞きました。その点はいかがでしょうか。
富士通コンバージングテクノロジー研究所 Ontennaプロジェクトリーダー
ブライアン氏:デンマークには「三人が一時間集まって話せば、協会ができる」という言い回しがあるほど、市民社会活動やボランティア活動が文化として根付いています。高齢者へのデジタル支援など多くの取り組みは公共セクターが推進していますが、実際にはボランティアによって運営されています。
デンマークで人々の間に信頼関係が構築できているのは、このように誰もがボランティア活動に参加し、地域社会の一員になれる余地が常にあると感じられるからだと思います。そして、ボランティアと公共セクターの強い結びつきが、社会的信頼の基盤となっています。
ディスカッション2:消費者の離反リスクとデジタルエシックスの可能性
ダークパターンや不親切な設計は消費者の離反リスクを高める
松本:AI時代に変化する消費者の意識調査では、
- ● デジタルサービス利用時に不信感を抱いた(不誠実な体験をした)ことがある消費者は82%
- ● その中の90%は、不信感を抱いた後、ブランド毀損や購買離反など何らかの行動を起こす
という回答も得られました。
不信感はユーザーの行動やブランド選好にも影響を与えており、企業にとって非常に重要なポイントです。
また、AIなどのデジタル技術が発展する中で、決められたルールを守るだけでなく、社会の常識や価値観も踏まえて、人や社会にとって望ましいデジタル利用のあり方を示す行動原理であるデジタルエシックスについて、消費者の91%が共感し必要であると回答しました。
この調査結果からは、デジタルエシックスが企業と消費者の信頼関係や社会的価値の創出において、今後ますます重要になることが示唆されます。
板倉氏:それでは、これらの結果を踏まえて、「消費者の離反リスク」と「デジタルエシックスの可能性」について、議論を深めていきたいと思います。
「消費者の離反リスク」で言うと、最近、ユーザーを意図的に誤った方向へ誘導する「ダークパターン」と呼ばれる欺瞞的なデザイン手法が、問題視されています。これらは、ユーザーの不安を利用して、企業が自社の利益を優先した設計をしていると指摘されています。もし市場をリードする企業が倫理的な行動を重視するようになれば、ダークパターンのような手法は自然と排除されていくのでしょうか。
ひかり総合法律事務所 パートナー弁護士、情報学者
ブライアン氏:この調査結果に私は非常に驚きました。私たちがすべきことは、消費者がこうした欺瞞的な手法を見抜く力を持てるように、倫理的な視点を高めていくことだと思います。今後も利益のために消費者を罠にかけようとする企業は存在し続けるでしょうが、消費者も徐々にこうした手法に気づき始めています。そのため、こうした現象が表面化しているのだと思います。
進歩的な企業は、この機会を活かして利益や商業化だけでなく、「なぜつくるのか」「どのようにつくるのか」という倫理的な視点で考えて実践することに焦点を移すべきです。今がまさに転換点であり、真っ当なやり方で戦う企業が勝てる時代になると考えます。
「倫理的な社会を支えるテクノロジー」を目指して
今岡:一部の企業で残る、ユーザーにとって不親切なUX/UI、いわゆるダークパターンは、罠のようなものです。
今後の課題は、データ活用の透明性や誠実な設計に留意しながら、デジタル製品やサービスの長期的な価値、つまり社会的価値をどのように定義し、実現していくかという点だと思います。そのためには、企業や行政が、提供するデジタル製品やサービスを「どんな価値観で判断するべきか」という倫理的な意思決定を行うことが必要です。また、倫理的な思考を取り入れるためにデンマークで開発されたツールの「デジタルエシックスコンパス」などを活用することで、開発の初期段階から倫理的な課題を検討することが可能になると思います。
NECフェロー
ブライアン氏:「すべての新しいテクノロジーは、解決する問題と同じくらい多くの問題を生み出す」という言葉がありますが、これは、AIやソーシャルメディアなど現代の技術にも当てはまります。
デジタル製品やサービスの倫理性は社会的文脈やシステムによって変化しますが、対話を通じて「本当に正しいことは何か」を問い続けることが求められています。また、これからのデジタル技術の設計には、テクノロジーが人間らしさを高めるものであるかを問い続ける姿勢も重要です。私たちが目指すべきは「倫理的なテクノロジー」ではなく、「倫理的な社会を支えるテクノロジー」だと考えます。
セミナーを終えて
今岡:本セミナーを通じて、技術の進化がもたらす利便性の裏側には、必ず新たな課題や責任が生まれることを改めて実感しました。AIやデータ活用の進展と共に、透明性や倫理的判断、社会的信頼の維持がますます重要になります。単なる技術導入ではなく、「なぜその技術を使うのか」「社会とどう向き合うのか」という視点が、これからは不可欠です。デジタルエシックスは、リスク管理を超え、イノベーションと信頼を両立させる競争力になると確信しました。
松本:今回、AI利用に関する生活者調査を実施し、その結果をご報告させていただきました。この調査を通じて、デンマーク・日本でデジタルにかかわる有識者が越境してデジタル活用に係る倫理的重要性を議論できたことを嬉しく感じております。引き続き、人とデジタルの共存を進める羅針盤となるデジタルエシックスの活用を形式知化して皆様にお届けして参りますので今後の発信もどうぞご期待ください。
AI時代に変化する消費者意識調査2025
-デジタルエシックスが創る新しい可能性
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調査手法
:
アンケート(インターネット調査) -
対象地域
:
日本全国 -
対象者
:
デジタルを活用したサービス*を使用している15歳~74歳の一般生活者 -
サンプルサイズ
:
1,597s -
調査時期
:
2025年8月29日~2025年9月5日 -
調査主体
:
日本電気株式会社
- * デジタルを活用したサービス:SNS、買い物・予約・支払い系サービス、エンタメ・コンテンツ視聴系サービス、学習・自己啓発・知的サービス、ヘルスケア・生活支援系サービス、データ・デバイス活用系サービス、その他のオンライン/デジタル活用サービス
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