

【激震する業界地図】Vol.2
経産省が描く製造業DXの未来像 持続可能な企業に不可欠な要素とは
2018年に経済産業省が公表した「DXレポート」は大きな衝撃を持って受け止められた。変革を成し遂げられなければ日本企業の多くが「デジタル競争の敗者」となるリスクを指摘したからだ。あれから6年が経ったが、日本の産業構造を支える製造業のDXにはどんな死角が存在するのだろうか。本シリーズでは「激震する業界地図」をテーマに、向こう数年で起こりうる構造変化を大胆に予測。その第2弾となる今回は「政府から見る製造業の未来」がテーマだ。今回のゲストは、経済産業省でデジタル政策やスタートアップ支援に深くかかわってきた河野 孝史氏。製造業はどのような課題に直面し、業界全体としてどのような変革が求められているのか。河野氏にホスト役のビービット日本リージョン代表 藤井 保文氏が鋭く切り込んだ。
SPEAKER 話し手

河野 孝史(こうの たかし)氏
経済産業省
製造産業局 総務課 課長補佐(総括)
大臣官房 政策企画委員(製造産業局担当)

藤井 保文(ふじい やすふみ)氏
株式会社ビービット
日本リージョン代表
製造業DXの課題は「組織を超えた連携」にあり
藤井氏:経済産業省(以下、経産省)が2018年に「DXレポート」を打ち出してから、既に6年が経過しました。そのおかげもあって、DXの重要性は多くの日本企業に認知されるようになりましたね。
河野氏:初期の課題は「DXという言葉をどう定義するか」ということでした。何をすればDXしたことになるのか、「デジタル化」とは何が違うのか、そしてDXというトンネルを抜けた先にどんな世界が待っているのか。変革した後の 「To be像(あるべき姿)」が明確ではなく、帳簿管理を手作業からExcelに変えただけでDXと称する例もあるなど、当初はコンセプトの普及に課題がありました。
その課題が全く消えたわけではありませんが、変革した後のゴールイメージの具体化が大事だと気付いて、トップがリードしたり、社長直轄チームをつくったりしながら具体像を描こうとする企業も増えています。そうした動きに対して、DX政策によって間接的に寄与できた部分はあるのではないかと思っています。

製造産業局 総務課 課長補佐(総括)
大臣官房 政策企画委員(製造産業局担当)
河野 孝史氏
2007年に経済産業省入省。資源エネルギー政策に関する法制度・予算等の企画調整や災害対応、気候変動問題の国内調整・国際交渉等を計7年間担当し、AI・IoT等を活用した新産業モデル創出(Connected Industries)やデータ流通ルールの整備、また独立行政法人IPAにおけるDADC(デジタルアーキテクチャ・デザインセンター)創設等のデジタル関連政策の推進を計5年間担当。その後、経済産業省の人事・組織運営に関する改革を3年間担当し、2024年7月より現職。2005年東京大学工学部卒業、2007年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了、2016年カリフォルニア大学サンディエゴ校国際政策・戦略研究大学院(国際関係学)修了。
藤井氏:日本企業の中でも、産業構造の根幹を支える製造業DXの進捗をどう見ていますか。例えば、「ここはできているけど、ここはできてない」というようなことがあれば教えてください。
河野氏:DXには2つの方向性があると思っています。1つは、現場中心の「個社のDX」です。目の前の業務を効率化する、自分の部署の業務を最適化するということは、ITツールの促進も含めて進んできたと思いますが、現場のオペレーションやビジネスに関するところだけでなく経営まで含めて刷新するようなところまでいっている事例はまだまだ少なく、過去のDX銘柄企業の活動事例を見てみても、コーポレート起点の全社目線でのDXはわずか1割程度しかないというデータもあります。これが2割、3割と広がり、より本質的なDXが加速していくように、経産省としてもサポートしていきます。
もう1つは「組織を超えた連携によるDX」です。これは一部の現場や部署にとどまらず、組織全体、また他企業、他産業などへと連携を進めることによって、DXの裾野を広げていくものです。多様な主体やシステムどうしが共通目的のもとで高度に連携し、Society 5.0の実現にもつながっていくことが期待されます。ただ、まだ事例が少ないので、ユースケースを組成していくことがまず当面の課題です。
サプライチェーンのDXはGXと経済安全保障に直結する
藤井氏:ものづくりのサプライチェーンの中で、互いに連携しながらDXを進めていくイメージですね。この分野のDXはなぜあまり進んでいないのでしょうか。

日本リージョン代表
藤井 保文(ふじい やすふみ)氏
東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、人と社会の新しい在り方を模索し続けている。著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計22万部。最新作『ジャーニーシフト』では、東南アジアのOMO、地方創生、Web3など最新事例を紐解き、アフターデジタル以降の「提供価値」の変質について解説している。ニュースレター「After Digital Inspiration Letter」では、UXやビジネス、マーケティング、カルチャーの最新情報を発信中。
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河野氏:いくつかの理由がありますが、その1つとして、製造業の特徴が関係していると考えています。例えば自動車を1台つくると仮定した場合、シャーシはどの材料をどこから調達して誰がつくるのか、エンジンはどこで誰が組み合わせ、燃料はどこからどのように調達するのか。ものづくりには、多数の部品ごとに広く深いサプライチェーンが連なっていますが、かかわる主体やシステムが極めて大量かつ複雑な製造業では、複数主体での連携が特に難しいのではと考えています。
例えば、中国が2023年8月にガリウムやゲルマニウムの輸出管理措置を施行しましたが、その際に「自分の会社が中国産のそれら鉱物資源にどれぐらい頼っているのか」について、直ちに把握できた企業は、それほど多くはいないのではないかと思います。このように、製造業において業種横断的なDXを進めるための前提ともいえる「サプライチェーンの見える化」は、必ずしも十分には進んでいないというのが実感です。
藤井氏:つまり、サプライチェーンのDXに取り組むということは、そのままサステナビリティ(持続可能性)やリスクの見える化に直結するということですね。
河野氏:おっしゃる通りです。ここ1、2年、経産省の製造産業局では「GX(グリーントランスフォーメーション)と経済安全保障、そしてそれらを支えるDX」という柱で、業種横断的な施策を行っています。ここでいうGXは、サステナビリティとほぼイコールでとらえていただいても構いません。どこからどんな原料を調達するのか、それは本当にサステナブルな原料なのか、リサイクルはちゃんと行われているのか、不法な廃棄は行われていないか、ライフサイクルで排出されるCO2の評価は誰がどのように行っているのか、といった論点が問われてくることになります。
ただ、その捕捉手段については、限界があるのが実情です。日本では商慣行として、お客様である仕入先や納入先の、さらに先にいる事業者のことまで把握しようとする意識が薄く、自社はそれらお客様に対していかに付加価値を提供できるか、という点に焦点があたっていたからではないかと考えています。つまり、サプライチェーンの中のどこかに位置付けられているプレイヤーが、その最上流から最下流まで、すなわち自社の製品をつくるためにどこからどのような鉱物を原料として活用しているか、またそれが使用されている最終製品がどこでどれだけの付加価値を最終消費者にもたらしているかを、必ずしも意識しきれていなかったのではないか、と考えています。
世界の政治動向がサプライチェーンDXを加速させる契機に
藤井氏:確かに大企業の方とサステナビリティの話をすると、本質的な課題というより、「やらなきゃいけなくなったから、やること」ととらえているケースが多い。一方、中堅・中小企業の方々は、「自社の経営に直接関係がないのに、なんでやらなきゃいけないの」と思っている方も多いわけです。それを考えると、サステナビリティの啓蒙はかなり大変なように思うのですが、その点はどうお考えですか。
河野氏:企業経営において特に意識いただきたい点を政府としていかに伝えるか、というのは我々が常に直面する課題の1つではありますが、最近のケースでは、やはりトランプ政権の誕生は大きな影響があると思います。例えば、メキシコやカナダに25%の関税をかけるという話が出てくれば、「自分の会社が米国から輸入しているもののうち、何がメキシコやカナダから来ているものだろうか」、あるいは中国がガリウムなどの重要な鉱物などについて輸出管理措置をさらに強化したとなると、「自分の会社が利用しているもののうち何がどの程度その輸出管理の対象になっているのだろうか」と、改めて自問せざるをえない。その気付きがきっかけの1つとなって、サプライチェーンの問題への意識がさらに高まり、その一部としてサステナビリティへの意識も、さらに自分事になっていくことが考えられます。加えて、そのようなサプライチェーンへの意識は、取引先への価格転嫁や賃上げに関する話にもつながってきます。こうした点は、現政権での重要課題の1つとしてもとらえているので、経産省としてもさまざまな形で、企業や業界の取り組みをサポ-トをしていきます。

藤井氏:サプライチェーンのDXをしっかり進めようと思えば、1社だけでなく全体のサプライチェーンを見える化し、変革しなくてはいけない。「DXとGX、経済安全保障」は全部一貫した問題だということですね。
河野氏:まさにそれが、私が本日一番申し上げたいことです。「DXとGX、経済安全保障」のカギは、「いかに組織を超えた連携を、デジタルの力を活用して強固に進めていくか」です。そのためには、自分がどんな種類のプレイヤーとして、サプライチェーンのどこに存在するのか。自分は誰に依存し、誰にどんな付加価値を提供しているのか。自社の位置付けを相対的に把握することが、GXやサステナビリティ、また経済安全保障を進める上では極めて重要であり、それが同時に今後DXしていくべき対象となる領域だと感じています。
経産省が進める業界横断型のデータ連携「ウラノス」とは
藤井氏:とはいえ、サプライチェーン全部の見える化となると、どこから始めるかが難しい気もします。何か参考になるような事例はありますか。

河野氏:例えば、経産省が進めている「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」は、業界横断型のデータ連携の取り組みですが、先行するユースケースとしては「車載用蓄電池」の事例があります。これは、欧州の電池規制への対応が迫られていること、自動車に関連する企業・業界においてデータ利活用に積極的な人材と雰囲気があったこと、政府側が議論の環境を整える潤滑油的な役割を果たす準備が整っていたことなど、いくつかの要因が掛けあわさり、ユースケース第1号として立ち上がったという経緯があります。
具体的には、自動車メーカー、リサイクル事業者、電池・電気メーカー、規制当局などがかかわり、産業を超えたDX基盤としてのデータの標準化やルールづくりを行っています。今は蓄電池から自動車全体へ、また管理対象も商流から金流・人流なども含めたものへと、ユースケースの拡大を目指しているところです。
藤井氏:こうした動きが同時多発的に発生し、「この流れに乗らないと、大企業と取引できない」と中堅・中小企業が危機感を覚えて一気に浸透していく。そんな潮流が生まれるといいのかもしれませんね。
河野氏:それだけ魅力あるケースをつくれるかどうかは引き続き重要な課題ですが、カギとなるのが企業トップの方々のコミットメントだと感じています。私自身、デジタル政策には5年ほどかかわりましたが、「今あるデータを使って、とりあえず何かやろうよ」という感じだと、ほとんどの場合うまくいかない。トップがコミットして、経営の方向性や具体的に成し遂げたいことを現場に浸透する程度にまで明らかにし、高いレベルでプロジェクトに継続的に関与していくことが、1つのポイントになると思います。

新たな補助金の仕組みでサプライチェーンの構造転換を促す
藤井氏:サプライチェーンの連携に向け、各企業でやっておける準備があるとしたら、それはどんなことでしょうか。
河野氏:最初の一歩は、「問題意識を持つ」ことだと思います。先ほど申し上げた米中の輸出管理に関し、まずは各種報道をよく読むところからでも良いと思います。そして、企業のトップが業界俯瞰の目線を持ち、サプライチェーンにおける自社の位置付けについて、具体的には2つ以上前と後がどうなっているのかという点も含めて、把握していくことが大事と思います。それから、ほかの業界で起きている事例にも目配りすると、なお視野が広がると思います。具体的な商材や扱うサービスが異なっていても、抽象度を一段上げてサプライチェーンの全体を眺め、その流れの中でどんな課題が生じており、その対応のためにどのような対応、例えばサプライチェーンの透明化や合理化なども含めた工夫を行っているのか。こうしたことを考察することは、自分たちが対応すべき取り組みへのヒントを提供してくれるのではと考えます。
ただ、そうした動きが各所で生じる中で、例えばさまざまな分野で散発的にデータ連携の動きが生まれると、逆にそれぞれのシステムが独立し互いに連携がとれないまま乱立してしまう可能性もあります。それを防ぐ意味でも、経産省には異なるシステムどうしが連携するための考え方を先述のウラノスとして整理しておりますので、それを参照した異分野との連携がさらに広がっていくといいなと思っています。いずれにせよ、まずは小さな領域でのデータ連携などから、成功例を作り、だんだんとステークホルダーやサービス自体のスケールを大きくしていき、そして個々の事例を加えながらアップデートしていく。そのプロセスを繰り返すことが、全体の考え方と個別のエコシステムとの、双方の発展につながっていくのではないかと思います。
藤井氏:とはいえ、2つ先のサプライチェーンにまで目配りできるかといえば、自社のみで調査するのはなかなか難しい気もします。どんなアプローチがあるのでしょうか。
河野氏:公的機関や業界団体など、第三者的な立場にある組織からのサポートが重要と考えます。例えば、地域には商工会や業界団体、また経産省やそのほか中小企業支援のための公的機関の地方支部など、さまざまな支援機関があります。政府全体として、中堅・中小企業の経営サポートを強化しています。サプライチェーン全体を見ていこうというマインドを持った地域の支援機関が、企業の経営者に寄り添い、信頼関係をつくりながら、細かく密に連携していくことが、まずは取り得るアプローチだと思います。
藤井氏:最後に、wisdomの読者に伝えたいことはありますか。
河野氏:実は今週頭(対談の週の月曜である2025年1月27日)、クリーンエネルギー自動車の購入者に対する補助金の仕組みを少し変えました。例えばEVは1台あたり最大85万円の補助金が出るのですが、今回新たに、GX推進に向けた鋼材を使用している車を対象として、補助金を5万円上乗せする仕組みをつくりました。
特定国に依存しない形で鉱物を調達したり、サステナブルな製法で鉄をつくったりすると、価格が割高になり、下流のお客様が買ってくれない可能性があります。その可能性を少しでも回避するため、そのようなサプライチェーン全体を意識した施策を講じました。
経産省では、昨年7月に組織改編を行い、それ以前には資源エネルギー庁にあった鉱物資源課が製造産業局に移管されました。サプライチェーンの上流から下流までの全体をしっかり意識しながら、必要な構造転換も促す形で、補助金をはじめ各種制度をつくり変える取り組みも始めています。製造産業局は、経産省の中では特に「企業の経営に寄り添う」立場にある部局と考えています。また、経産省は昨年「未来に誇れる日本をつくる。」というミッションを策定し公表したのですが、我が国が直面する苦難を乗り越えるための未来志向の政策に全力を尽くすことができる行政官が経産省にはたくさんいます。企業の皆様におかれては、お困りごとがあれば、何でもお気軽に経産省まで相談していただきたいと思います。
藤井氏:やはり一段高い視座で産業全体を俯瞰するのが国の役割だと思うので、そういっていただけると、とても心強いです。本日はありがとうございました。
