ここから本文です。

2019年09月27日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

全国600万の個人商店に「コンビニ的発想」の経営を
アリババ「LST」のカギはデータとオープン性にあり

誰でも参加できるオープンなマーケット

 その特徴を一言で言えば「オープン性」だろう。LSTは限られた登録者限定の仕組みとはいえ、加盟のためのハードルは極めて低い。リアルの店舗を持っている個人であれば、事実上、誰でもこの仕組みに加わり、利用できる。このあたりはもともと「卸」と「小売」の境界線が日本ほど厳格でなく、流通業界の「掟(おきて)」的なことが強調されない中国の商慣習も背景にある。加えて、卸売価格が明確に表示されていることで透明性が高く、不明朗な商慣習を排除できるばかりでなく、ナショナルメーカーもしくはその代理店と、全国の個人商店の直接取引になることでニセモノ商品を排除しやすいメリットもある。

 LSTはいわば一種の「半公開」マーケットで、LSTと小売店はクローズドな関係ではない。だから競争力のない商品は買われないし、メーカーや代理店が無理やり商品を押し込むこともできない。小売店はLSTのデータや提案をもとに、まさに個人がネットで買い物をする感覚で自店の商品を仕入れていく。メーカーや代理店にとっては全国津々浦々、地場の数百万店に大きく販路を拡大できる可能性がある。個人商店の側にとっても商品の選択肢が大幅に広がり、仕入れの自由度が格段に増すことを意味する。

 メーカーにしてみれば既存の商品ルートに影響を与える懸念はあるものの、すでに130万店もの商店が加盟、急激にその数が増えているアリババの圧倒的なパワーは無視できない。乗り遅れると将来、致命傷になる恐れもあるとの思惑もあって、すでに2000社を超えるナショナルブランドとその代理店がLSTのプラットフォーム上に自らの店舗を開設しているという。

零細店舗が冷蔵・冷凍庫を設置する方法

 LSTは店づくりでもユニークなやり方をしている。例えば、これまで零細な商店の弱点は設置に資金が必要な冷蔵・冷凍設備が弱い、もしくは全くないことだった。そのため前述したように地方の個人商店では常温保存の可能な商品しか扱っていないことが多い。立派な冷蔵・冷凍庫設備を備えたコンビニを開業するには多額の加盟料やロイヤリティが必要で、多くの個人商店にはそれを負担する力がない。

 こうした問題を解決するため、LSTは大手の食品や飲料メーカーとタイアップして冷蔵庫や冷凍庫を用意、個人商店は決められたデポジットを預けるだけでその設備を使える仕組みを用意している。冷蔵・冷凍庫の一定部分の目立つ位置にはその機器を提供した食品・飲料メーカーの商品を常に置くことを義務づける。残りの部分には店主が選んだ他メーカーの商品を置いても構わない。アリババの信用力を活用し、大手メーカーを巻き込んだたこの仕組みで、多くの零細な店舗でも冷蔵・冷凍庫を置くことが可能になった。

生活シーンごとの「パッケージ陳列棚」を投入

 地方の零細な商店主は、もともと経営そのものとかIT に対する知識や経験が乏しい人が多数を占める。そうした人たちに先端の情報やマーケティングの成果を活用してもらうには工夫が必要だ。そのためにLSTが導入しているのが「シーン」ごとにパッケージ化された陳列棚である。各個人商店のデータに基づき、LSTの側で事前にさまざまな年齢層や職業、イベントなどの最も効果的と見込めるシーンを想定し、それぞれのシーンに合った商品をあらかじめパッケージした商品を「盛り合わせ」で用意しておく。店舗ではそれをそのまま並べるだけ、というやり方である。

 例えば、ファミリー層が多い地域の店で「乳児と母親」というシーンを想定した陳列棚には、乳児を持つ母親が必要とデータから判断される商品がワンセットになっている。それを丸ごと個人商店に納入し、売れた商品から自動的に配送、補充される仕組みだ。現在、シーンには「中年老人」「ホワイトカラー」「小学生と文具」など約40種類があるという。これによってある店では30%以上、売り上げが伸びたという。

「市場で競争し、選ばれる存在になる」

 どんな小さな商店にも昔から付き合いの深い問屋があり、LSTの仕組み実現しようとすれば、必然的に既存の仕入れルートとの摩擦が起きる。先頃アリババ会長職を退いたジャック・マー (馬雲)が2016年、「ニューリテール(新しい小売)」の概念を提唱し、LSTの構想がスタートして以来、この点は大きな問題として存在してきた。それは今も解消したわけではないが、この点についてアリババが強調しているのが先に述べた「オープン性」である。

 店主がLSTに加盟しても、他ルートからの商品仕入れをアリババは全く否定していない。LSTを使うなら他のルートを排除せよとの姿勢はとらない。そこが通常の「加盟店」の概念との違いだ。前出の林氏は「LSTはオープンな市場だ。私たちは人間関係やその他の要素で取引をしようと思っていない。市場で競争し、選ばれる存在になる。店主の皆さんがメリットがあると思えば使ってもらえばいい」という趣旨のことをメディアに語っている。前述の「ショッピング方式」の注文方法に行き着いたのも、この考え方を突き詰めたものだ。

 新規参入のための方便との見方もなくはないが、「市場で競争し、選ばれる存在になる」と宣言するところがアリババらしさであり、最大の強みである。実際、全国的な浸透スピードは速く、既述のようにLSTの利用店舗は21省、130万店に達し、個人商店の6軒に1軒が加盟店というレベルまで来ている。2017年8月からはLST導入店のうち効果の大きかった一部の店を「天猫小店」と名付けてフランチャイズ化し、「コンビニ風経営」の度合いを一段と高める戦略をスタートしている。

個人商店を「コンビニ風」に進化させた「天猫小店」。都市部の周辺を中心に増えている。日本ブランドの商品もこのルートで数多く売られている

「町の個人商店の店主は善人だ」

 今後、LSTがどのように中国の流通業界に影響を与えていくのか、まだ先は見通せない。しかしこのLSTの発想が中国という国の実情から出発した現実的な仕組みとして広く個人店主たちに支持されつつあることは間違いない。

 文中で何度か発言を引用したLSTのCEO、林小海氏は、アリババに参画する以前、P&Gの中国法人で現場の営業マンから営業統括の副総裁まで昇進し、3000億円を超える中国での売上高の基礎をつくった人物である。アリババのジャック・マー 会長(当時)が見込んで自ら引き抜いてきた。

 あるインタビューで記者から「こんな田舎の零細な店を相手にして、ニセモノをLSTの商品と一緒に売られたりして信用が傷つく恐れはないのか」との質問を受けた林氏は以下のように答えている。

 「自分は20数年間、小売店を相手に商売をしてきた。町の個人商店は大変な仕事だ。こんな商売を自ら選び、進んでやり続けている人は間違いなく善人だ。人を騙してお金を儲けようなどという人は、もっと楽な方法がある。こんな商売はしない」

 この話を聞いて、私はアリババのLSTという仕組みが広がる理由がわかったような気がした。LSTを使えば「田舎の零細な店」は直接、自分の手で広くオープンなマーケットに関与できる。これは数百万の個人店主にとって、とても嬉しいことに違いない。

 先日、引退のスピーチでジャック・マーは「21世紀は、強く、大きくなる必要はなく、良い行動をして、善良であることが力になる」「善良であることは最大の力だ」と語っている。彼の発想の根底には「正直者が馬鹿を見ない世の中にしたい」との願望が常にある。

 LSTは「データ」と「オープン性」をテコに既存の流通を根底から変えようという試みである。もちろん商売だから、どこにも既得権益があるし、人間関係があって、競争がある。きれいごとで済む話ではないのはわかっているが、そこで開き直ってしまわないところにジャック・マー個人、アリババという企業の魅力、そして強さがある。

 LSTに限らないが、アリババの生み出した数々の仕組みを見るにつけ、飄々と引退していったジャック・マーという人物のすごさを思わずにはいられない。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(⾮常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に⼤⼿企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

関連キーワードで検索

さらに読む

この記事の評価


コメント


  • コメントへの返信は差し上げておりません。また、いただいたコメントはプロモーション等で活用させていただく場合がありますので、ご了承ください。
本文ここまで。
ページトップ