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次世代中国 一歩先の大市場を読む

全国600万の個人商店に「コンビニ的発想」の経営を
アリババ「LST」のカギはデータとオープン性にあり

 アリババの零售通(Ling shou tong=以下「LST」 直訳すれば「小売のつながり」)という仕組みがいま中国で広がりつつある。

 LSTは簡単に言ってしまえば、コンビニエンスストア(コンビニ)そのものを全国展開するのではなく、既存の膨大な個人商店を「コンビニ的発想で経営をする店」に変えてしまおう、という考え方である。

 米国で生まれ、日本で精緻な仕組みに育ったコンビニは、いまやアジアを中心に都市生活者に不可欠の存在となった。しかしLSTが目指すのは、高機能な「フルライン」のコンビニの全国展開ではない。こうした高精度のコンビニは、所得が高く、都市化の進んだライフスタイルを持つ中間層の厚みがあって初めて真の魅力を発揮する。北京や上海などの若いホワイトカラー層などには強い支持を得ているが、人口では大部分を占める地方の中小都市や農村部にはそぐわない。多額の資金が必要で、時間もかかる。

 それよりは、すでに存在する数百万の個人商店の商売を支援し、基層部分から中国の小売業をバージョンアップし、そこに商機を見つけるという発想はいかにもアリババらしい。アリババグループが持つ膨大なデータと信用力、物流力などを使って全国数百万の個人商店の仕入れや商品陳列、在庫管理などを支援し、「コンビニ的発想で経営する店」に改造していく。この考え方はいかにも現実的かつ即効性のある、中国らしいやり方で、ユニークだ。

食料品などを売る個人商店。こうした町角の店が都市部ではどんどん減っている

田中 信彦 氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

全国600万店の個人商店

 中国全土には800万店以上の個人商店があるといわれる。取り扱う商品はさまざまで、食品や飲料、日用雑貨、簡単な文具、化粧品といったもの全般を扱う「日雑店」と呼ばれる店のほか、野菜や果物の店、肥料や農機具などの農業用品店、酒・タバコなど特定の商品を主に販売する店もある。上海のような超大都市では、市街地の再開発、道路の拡張整備などでこうした店は本当に少なくなり、見つけるのが難しい。日本の都市部と同様、チェーン店化、コンビニ化が急速に進行している。

 中国で地方の小都市に行くと、常にお世話になるのがこの手の個人商店だ。私は毎朝、牛乳とパンを食べる習慣があるので、ホテルにチェックインすると、まず町に出て牛乳やミネラルウォーターとパン、スナック菓子やカップ麵などを買う。りんごやみかんなどのちょっとした果物を置いている店もある。近くにコンビニ(もどき?)があればそれを利用するが、零細な商店しかない場合も多い。

 この手の店はだいたい店内は薄暗く、商品が乱雑に積まれていて、ホコリをかぶったものもあったりする。扱っている商品はどの店も似たりよったりで、清涼飲料やアイスクリームを売る冷蔵・冷凍庫を備える店もあるが、小さな店にはそれもなく、食品の場合、常温保存が可能なものしかない。だから牛乳はすべて冷蔵不要のロングライフミルクである。パンは概してぱさぱさであまりおいしくない。

 基本的に固定客相手の商売で、粗利は低く、儲かる仕事ではない。夫婦を中心とした家族経営が普通で、家賃の負担も低いので、とりあえず食ってはいけるといったところだ。加えて、スマートフォン(以下スマホ)時代の到来でEコマースが普及し、実店舗の小売は全体的な苦境にある。さらに日本と同様、経営者の高齢化で個人経営の小売店の先行きは明るくない。LSTがターゲットにしているのはこんな店である。

膨大な情報と全国的な自社の物流プラットフォームを活用

 LSTについて、アリババジャパンのホームページは以下のようにある。「LST(零售通)とは、中国地方都市・農村部にある家族経営の小規模小売店(パパママショップ)と日用消費財ブランドを繋ぐ、業界No.1のB2B流通プラットフォームです。LSTを導入・活用することで、小規模小売店と日用消費財ブランドの双方にとって、ビッグデータを活用した予測を元に効果的な流通、在庫管理、販促などが可能となります」。

 アリババグループには過去、蓄積してきた膨大なデータがある。加えて資金力と信用力、人材、さらに「菜鳥(cainiao)」という自社の全国的な物流プラットフォームも擁する。こうした強みを総動員して、有名ナショナルブランドを巻き込み、全国の個人商店に適切な情報を提供、さらに都市や地域ごとに配置された「パートナー」が店づくりを手伝い、迅速な商品の配送を実現する。そういうことをやり始めている。

個人商店でも即、顔認識の支払いシステムが使える

 個人の商店主がLSTを利用するのは簡単だ。まず自分のスマホでLSTのアプリをダウンロードする。携帯電話番号など必要事項を記入して登録し、次に自分の店舗を入力する。スマホアプリで規定のフォームマットに沿って営業許可証の写真、自分自身の顔写真、店舗の外見写真を撮影してアップロードし、さらに営業形態や店舗面積など必要事項を記入して送ると、早ければ翌日、遅くとも数日のうちに審査結果が返信されてくる。審査に通ればLSTを使うことができる。

LSTへの登録方法を示すアプリ画面。登録はとても簡単でスマホで完結する

 個人店主が使う主要なLSTの機能は「如意Ruyi」というシステムに集約されている。端末の利用料は年間2599元。「小規模店舗が利益をあげるためのソフトウェア」と銘打ったこのシステムの機能はまことに多彩で、バーコードのスキャンによるPOSレジ機能、顔認識による代金支払い、アリババのビッグデータと連動した店舗周辺の顧客分析、自身の店舗に最適な商品構成の分析・提案、適切な売価の提案、グループのデリバリー企業「餓了么?」と連携した近隣への商品配達の手配──など、まさにアリババグループの総力を投入した内容になっている。年間わずか数万円の費用で、これだけの機能がほぼ誰でも使えるのは驚くべきことと言わねばならない。

LSTの店舗側システム「如意」の顧客分析の機能
顔認証による支払い機能

全国21省、130万店が加盟

 今年8月、LSTの定例戦略発表会でアリババグループCEO、張勇氏は、過去4年間でLSTの利用店舗は21の省、130万店に達し、上述した「如意」端末の納入実績も10万軒を超えたという。またアリババグループ副総裁、LSTのCEO、林小海氏は同じ場で「物流方面では、LSTは物流プラットフォームの菜鳥と協力し、1日数十万件のオーダーに対応できる体制を構築した。LST上での店主からの注文はナショナルブランドの倉庫から直接、商店に納品され、店内の棚に並ぶ流通の仕組みができた」と語っている。

 同氏は「LSTによる商品の仕入れは、B to B版のTmall(天猫)だと思ってもらえばいい」とメディアのインタビューで表現している。Tmall(天猫)はアリババの開設したEコマースサイト(アプリ)で、日本でいえば楽天市場のようにB to C(企業対個人)の売買を対象にしたショッピングの場である。つまり、LSTとは、普通の消費者がEコマースアプリで買い物をするのと同じ感覚で、B to B、つまりプロである個人店主がプロから買い物(仕入れ)ができる「仕入れモール」だという概念になる。

商品発注機能のアプリ画面。仕入れとはいっても個人のショッピングとほとんど変わらない。正式に登録するとすべての価格が表示される

 そして店主の買い物(つまり仕入れ)を各種データや分析でサポートするシステムと端末をアリババが提供し、パートナーと呼ばれる地域の担当者がそれを支援する。そこに商品を全国展開するナショナルブランドのメーカーが乗っかり、アリババ系物流プラットフォームの「菜鳥」がモノを動かす。LSTとはそういう仕組みである。