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次世代中国 一歩先の大市場を読む

激変する中国の農村金融
電気・水道のメーターで与信、30分で融資実行

 中国経済の減速傾向が強まる中、中国の農村部に対する注目が高まっている。都市部に比べてこれまで投資が少なく、成長が遅れていたぶん、成長余力は大きい。「最後のフロンティア」として期待を集めている。

 なかでも近年、様相が激変しているのが農村金融の分野だ。これまで農村部では、(1)農民や零細事業者の信用情報を得るのが難しい、(2)農地が集団所有(事実上の国有)のため農民個人の担保設定ができない、(3)融資先が広い地域に点在し、1件あたりの融資額が小さいためコストが高い——といった理由で、事業者対象の少額金融は普及に制約が多かった。そのため高利のヤミ金融などがはびこる温床にもなってきた。

 しかし、農村部の急速な富裕化や高学歴化、4Gネットワークの完全な普及といった要因を背景に、近年、地場の少額金融専門の金融機関やIT企業系の金融システムが浸透し、こうした状況が大きく変わりつつある。先日、機会あって浙江省のある少額金融専門の地場銀行で営業スタッフと一緒に顧客先の農家を訪ねる機会を得た。今回はそこでの見聞から考えたことをお話ししたい。

左が果実栽培農家の白さん。右は筆者

田中 信彦 氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

地元銀行の融資で果物栽培に転換

 浙江省杭州市の中心部から西北に車で1時間半ほど、同市余杭区の果物栽培農家、白永躍さんを訪ねた。「区」とはいうものの、杭州は広大な面積を持つ都市で、余杭区の大半は農業主体の山間部だ。緑茶の栽培が特に名高い。白さんは地元の出身で、もともとは親の農地を引き継いでお茶や各種の野菜などをつくっていたが、競争が激しく、利益もあがらないので方向転換を決意。徐々に果物の生産にシフトし、ここ数年、都市部での食の高級化、果物ブームもあって、事業が軌道に乗ってきた。

 当初は自宅近くの小さな農地だったが、近くの農家の土地を徐々に借り受けて栽培面積を拡大、現在は5ヘクタールほどの規模になった。梨を中心に、一部で柿も栽培する。近くの池では食用のアヒルの飼育も手がける。最近は冷蔵保存の技術が進歩したので、収穫物は倉庫で低温貯蔵しておき、市場を見て順次、出荷する。1000万人以上の人口を抱える大消費地の杭州に近いので、その点は有利だ。

冷蔵技術の進歩で、梨はいつでもおいしく食べられる
果樹園の周囲の池では食用アヒルの飼育も手がける

 事業拡大のプロセスで大きな役割を果たしたのが、浙江省台州市に本部を置く泰隆商業銀行(以下「泰隆銀行」)である。白さんの事業規模の拡大とともに融資額は増え、現在は200万元ほどになっているという。後述するが、5~30万元程度が大半の同行の農民向け融資としてはトップクラスに大きな残高だという。

果樹園に立つ白さん。拡大する市場を背景に経営は順調で自信を深めている

 白さんの果樹園で、近くで茶館を経営する李富才さんにも会うことができた。この近くには日本の茶道にも影響を与えたとされる古刹・径山寺(きんざんじ)があり、年間を通じて多数の参拝客や観光客が訪れる。李さんはもともと学者肌で、大学に勤務した経験もあるが、仏教や中国伝統文化に興味があり、お茶の文化をさらに深く研究し、世の中に広めようとこの地で茶館を始めた。具体的な融資額等は聞くことができなかったが、李さんの起業を事業計画立案や資金面でサポートしたのも同行である。

経営する茶館でお茶を淹れる李さん。近くの径山寺には日本からの参拝客も多い

最短30分で融資を実行

 2人の顧客サービス担当者である王磊(おうらい)さんは、この地域を受け持つようになって3年。周辺の300軒近い顧客を受け持つ。中国の最南端、海南島の出身で大学卒業後、同行に就職した。もともとこの地域とは何の縁もないが、素直で人懐っこい人柄が顧客に愛されて高い業績を挙げている営業マンの1人だ。

左から顧客サービス担当の王磊さん、果物栽培農家の白永躍さん、茶館を経営する李富才さん

 泰隆銀行の場合、王さんのような数千人の顧客サービス担当者は基本的にその地域に長期にわたって住み、近隣の住民と一緒に生活している。それは日常的な隣人としての交遊を通じて、その地域の経営者や農民の「人となり」を確実に把握するためである。

 多くの金融機関では、融資を申し込みたい事業主は、自ら市内の支店などに出向くのが普通だが、泰隆銀行はすぐに担当者が顧客のもとに駆けつける。王さんも顧客情報やさまざまなデータにアクセスできる専用のタブレット型コンピュータを手に、車で顧客を回る日々だ。既存の顧客であれば、訪問先で即座に融資手続きを行い、最短30分、通常3時間程度で融資が実行される。前述の果樹園を経営する白さんも「とにかくすぐに来てくれるし、融資の実行が速いのがありがたい。本当に助かる」と話す。

顧客の99%が中小零細事業者や農家

 泰隆銀行は1993年、「都市信用社」と呼ばれる少額金融業者からスタートし、2008年に正式に銀行となり、中小零細事業者や農民向けの小口金融を展開してきた。創業の地は浙江省の商業都市、台州だが、現在、本部機能は杭州にある。顧客の99%は中小零細事業者であり、2018年9月末現在,100万元以下の融資が顧客数の96%、融資残高の68%を占める。顧客あたりの平均融資額は29万元という。

 同行は浙江省や上海市などを中心に約300ヵ所の営業拠点を持つが、その90%は「社区」と呼ばれる地域コミュニティの内部か周辺の農村部にある。8100人の行員のうち、約半数が顧客サービスの担当者として、こうした拠点で顧客サービスに従事する。この「人」の力による濃密なネットワークが同行の最大の強みだ。

事前に村ごと信用枠を供与

 中国の農村部で事業者向けの少額金融を行う金融機関は、その地域で事業を行う全ての事業主に対して、資金需要の有無にかかわらず事前に審査を行って、一定の融資可能枠を提示しておく——という方法をとることが多い。この融資枠があれば、あとは金融機関とコンタクトをとるだけで原則的に融資が実行される。最近では「整村授信」と呼ばれる、一つの村を単位にまるごと一括して与信する手法が一種の流行語のようになっている。

 これは中国の農村部ではかなり以前から行われている仕組みで、中国の農村金融に詳しい河原昌一郎・福井県立大学教授は、論文の中で以下のように述べている。

 「小額信用貸付はもともと貧困扶助の方法の1つであったが、1996年に全国的な試行が実施され、2000年に人民銀行(中央銀行、筆者注)が農家貸付の方式として推進して以来、急速に全国に広まった。(中略)小額信用貸付の具体的な貸付方法は,あらかじめ農家の信用力を審査して信用力があると認められれば貸付証(有効期間は一般に2年)を発行しておき、資金が必要なときはその貸付証を持って農村信用社の貸付窓口に行きさえすれば、いつでも原則無審査で,その日のうちに貸付を受けられるというものである。これは、農村信用社のこれまでの貸付手続きが煩雑で、貸付を受けるまでに何日もかかるという状況に対応したものである。物的担保は必要でない」(「中国における農村金融の展開 農村信用社の組織的性格(下)」農林水産政策研究No.9、農林水産政策研究所 平成17年6月)

 このようにもともとは農村部の貧困克服のために政府主導で始まった仕組みだが、その発想の大枠は商業銀行になっても継続され、泰隆銀行をはじめとして農村の少額事業金融を手がける金融機関の多くはこのような仕組みを構築している。その背景には、中国の農村部は人の流動性が都市部に比べて低く、共同体意識が強いため、事業資金の融資であれば貸し倒れのリスクは比較的低いと考えられるためだ。