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「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」レポート

スペキュラティブ・デザインが示す
“未来創造”の可能性
~NEC未来創造会議講演レポート(前編)

 NECが2017年度から開始した、実現すべき未来像と解決すべき課題、そしてその解決方法を構想する「NEC未来創造会議」。今年度は計四回の有識者会議を行い、盛んな議論を繰り広げてきたが、その有識者会議の集大成の場が“C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019”だった。その講演には、特別ゲストとして「スペキュラティブ・デザイン」の提唱者であるアンソニー・ダン氏が登壇。同氏が提示した新たなデザインのあり方はいかに未来を描き、いかにNEC未来創造会議に刺激を与えたのか。

問題を“提起”するためのデザイン

 「デザイン」とは、問題を解決するものだといわれる。たしかにグラフィックやプロダクト、建築に都市など多くの領域で優れたデザイナーは与えられた課題を解決してきたし、多くの企業が「デザインシンキング」による課題解決に夢中だ。しかし、いま世界中に広がりつつある「スペキュラティブ・デザイン」は、むしろ問題を“提起”するものであるという。

 「わたしたちは人間の創造力に火をつけようと考えました。社会的な課題を解決するためではなく、新たな視点を身につけるためのデザイン。オルタナティブな世界を想像することで議論を加速させるようなデザインを考えたかったのです」

 スペキュラティブ・デザイン提唱者のひとり、アンソニー・ダン氏はそう語る。同氏は11月8日にC&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019で行われたNEC未来創造会議に登壇。講演を通じてこの新たなデザインの可能性を提示するとともに、同会議にも参加し有識者たちと議論を繰り広げた。

 かつてロンドン・カレッジ・オブ・アート(RCA)でデザインインストラクションズ専攻長を務めていたダン氏は、同じくRCAで教鞭をとっていたフィオナ・レイビーと2013年に『Speculative Everything』を刊行(日本語版『スペキュラティブ・デザイン』は2015年)。同書はこれまでとはまったく異なるデザインのあり方を提示し、日本にも衝撃を与えた。

 「スペキュラティブ(speculative)」という名の通り、このデザインはひとつの正解を追求するのではなくさまざまな可能性を思索し推測することで、そもそもの問題設定から疑い、問い直すことに価値がある。そこから生まれるアイデアは不幸な社会の姿を描きだすこともあるが、ときに人を不快にさせたり困惑させたりすることでこそ活発な議論が巻き起こるのだ。

 「近年はフェイクニュースやAIが偏見をもつ恐れなどテクノロジーが社会に負の影響を及ぼす可能性についても議論されていますよね。でもわたしたちは、その可能性についてオルタナティブな未来を考えるのではなく、そもそもまったく新しい世界観を考えるべきだと思うようになりました。なぜなら、現代社会においてそうしたテクノロジーを推し進めているのは、西洋中心の世界観そのものだということに気づいたからです」

 単に未来の可能性を検討するのではなく、その土台となる世界そのものを疑わねばならない──そう考えたダン氏は、新しい世界観の開発に着手した。「人類学者や哲学者、政治学者など多くの人とのコラボレーションが必要でした」と語るとおり、それは従来の「デザイン」とは異なる領域横断的なチャレンジになったという。

C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019が開催されたのは、東京・有楽町の国際フォーラム。ダン氏が登壇するとあって、会場には多くの人が集まった

想像力を刺激する4つの王国

 かくしてダン氏がロンドンのデザインミュージアムで行われた展示で発表したのが、「UMK(United Micro Kingdom)」と題されたプロジェクトだ。「連合ミクロ王国」を意味するこのプロジェクトは、北アイルランド、ウェールズ、スコットランド、イングランドという4つの小さな王国を舞台に、それぞれの国が独自の政治思想とテクノロジーをもった世界を描き出している。

 「4つのパラレルワールドをつくり、経済と社会の自由度によって4つの世界観を設定しました。たとえば共産主義の国がつくるAIは資本主義の国のそれとまったく異なるように、テクノロジーとは価値中立的な存在ではありません。異なる世界観をつくれば、異なるテクノロジーをデザインできると考えたわけです」

 ダン氏はそう語り、ひとつのマトリクスを紹介した。4つの象限にはそれぞれ異なる思想が位置づけられており、各王国に対応しているのだという。ネオリベラリズムとデジタルテクノロジーが結びついた「Digitarians」に、共産主義と核エネルギーがつながる「Communo-nuclearists」、社会民主主義とバイオテクノロジーをかけ合わせた「Bioliberals」、無政府主義と自己実現を組み合わせた「Anarcho-revolutionists」──4つの国ごとにエネルギーや政府、エンターテインメントなどの様相も異なっており、テクノロジーもどの思想にもとづくかによって大きく変わってしまうのだとダン氏は語る。

 「建築や映画は自分たちの住みたい世界を表現できますが、わたしたちは正反対のことを目指しました。いくつかの視点だけを提示して、ほかの部分はみなさんに想像してもらいたいと考えたのです。たとえば自動車でも洋服でも道路でも、新しいものをつくったらそれがどんな社会のなかにあるのか想像できるようになる。その結果世界観も育まれて、さらに想像力が刺激されるはずです」

UMKが例証する4つの思想を表すマトリクス。この4つのみならずほかの思想もありうることをこの図は示唆している

現実を揺るがすスペキュレーション

 ダン氏が説明するとおり、視点が提示されることで単なるプロダクトも世界観と紐づき、より立体的なイメージを生みだしていく。4つの世界観がとりうるアプローチはじつに多様だ。たとえば「自然」に対する態度を考えてみると、Digitariansは自然を資源として必要に応じて活用し、Communo-nuclearistsはむしろ徹底して人工的な世界をつくるために自然を消費する。一方でBioliberalsは「バイオ」と冠されるように、バランスをとることで自然との共生を目指していく。

 とりわけテクノロジーにおいては、4つの世界観の差異が強く表れるといえるかもしれない。「Digitariansはデジタルテクノロジーによってすべてを管理しようとするので、市民は等しく同じものとして扱われ、もしかしたらAIが社会を支配しているかもしれません」とダン氏が語るとおり、各世界観が示すテクノロジーのあり方はディストピアを想起させることも少なくないだろう。

 ダン氏らによるこうした取り組みは一見現実とは異なるフィクションの世界の出来事だと思えるが、実際は現実世界でも同じようなことは起きているという。たとえばダン氏は飛行機開発の事例を振り返り、次のように語る。

 「新しいテクノロジーは必ずしも人々に快適な生活をもたらすために設計されているわけではありません。2014年にエアバスが提出した特許申請シートを見ると、飛行機がなるべくたくさんの人から効率よくお金をとるためにつくられたもので、リラックスした空間をつくるためにつくられていないことがわかります」

 わたしたちは自律走行車や未来の交通手段を考えるとき、しばしば広々とした空間で人々が自由に過ごしながら自動的に移動できる社会を考えてしまう。しかし、そのテクノロジーが駆動する社会を支える思想によっては、人間が貨物と同じように車両へ詰め込まれ淡々と運ばれていくような世界が待っている。

 UMKが描くスペキュラティブな世界とは、現実からかけ離れた極端な想定ではないのかもしれない。ダン氏が「Digitariansは現在のイギリスを誇張したバージョンだといえます」と説明するように、UMKを構成する4つの世界はあり得たかもしれない現実世界であり、わたしたちの生きる社会と隣合わせなのだ。

ダン氏はニューヨークのニュースクール大学で現在教鞭をとっている。RCA時代にはダン氏のもとからデザイナーのみならず多くのアーティストが生まれていった

異物を受け入れ、現実から飛翔する

 ダン氏が紹介したUMKについて考えることは、すなわちわたしたちの世界について考えることだ。「新しいものを取り入れるなら、古いものを破壊するしかない」とダン氏は語る。UMKはいくつもの価値観を提示することで、今後わたしたちがこれまで当たり前と考えてきたことを手放さねばならない可能性を示唆している。

 「たとえばバイオ燃料を使う自動車を考えるとき、大部分の機構を変えず燃料だけ変えれば完成するなんてことはありえません。もしかしたら走るスピードが遅くなるかもしれないし、臭くなるかもしれない。形状も変なものになるかもしれない。20世紀は速く走ることに価値が置かれましたが、もはやそのためにたくさんのエネルギーを使うことはナンセンスだとされている。新しいテクノロジーを受け入れることは、新しい価値観や美意識を受け入れることでもあるのです」

 多くの人は「デザイン」が課題をスマートに解決するものだと考えているかもしれない。「テクノロジー」についても同様だろう。しかし、本来デザインとはもっと刺激的で挑戦的なものであり、わたしたちの価値観を根底から揺るがしてしまうものなのだ。ダン氏が提唱したスペキュラティブ・デザインは、そんなことを思い出させてくれる。

“現実”に“疑問”を投げかけることの重要性

 「スペキュラティブ・デザインは、わたしたちが慣れ親しんでいる現実的な思考から離れられなければ意味がありません。むしろその現実に疑問を投げかけなければいけないし、非現実的でなければいけない。だからときには違和感を生むこともあるでしょう。しかし、そのときはじめて人々の想像力は固定観念に縛られず羽ばたいていけるのです」

 2017年度に始動したNEC未来創造会議では、2050年のあるべき社会の姿を考えるべくこれまで幾度となく議論を重ねてきた。議論のなかでは、未来の理想像だけでなくテクノロジーが人間を不幸にする可能性について語られることも多かった。昨年は「意志共鳴型社会」と題した目指すべき未来のコンセプトを提示したが、それはダン氏が説明したようなスペキュレーションに近いアプローチだと捉えることもできる。慣れ親しんでいる現実に疑問を投げかけることからしか新たな未来は見えないのだ。
ダン氏はスペキュラティブ・デザインが世界をつくるもの(World Building)ではなく世界にヒントを与えるもの(World Hinting)だと語り、講演を締めくくった。NEC未来創造会議では意志共鳴型社会を実現する技術のひとつとして「複合現実による未来デザインツール」を挙げている。これは未来の選択肢を提示するものであり、スペキュラティブ・デザインの手法を想定している。ダン氏の提言を通じて意志共鳴型社会はさらにアップデートされ、豊かな未来をつくるための“ヒント” を人々に与えていくだろう。

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