次世代中国 一歩先の大市場を読む
「ポスト宅配便時代」に向かう中国
中国のテクノロジーは世界の物流を変えるか
Text:田中 信彦
物流倉庫「亜州一号」
こうした京東の姿勢が鮮明に表れているのが先端技術を詰め込んだ物流拠点「亜州一号」だ。京東のEコマースは、自社モール内で自社の名義で商品を売る、いわばアマゾン型の直営モデルである。そのため迅速な配送を行うには、各地に大型の物流倉庫を設置する必要がある。「亜州一号」は20年1月時点で、上海や北京、天津、江蘇、広東、山東、四川など16の省市で稼働しており、最終的には45~50カ所程度に設置する計画という。
19年末に完成した広東省東莞市の「東莞亜州一号」は延べ床面積50万㎡、2000万点の商品の収容能力があり、1日160万件の配送処理能力を持つ。アマゾン・ジャパンは日本国内に10数カ所の物流拠点を設けているが、最大のものが20万㎡ほど、多くは同4~6万㎡であることを考えると、その規模の大きさがわかる。
14年に「亜州一号」の第一号倉庫を上海に開設して以来、京東の物流部門は赤字続きで「大風呂敷」「過剰投資」との陰口が絶えなかった。しかし今年1月、同社の「年会」(忘年会と業績報告会を合わせたようなイベント)での報告によれば、業績はすでに黒字転換を果し、かつては親会社・京東からの発注が100%だったものが、現在は6割を切る水準まで下がり、1人立ちする基盤が整いつつあるという。早ければ20年のうちにもニューヨークか香港に株式を上場するとの情報もある。
「方法の提供」で利益を得る仕組み
一方、アリババグループの菜鳥網絡(ツァイニャオ、Cainiao Network)の発想はいさかか異なる。ジャック・マーのスピーチにもあるように、アリババはもともと自前で物流そのものを手がける意思はない。「菜鳥網絡」という社名からもわかるように、菜鳥はものを運ぶ会社ではなく「ネットワーク」する企業だ。全中国、全世界の物流企業、もっと言えばすべての個人、企業にさまざまな情報やツール、システムなど提供し、効率的な物流ができるように支援する企業である。そこから徴収する手数料が収入源になる。
しばしぱ「京東はAmazon型の自社直販のECモールで、(アリババの)Tモール(天猫)は出展者にネット上の場所を提供し、出店料を徴収する楽天型の事業形態」と説明される。確かにその通りで、私も便宜上そういう言い方をするが、やや表面的な表現であるのは否めない。
もともとジャック・マーという人の発想は「大企業だけでなく、個人や中小・零細企業も含め、誰でも安心、公平、高効率のビジネスができるような仕組みをつくる」ところに出発点がある。だからEコマースは自社で商品を売るのではなく、Eコマースをやる店(個人、企業)を支援するモデルになるし、物流は「自分でモノを運ぶ」のではなく、「物流企業をデータやシステムで支援するしくみ」をつくるビジネスになる。
中国のオンラインペイメントのスタンダードとなったアリペイ(支付宝)にしても、発想の出発点はお金のやり取りを支援するツールである。あくまで「方法の提供」であって、そこからリーズナブルな額の手数料を得るモデルになっている。
中国全土に24時間、全世界に72時間
アリババの物流が目指すところについては、このWISDOMの連載で「中国全土に24時間以内、全世界に3日以内、”世界のショッピングモール”を目指すアリババの”本気”」
という文章を書いたので、別途参照いただければありがたい。
その文中からの引用だが、ジャック・マーはこんなことを言っている。
「世界中の中小企業、世界中の若い人たち、特に女性たちに“世界中で買い、世界中で売り、世界中に運び、世界中で支払い、世界中で遊ぶ”機能を提供したい。世界にはまだ、十分に自分たちの産品を持たない国や地域がある。でもそこには貴重な環境や文化がある。私はこのプラットフォームを通じて、それらの地域にたくさんの職を生み出したい。これが私たちのいま取り組んでいることだ」(韓国・延世大学での学生に対する講演)
これはまさにアリババのEコマースが中国国内で実現してきたことである。「ポスト宅配便時代」とは、その手法にさらに磨きをかけ、精度を高め、スケールアップして世界の物流を仕切り直そうということなのだろう。
DHLの中国サプライチェーン事業を買収
そして順豊速運(SF Express)は物流のプロフェッショナル企業らしく、着実に物流の品質を上げ、顧客の支持を掴んでいる。業績も好調で、19年度の売上高は、確定値はまだ発表されていないが、1000億元を超えたものとみられている。低価格志向の強い中国の物流市場で、一貫してクオリティ重視の経営に徹し、日本のヤマト運輸をベンチマークした高品質なサービスを売り物にしている。
19年2月、同社は世界の大手物流企業、DHLの中国事業の一部を買収した。今回獲得したのはDHLの中国大陸と香港、マカオ域内での企業のサプライチェーン運営支援事業。この買収を通じてSFも従来の宅配事業主体の経営から、サプライチェーン全体を通してサービスを提供できる体制の構築に転換を加速させたいとの思惑がある。
物流専業ではNo.1の企業だから、その「運ぶ力」と品質は折り紙付きである。自社の専用貨物機を66機(2018年末現在)保有しており、100機体制を目指す。2017年からは湖北省鄂州(がくしゅう)市に世界展開に向けた拠点となる専用貨物空港の建設に着手、早ければ20年内にも一部供用開始との情報もある。
技術開発への投資も積極的で、無人飛行機やドローンなどを活用した中国全土を覆う配送網の構築に取り組む。このあたりの同社の動きは「中国物流『無人飛行機三段階戦略』の衝撃 『大きさ』を前提に進化する中国社会の論理」に詳しく書いた。ご興味があれば、こちらもご一読いただければと思う。
「先進国」の人口、全部足しても世界の5分の1
中国企業による新しい物流網構築の構想が単なる大風呂敷と聞き流せないのは、ジャック・マーが語るように、中国の物流網の進化が想像を絶するスピードとクオリティで進んできた事実があるからである。米国や欧州、日本のような成熟した国や地域では、確かに中国の物流企業が新たにできることは多くないかもしれない。しかし、いわゆる「先進国」とされるOECD加盟34カ国の人口をすべて合わせても13億人ほど。世界の5分の1以下にすぎない。
その他、世界の50億人、60億人という人々はこれから経済成長が始まる国や本格的な都市化の時期を迎える国で暮らしている。物流の水準はおしなべて低く、労働集約的な段階に留まっている。そこに中国の物流企業の圧倒的な力でアプローチすれば、白紙に絵を描くがごとく最新のテクノロジーやノウハウが導入されていく可能性が高い。気がついたら先進国以外の世界の大半が中国企業がらみの物流ネットワーク(そこには当然、オンラインペイメントも付随するだろう)に組み込まれていた──というような話になる可能性がある。これが「ポスト宅配便時代」の究極の姿かもしれない。
「一帯一路」という政治の話を持ち出すまでもなく、中国の物流企業は技術や資金、人材の優位性だけでグローバルな物流網構築に挑戦する力を持ちつつある。自分の国さえよければいいというような「自国ファースト」の態度で殻に閉じこもっていたら、あっと言う間に世界から置いて行かれかねない。中国の企業家たちの突き抜けた前向きさ、失敗を恐れない果敢さには学ぶべき点が多々あると思う。
次世代中国