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次世代中国 一歩先の大市場を読む

「ポスト宅配便時代」に向かう中国
中国のテクノロジーは世界の物流を変えるか

 中国でタオバオ(淘宝網)やJD(京東)、法人間取引のアリババ・ドット・コム(阿里巴巴)などに代表されるEコマースが広く普及し、それを根底から支える小口荷物の宅配便が高度に発達していることはお聞き及びの方が多いと思う。いまや中国では年間600億個を超える宅配荷物が取り扱われている。圧倒的な世界一の宅配便大国である。

 その中国で昨今、「ポスト宅配便時代」という言葉が聞かれるようになってきた。その明確な定義はないが、既存の巨大かつ高機能な宅配便の仕組みを基盤に、その精度をさらに高め、高速化し、原材料の調達から生産、在庫管理、販売、さらにはリサイクルまでつないだ一貫したサプライチェーンを構築していくことに究極の狙いがある。

 そして企業活動における物流コストを大きく削減し、競争力を高める。同時に、GDPに占める物流コストの比率を下げ、効率の高い、無駄のない社会をつくろうというあたりに最終的な目的地がある。こうした方向に向けて、いま中国の有力企業はそれぞれ独自のやり方で物流に対する取り組みを強めている。その動きは中国国内にとどまらず、世界に影響を与えるだろう。今回はこのあたりの話をしたい。

田中 信彦 氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

宅配便、1日10億個の時代へ

 アリババグループの総帥、ジャック・マーは2018年6月、アリババグループ主催の物流コンベンション「全球智慧物流峰会(Global Smart Logistics Summit)」で講演し、今後、投資の大部分を物流領域に振り向け、日本円にして数兆円の資金を投じて、中国の根幹を支えるインテリジェント物流網の構築に取り組むと宣言した。このスピーチはとてもジャック・マーらしい気宇壮大な構想の大演説で、少し長くなるがその要旨を以下に記す(大会の映像から筆者が聞き取り、ポイントをまとめた)。

圧倒的な力を持つ中国の宅配便事業

 中国の物流は近年、驚天動地の成長を遂げた。5年前に年間92億個だった宅配荷物は、今年(2018年)は500億個を超える(注:2019年は635億個になった)。これは全世界の40%を占める。宅配業界は500万人のスタッフを擁し、1日に1億3000万個の荷物を処理する。海外向けのB to C のパッケージ荷物の通関数量は、5年前には年間100万個だったが、今では1日で100万個を超える。私は12~13年前、「中国の宅配便は将来、1日10億個を超える」と言ったが、誰も信じなかった。今は1週間に10億個まで来た。1日10億個は遠い話ではない。

「1日10億個」に向けてすべての事業、企業経営を考えよ

 どんな企業が、どんな事業を行うにしろ「未来観」が不可欠だ。未来から現在を見る。そしてグローバルな視点から中国を見る。世界中の市場から中国を見なければならない。その前提となるのが、「1日10億個」という物流の力だ。どんな設備、どんなやり方で「10億個」を支えるのか、これを真剣に考え、そのための準備をしなければならない。

「物流業」ではなく「物流を支える」のが使命

 菜鳥網絡(Cainiao Network、アリババグループの物流ネットワーク企業)は物流をやる会社ではない。アリババは絶対に宅配事業に参入しない。私たちがやるのは物流を支えることだ。アリババの思考、発想の枠組みを使って、中国の、そして世界の物流をバージョンアップする。こんなことは誰もやりたがらないし、誰にもできないが、これが私たちの使命だ。誰もやらなくても、やらねばならない。

中国の根幹を支える物流ネットワークを構築する

 私はこの場で、中国の根幹を支える物流ネットワークを構築することを宣言する。そのために数千億元の資金を投じる。アリババグループの大部分の投資を物流に投じるつもりだ。これが実現できなければ「ニューリテール」もないし、本当に世界的な競争力のある製造業も実現できない。これによって、中国国内のどこでも、たとえチベットでも内蒙古でも、24時間以内、全世界のどこでも72時間以内に配達を可能にする。そして現在は中国のGDPの約15%を占めている物流コストを5%以下にまで下げる。

  • ※: ニューリテール(新しい小売、新零售) オンラインとオフラインを融合した新たな小売の形態。2016年、ジャック・マーが提唱し大きな注目を集めた

 ここで語られているのは、物流がこれからの企業経営、ひいては中国経済を左右するとのジャック・マーの認識であり、そこにアリババグループの投資の大部分を注ぎ込むという決意である。それによって中国の根幹を担う物流ネットワークを構築する。こうした壮大な発想の根底にあるのは、過去10年ほどで世界最大規模に成長した中国の宅配便ネットワークで蓄積されたさまざまな技術力であり、それを支える数百万人の中国物流業界の人材であり、豊富な資金力である。

コンテナはパッケージに移行する

 ジャック・マーは講演の中で「国際的な貿易はコンテナからパッケージに移行していく。この劇的な変化に対して、我々はすでに備えを始め、闘う準備ができている」とも語っている。

 コンテナを活用した物流は「20世紀で最も偉大な発明のひとつ」と呼ばれる非常に画期的な手法だった。規格化された箱を輸送に使うことで、荷傷みや盗難、破損などのリスクが大幅に減少し、安全で効率の高い物流が可能になった。コンテナによる本格的な輸送の始まりはアメリカのニューアーク港(ニュージャージー州)で1956年のこととされている。

 具体的にどのような手順でコンテナからパッケージに移行していくのか、必ずしも具体的な説明はないが、大型のコンテナが小口のパッケージにまでダウンサイズし、パッケージの単位で世界中の生産者から消費者までダイレクトに流通するとの意味だろう。これまで中国国内の宅配便が実現してきたように、高速で、安く、誰でも使える仕組みで提供する。それによって中小・零細な事業者もしくは個人でも国を超えたビジネスに参入できるようにするのがジャック・マーの基本的な構想である。

 コンテナという半世紀以上にわたって世界の物流のいわば常識とされてきた存在をあえて「変える」と宣言し、動き始めるところにジャック・マーという経営者の真髄がある。

中国物流「三国志」

 中国には大小さまざま、無数と言ってよいほどの物流企業が存在するが、今後、この領域をリードしていくと目されるのは、中国の代表的Eコマース企業、京東(JD.COM)グループの京東物流(JD Logistics)、アリババグループの物流司令塔、菜鳥網絡(ツァイニャオ、Cainiao Network)、そして中国の物流専門企業No.1の順豊速運(SF Express)の3社と見られている。

 この3社は出自の違いから、それぞれ独自の戦略で激しい競争を展開している。「中国物流業界三国志」などと呼ぶ人もある。この3社は競合関係ではあるが、3人の創業経営者は古くからの知己であり、交流も深い。アプローチは違えども、最終目的地は同じである。それは前掲のジャック・マーのスピーチで語られているように、「中国の宅配便で培われた技術や経験を基礎に、社会の根幹を支えるサプライチェーンを確立し、世界に広げる」ことにほかならない。

 この目的実現のために、3社はさまざまな動きを見せている。

「ボーダーレス・リテール(無界销售)」

 例えば、京東は15年に海外市場向けの越境Eコマースサイト「京東全球購」(JD Worldwide)をスタート。2017年春には社内の物流部門を独立させて京東物流を設立し、18年2月には世界最大のベンチャーキャピタル、セコイア・キャピタル、WeChatを擁するテンセント(騰訊)などから25億米ドルの資金を調達した。京東全体として「Eコマースの企業」から「サプライチェーンの全ての段階に関与する企業」へのシフトを加速している。

 その根底にあるのが、京東が提唱する「ボーダーレス・リテール(無界销售)」という考え方だ。これは物流のバージョンアップによって、人と人、人と企業、国と国など、あらゆる境界をなくし、「コスト」「効率」「顧客体験」のすべてをゼロベースから定義し直す。そして産業構造そのものを作り変えることを目指す――という、ジャック・マーに負けない気宇壮大なビジョンである。

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