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2018年10月31日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

連休の観光地も「実名時間指定予約制」に~社会の情報共有のあり方を考える

混雑が緩和?し始めた観光地

 10月1日は国慶節(建国記念日)で、今年は1日から7日までの一週間が連休になった。日本にもたくさん観光客が来たが、やはり圧倒的に多いのは国内旅行で、どこの観光地もすさまじい人出で賑わった。

 中国の著名な観光地の混雑は半端ではない。まさに黒山の人だかりで、入るのに数時間の行列、入ったが最後、進むに進めず、引くに引けずの状況に陥り、食堂やトイレも長蛇の列、ひどい目に遭ったという類の話が頻発している。

 今年の国慶節もメディアでは「連休の行楽地は大混雑」的な話題を報じてはいる。季節の風物詩みたいなものであろう。微信(WeChat)に代表されるSNS上でも観光地の雑踏が投稿されたりもしている。しかし、少し注意深くニュースを見てみると、どうも今年は少し様子が違ってきているようだ。

 どういうことかと言うと、有力な観光地がITを活用して事前に入場の実名予約を必須とするなどの施策を講じるケースが増え、混雑が緩和される例が出てきたという。中国では先端技術を利用した国民の行動の把握(誘導?)はさまざまな面に及ぶが、それが観光の行き先にまで広がってきた。こういった動きが今後、社会にどんな影響を与えるのか。今回はそんな話をしたい。

連休中の人出は7億2600万人

 政府の発表によると、今回の国慶節7日間の人出は全国で7億2600万人、消費金額は6000億元(約10兆2000億円)に達した。たとえば上海は、一昨年ディズニーランドも開業し、買い物やグルメの魅力もあって全国から観光客がやってくる。今回の連休に上海を訪れた旅行客はのべ1038万人、対前年比12%増。また内陸部の中心都市である重慶は四川省や湖南省など1億近い人口を抱える大きな省に隣接し、それら近隣地域からの観光客を中心に同7日間でのべ3984万人が訪れ、史上最高を記録した。のべ人数とはいえ、連休中の一都市への来訪者が数千万人というのだから、まさにケタが違う。

 地方の景勝地でも、中国の名山の一つとされる安徽省の黄山では連休中19万人が訪れ、細い登山道は「300メートル進むのに1時間半」(新聞報道)という状況になり、ピークだった10月2日には午前11時の段階で地元政府は入山停止措置を取った。また中国の誇る世界遺産の一つ、秦の兵馬俑(陝西省西安市)は、10月6日までの6日間で52万6000人が訪れ、ピークの3日には13万2000人の1日としては過去最多の入場者があり「人の頭しか見えない」(同)という状況になった。

秦の兵馬俑。秦始皇帝の陵とともにユネスコの世界遺産に登録されている

観光地が足りない!

 中国の観光地が混雑するのは、そもそも「人が多い」という基本的な条件はあるが、一方で、中国の観光地自体が決定的に足りないという構造問題がある。

 たとえば、中国には2017年末現在、ユネスコの世界遺産(文化、自然、複合各遺産の合計)が52ヵ所ある。ここには万里の長城や故宮、黄山、秦の兵馬俑、敦煌といった海外にも知られる名所旧跡はほぼ網羅されている。これは数の上では世界トップのイタリア(53ヵ所)に次いで世界第2位である。しかし14億人近い人口で割ってみると2600万人あたりに1ヵ所にしかならない。

 一方、イタリアは人口6000万人の国に53ヵ所で、110万人に1ヵ所の世界遺産がある。他の西欧諸国も1人あたりではほぼこれに近い水準で、世界ランクの上位を独占している。日本は1億2000万人の人口に21ヵ所(同12位)で、570万人あたり1ヵ所、韓国は5100万人の人口に12ヵ所(同22位)で、425万人に1ヵ所だ。大雑把な計算ではあるが、中国は人口あたりでみれば西欧諸国の20分の1以下、日本や韓国5分の1程度しか世界レベルの観光資源がない、という言い方もできる。

 中国人の立場に立って考えれば、そうは言っても中国の象徴ともいえる万里の長城は、やはり一生に一度は見てみたい。自分の子供にはどうしても見せておきたい。そう思うのは当然で、これは故宮にせよ、秦の兵馬俑にせよ、事情は同じである。だから「多少の混雑は仕方ない。覚悟の上」という人が多い。また、有給休暇の制度は最近でこそ徐々に普及してきたが、現状はまだ公定の休日以外にまとまった休みが取りにくく、年に数回の連休に行楽客が集中する傾向が根強くある。かくして14億の人が時には数千㎞を旅して一つの場所に押し寄せるので、どうしても混む。

上海での圧死事故が大きな契機に

 そのような状況の中、社会に大きな衝撃を与えたのが、2014年12月31日の夜、黄浦江の夜景で有名な上海の外灘(バンド)で起きた雑踏での大惨事だった。

 その日、大晦日のカウントダウンのイベントに参加しようと集まった30万人の人波の中、根拠のない噂話が流れたのをきっかけに群衆が一ヵ所に殺到、階段部分で崩壊して36人の若者が圧死した。背景には、当日のイベントに関する情報発信の不手際、人出の読み間違いによる警備体制の不備などがあったとされる。亡くなった36人のうち27人が地方出身の若者で、大都会のきらびやかさと、そこに憧れて集まった若者たちの悲惨な運命のコントラストに社会は慄然とした。

租界時代の欧風建築が立ち並ぶ、上海・外灘の夜景。
2014年大晦日、ここで悲惨な転倒事故が発生した

 さまざまな社会矛盾が山積する中国の社会では、こうした偶発的な事故が社会の不安や不満を増幅させる要因になりかねない。政府は事態を重視し、観光地での混雑防止、雑踏での警備体制の強化に本腰を入れるようになった。冒頭で触れた、先端技術による人出管理の発想が広まった背景には、こうした政府の危機感がある。

入山者の「実名事前予約制」を導入

 中国の東北部を代表する観光地の一つに、吉林省、北朝鮮との国境に位置する長白山(朝鮮名:白頭山)がある。富士山のような美しいシルエットを持つ火山で、山頂付近には「天池」というカルデラ湖をたたえる。標高2744mの高峰だが、山頂近くまで車で行けるので、比較的気軽に美しい天池や外輪山、北朝鮮方面の景色などが楽しめる。

 この長白山も、多くの観光地の例にもれず、夏休みや国慶節には多くの観光客であふれる。山地のため受け入れ可能な人数には制約があり、毎年、入山待ちの大行列、あげくは、「車に乗れない」「食事の場所がない」「ダフ屋の横行」といった問題が絶えなかった。そのため地元政府は2017年夏、入山者の「実名時間指定予約制」の導入を決定。個人客にはスマホアプリでの事前予約を必須とし、それを国家統一の身分証と紐付けて実名制にすることで、時間ごとに入山者数を管理する制度をスタートした。

長白山山頂付近にある、カルデラ湖・天池。 山頂付近に白い浮石が多いため、『白頭山』とも呼ばれる

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