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2019年08月27日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

日本ルーツのブランド米、中国で大ヒット
~「食の高級化」の波に乗り、成長する農村

ルーツは日本品種

 冒頭にも触れたように、この中国のブランド米「稲花香(五優稲4号)」の系譜をさかのぼれば日本で品種改良され、誕生した品種にたどり着く。しかし残念ながらこのことは中国国内ではほとんど知られていない。一般には「五優稲4号」は中国の在野の研究者が、水田で突然変異した品種を偶然に発見したというストーリーが広く語られている。

 しかし、個人のブログや研究者の論文などには「ルーツは日本」との言及がないわけではなく、意図的に報道が止められているという話でもなさそうだ。中国政府のコメに関する公的なデータベースである「国家水稲数拠中心(China Rice Data Center)」のウェブサイトを丹念に見ていくと、「五優稲4号」のルーツが日本産の品種にあることが具体的に記載されている。

中国の「国家水稲データセンター」のウェブサイト。あらゆる稲種のデータが集められている

 それによれば、「五優稲4号」は3代遡ると「遼粳5号」(♀)と「合江20号」(♂)という両品種の掛け合わせにたどり着く。そのうち「遼粳5号」は日本産の「豊錦」「藤坂5号」「越路早生」などを組み合わせたもの、もう一方の「合江20号」は日本産の「下北」(♀)と「合江16号」(♂)の掛け合わせであり、その「合江16号」は「合江12号」(♀) と日本の「蝦夷」(♂)の組み合わせ。そして「合江12号」は日本の「石狩白毛」(♀)と「水稲農林11号」(♂)の掛け合わせであると記載されている。

 つまり「五優稲4号」は母系も父系も数代さかのぼると、すべて日本で品種改良された品種にたどりつくことになる。まあ、とはいってもこういう話を中国の友人たちとしていると、「そうは言うが、稲作そのものが中国から日本に伝わったんじゃないのか」みたいな話が出てきて、まあそれはおそらくそうなので、あまり本質的な話ではないが、ともあれ日本国内で品種改良されたコメが中国にわたり、それが巡りめぐって現代中国でNo.1のブランド米になったことは間違いなく、これはこれで不思議な縁だと思わざるを得ない。

朝鮮半島の農民の移住で拡大

 吉林大学東北アジア研究センター教授で中国東北部の農業史が専門の衣保中氏の研究によると、1910年の日韓併合、朝鮮総督府の設置ごろから朝鮮半島の農民の中国東北部への移住が増え、朝鮮半島で普及していた日本産の品種が大量に持ち込まれた。日本人と朝鮮の農民が共同で農業を行う例も多かったという。同氏の学位論文「近代朝鮮移民与東北地区水田開発史研究」(2002年、南京農業大学)には具体的な事例が多数示されている。こうした農民の後代が現在、中国で朝鮮族と呼ばれている人々の一部をなす。前述した鐘さんの会社が「朝鮮族郷」で事業をスタートしたのもこうした背景があるからだ。

 念のため付記すると、日本からの「満蒙開拓団」と呼ばれる人々が東北三省に多数、入植するようになるのは1931年の満州事変、1932年の満州国政権設立以降のことになる。五常周辺などに日本産品種のコメが普及を始めた時期よりかなり後のことである。

拡大する高級米のマーケット

 五常をはじめとする中国各地のコメ産地が高級なブランド米の生産に力を入れて取り組むようになった背景には、よりおいしいコメを求める市場の変化がある。

五常市内のスーパーで売られているさまざまな地元産のコメ
五常の町でみかけた横断幕。「日本のコシヒカリと同じ国際的な金賞を獲得した米」とある

 その大きなきっかけになったのが2014年5月、中国中央テレビ局が制作、放送した「食」をテーマにしたドキュメンタリー番組「舌尖上的中国(舌の上の中国)」だ。この番組の第3回で五常産の「稲花香」の丹精込めた栽培ぶりとそのおいしさ、安全性が伝えられ、一気に「五常米ブーム」が巻き起こった。

五常米「稲花香」のアップ。日本で主流のコメより粒が細長い
炊いてみた「稲花香」。光沢があり、透明感が特徴。ほのかな香りがあっておいしい

 「稲花香」を紹介した映像は終了間際のわずか6分間ほどだったが、その影響力はすさまじく、番組終了と同時にアリババグループのEコマースサイト「天猫(Tmall)」などで販売されていた五常産のコメはあっと言う間に売り切れた。あまりの人気に市場にはニセモノが続々と登場する騒ぎに。一時は「市場に流通する8割はニセモノ」と言われるほどの異常事態となり、社会問題化した。

アリババのEコマースサイト「天猫」で売られている五常米の数々

 こうした高級米需要の高まりに五常だけでなく中国各地のコメ産地では従来の主力だった標準米の作付けを減らし、高級米の栽培を増やしている。現在、中国では標準的なコメの小売価格は1㎏3~4元(1元は約15円)程度だが、統計によると、この価格帯のコメの生産高は過去数年で6割近く減り、逆に上質米(同10元以上)の生産は年率15%のペースで伸びている。仮に1㎏12元とすれば、日本円換算で約180円、10㎏で1800円になる。

 五常など著名な産地の有機栽培米となると、都市部のスーパーでは10㎏あたり日本円3500~4000円程度の値段で売られている。日本国内のスーパーでのコシヒカリの販売価格が10㎏あたり4000~4500円程度なので、コメ全体の価格は日本よりだいぶ安いものの、高級米の小売価格は日本に近い水準に達してきている。中国でコメと言えば昔は安いものの代名詞のように言われていたので、時代の変化を感じざるを得ない。

アリババと組み「コメの身分証明書」を導入

 高級米の消費増に勢いをつけているのがEコマースの普及だ。コメは重くて持ち帰りに不便なうえ、生産量の少ない特定産地のコメが近隣の店にあるとは限らない。ネットでの販売に適した商品といえる。前述した鐘さんの会社は本格的なEコマースを五常で最も早く手がけた企業のひとつである。

 一方、Eコマースは便利な反面、商品に対する信頼性が最も大きなネックになる。ニセモノ商品が氾濫するブランド米であればなおのことだ。そこで五常米のブランド保護のためにコメ生産者と五常市政府、アリババグループが協力してスタートしたのが「コメの身分証明書」制度である。毎年、収穫の時期になると同市政府の食料検査監督部門が地元生産者のコメを検査し、袋詰めされたコメの一つひとつに固有の番号とバーコードを割り振る。これをアリババグループの物流会社である「菜鳥グループ」が全国7ヵ所の専用倉庫に厳格な管理の下で保管し、「天猫」上で販売する。

 注文があれば、倉庫から顧客のもとに直送し、購入者はパッケージ上のバーコードをスマートフォンでスキャンすれば、このコメの産地や生産者名、品種、肥料などの使用状況などのデータが読み取れるようになっている。輸送途上での不正行為などの可能性がないわけではないが、ニセモノ混入のリスクは大幅に下がる。アリババグループの信用力を活用し、生産地と消費者をダイレクトにつないでしまう画期的な仕組みといえる。

地元政府認定済みの五常米にプリントされた二次元バーコード。スマートフォンでスキャンすると、各種の証明書や生産者の紹介などが表示される

 また地元の主要な生産者と政府が協力し、地元ハルビンの空港のほか北京や上海などに本物の五常米だけを販売するショップを展開、ブランドのイメージ向上と信頼確保に努力している。

ハルビン空港内の五常米のブランドショップ。信頼できる栽培者のコメのみを扱う。北京や上海にもある

変化する農村

 鐘さんからお土産にと自家生産の有機栽培米をいただいたので、上海に戻って日本製の電気炊飯器で炊いてみた。確かに日本のコシヒカリに比べると米粒はやや長めで光沢があり、炊くとお米らしい香りがする。東南アジア方面でよく出会う長粒種のような強い香りではなく、ほのかな甘い匂いとでも言ったらいいか。一方で、もっちりした歯ごたえとか、コメ自体の甘みはコシヒカリのほうが強いように感じた。正直、私は日本産の高級米のほうがおいしいような気がする。もちろん好みの問題ではあるが。

 中国最北省の小さな町でも、歴史的な蓄積を生かし、農民、企業、政府が一体となってITも活用して積極的にビジネスを展開すれば、特色ある農村として認知され、収入増につなげられる。最近、中国農村部の生活水準が向上し、成長に一服感がある大都市に代わり、新たな大市場として注目されつつあるが、その背景にはこうした個々の地域の取り組みがある。中国の農村の変化を見ていると、この国の底力の大きさ、まだまだ衰えない成長の可能性を感じる。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(⾮常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に⼤⼿企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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