

変革に奇策なし!AGCとNECの取り組みから探る
DXを実現する人材育成・マインド変革とは
DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは単に業務をデジタル化することではない。競争力の維持・向上のためビジネスモデルや組織の在り方を変革することを指す。ただし、その実現は容易なことではない。単にデジタルツールを導入するだけで前に進めることは難しい。社員にDXを“自分ごと”として理解してもらい、自走していく仕掛けが不可欠となるからだ。そんな変革に邁進する1社が、「DX銘柄2024」にも選ばれたAGCである。ここではグループ全体の構造改革を進めてきたNECの事例とも照らしつつ、DXを成果に結びつけるためのポイントについて明らかにしていきたい。
「DX人材の育成」が日本企業の共通課題
そもそもDXとは何だろうか。NECのコンサルティングサービス事業部門で顧客企業のDXを支援する坪井 壘は、「そもそもDXは業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革して競争上の優位性を確立することなのに、そのための手段であるデジタル化が目的になってしまってはいないでしょうか」と問いかける。

コンサルティングサービス事業部門
戦略・デザインコンサルティング統括部
フューチャークリエイションデザイングループ ディレクター
坪井 壘
当然のことだが、取り組みが業務のデジタル化(D)にとどまったのでは、肝心のビジネスモデルや組織の変革(X)は実現しない。
日本におけるDXの議論に一石を投じたのは、経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」だ。同レポートは多くの日本企業がデジタル技術に立脚したビジネスモデルに転換しなければ、2025年以降国際競争力が著しく損なわれる恐れがあるとして、そのリスクを「2025年の崖」と表現した。問題の時期を迎えた今、本来の「X」に向けた取り組み・成果が得られた企業は少ないのではないだろうか。
DXが進んでいない要因は様々だが、その一つとして挙げられるのがDX人材の不足だ。既存のビジネスモデルや組織を壊して新しい枠組みに転換するには各部門に変革を牽引するリーダーが不可欠だが、その人材が不足しているわけだ。
NECが2024年度に行った調査(※)でもその実態が浮き彫りとなっている。DXにまつわる課題として「DX企画部門の人材不足」を挙げた企業が77.6%、「DX実行部門(事業部門)の人材不足」を挙げた企業が69.2%と、「DX人材不足」が深刻な悩みであることが分かる。また、育成強化が必要な人材として「DXリーダーの育成」と「DX推進人材の育成」が項目の1位、2位となっており、社内のDXプロジェクトをとりまとめられる人材が不足している状況も明らかになった。
DXの具体的な施策は業種・自社の特性によって異なるが、「DX推進人材の育成」はあらゆる組織にとって共通の課題といえるだろう。

- ※ 出典:NEC DX経営の羅針盤2024~CxOから学ぶベストプラクティス~
DXを「テコ」にコーポレート・トランスフォーメーションを推進するAGC
変革への取り組みは、人材育成をはじめとするさまざまな課題と向き合うことの連続だ。そうした困難な道を果敢に歩む1社にAGCがある。同社は「DX銘柄2024」にも選定された。
国産初の板ガラス製造を原点に産業や社会の発展に必要な素材を提供してきたAGCは、ガラス以外にも多様な領域を開拓。現在は「建築ガラス」「オートモーティブ」「電子」「化学品」「ライフサイエンス」「AGCセラミックス」という社内カンパニー/SBU(戦略事業単位)制を敷き、各事業に注力する組織体制を整備している。
2017年には経営トップ主導でDXを全社的に推進する専門部署を設置。各カンパニーにも推進組織を整備し、グループ一丸となってDXを進めている。
「取り組みのさらなるレベルアップに向け、2024年策定の中期経営計画では『デジタル×モノづくり力による競争力強化』と、『サプライチェーン全体をつなぎ効率化・強化』を目指す『価値創造DXの推進』の方針が掲げられました」と話すのはAGCの塚本 徹氏だ。

2023年にはコーポレート部門の推進部署が「デジタル・イノベーション推進部」として発展的に再編された。AGCグループのDX方針・戦略の策定、デジタル人財(AGCでは『人財』と表記)の育成、デジタルツールの開発、デジタル技術の活用の伴走支援を各社内カンパニーのDX推進組織と連携しながら進めている。
2つのDXを「事業変革のテコ」へ
AGCの2030年のありたい姿に向けて、各社内カンパニーも積極的にDXを進めている。
「例えば、私が所属する電子カンパニーでは、最先端のエレクトロニクス産業を支える電子部材事業・ディスプレイ事業を展開しています。この分野は技術進展のスピードが凄まじく、組織全体が常に変化や革新を意識していなければすぐに競争力が衰えてしまうことから、DXは私たちにとって『事業変革のテコ』とも言えるほど不可欠なものです」と塚本氏は話す。

電子カンパニ―技術開発本部DX戦略グループリーダー
兼 デジタル・イノベーション推進部クロスカンパニ―連携ユニットリーダー
塚本 徹氏
電子カンパニーではDXを2つの軸で進めている。1つはデジタル・データを活用した業務改善・効率化、そしてもう1つがビジネス競争優位性を確立するためのダイナミックな変革だ。
「特に後者を私たちは『ビジネスDX』と呼び、事業変革をするために欠かせない要素の一つとして位置づけています」と塚本氏は説明する。
ビジネスリーダー向け研修を通じて各部門のDX先導者へ
2つのDXを進めるために、電子カンパニーではこれまでどのような取り組みをしてきたのだろうか。
まず先行したのはデジタル・データを活用した業務改善・効率化だ。「早い事業スピードに対応するためには、所属するメンバー全員がDX志向を持って自律的にDXを進めていく必要があります。そのために業務改善から着手することで成果を出し、DXの実感を得てもらおうと考えました」(塚本氏)
一方後者の「ビジネスDX」の促進のために、各部門で旗振りを行う「DXを自走できるリーダー」の育成に取り組んだ。
「ビジネスリーダー向けDX研修」を実施し、各事業部門の事業戦略を踏まえたDXのアイデアを立案し、ワークショップで学びを深めている。各部門でイノベーション創出のプロデューサー役を果たせるリーダーの数は、目標のおよそ75%まで進捗している。
ところが、「ビジネスDXとして成果を生みだすには、『実践』という高い壁があった」と塚本氏は言う。
「実践」の壁を乗り越えやすくするために、ビジネス現場でのDX実践の「動き出し」にDX推進組織が伴走することが有効なのではないかと、塚本氏がさまざまな試行錯誤を通じて感じていることだ。
「イノベーション創出の成否は実際にやってみないと分からないので、我々のようなDX推進組織がアジャイル型のサイクルで『目利き』を行い、ビジネスとして形になるところまで支援することです。事業部門のリーダー層と密にコミュニケーションを取り、『実践にもしっかり寄り添いますよ』という姿勢を示し、安心感を抱いてもらう工夫もDXが事業部門に根付くために重要なのではないでしょうか」(塚本氏)
多くの企業にとって「DX人財育成」は急務だが、それはあくまでもDXを推進するための手段に過ぎず、「ビジネスで成果を出す」というその先にある大きな目標を見失ってはいけないと塚本氏は強調する。
NECの構造改革を実現した「人・組織」への投資
そんなAGCも「ビジネスDX」を体現する上で重要なリーダーの育成について、NECのサポートを受けながら進めている。
NECによるDX支援サービスは一般的な「コンサルティング」の枠組みを超え、担当チームがクライアントのDX推進組織と一体となり、悩みや苦しみに深く共感しながら寄り添うことに定評がある。ICT企業であるNECに、なぜそのようなことが可能なのか。その背景には、かつて自らが身を切る思いで改革を成し遂げた経験がある。
「2010年代に深刻な経営危機に陥ったNECは構造改革に乗り出し、既存事業に代わってITサービスなど『社会ソリューション事業』に注力するようになりました。しかし、組織の根底にあるカルチャーや社員のマインドを変革せず、ただ事業を入れ替えただけでは会社は再建させられません。そこで、組織そのものの在り方を包括的に見直すCX(コーポレート・トランスフォーメーション)を断行したのです」とNECの森田 健は語る。

ピープル&カルチャー部門 兼 コンサルティングサービス事業部門
主席プロフェッショナル
カルチャー変革エバンジェリスト
森田 健
いわゆる“大企業病”から脱し、社員一人ひとりが主体的に考えて新たな挑戦ができる企業文化を根づかせるため、2018年に策定した中期経営計画で「実行力の改革~社員の力を最大限に引き出す改革~」を宣言。人・組織への投資を強化するProject RISEをスタート。「人事制度改革」「働き方改革」「コミュニケーション改革」の3つの改革を同時に推し進めた。
その結果、AI(人工知能)や生体認証などの技術力を世界最高水準に押し上げ、2024年8月のNECの株価時価総額は2018年4月の約4倍に伸長。それ以上に注目すべきは、従業員の会社への愛着度を示すエンゲージメントスコアが大きく伸びている点だ。
「DXにせよCXにせよ、その成否はつまるところ、社員の力を引き出す効果的な施策を講じられるかどうかにかかっていると過言ではないと思います」(森田)
組織全体のモチベーションを高めるトップのコミット
社員の成長を促すことがDXに必要という点は、AGCとNECに共通している考え方と言えるのではないだろうか。森田はそれに加え、経営トップが率先して取り組みにコミットメントすることの重要性を指摘する。
「日本の大企業の社長は数年で交替するのが一般的ですが、それに伴って経営方針が変わると、それまで取り組んできた変革もストップしがちです。NECでは2010年以降、3名の社長が就任しましたが、変革の姿勢は一貫しており、トップと各部門のマネジメント層が一枚岩となって、『面のコミュニケーション』と『カスケードコミュニケーション』を実践してきました」(森田)。

「面のコミュニケーション」とは、役員・部門長・統括部長が横のコミュニケーションを強化して意思決定の高速化を図ることだ。「カスケードコミュニケーション」とは、直属の上司と部下が全社の方針や戦略について対話をすることで変革を「自分事化」することを意味する。
トップが積極的にコミットする点はAGCも同様で、CEOが発信するメッセージにはDXというワードが入るようになり、社員の目に多く触れるようになった。また、コーポレートや各カンパニーでも事例勉強会などが定期的に開催されている。
組織全体のマインドチェンジは、まずトップダウンで経営層が覚悟と方向性を示して各現場の社員のモチベーションを高めるとともに、社内でも取り組み事例を広く周知させることが欠かせないといえるだろう。
森田は「アジェンダを設定して周囲を巻き込み物事を成し遂げられるようになること」がDX人材育成のポイントだと考えている。AGCでは地道な施策を積み重ねた結果、そのように「自走」できるリーダー層が各事業部門で着実に育ってきている。

森田は「変革に奇策なし!」として、「全方位で様々な施策を実行し続ける」「組織・カルチャーの醸成度に合わせてブラッシュアップする」「徐々に効果が表れ、業績にも反映。さらに人事制度改革も加速」がポイントだと強調する。
今後もNECは、自らの変革の過程で培ったナレッジを集積した価値創造モデルBluStellar(ブルーステラ)を軸に、納得のいく成果が出るまでしっかり伴走していく考えだ。

参考:「変われない大企業」が変わる。 NECが挑む「変革のリーダーシップ」とは