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学校法人神奈川大学が挑むDX人材育成
~全事務局職員を変革の主役にする組織改革のこれから~

 18歳人口の急減が続く中、大学はもはや“選ばれる理由”を自らつくり出さなければならない。学校法人神奈川大学(以下、神奈川大学)はその現実に正面から向き合い、「学校法人神奈川大学DXビジョン」(以下、DXビジョン)を掲げて教職員一人ひとりが変革の当事者となる体制づくりを始めた。データに基づく意思決定と、教育・研究・学生支援・業務の最適化を同時に進める――。その中核を担うのが、現場有志が立ち上げ、NECと共創した「DX人材スキルマップ」だ。これをもとに全事務局職員を段階的に育成し、トップダウンとボトムアップの両輪で組織変革を加速させようとしている。本稿では、神奈川大学が進める取り組みを手掛かりに、「大学に必要なDX人材とは何か」という普遍的なテーマについて、定義から育成のプロセスまで深掘りしてみたい。

「選ばれる大学」であり続けるためにDXビジョンを制定

 外部環境の変化に対応するため、ビジネスモデルや業務プロセスを変革して競争優位性を確立する——。こうした取り組みが必要なのは、一般の企業だけではない。少子化に伴う進学者数減少という課題に直面する大学もまた、経営の持続性をいかに確保するかが厳しく問われるようになった。

 こうした危機感の高まりを背景に、教育・研究・事務・経営をデジタルで見直すDXへ踏み出す大学が増えている。横浜市の3つのキャンパスに11学部、大学院8研究科、附属中・高等学校を有し、2028年に創立100周年の節目を迎える神奈川大学もその1校だ。

 同大学は2025年10月、デジタル技術やデータを活用して個々の学生・生徒によりきめ細かい教育支援を行えるようにするとともに、データ駆動型の学園経営ができるようになることを目指して、「DXビジョン」を制定・公表した。

 同ビジョンでは、「教育・研究・学生支援・業務全体でデジタル技術の活用を推進し、学内外のデータを統合して、迅速かつ的確な意思決定を行う法人へ変革すること」を掲げている。紙の申請や決裁の全廃を含む完全電子化を進め、教職員が高付加価値業務に集中できる環境整備と人材育成を明示した点も大きな特長だ。

 「大切なのは単なる事務作業のデジタル化にとどまらず、DXによる『学園そのものの変革(X)』を実現することで、それは本学園が将来にわたって社会から選ばれ続けるための重要な柱になるはずだと考えています」と学校法人神奈川大学 理事長の石渡 卓氏は語る。

学校法人神奈川大学
理事長
石渡 卓氏

 石渡氏は、これまで信用金庫で支店長、本店営業部長、理事長などを歴任した後に神奈川大学の理事長に就任したという経歴を持つ。こうした視点からDXにおいても「止(や)めること・続けること・変えること・始めること」の4つの観点を常に念頭に置いているという。

 「今後は学園運営にかかわる多様なデータを統合した基盤を構築し、重要な意思決定をデータに基づいて迅速かつ的確に行える組織へと変革していきたい」と石渡氏はその決意を語る。

デジタルの力で業務プロセスを変革できる職員を育てたい

 変革を実現していくには、トップダウンに加え、ボトムアップのマインドや文化の醸成も不可欠となるが、石渡氏の考えに同調するように、現場有志によるDXへの機運も高まっていた。

 そうした有志メンバーの1人が事務局の業務改善を主導する企画政策部 業務改革推進課長の飯塚 大氏だ。「5年後、10年後も選ばれる大学であり続けるために、自分たちは今、何ができるのか——。そんな危機感を持っていたメンバーの発案のもと、2023年に全事務局職員を対象とするITリテラシーの向上を目指すことにしたのです。これがDX人材育成に向けた取り組みの出発点となりました」。

学校法人神奈川大学
企画政策部 業務改革推進課長
飯塚 大氏

 ITリテラシーの向上として、まず試金石としたのがMicrosoft Excel(以下、Excel)である。神奈川大学では新入職員を対象に、事務局業務に必須であるExcelの基本操作を身につけるための研修を実施している。しかし、実業務でのExcelの利用頻度は配属された部門によって開きがあるため、習熟度にばらつきが生じていた。

 「だれがいつどの部署に異動しても円滑に業務ができるようにするには、スキルの標準化が欠かせません。そこで各人のExcelスキルを測定し、一定の水準に達していない事務局職員に対してフォローアップ研修を施すようにしたのです」と話すのは、神奈川大学 人事部 人事課長の並木 康太氏だ。

学校法人神奈川大学
人事部 人事課長
並木 康太氏

 こうした取り組みの結果、それまで手作業で行われていた業務にExcelが活用されるようになり、業務生産性が向上する事例がいくつかの部署で見られた。

 「小さな変革ではありますが、デジタルツールの活用により属人化した業務から脱却し、生産性を高めることが、“DXへの第一歩”なのではないかと感じました」(並木氏)。

 こう考えたのは並木氏だけではない。学内の情報インフラの企画・構築に携わる情報システム部 情報システム課長の五十嵐 大地氏も「これからの時代に大学が生き残るには、Excelに限らずITスキルを総合的に向上させ、デジタルの力で業務プロセスを変革できる職員を育てるべきではないか——という問題意識がメンバー間で共有できました」と語る。

学校法人神奈川大学
情報システム部 情報システム課長
五十嵐 大地氏

部門横断の取り組みでDX推進の機運を醸成

 その後、複数の部門のメンバーが中心となって学内の並行するDXの動きを束ねるかたちで、2025年2月に「DX推進ワーキンググループ」が正式発足し、その一部会として「DX人材育成部会」が位置付けられた。

 「DX推進ワーキンググループ」は、部門横断の多様なメンバーで構成されている。部門や立場の異なるメンバーが多角的な見地から意見を出し合うことで、学園全体にDX推進の機運を醸成するのが目的だ。

 「我々がまず取り組んだのは、事務局職員の育成指針となるDX人材スキルマップを作成することでした。そこではただスキルを難易度順に並べるのではなく、『DXビジョン』を実現するためにどのような役割を持つ職員が必要かをわかりやすく示すことを重視しました」と五十嵐氏は語る。

 しかし、DX人材スキルマップを設計する作業は暗礁に乗り上げた。他大学や民間企業のDX事例をリサーチして参考にしたが、組織文化や規模はそれぞれに異なる。そのため、どの役割の職員がどんなスキルをどのレベルで習得するべきか、外部の事例を神奈川大学に落とし込んで体系化することは難しかったのだ。

 「そこで思い至ったのが、この領域に長けた外部パートナーのサポートを受けるべきではないかということでした。数社検討した結果、NECの力を借りることに決めました」と飯塚氏は振り返る。

NECによる伴走型の支援を受けて難局を打破

 なぜ数ある企業の中からパートナーとしてNECを選んだのか。それは「NECのイメージがいい意味で裏切られたから」だという。

 「相談するまではNEC=SIer(システムインテグレーター)というイメージが強かったのですが、顧客の経営課題を解決に導く価値創造モデル『BluStellar』のもと、『BluStellar Academy for DX』では、構想の策定から人材育成、組織変革までエンド・ツー・エンドで一貫支援してくれる体制が整っていることを知って、大きな信頼感を寄せました」と、五十嵐氏は明かす。

 さらに大学側が評価したのは、提案の過程で神奈川大学の組織文化や課題を丁寧に理解しようとするスタンスだった。ほかのコンサルティング会社と比較する中で、DX人材育成に関する知見の厚さはITベンダーならではの強みとして印象に残ったという。併せてNECには、自社を“ゼロ番目のクライアント”として最先端のテクノロジーを実践する「クライアントゼロ」の考え方がある点も大きなポイントになった。

 「まず自らが先んじて課題解決に取り組み、その過程で得た“生きた知見”として還流している姿勢を評価しました。DX人材育成に向けた支援でも、自社の改革に泥臭く取り組んだ際の失敗例も踏まえて行われると聞き、私たちの課題に寄り添い同じ目線に立って解決策を模索してくれると考えたのです」(飯塚氏)。

 大学からの期待に対し、NEC側も教育機関向けの専門チームとしての取り組み姿勢を強調する。

 「我々は教育機関のDXをサポートする専門のチームを有し、大学をはじめとする多くのお客様の課題に精通しています。また、幅広い業界・業種の民間企業のお客様へのご支援を通じて培ったDX推進の膨大なノウハウも蓄積しており、それらの知見をDX人材の育成の具体的なメソッドとしてフィードバックできるのも、NECならではの強みだと自負しています」とNECの隈部 敏隆は言う。

NEC
官公ソリューション事業部門
文教・科学インテグレーション統括部
第一営業グループ プロフェッショナル
隈部 敏隆

 こうして神奈川大学では、NECのサポートを受けながら、DX人材育成部会において現状の課題をもとに、DXビジョンを達成するために必要な人材の整理を開始した。DX人材の役割や能力を定義した経済産業省の「デジタルスキル標準別ウィンドウで開きます」の内容などとも照らしながら、神奈川大学の組織にマッチするDX人材スキルマップの策定を進めた。

 「我々のみでDX人材スキルマップについて議論していたころは、話し合っては白紙に戻ることを繰り返し、当初想定した以上に検討が進みませんでした。しかしNECに入ってもらい、各業務現場の課題を改めて洗い出したことで、私たちがどの業務プロセスをどのように改善するべきかの方向性が見えてきました。具体的なDX人材像が明らかになったことで、部会内の意思もしっかり統一することができました」と並木氏は満足感を示す。

目標は全事務局職員をDX人材にすること

 こうして作成された神奈川大学のDX人材スキルマップでは、DX人材を「リーダー」「プレーヤー」「エントリー」の3階層に分類し、それぞれに期待される役割・スキル・マインドが詳細に明記されている。

神奈川大学のDX人材スキルマップ
DX人材を3階層に分類し、身につけるべきスキルを階層ごとに体系化。全事務局職員が「エントリー」以上の人材となることを目標にしている

 今後はこのマップを羅針盤として、必要な教育や研修を進めながら、全事務局職員をいずれかのカテゴリーに位置付ける体制づくりを進めていく考えだ。神奈川大学は全事務局職員をDX人材へ育成する姿勢を明確にしており、創立100周年を迎える2028年度中に「全員をエントリーレベル以上へ引き上げる」ことを最初の目標としているという。

 「育成したDX人材には、デジタルで業務を効率化し、生まれた時間を企画立案や施策づくりなど“大学の未来をつくる仕事”に使ってほしいと考えています」と並木氏は語る。

 今後、NECに期待するのは、教育プログラムの整備や実施においても、引き続きパートナーとしてしっかり伴走してくれることだ。「重要なのは、DX人材育成と並行して、神奈川大学DXビジョンを学内へ広く浸透させていくこと。ここでも知見を貸してほしいと思っています」と飯塚氏と五十嵐氏は口をそろえる。

 もちろんその道筋は決して平たんではないだろう。そこで重要となるのは「スピード感を持って実行すること」と「トライアル&エラーをためらわないこと」だと石渡氏は説く。

 「社会が急速に変化する時代において求められるのは、従来業務を確実に遂行するだけでなく、『新たな価値創造』ができる人材です。DXビジョンに掲げる『変革』とは、テクノロジーを手段として活用しながら、自ら考え、課題に取り組む力を意味します。失敗を恐れず挑戦し続ける組織文化を共に築きながら、一人ひとりが学園と社会の未来を切り拓いていく存在であってほしい」

 「変革」とは試行錯誤の末に達成されるものである。100年の伝統を誇る神奈川大学は、全職員が一丸となってその変革を志し、新たなフェーズへの船出を果たそうとしている。

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