データ活用文化の醸成と実践力重視のDX人財育成で現場が主役の「データドリブンカンパニー」を目指すJ-POWER(電源開発)
全社を挙げてDXに取り組んでいるJ-POWER(電源開発)。目指しているのは、現場主導のデータ活用と変革だ。そこで同社は、データ活用文化を醸成するためのコミュニティを立ち上げ、さらにドメイン知識にデータ活用スキルを掛け合わせ、現場の業務変革に直結する実践力を重視した人財育成プログラムに取り組んでいる。プログラムを推進するデジタルイノベーション部DX推進室のキーパーソンに設計の狙いと実践のポイントを聞いた。
SPEAKER 話し手
J-POWER(電源開発株式会社)

田中 克郎氏
デジタルイノベーション部
DX推進室長

難波 瑛次郎氏
デジタルイノベーション部
DX推進室(AI・先端技術)
NEC

正時 文
BluStellarシナリオ開発統括部
リードDXラーニングコンサルタント
データの価値を引き出せるのは業務を知る現場
──J-POWERは「DX 3S+D(※)」というビジョンを掲げ、組織的にDXに取り組んでいます。背景をお聞かせください。
- ※ 2026年1月取材時点
田中氏:J-POWERは、設立以来の水力発電をはじめ、風力発電、地熱発電、バイオマス燃料製造など、さまざまなエネルギー事業を展開しています。電力は人々の生活や産業を支える重要な社会インフラです。電力の安定供給を事業の根幹に位置付けています。
一方、脱炭素化への対応や電力取引市場の制度変更など、事業を取り巻く環境は大きく変化しています。こうした複雑な事業環境の中で、迅速な意思決定や設備の最適な運用を実現するためには、データの活用が不可欠だと考えるようになりました。
そこで当社は、「Data(データドリブン)」を基軸に「Safety(安全・安心)」「Smartness(効率性・即応性)」「Strength(稼ぐ力)」の向上と、新たな価値創出を目指すメッセージを込めて「DX 3S+D」というビジョンを策定しました。現在は、このビジョンのもと全社を挙げてDXに取り組んでいます。
デジタルイノベーション部
DX推進室長
田中 克郎氏
──データドリブンについては、広く使われる「データドリブン経営」ではなく「データドリブンカンパニー」という言葉を使っているそうですね。
田中氏:「データドリブン経営」という言葉は、どうしても経営層だけの取り組みを想起させてしまいます。私たちが目指しているのは、経営判断の高度化(トップダウン)と現場の一人ひとりがデータを使って取り組む現場業務の変革(ボトムアップ)の両立です。その考えを強調するために「データドリブンカンパニー」という言葉を使っています。
──現場主導のDXとは、具体的にどのような取り組みでしょうか。
田中氏:発電設備の運転や保守、電力の需要予測、燃料の調達計画、電力の売買など、私たちのビジネスプロセスの中では、センサーデータ、運転データ、取引データなど、さまざまなデータが生成・管理されています。ただし、現状はこれらを十分に活用できているとは言えません。ベテランの経験や勘に依存している業務も、少なくありません。
では、その価値を引き出すにはどうすべきか。データの価値を最も効果的に引き出せるのは業務を理解している現場ではないか。その考えのもと、現場の担当者自身がデータを使って仮説を立て、分析し、検証を重ねながら、業務改善につなげていくことを目指しています。
実際の業務に役立つ課題解決スキルを磨く研修
──現場主導のデータ活用を推進するために、どのような取り組みを進めていますか。
田中氏:重視している取り組みの1つが人財育成です。ドメイン知識を持つ現場の担当者にデータ活用スキルを習得してもらうことを目指しています。
難波氏:外部の企業にデータ分析を依頼し、その結果をもってデータ活用に取り組んだこともありました。ただ、必ずしも期待したような成果にはつながりませんでした。分析結果が出るまでに時間がかかったり、分析に必要な業務・設備特有の前提を十分に共有することが難しく、分析の視点がずれてしまったりしたことが原因です。そのような経験も自社で人財育成に取り組む大きなきっかけになりました。
デジタルイノベーション部
DX推進室(AI・先端技術)
難波 瑛次郎氏
──どのように人財育成に取り組んでいるのでしょうか。
田中氏:私たちが目指している現場主導のデータ活用を実現するためには、業務の課題解決につながる実践的なスキルの習得が不可欠だと考えています。そこで研修は、技術的なスキルの習得を目的とする「集合研修」と、実際に業務課題の解決に取り組む「実課題解決研修」の二段階で設計しています。
難波氏:集合研修では、データ分析の基礎や統計的な視点、分析手法を学びます。受講者の既存スキルに応じて、ローコードの分析ツールを活用するコースと、Pythonを活用するコースの2種類を用意しています。一方、実課題解決研修は、演習形式ではなく実務を前提としたプログラムです。受講者自身が業務上の課題をユースケースとして設定し、実際のデータを使って分析と検証に取り組みます。
Pythonコースの集合研修と、実課題解決研修のプログラムについては、NECに提供してもらっています。単に研修メニューを提供してもらうのではなく、私たちの業務や要望に合わせてプログラムを再設計し、講師も務めてもらっています。特に実課題解決研修では、受講者一人ひとりに対して、メンター型の伴走支援を提供してもらっており、課題設定から分析、検証、施策の立案までを一貫してサポートしてもらっています。
正時:J-POWER様の集合研修は、NECの「データサイエンティスト養成ブートキャンプ」をベースにしています。このプログラムはPythonを活用しながら、統計的な視点の理解、関係性分析、予測モデリング、最適化といった、データ分析の基本プロセスを一通り学ぶものです。特徴の1つは、短期集中型で実務に活きるスキルの習得を前提に設計している点です。現場での活用を想定して独自開発した教材を使用し、「業務の中でどう使うか」という視点を持ちながら、分析スキルを磨いていただきます。J-POWER様向けには、発電設備の運用や保守などでニーズが高まっている画像解析と最適化のテーマを組み込みました。
一方、実課題解決研修にはOJT形式の伴走支援サービスを提供しています。受講者様が業務上の課題をユースケースとして設定し、実際のデータを使って分析と検証に取り組む点が最大の特徴です。業務課題を分析課題に変換する。分析結果を、業務の視点で解釈する。その結果をもとに、改善施策として具体化する。この一連のプロセスを経験し、そのまま現場の業務改善につなげられる知識とノウハウを身に付けていただきます。
BluStellarシナリオ開発統括部
リードDXラーニングコンサルタント
正時 文
田中氏:前述したとおり、私たちが重視したのは実践的なスキルの習得。ほかにも選択肢はありましたが、実践を重視した内容に期待してNECに依頼しました。
──難波さんは、実際に両研修を受講したそうですね。
難波氏:はい。座学として知識を学ぶだけでなく、自身の業務や課題を持ち込んで分析に取り組める点が、大きな学びにつながりました。特に印象に残っているのは、仮説の立て方など、分析に入る前のプロセスです。データを見る前に、何を明らかにすべきか。どの要素が課題に影響しているのか。そうした点をNECのメンターと対話しながら整理していく過程を通じて、データによる課題解決に対する理解が深まりました。分析ができるようになったというよりも、業務とデータを結び付ける視点が身に付いたという感覚に近いですね。
ただ正直に言うと、思っていた以上に負荷は高かったです。業務と並行して取り組むには、時間のやりくりも簡単ではありませんでした。
田中氏:受講者は、電気、機械、土木、化学、情報通信など、さまざまな専門分野を持つ技術者が中心です。いずれも自身の業務領域では高い専門性を持っており、そこにデータ活用スキルを掛け合わせることを目指しています。難波が述べていた負荷は今後の課題です。学びの質を下げることなく、業務とどのように両立するか。育成を継続するためにも再考しなければなりません。
データ活用を後押しする文化醸成にも取り組む
──NECとはコミュニティづくりにも取り組んでいるそうですね。
田中氏:研修を開始する前にデータ活用の気運を高め、文化として社内に根付かせることを目的に社内コミュニティを立ち上げました。NECにコミュニティ運営の伴走支援をお願いしています。現在、研修を終えた受講者をどのようにフォローしていくかが次の課題だと考えているのですが、そのコミュニティを活用できるのではないかと考えています。
正時:データ活用文化を醸成することは、データ活用への挑戦を後押ししたり、身に付けたスキルを実際のビジネスや業務に役立てやすくしたりする上で非常に重要です。NEC自身も、データ活用文化のさらなる浸透を目指して挑戦を続けており、その中で得た経験や知見を活かしながら、J-POWER様と共にコミュニティ活性化に取り組んできました。
具体的には、まずヒアリングやアンケートを通じて、コミュニティ参加者様の職種や参加経緯、AI・データ活用の経験や知識レベル、参加率や活動率、抱えている課題や心理的ハードルなどを把握しました。その結果、AI・データ活用への関心や学習意欲は高い一方、業務の多忙さをネックに感じていること、また「発信するほどの知識や自信がない」という心理的な障壁がコミュニティでの活動のハードルになっていることが見えてきました。
そこで個々のレベルアップと心理的ハードルの低減を目的に、短時間で取り組める学習コンテンツや、クイズ形式の情報発信やディスカッション場所などを、コミュニティ内で継続的に提供しています。研修を終えた受講者様が、コミュニティを通じて、業務変革中の疑問や課題を共有するようになれば、データという共通言語を通じた議論がさらに深まっていくと考えています。
──今後の展望をお聞かせください。
田中氏:2030年までに、高度専門人財を100人育成するという目標を掲げています。ただ、私たちが重視しているのは、人数そのものではありません。ドメイン知識とデータ活用スキルを併せ持つ人財が各現場で業務改善の起点となり、周囲を巻き込みながらデータによる変革を広げていくこと。それが本当の目標です。基礎から学べる集合研修、実際の業務課題に取り組む実課題解決研修、さらにコミュニティによるフォローを通じて段階的に力を伸ばせる育成の仕組みは、これから専門性を磨く若い人財にとっても有効だと考えています。専門スキルとデータ活用スキルの両方を磨き、“最強のエンジニア”の育成をしながら、データによる変革に全社で取り組んでいきます。