真に持続可能な社会の実現に向けて:具体例に見る、サステナブルな施策の勘所
サステナビリティの取り組みは、企業1社で大きな成果につなげることは難しい。例えばカーボンニュートラルを実現するには、製品・サービスの提供にかかわるサプライチェーン全体で取り組むことが不可欠だ。シュナイダーエレクトリック、NEC両社に共通するのは「巻き込む」意識。明確な目標を立て、具体策に落とし込む体制を確立することで、人類全体の問題に向き合っている(全3回の2回目)。
SPEAKER 話し手
白幡 晶彦氏
シュナイダーエレクトリックホールディングス株式会社
日本統括代表
代表取締役社長(取材当時)
蛭田 貴子氏
シュナイダーエレクトリック株式会社
CS&Q本部長
井出 昌浩
NEC
コンサルティングサービス事業部門長
マネージングディレクター
岡野 豊
NEC
環境経営統括部
兼 カーボンニュートラルビジネス推進PMOグループ
シニアプロフェッショナル
サプライチェーンのデータを一気通貫で見える化する
――ここからは、持続可能な社会の実現に向けた両社の取り組みについて聞かせてください。まず、共にかかわっているものとしては「JEITA Green x Digitalコンソーシアム」があります。
岡野:このコンソーシアムは、企業のカーボンニュートラル化の促進と産業・社会の変革につながる新たなデジタルソリューションの創出・実装に向けた活動を推進する場として、2021年に設立されたものです。当社はその中の見える化WGで主査を務めています。
蛭田氏:シュナイダーエレクトリックは、見える化の実証実験が終わったころからコンソーシアムに参加しています。現在は各種規制との調整が主ですが、その後はデータの見える化、報告までを含めた事例が多く生まれてくると思います。
岡野:目指しているのは、グローバルでサプライチェーン全体のデータを一気通貫で取れるようにする仕組みをつくることです。例えば、ものづくりのメーカーは国内外の多くのサプライヤー企業に支えられています。大手だとTier1だけで数万社規模のサプライチェーンがあるような状況で、各社が別々のシステムを利用していたらデータはつながりません。この状態を脱却するため、システム提供側であるNECが日立、富士通、欧米のITベンダーや業界団体などにお声掛けして、CO2排出量にかかわるデータの一気通貫の見える化に取り組んでいます。この取り組みにより、削減努力がデジタルによって見える化され、サプライチェーン企業間の協働につながると考えています。
他社を巻き込むScope3の取り組みに力を注ぐ
――シュナイダーエレクトリックの取り組みについて教えてください。
白幡氏:当社は2050年のカーボンニュートラル実現に向けて独自のロードマップを示しています。2040年まで、2030年までに達成すべき項目をそれぞれ明確化していますが、自社オペレーションのカーボンニュートラルについては、オフセットなども活用して来年2025年に達成する見込みです。
なぜここまで力を入れているかというと、そもそも当社が、お客様の製造設備やインフラをカーボンゼロ化するためのソリューションをつくることを生業にしているからです。優れた仕組みを提供するために、まずは自分たちで試し、エビデンスを揃えた上でお客様にご提案しています。
世界に300以上ある我々のオフィス・製造・物流拠点のうち、2025年までに150カ所をゼロCO2拠点とする目標を掲げていますが、2024年上半期までで、127カ所がカーボンニュートラルを達成しています。
蛭田氏:自社内の取り組みは、温室効果ガス排出量の分類※1でいうScope1と2に当たるものですが、より重要なのはScope3です。岡野さんも先ほどおっしゃられた通り、サステナビリティの取り組みでは他社を巻き込むことが不可欠です。その意味で、サプライチェーンを含めた排出量削減に力を入れています。
白幡氏:Scope3にかかわる取り組みが、2021年4月からスタートした「The Zero Carbon Project」です。当社のサプライヤー上位1000社と共同で、2025年までに業務上のCO2排出量を半減させる取り組みを行っています。
このプロジェクトの優れた点は、かかわる企業すべてにメリットがあることです。共に取り組むサプライヤーはScope1、2の削減、そして当社はScope3の削減を実現できる。前回、サステナブルでないプレーヤーは市場に参加できなくなる可能性があると言いましたが、このプロジェクトに参画すれば、そのようなリスクを低減しつつ社会課題の解決にも貢献できます。既に大きな成果が生まれており、2024年6月末の時点で、トップサプライヤーからのCO2排出量を約3分の2にまで削減していただくことに成功しています。
蛭田氏:サプライチェーン構成企業の中には、カーボンニュートラルに向けた十分なノウハウやリソースを持たない中小企業が多く存在します。「仕組みを提供するので、みんなで取り組みましょう」という当社の提案は、それらの企業にとってもメリットのあるものだと考えています。
白幡氏:ほかにも、個社に向けたソリューションや、業界特化型のCO2排出量削減に向けたソリューションも提供しています(図1)。
後者について、一口にサプライチェーンといっても、構造や課題感は業界ごとにまちまちです。そこで、製薬業界向けの「Energize」、半導体業界向けの「Catalyze」、鉄鋼素材業界向けの「Materialize」というように、各業界に特化したスキームを用意しているのです。徐々にスポンサー企業を広げながら、業界単位でインパクトを出せるように取り組んでいます。
- ※1 Scope1は「自社が直接排出するもの」、Scope2は「自社が間接的に排出するもの」、Scope3は「原材料の仕入れ過程や製品販売後に排出されるもの」を指す
他企業に先駆けてTNFDレポートを開示
――NECはどのような取り組みを進めていますか。
岡野:我々もカーボンニュートラル実現の目標を2050年から前倒ししており、2040年にはScope1、2、3すべてにおけるCO2排出量実質ゼロを目指しています。
肝になるScope3に関しては、主要サプライヤー約1100社の状況調査を行っています。ステップごとに削減目標を立てますが、サプライヤーごとに前提条件が異なるため、ハードウェア系、ソフトウェア系、サプライチェーンをつなぐ商社系など、業界別のプログラムやソリューションを用意しています。
例えば、製造業界向けのソリューションの一例が、PLM(Product Lifecycle Management)の「Obbligato」です。設計段階の部品表(BOM)をサプライチェーン各社で共有し、調達や生産段階での予実管理を実現します。サプライチェーン管理を高度化しつつ、環境負荷の少ない、強いものづくりの実現をご支援することが可能です。
井出:また、自然災害の多い日本の知見を活かして、気候変動の分野で世界に貢献する動きも進めています。その一例が、社長の森田がCOP28で提唱した「適応ファイナンス」です。
昨今は台風などの災害が激甚化していますが、CO2削減をはじめとした災害を緩和するための施策に比べて、災害発生時の適応策には資金が回っていないというのが我々の認識です。そこで、災害の影響をデジタルツインで予測し、適応策を立てて投資を募ります。例えば、河川洪水の監視システムがその一例です。効果を科学的かつ定量的に提示することで、継続的な資金流入に基づく持続的な対策の実現を目指します。
――また、NECはTNFDレポートを他企業に先駆けて公開していますね。
岡野:ありがとうございます。TNFDは「自然関連財務情報開示タスクフォース」の略で、事業活動が自然環境とどのようにかかわっているかを可視化するために設立された国際組織のこと。かかわりを計測するためのフレームワークを提唱しており、これに基づいて調査した内容を記したものがTNFDレポートです(図2)。NECは、国内企業に先駆けて2023年に第1版、2024年に第2版を公開しています。これは当社ならではの取り組みといえるのではないでしょうか。
電気や燃料、CO2などの計測しやすい指標がある脱炭素分野と異なり、自然資本や生物多様性(ネイチャーポジティブ)は気候変動よりさらに広いテーマであり、その損失は貧困や人権といった社会問題に密接にかかわってくると認識しています。ネイチャーポジティブを実現するためには、森や海、畑などさまざまな情報を把握し、依存と影響およびリスクの評価を網羅的に行うことが不可欠です。自社がクライアントゼロとなって試すことで、デジタルの力で事業と環境価値をつなげる。これこそがNECの役目だと位置付けています。
目指すのは、「環境負荷を抑えた事業活動を行えば利益が生まれる」「それをサステナブル投資に向けることで、環境問題が解決に向かう」という大きな流れをつくることです。その前提になるのが、デジタルを用いた見える化ということになるでしょう。
井出:また、先日NECが発表した企業や社会のDXを加速させる価値創造モデル「BluStellar」においても、経営アジェンダの1つとして「サステナビリティ経営の実現」に関するシナリオを提供しています。TNFDレポートに関する取り組みも含めて、自社で蓄積したノウハウをお客様にご提供していきたいと考えています。
「BluStellar」に関してはこちら
https://jpn.nec.com/dx/index.html
事業活動のサステナビリティとの結びつきが企業価値の向上に直結する
――1回目で触れた通り、両社は米TIME誌の「世界で最もサステナブルな企業2024」の1位と2位に選出されました。そこでも、多様な取り組みが高く評価されたものと思います。どのような点が評価されたのか、自己分析をお願いします。
蛭田氏:シュナイダーの評価ポイントになった点は大きく2つあったようです。1つは本業がサステナビリティに完全に即している点、もう1つは取り組みの進捗やパフォーマンスを客観的に評価する「シュナイダー・サステナビリティ・インパクト(SSI)」を2005年から継続している点でした。
白幡氏:SSIでは、インデックス化した数字を人事査定にひも付けることで、全社員が自分ごと化して取り組めるようにもしています。対象はマネジメント層だけでなく、全てのレベルの社員です。
岡野:それは素晴らしいですね。
蛭田氏:「気候・リソース・信頼・対等・世代」という5つのテーマ・計11の指標に加え、国・地域ごとにコミットする内容を決める「ローカル」というテーマも設けています。
日本のテーマ設定は私が管轄しているのですが、その際は「何を対象に、どう計測するのか」など、グローバルのリーダーから厳しく指摘されます。何度も議論を重ねて具体的な施策に落とし込み、それを実践する。このような活動を通じて、サステナビリティの取り組みを収益の柱にするという意識を全社に共有しています。
――NECは、何がTIME誌に評価されたと考えていますか。
井出:シュナイダーエレクトリックさんと異なり、NECは明確な理由を聞かされていません。ただ公表されている評価基準を見る限りは、環境負荷低減に向けた取り組み、情報開示や人材の多様性、社員の健康増進に向けた取り組みなどが総合的に評価されたものと考えています。
岡野:また私個人的には、先ほど紹介したTNFDレポートを日本のIT業界で初めて公表したことも評価につながったと確信しています。もちろん、まだ足りない点は多いですが、ありがたいことにとても高く評価されています。さまざまな会社から「自分たちの事業がどれだけ環境に依存しているのか見える化したい」という問い合わせをいただいているほか、今後は生物多様性に関する会議「COP16」に参加したり、韓国の環境省の招待を受けてTNFDレポートの講演などを行ったりする予定です。また、京都大学のビジネススクールでもTNFDの授業を担当することになりました。
さらに、TNFDレポートを見た中学、高校、大学の学生からもインタビューの依頼がありました。これはうれしかったですね。やはり、サステナブルな活動は企業そのものの価値を増大するものなのだと、改めて実感させられました。